特集:新型コロナによるアジア・ビジネスの変化を読み解くオンラインでの購入が「ニューノーマル」に、利便性向上などが鍵(マレーシア)

2021年5月20日

マレーシアにおいて、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う移動制限で、長期にわたって打撃を受けている業種の1つが小売業だ。制限内容が最も厳しかった際には、食品などの生活必需品以外の小売店は閉鎖せざるをえず、売り上げが激減した。こうした状況下で、多くの小売店が、Eコマース(EC:電子商取引)やソーシャルネットワークサービス(SNS)などを活用したオンライン販売体制の構築・強化に乗り出している。最初の移動制限の発令から1年以上経過した今、オンライン販売・購入は都市部を中心に、一般的な購買方法となりつつあり、サービスの向上も見られる。本レポートでは、新型コロナを機に変化した、マレーシアの消費者の購買行動と小売事業者の動向を解説する。

小売業への影響が長期化する中、オンライン購入の利用者が増加

外出制限や事業活動の停止などを伴う移動制限令は、2020年3月18日に初めて発令されて以降、制限内容の緩和と厳格化を繰り返しながら、2021年4月現在まで継続してきた。2021年2月以降は緩和傾向にあり、国内移動や営業時間などに制限があるものの、ほぼすべての事業活動が、一定の制限のもとで再開しているが、こうした制限措置が小売店の業績に与えた影響は大きい。マレーシア統計局の「卸売・小売業業績レポート(2021年2月)」によると、2020年3月から2021年2月までの小売業の月別売上高は、2020年4月に大幅な減少を記録した。その後、移動制限令の大幅な緩和があった5月から7月にかけて回復したが、依然として総じて前年同月を割り込んでいる状況だ(図1参照)。

図1:マレーシアにおける小売業の売上高(月別)
2019年3月から2020年2月までを月別にみると、4月に約41億リンギで最も低く、12月に約47億リンギで最も高い。他方、2020年3月から2021年2月までを月別にみると、9月に約43億リンギで前年同月をわずかに上回ったが、そのほかは全ての月で前年同月を下回った。特に4月は約28億リンギで、前月の約40億リンギから急落した。5月に約35億リンギとなり、6月に約41億リンギまで回復した。その後は42億から45億リンギの水準で2021年2月まで緩やかに変動した。

注:3~12月は2019年と2020年の比較、1~2月は2020年と2021年の比較。
出所:マレーシア統計局

次に、消費者のインターネット利用の変化をみるため、マレーシア統計局が2021年4月に発表した「個人および家庭におけるICT(情報通信技術)利用アクセス調査レポート(2020年)」をみると、2020年のインターネット利用率(15歳以上)は89.6%で、前年比の上昇幅は6.4ポイントと比較的高かった。2015年からの推移をみると、インターネット利用率は約7割から、年々、増加し、新型コロナ禍の中、2020年は利用率が約9割に達したことがわかる(図2参照)。

図2:マレーシアのインターネット利用率
利用率は、2015年から2020年まで順に71.1、80.1、81.2、84.2、89.6となった。単位はパーセント。

出所:図1に同じ

同レポートによると、インターネットの主な用途は、SNSの活用、映画などのコンテンツやソフトウェアのダウンロード、情報の検索などである。2019年から2020年の大きな変化として、ECやその他のオンラインでの製品・サービスの購入が大幅に増えたことが挙げられる。図3のとおり、「製品・サービスのオンライン注文」は前年の22.5%から31.9ポイント増の54.4%と顕著な伸びを示した。ここでいう「オンライン注文」とは、EC以外の電話、SNS、チャットアプリ(ワッツアップなど)などのオンライン手段を使った注文を指す。新型コロナ禍の外出制限によって、これらの利用が飛躍的に伸びたものと考えられる。オンライン注文の利用者を年齢別にみると、最も利用率が高いのは25~29歳(67.2%)で、その後、30~34歳(65.6%)、35~39歳(64.4%)が続く。次に、「Eコマースによる製品・サービスの購入」の項目も、前年の35.2%から45.0%に増加した。ECの年齢別利用率は、35~39歳が54.9%と最も高く、40~44歳(53.5%)、25~29歳(51.5%)と続く。

図3:インターネットの利用用途(上位15項目)
単位はパーセント。約76パーセントであるメールの送信を除くすべての項目で、2020年の方が2019年より高い。最も比率が高い利用用途はSNSの利用で、2019年が約97パーセント、2020年が約98パーセント。次に8割以上の比率なのが、画像・映画・ゲームのダウンロード、製品・サービスの検索。インターネット通話は、2020年のみ8割を上回った。7割以上の比率は、ソフトウェア・アプリケーションのダウンロードとメール送信。さらに、6割台は新聞・雑誌のオンライン購読。インターネットバンキングの利用と健康に関する情報の検索は、2020年のみ約60パーセント超となった。5割台のうち、製品・サービスのオンライン注文は、前年の約20パーセントから急増した。このほか、オンラインテレビの視聴、オンラインラジオの視聴、オンラインストレージサービスの利用、政府機関の情報検索も2020年に50パーセント超。Eコマースによる製品・サービスの購入は、2019年の約35パーセントに対して2020年に約45パーセントまで増加した。なお、製品・サービスのオンライン注文は電話、フェイスブックなどのSNS、ワッツアップなどを指す。

注:電話、フェイスブックなどのSNS、ワッツアップなどを利用した注文。
出所:図1に同じ

これらのデータから、マレーシアでは、新型コロナ以前からインターネット普及率が約8割と高く、ECを利用する消費者は3割程度いたが、新型コロナ禍により、物理的に外出ができなくなり、これまでECを利用してこなかったインターネット利用者も、活発に使うようになったことがわかる。さらに、ECだけでなく、フェイスブックなどのソーシャルネットワーキングサービス(SNS)からの商品購入や、配車サービスのグラブが提供するデリバリーサービスの「グラブマート」、「ハッピーフレッシュ」などのオンライン購買代行などのオンライン購入のプラットフォームの利用も増加した。また、オンラインでの購入増加を背景に、インターネットバンキングの利用も5割から6割に増えており、購入から決済までの一連の流れがオンライン化し、定着してきていることがうかがえる。

関心が高まる健康分野でニーズに応じた商品・サービスを強化

前述以外に、インターネット利用用途として前年比で大幅に伸びたのが、「健康に関する情報の検索」だ。新型コロナウイルスの感染拡大により、健康に関する情報やサービスについての関心が高まったとみられ、同比率は、前年の45.3%から61.9%に大幅に増加した(図3参照)。また、数値は高くないものの、「診察予約」も前年の4.5%から10.7%に増加している。

こうした健康への関心の高まりは、小売事業者の業績にも表れている。健康・オーガニック食品を販売する地場小売りのFMCグリーンランドでは、移動制限令の発令後、実店舗の閉鎖に伴う一時休業で大きく売り上げを落としたものの、自社ウェブサイトおよびEコマース事業者を通したオンライン販売が例年の6~8倍に急増したという。同社によると、健康を気遣う傾向は年々上昇していたが、新型コロナウイルスの感染予防などで注目され、発酵食品など免疫力強化に効果があるとされる製品への関心が高まっている。また、健康に配慮したシリアルやヨーグルトなどを製造・販売する地場企業A社では、移動制限令中でも生活必需品として店舗営業が許可されていたドラッグストア向けの販売が多かった。やはり、一時期は6割ほど売り上げが落ちたものの、2021年は例年通りの出荷まで回復している、と話す。

FMCグリーンランドによると、健康に配慮した食品や製品への関心の高まり、オンラインでの購入客の増加は、販売増加の追い風だが、他方で、課題は「健康食品にかける金額の減少」だ。新型コロナウイルスをきっかけに健康に気を遣う消費者が増えていることは、インターネット利用での情報検索をする比率が増えたことからわかる。しかし、実際には経済成長率の低迷による失業率の上昇、給与の減少が影響し、顧客の単価は減少傾向にあるという。また、同社によると、消費者向けの配送も課題だ。人工知能(AI)などを使った物流スタートアップ企業の台頭もあり、発送場所から近い範囲への配送品質は上がっているが、遠距離や時間指定での配送やコールドチェーンの品質にはまだ課題がある。ラストワンマイルの配送体制の整備や、品質の向上は、今後のオンライン購入の市場成長のために重要だ。

FMCグリーンランドやA社では、経済の回復とともに購買力も戻ってくることを期待しているというが、こうした状況に配慮したリーズナブルな製品の新たな開発、商品・サービスの多様化を図って幅広い層へのリーチを狙っているほか、即日配送などの配送サービスの向上にも迅速に着手したという。また、ECに関しても、様々な小売店が多数出店する共通のプラットフォームだけでなく、自社のサービスやプロモーションなどで、より差別化ができる自社ウェブサイトでの販売を強化する動きもみられる。

新型コロナ禍によって、消費者にとって購買行動はオンラインを通して行うことが、いわゆるニューノーマルになってきており、オンラインでのサービス提供に対応する小売店も増加している。オンラインが主流の今、多数の選択肢の中から消費者に選ばれるためには、迅速かつ確実な配送やウェブサイトの改修など顧客にとっての利便性向上、新たな製品・サービスの開発など、他社との差別化や多様なオプションの提示が、販売側にとってさらに重要な鍵といえそうだ。

執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)(2010~2014年)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)(2014~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2017年)を経て、2017年9月より現職。

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