特集:新型コロナによるアジア・ビジネスの変化を読み解く新型コロナで縫製業は打撃、マスク生産で急場をしのぐ(ベトナム)

2021年3月31日

新型コロナウイルスの感染が世界的に拡大する中、ベトナム政府は国内の生産活動を止めない方針をとった。そのため、在ベトナム企業は生産体制を維持できる状況にあった。しかし、ベトナムには輸出加工型の製造会社が多いため、海外の調達先および販売先の問題で、生産が停滞したところが多かった。本稿では、特に影響が大きかったベトナムの縫製業について、企業インタビューも踏まえ、状況を振り返る。

縫製品の輸出が減少、調達と販売に四苦八苦

縫製業は、調達と販売の両面で打撃を受けた。縫製品と履物は、以前からベトナムの輸出品目の中で上位を占めてきた。しかし、2020年は縫製品の輸出額が前年比9.2%減、履物が8.3%減と落ち込んだ。縫製会社は2020年の初め、中国からの部材調達ができない事態に遭遇した。中国で感染が拡大し、中国国内の生産や物流が止まってしまったことが要因だ。この時期は生産したくてもできない状況となり、輸出額も伸び悩んだ。その後、中国での感染が落ち着いたのに伴い、部材調達の問題は徐々に解消されたが、4月ごろから新たな問題が生じた。新型コロナの感染が中国以外の国・地域にも広がり、各地で外出制限措置が適用されることで、世界的にアパレル製品の需要が落ち込んでしまった。その結果、縫製会社への発注量が鈍化する事態に陥った。輸出額は4月に前年同月比31.6%減、5月には31.9%減と大きく落ち込んだ。その後、持ち直してはいるが、多くの国・地域が第2波、第3波に見舞われるなど、大幅な需要回復には至っていない状況だ(図1参照)。

図1:2020年の縫製品輸出額の推移(単位:100万ドル)
1月2,470 百万ドル、2月2,234百万ドル、 3月2,339百万ドル、 4月1,610百万ドル、 5月1,867百万ドル、6月2,602百万ドル、7月3,041百万ドル、8月2,966百万ドル、9月2,883百万ドル、10月2,561 百万ドル、11月2,241百万ドル、12月2,830百万ドル 。

出所:税関総局の発表資料を基にジェトロ作成

マスク生産に乗り出す企業が急増

新型コロナの感染拡大は、アパレル製品の需要を停滞させた半面、マスクなどの医療用品の需要を高めた。しかし、マスクの生産拠点は中国に集中しており、中国国内における供給が優先された結果、多くの国・地域がマスクの供給不足に陥った。日本でも、マスクの販売価格高騰や品切れが起きたことは記憶に新しい。そのような状況下、新たなマスクの供給元として注目された国の1つがベトナムだ。世界中からマスクの生産依頼が舞い込み、アパレル製品の受注減に苦しんでいた縫製会社は、マスクの生産に乗り出した。

税関総局によると、ベトナムは2020年に13億7,619万枚の医療用マスクを輸出した。ベトナム政府は当初、新型コロナの感染拡大による国内需要の増加を受け、2月28日付の政府決議20号(20/NQ-CP)で、医療用マスクの輸出を制限していた。その後、国内での供給体制確保に伴い、輸出制限を解除する政府決議60号(60/NQ-CP)を4月29日付で公布。これにより、5月から医療用マスクの輸出が急増。6月には過去最多の2億3,612万枚を輸出した。7月から11月にかけては、毎月1億5,000万枚前後を輸出した(図2参照)。多くの企業がマスクの輸出に取り組み、税関総局が公表した5月のマスク輸出会社リストには150社が名を連ねた。

図2:2020年の医療マスク輸出量の推移(単位:100万枚)
1月~4月140百万枚、5月182百万枚、6月236百万枚、7月154百万枚、8月135百万枚、9月143百万枚、10月 143百万枚、11月173百万枚、12月71百万枚。

出所:税関総局の発表資料を基にジェトロ作成

製品と体制を見直し、顧客ニーズへの対応を強化

では、具体的に新型コロナ禍で、ベトナムの縫製業界にどのような変化があったか。国内に多数の製造拠点を持ち、国内外に販売する地場縫製大手A社のグローバル営業・調達担当者に話を聞いた(インタビュー実施日:2021年3月2日)。

質問:
新型コロナ感染拡大による業界、自社事業への影響は。
答え:
世界的な感染拡大により、サプライチェーン寸断など影響が出た。ベトナムの縫製業は、部材の50%を中国から輸入。外資企業の場合は中国からの輸入が80%に及ぶ。中国では2020年1月下旬からの旧正月の後、新型コロナの感染が拡大したことにより、当社では2~3月ごろの約2カ月間、中国からの部材が入ってこなかった。その後、4月以降に顧客から発注のキャンセル、発注量の削減、配送の停止(在庫化)などの依頼が増加した。アパレル製品は生活必需品ではないため、需要が減ってしまった。当社は米国、英国・欧州、日本などを主な輸出先とするが、どの市場でも感染拡大の影響を受けた。
当社には20の子会社があり、その半分はスーツなどのフォーマルウェアを主力製品として生産してきた。2020年7月以降は、生産が40~80%減少したため、ワーカーは通常1週間で5.5日の出勤をしていたところ、3~4日の出勤に減ってしまった。工場の閉鎖はないが、従業員はフォーマルウェアの製造部門を中心に30~40%を削減。勤務時間の減少に伴い、給与が減るため、従業員が自ら辞めていくケースが多かった。一方、カジュアルウェアの製造部門では、比較的影響は少ない。
質問:
新型コロナ禍における対応は。
答え:
当社は加工企業であるため、顧客からの様々な要望に対応し、市場が求める製品作りを行うことが重要。顧客ニーズに合わせて製品の多角化を図るため、市場マーケティングなどを担当していた2つのチームを、市場・製品ごとに8つのチームに分け、チームごとに材料の調達計画、調達先の開拓など担当する体制に変更した。
社会的隔離措置で在宅勤務が増え、フォーマルウェアの需要が減少する一方、スポーツウェアやルームウェアの需要は増加した。以前はフォーマルウェアを中心に生産していたが、現在はその割合を落として、スポーツウェアなどの割合を増やす工夫をしている。また、顧客ニーズに対し、2020年7~8月ごろに布マスクを初めて生産した。約300万枚を製造し、米国の小売り大手ウォルマートに納品したほか、日本にも輸出した。布マスクは、他にも多くの会社が製造していたため、10月以降は新規の注文がなく、現在は生産していない。防護服についても、8月ごろに生産を開始。米国に約50万着を輸出したが、現在は生産していない。
質問:
今後の見通し・課題は。
答え:
今後10年程度を見据えると、ベトナムでの縫製品の生産量は減っていくと思う。ベトナム国内でも都市近郊から地方に生産がシフトしている。地方であれば、企業は人件費など、生産コストを抑えることができる。都市に出稼ぎに来ているワーカーも実家から通えるというメリットがあるだろう。ただし、高度な技術(機械)が必要な製品の生産は、都市部の既存の工場が今後も中心となる。
調達先は、部材の生産体制が整っている中国が、今後も中心となるだろう。中国は設備、ノウハウ、豊富な人材などの要素がそろい、部材が安価である。バングラデシュやインドの競争力が上がっているとも聞くが、やはり中国の競争力が高いと思う。ベトナムでも部材を生産する企業はあるが、価格が高い。
米国、欧州といった主要な海外市場が感染収束に至っておらず、依然、顧客が少ない点が課題。新型コロナ発生前は、6カ月ごとの生産計画を立てられていたが、現在は1カ月など短期的な生産計画しか立てられていない。
質問:
日本企業の技術の導入や、日本企業との連携について。
答え:
日本企業に対しては、まず顧客としての期待がある。当社では、技術導入はある程度進んでおり、今後2年間は新たな投資は控える方針。ただし、連携を望む日本企業があれば、ぜひ話をしてみたい。各地に土地も所有しているため、工場設立からの連携も期待できる。
執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所
庄 浩充(しょう ひろみつ)
2010年、ジェトロ入構。海外事務所運営課(2010~2012年)、横浜貿易情報センター(2012~2014年)、ジェトロ・ビエンチャン事務所(ラオス)(2015~2016年)、広報課(2016~2018年)を経て、現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ホーチミン事務所
阿部 浩明(あべ ひろあき)
2003年、財務省函館税関入関。財務省関税局などを経て、2020年よりジェトロ・ホーチミン事務所勤務(出向)。

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