特集:新型コロナによるアジア・ビジネスの変化を読み解く 医薬品の国産化・輸出強化の動きが顕在化(スリランカ)

2021年4月6日

スリランカは、新型コロナウイルス感染を受けて、2025年までに医薬品の国内需要の50%を国産化するため、国を挙げて取り組んでいる。国産化のニーズに応えた後は、輸出が課題だ。現地の製薬会社は、生産設備への投資や、欧州の認証取得を進めている。また、新型コロナ感染拡大を背景に、海外の製薬会社は生産拠点の多様化を進めている。これに対し、現地の製薬会社はスリランカの優位性を生かして製造受託企業になることなどで、ニーズに応える自信を見せている。政府は製薬セクターによる対内直接投資にも期待。製薬輸出特別区の設置や法人税優遇策を導入する計画がある。

新型コロナの影響で国内マーケットに変化

スリランカでは、2020年3月から5月にかけて、新型コロナ感染拡大防止策として、厳格な外出禁止が全国で発令された。政府は、郵便局の配達網を活用し、医薬品を一般市民に届ける制度を導入した。もっとも、郵便局の準備が整わず、制度が十分に機能しなかった。また、この制度は、公立病院で医薬品の処方を受けていた者を対象とするものだった。すなわち、私立病院や薬局での医薬品購入のニーズには対応していなかった。その後、特定日に薬局を開ける指示を政府が出したところ、薬を求めて長蛇の列ができ混乱をきたした。

医薬品の国内マーケットについて、医薬品を輸入販売するヘーマス・ファーマシューティカルズに聞いた。同社は、国内シェア33%の有力企業だ。2020年は全国的な外出禁止令が出たものの、同社の売り上げ目標の達成には支障を来さなかったという。外出禁止令解除の後も、外出を控える傾向は続いたが、医薬品のニーズは揺るがなかった。既存の全国販売網や販売担当者の努力も功を奏した。同国で初めて導入された医薬品のオンライン販売も、同社の売り上げを支えている。オンライン販売では、一般薬の購入に加え、処方箋をアップロードして示すことで薬剤を注文することもできるようになっている。現在、国内の医薬品市場は6億6,400万ドル程度だ。しかし、生活習慣病の増加と高齢化社会の到来も相まって、国内の医薬品の需要は今後も増えると同社はみている。この需要に積極的に応えていく計画だ。

生活習慣病関連薬のニーズの高まり

スリランカでは、非感染症疾患が死因の7割を超える。特に、生活習慣病に関連する医薬品のニーズが増大している。2020年に発令された外出制限中には、インシュリンの買いだめが起こった。その後、多くの薬局は1人当たりのインシュリン購入数を限定した。生活習慣病関連の医薬品のニーズの高さを裏付けるような出来事だ。スリランカは平均寿命が長く(2018年:男性73歳、女性80歳)、乳児死亡率や妊産婦死亡率も低い。このことから、プライマリーヘルスケア(注)の優等生とされてきた。しかし、近年は他の中進国の例に漏れず、糖尿病や高血圧、心疾患などが増加している。生活習慣病に関連する医薬品のニーズは、今後も増え続ける見込みだ。

国を挙げた国産化への取り組み

スリランカは国内の医薬品供給量の85%を輸入に頼っている。医薬品のニーズの高まりを背景に、輸入額が年々増加傾向にある。同国中央銀行の統計によると、2020年の医療・医薬品の輸入額は約6億ドル、前年比8%増だった。スリランカ投資委員会(BOI)によると、今後5年間の医薬品の国内市場規模の年平均増加率は8~10%と推測されている。

政府は輸入による外貨流出を食い止めるためにも、医薬品の国産化に国を挙げて取り組んでいる。この方向性は新型コロナ禍下の2020年に顕著になった。政府は公立病院向け医薬品の調達で、国産品を優先する制度も導入した。医薬品生産の原材料や生産設備の輸入には免税を適用している。製薬会社の法人税も28%から18%に減額した。公立病院は無料で診療を行い、医薬品も無料で提供している。そのため、国産化によって医薬品の供給価格が下がれば、保健財政の負担軽減にもつながる。

医薬品の輸入代替を牽引する国有医薬品生産公社

国産化を推進する先兵が国有医薬品生産公社(SPMC)だ。同社は国際協力機構(JICA)の無償資金協力事業で1987年に設立され、技術協力や円借款の活用などにより生産能力を拡大した。現在の生産能力は年間40億錠だ。SPMCは国産化推進の政策の下、これまで4種類の医薬品の国産化に成功している(2020年2月現在)。輸出に向けた取り組みも進めており、例えば、SPMCが所有する工場に、注射用の粉末状ペニシリン系抗生物質を国内需要の3倍賄える生産設備を設置した。SPMCは、欧州医薬品基本要件(EU-GMP)の認証取得に向けた準備も進めている。


SPMCの製造ライン(同公社提供)

戦略的な立地生かした医薬品の輸出奨励

スリランカは中進国に分類され、高付加価値の技術集約的産業の誘致を進めている。欧州や中東、アフリカ諸国にもアクセスが良く、インドやパキスタンといった巨大市場にも近い。同国の製薬企業はこのような地理的優位性を生かし、新型コロナの感染拡大を背景に、生産拠点の多様化を求める海外大手製薬会社のニーズに応える自信を見せている。具体的には、(1)大手製薬会社のライセンシングで製造委託会社になる、(2)南部ハンバントタ県の製薬企業誘致サイトに合弁企業を設立する、(3)R&D施設を共同で設立し、新薬研究を行うなどの手法が考えられる。

製薬セクター対内直接投資にも期待がかかる。政府はハンバントタ県に製薬輸出特別区を設立し、外国製薬企業の誘致を奨励する予定だ。2021年内に同特別区内200エーカーのインフラ整備、製薬企業20社の誘致などの青写真を描いている。同地区への投資は戦略的開発事業と見なされる。政府は、法人税・付加価値税の減税などの優遇策を適用すると2021年2月に発表した。

海外製薬会社の第2の生産拠点設置のニーズに応える

モリソン(Morison PLC)は、生活習慣病関連薬を中心に約70種の医薬品を生産している現地企業だ。2020年10月には、製品群の拡大と輸出を目的に1,850万ドルを投資。新製造工場と研究開発施設を最大都市コロンボの郊外に設立した。新工場は、欧州における医薬品の欧州医薬品基本要件(EU-GMP)に適合した完全自動化ラインと、化学・微生物実験室、独立空気調整施設などを備えている。この施設はスリランカ・ナノテクノロジーパーク内に位置し、最新技術の研究開発実施にふさわしい環境にあるのも特徴だ。


モリソンの新製造工場と研究施設(同社提供)

同社は欧州のEU-GMPの認証取得に向けた準備を進めており、欧州や、欧州の医薬品基準を採用しているアフリカ・アジア諸国への医薬品の輸出を計画している。同社へのインタビューでは、スリランカで医薬品を生産する優位性として、欧州やアフリカにもアクセスのよい地理的所在に加え、製薬大国インドが隣にあることが挙げられた。

インドや他の南アジアの製薬会社、また全世界の多国籍企業は生産拠点の多様化を求めており、スリランカはこのニーズに合理的に応えることができる。先進国やアジア各国に比して労賃が安いこと、清潔な水や空気といった医薬品生産に不可欠な条件が整っていることも、スリランカの大きな優位性だ。

モリソンはまた、日本の持つ最新の製薬技術に強い関心を有している。医薬品の技術開発能力の向上や人材育成でのパートナーシップ、欧州基準の医薬品マーケットに向けた契約生産の受注を期待している。

政府の積極的な海外製薬企業の誘致策、具体的なパートナー候補となり得るローカル企業の存在、ハブとしての優位性から手付かずの市場への参入可能性など複数の要因に鑑みて、新型コロナ後のスリランカは今後、日本の製薬企業にとって大きなビジネスの可能性を秘めた存在になり得る。


注:
健康であることを基本的な人権として認め、全ての人が健康になること、そのために地域住民を主体とし、人々の最も重要なニーズに応え、問題を住民自らの力で総合的にかつ平等に解決していくアプローチ。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所 所長
糸長 真知(いとなが まさとも)
1994年、ジェトロ入構。国際交流部、ジェトロ・シドニー事務所、環境・インフラ担当などを経て、2018年7月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・コロンボ事務所
ラクナー・ワーサラゲー
2017年よりジェトロ・コロンボ事務所に勤務。

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