特集:新型コロナによるアジア・ビジネスの変化を読み解く新型コロナ禍で成長する食料品、医薬品Eコマース(前編)(インド)

2021年4月19日

インドでは、2020年3月末~5月末に新型コロナウイルス感染拡大防止のため、全土でロックダウン措置が取られた。新型コロナ禍の中、人との接触や密な空間を避けようとする消費者心理の変化から、Eコマースの需要が拡大した。本レポートでは、前編・後編に分けてインドにおける新型コロナ感染の概況と、それに伴って拡大が見込まれるEコマース市場、特に食料雑貨と医薬品のオンライン販売に焦点を当てて報告する。新型コロナ禍により人々の意識がどのように変化したのか、インドに進出する外資系企業や地場企業はそれに対応するためにどのような取り組みを行っているのかについて、インタビューも交えながらみていきたい。

新型コロナ禍も、経済は平常化へ

インドの新型コロナウイルス累計感染者数は2021年3月2日時点で1,111万2,241人と、米国の2,865万9,784人に次いで世界2位だ(ジョンズ・ホプキンス大学)。新規感染者数は、2020年9月以降は収束傾向にあったが(図1参照)、2021年4月9日時点では再拡大の傾向が見えており、予断を許さない。

図1:月ごとの新規感染者数
2020年9月が260万4,518人でピークとなっている。

出所:世界保健機関(WHO)データを基にジェトロ作成

2020年3月末から5月末にかけての約2カ月間は、インド全土でロックダウン措置を実施。この間、生活に必須となるサービス以外の業種は経済活動の停止を余儀なくされ、2020年度第1四半期(2020年4~6月)の実質GDP成長率はマイナス24.4%を記録するなど、経済は大きな打撃を受けた。しかし、6月以降は段階的ロックダウン解除が進み、2021年3月時点ではほとんどの活動が解禁されている。映画館やスポーツジム、展示会などは感染拡大防止のために標準作業手順(SOP:Standard Operating Procedures)と呼ばれるルールブックが各管轄省庁から発行され、それらに従って運営されている。経済の平常化は各種指標からも読み取ることができる。失業率はロックダウン中の4、5月に一時23%台まで跳ね上がったが、2020年7月以降は新型コロナ禍以前の水準に戻っている(図2参照)。

図2:失業率推移
2020年3月~2021年2月までのインドの全体、都市部、農村部の失業率推移。ピークは2020年4月で、全体で23.5%となった。

出所:インド経済モニタリングセンター(CMIE)を基にジェトロ作成

鉱工業生産指数は2020年4月に前年同月比マイナス57.3%を記録したが、こちらも徐々にコロナ禍以前の水準まで回復しつつある(図3参照)。

図3:鉱工業生産指数上昇率(2011‐12年基準)
 2020年4月にはマイナス57.3%となったが、その後回復した。

出所:インド統計計画実行省データを基にジェトロ作成

日系企業の多くはロックダウン措置などを受けて、駐在員の安全を確保するために日本への一時退避措置を取ったが、徐々に駐在員をインドに戻す動きも活発化している。ビジネスでも2020年9月ごろからさまざまな新規ビジネスや投資の発表が相次ぎ、進出日系企業のビジネスが平常化している様子もうかがえる。

拡大が見込まれるEコマース市場

新型コロナ禍を経て一気に拡大したのがEコマース(電子商取引)市場だ。インド商工省傘下の調査機関インド・ブランド・エクイティ基金(IBEF)のレポートによると、2018年に219億ドルだったインドのEコマース市場は、2020年に300億ドル、2024年には991億ドルにまで拡大すると予想されている。

新型コロナ禍を契機に、インドでも外出や店舗での人との接触を避けようとする消費者心理が働き、オンライン購入を好む人々が増えた。2020年のインドの祭事期だった10月15日~11月15日のEコマースでの売り上げは83億ドルに上り、2019年実績の50億ドルと比べて65%増となったと報じられている(2020年11月28日付「エコノミック・タイムズ・リテール」)。変容した消費者の意識や行動様式はパンデミック後も継続するとみられる。

各企業も市場拡大への対応を急ぐ。米国アマゾン・コムは2020年7月、拡大するEコマースの需要に対応するため、物流拠点の増設や拡張を実施し、倉庫容量を20%拡大するとしている(2020年7月23日付「タイムズ・オブ・インディア」)。地場大手フリップカートは、国内の主要都市で短時間配送を行うサービス「フリップカート・クイック外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」の展開を開始した。同社は2020年半ばにカルナータカ州ベンガルールで試験的にサービスを開始し、90分以内に果物や野菜、乳製品、鶏肉などの生鮮食品を顧客に届ける。渋滞などの多いインドで驚異的な配送スピードを実現している。

オンライン販売の割合が低い食料品市場

ここで、オンライン販売比率の低い食料品のEコマース市場に着目したい。インドではこれまでもGrofers外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますbigbasket外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますSuprdaily外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますmilkbasket外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます など、オンラインやアプリを通じた食料品のデリバリーサービスは広く利用されていた。しかし、食料品は他の物品よりも「実際に自分の目で見て選別したい」という意識が消費者に往々にして強く、オンライン購入を敬遠する人々もいた。新型コロナ禍では、家から出ることへのためらいから、これまで敬遠していた層もオンラインで食料品を購入する必要に迫られ、実際に利用を始めたことにより、食料品をオンライン購入することへのハードルが下がったとみられる。

地場調査会社レッドシアーの食料品Eコマース市場についてのレポート“Indian EGrocery: A Promising Opportunity Led By Value-First Users外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ”(2021年1月公開)によると、インドの食料品市場の規模は2020年には新型コロナ禍の影響で一時低迷したものの、2025年には8,520億ドル規模にまで成長するとされている。注目すべきは販売形態だ(図4参照)。2019年時点でインドの食料品小売りチャネルの94.9%は、キラナと呼ばれる非組織型の零細店が占める。この比率は中国の43%、米国の8%など他国と比べても非常に高いことがわかる。一方、オンラインの割合は2019年時点ではわずか0.3%と非常に限られているが、今後、2025年まで年平均53%の成長を遂げると予想されている。

図4:2019年の食料品小売り形態の内訳
非組織(キラナ)が94.9%、 組織化(大手スーパーマーケットなど)が4.8%、オンラインが0.3%。

出所:レッドシアー社レポート"Indian EGrocery: A Promising Opportunity Led By Value-First Users"を基にジェトロ作成


インドの伝統的なキラナショップ(ジェトロ撮影)

食料品のオンライン購入は零細店での購入時の不便を補完する役割も期待される。例えば、零細店では品物の種類が限定的だが、オンラインでは豊富な商品の中から選択することができることや、各Eコマースサイトでは大幅なセールなどが頻繁に実施されることなどが挙げられる。コロナ禍で外出や接触を避けるという意識の変化に加えて、こうしたEコマースの便利さも市場の拡大を後押しするだろう。

医薬品のオンライン販売に商機

続いて、医薬品のオンライン販売を見てみたい。医薬品も食料品と同様、オンライン購入でのハードルが比較的高い品物だ。これまでは病院や街中の薬局で購入するのが一般的だったが、こちらも同じく新型コロナ禍を経て、感染者が集まる病院や医療機関へはできるだけ足を運ばないようにしたいという消費者心理が働いており、成長を見せている。代表的なサイトには、Netmeds外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますMeDLIFE外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますeasymedico外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます などがある。どのサイトも基本的には会員登録をした後、処方箋をアップロードすると、薬剤師などが処方箋を確認の上、オンラインで承認され、薬が購入できるようになるという流れだ。購入には処方箋が必要になるが、医師による診断もオンラインで行うサービスが広まっており、これらを組み合わせて活用すれば、家に居ながらにして診察や処方箋の発行、薬の受け取りが一気通貫で可能になる。


薬が陳列された薬局(ジェトロ撮影)

2020年は、アマゾンがベンガルールで試験的に医薬品のネット販売サービスを開始したり、大手財閥系コングロマリットのリライアンス・インダストリーズが医薬品のEコマースサービスNetmedsを傘下に持つ企業を買収したりと、大手企業も医薬品のEコマース市場に参入。今後さらに競争が過熱するとみられる。ただし、医薬品のオンライン販売に当たっては、十分な規制や法整備がなされておらず、利用には不安も残る。また、事業者側としては今後、インド当局による規制によっては、事業形態を変更しなければならないというリスクも存在する。医薬品のオンライン販売では、こうした規制情報にも注視が必要だ。

  1. 新型コロナ禍で成長する食料品、医薬品Eコマース(前編)(インド)
  2. 在印有力食品・医薬品企業に聞く、コロナ禍のEコマース(後編)(インド)
執筆者紹介
ジェトロ・ニューデリー事務所(執筆時)
磯崎 静香(いそざき しずか)
2014年、ジェトロ入構。企画部企画課、ジェトロ・チェンナイ事務所海外実習、ビジネス展開支援部ビジネス展開支援課を経て、2019年から2021年3月までジェトロ・ニューデリー事務所勤務。

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