特集:新型コロナによるアジア・ビジネスの変化を読み解くモバイルマネーとECの利用に、高い成長を期待(ミャンマー)
コロナ禍で動き出すデジタル関連ビジネス(1)

2021年4月22日

世界は、新型コロナウイルスによる大規模なパンデミックに見舞われている。ミャンマーでも、2020年3月に感染を確認。これに対し政府は、厳格な移動制限措置などを矢継ぎ早に導入し、第1波の抑制に成功した。しかし、8月に第2派が到来すると、瞬く間に感染が最大都市ヤンゴンを中心に全国に急拡大。政府としても対応に追われ、現在も感染拡大の抑制に積極的に取り組んでいる。

こうした逆境下にあっても、企業は今後の成長が見込まれるデジタル関連ビジネスへの投資を加速している。意外にも100%を超える携帯電話普及率などが背景にある。本特集では、顕著な動きがあるモバイルマネー、電子商取引(EC)分野を取り上げ、統計や企業インタビューなどを通して現在の状況を追った。

ただし、本考察は、2021年2月1日に発生した国軍による権力掌握以前の動向を基に記載しており、その後の影響は反映されていない。

デジタル関連ビジネス市場、域内でも高い成長が期待

ミャンマーは2012年以降、民主化のもとに各種の経済開放政策を推進してきた。携帯電話事業についても同様だ。かつては国営のMPT(Myanmar Posts & Telecommunications)1社の独占状態が続いていた。大規模な投資もできず、基地局整備も遅れる。結果、2012年時点で携帯電話普及率は約10%にとどまっていた。当時、東南アジア各国では、プリペイドのSIMカードと中国製の低価格携帯電話が普及。携帯電話普及率が伸びていたのと対照的だ。片やミャンマーの普及率は、群を抜いて低かったのだ。

しかし、ミャンマー政府は、2016年までに携帯電話普及率を80%に引き上げる目標を掲げた。2014年の携帯電話市場への外資開放決定を機に、状況は激変した。それまで何万円もしていたSIMカードが数百円で購入可能になった。端末価格も低下し、一般国民にも手に入る価格帯に。一気に普及が加速し、2018年には携帯電話普及率が100%に達した。ミャンマーは、一気にスマートフォン時代に突入した。固定電話やパソコンなどの社会インフラを飛び越したことになる。東南アジアなどの新興国でよく見られる、いわゆる「リープ・フロッグ型発展」の典型例だ。ミャンマーは東南アジア各国の中でも後発国で、インフラ整備が遅れた。農業、医療、金融、物流など、様々な分野で課題が数多く存在する。これら社会課題の解決のため、デジタル技術を活用した新たなイノベーションが生まれるポテンシャルを大いに有しているのだ。

ソーシャルメディア・プラットフォームのWe Are SocialとHootsuiteは毎年、共同で「DIGITAL2021 MYANMAR外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を制作・公表している。この調査によると、普及している携帯電話は6,943万台。2021年1月のミャンマーの総人口は5,461万人なので、普及率が127%になる。インターネットユーザーは2,365万人で、普及率43%。また、ソーシャルメディアユーザー2,900万人、普及率53%だ(表1参照)。

表1:ミャンマーの携帯電話・インターネット・ソーシャルメディアの普及率
国・地域名 携帯電話
普及率
インターネット
普及率
ソーシャル
メディア普及率
ミャンマー 127% 43% 53%
東南アジア 85% 42% 31%
世界 67% 60% 54%

出所:「DEGITAL2020 MYANMAR」を基にジェトロ作成

一方で同調査によると、銀行口座保有率は26%、クレジットカード保有率は0.06%、モバイルマネーアカウント保有率は0.7%、オンライン購入率は3.6%。いまだ低い水準といえる(いずれの率も15歳以上の人口に占める割合)。

次に、各種データベースを提供する事業で世界最大級のStatistaは、2021年のミャンマーのデジタル決済取引額を13億300万ドルと見込む。2022年以降は17.4%の年平均成長率で推移し、2025年には24億7,400万ドルになると予想する。また、2021年のEC取引額は4億1,000万ドルの見込みだ。2022年以降は12.9%の年平均成長率で推移し、2025年には6億6,700万ドルになると予想する。いずれも、ASEAN全体の市場規模に占めるミャンマーの割合は低い(2025年時点で前者が1.1%、後者が0.7%)。他方で成長率は、ASEAN合計よりも高く見込まれている。高い携帯電話普及率や低い銀行口座保有率などを背景に、新型コロナの感染拡大防止策としての活用も相まって、モバイルマネーなどのデジタル決済やECが近年、急速に浸透。今後の拡大が期待される。

表2:ASEAN各国のデジタル決済取引額予測(単位:100万ドル、%)
国・地域名 2021年 2025年 年平均
成長率
2025年
シェア
インドネシア 57,022 90,282 12.2 39.3
タイ 15,927 24,127 10.9 10.5
ベトナム 15,071 26,378 15.0 11.5
フィリピン 15,054 27,639 16.4 12.0
マレーシア 12,666 26,207 19.9 11.4
シンガポール 11,200 25,368 22.7 11.0
カンボジア 2,635 5,547 20.5 2.4
ミャンマー 1,303 2,474 17.4 1.1
ラオス 579 1,662 30.2 0.7
ブルネイ 123 162 7.1 0.1
ASEAN合計 131,580 229,846 15.0 100.0

出所:Statistaのデータを基にジェトロ作成

表3:ASEAN各国のEC取引額予測(単位:100万ドル、%)
国・地域名 2021年 2025年 年平均
成長率
2025年
シェア
インドネシア 38,195 56,358 10.2 56.4
タイ 8,900 12,319 8.5 12.3
ベトナム 7,010 8,741 5.7 8.7
マレーシア 5,540 9,679 15.0 9.7
フィリピン 4,421 7,665 14.7 7.7
シンガポール 2,793 4,079 9.9 4.1
ミャンマー 410 667 12.9 0.7
カンボジア 222 313 9.0 0.3
ラオス 81 124 11.2 0.1
ブルネイ 54 63 3.9 0.1
ASEAN合計 67,626 100,008 10.3 100.0

出所:Statistaのデータを基にジェトロ作成

モバイルマネー、ECが急速に浸透

ミャンマーでは近年、10社以上がモバイルマネー市場に参入。例えば、財閥大手ヨマ・ストラテジック・ホールディングス傘下の「ウェーブ・マネー」、通信事業最大手の国営郵電公社MPTが提供する「MPTマネー」、民間銀行最大手カンボーザ(KBZ)の「KBZ ペイ」などだ。群雄割拠の様相を呈している。これらの企業は、MPTマネーのように携帯電話サービスを展開する企業4社と、ウェーブ・マネーやKBZペイなどのように携帯電話サービス以外の事業者に分けられる。

ウェーブ・マネーは、銀行口座保有率の低いミャンマーで、相手の携帯電話番号を指定して簡単に送金できるモバイルマネーだ。2016年にサービスを開始。出稼ぎ労働者が地方に住む家族に送金する需要が多い。2019年の送金額は、前年の3倍以上にあたる6兆4,000億チャット(約4,900億円、1チャット=約0.077円)。2020年はさらに倍増。12兆チャットに達したと現地メディアが報じている(2020年1月13日および2021年1月13日付「ミャンマータイムズ」)。これは、ミャンマーの2020年の国内総生産(GDP)の11.5%に相当するという。また、ヨマ・ストラテジック・ホールディングスは2020年5月、中国の電子商取引(EC)最大手、阿里巴巴集団(アリババグループ)とモバイル決済サービスで戦略提携すると発表。アリババグループ金融子会社がウェーブ・マネーへの資本参加を果たしたことになる。ウェーブ・マネーは、アリババグループと経験・技術を共有することにより、送金事業やモバイルマネー事業の競争力をさらに高めるという(2020年6月24日付「ミャンマータイムズ」)。

一方で、国営MPTは2020年1月、スマートフォンを利用した送金・決済サービス「MPTマネー」の開始を発表。携帯電話事業者が展開するモバイルマネーとして先行するウェーブ・マネーを追随し、デジタル決済の普及を図るのが狙いだ。MPTは、人口の約5割に相当する約2,500万人に通信サービスなどを提供している。その広範囲なネットワークが武器になる(2020年1月28日付MPTプレスリリース)。また、MPT は2020年10月、日系の日本生命保険および損害保険ジャパンの2社と提携。携帯端末から加入し、モバイルマネーで保険料を支払えるデジタル保険の販売をミャンマー国内で初めて開始(2020年10月19日付MPTプレスリリース)。このように、事業拡大にも積極的だ。

ミャンマー初となる銀行口座への送金アプリ「Onepay」も急成長している。2020年5月にサービスを始め、1カ月を待たずして利用者が15万人に達した。銀行へ行かずに提携銀行への送金が可能で、人との接触や集まりが減ることで新型コロナ感染拡大予防にも寄与する。同社担当者は、「利用者は銀行口座を必要とせず、スマートフォンを持っている人なら誰でも利用可能だ。銀行口座保有率が低いミャンマーの金融包摂の向上につながる。サービス開始当初に送金が可能だったのは、主要7銀行との間でだけだった。しかし、2020年6月までに国内の全銀行への拡大を予定。今後は利用者の増加を目指し、特に都市部ヤンゴンでのネットワークの拡大に注力する」と、現地メディア(2020年5月28日付「ミャンマータイムズ」)に語り、今後の事業拡大に意欲を示した。

ミャンマーでeコマース最大手と言えば、「shop.com.mm」だ。アリババグループが、ミャンマー、パキスタン、バングラデシュ、ネパールでオンラインショッピングを運営していたパキスタン大手ECのダラズグループを2018年 に買収し、運営している。同社は、2,000を超える業者の50万点を超える商品を幅広く取り扱う。顧客データの保護や不良品の返品対応なども、アリババが有する国際水準の技術で取り組んでいる。特定のカテゴリーや商品を取り上げたキャンペーンや、アリババが全世界で展開する大規模セールなどを実施。2019年の成長率は、前年比で10倍近くに達している(2019年10月31日付「ミャンマータイムズ」)。

また、近年では、ECスタートアップも続々と登場している。たとえば、「Kyarlay」は、ベビー用品に特化して4時間以内に配達するサービスを提供。ヤンゴンを拠点とするベンチャーキャピタルから資金を調達し、積極的に事業拡大を図っている。

デジタル経済の発展に向け、政府も各種施策を実施

ミャンマーは、現在、2019年に策定された「Myanmar Digital Economy Roadmap」の途上にある。このロードマップは、持続可能なデジタル経済の発展のために、政府・貿易・投資分野でのデジタル技術の活用の推進を目指すものだ。(1)国連電子政府ランキングを2025年に145位にする(2019年は157位)、(2)オンライン金融取引のシェアを30%に引き上げる(同0.5%)、(3)デジタル産業への外国直接投資を120億ドルにする(同60億ドル)など、14の具体的な目標が掲げられた。それぞれ、担当省庁が割り当てられ、その達成に向けて取り組んでいる。

また、2020年4月27日に発表した「新型コロナウイルス経済救済計画(COVID-19 Economic Relief Plan: CERP)」でも、資金流動性の円滑化と民間企業の支援に重点を置きつつ、デジタル決済およびECの利用促進が1つの柱として掲げられた。期限を定めた具体的な行動計画を明記し、配送や物流面での支援も示されていた。

さらに、2020年には、ECの業界団体としてミャンマーEC協会を設立。同協会は業者と消費者の橋渡し役となり、健全な業界の発展を目指す。より具体的には、EC関連技術の普及、詐欺防止に関する啓発セミナーの開催や、法令や規制措置の整備への貢献などを担うことになる。

このように、ミャンマー政府も民間企業の活発な動きに合わせて、デジタル関連ビジネスを積極的に後押ししていた。デジタル決済およびECをはじめとするデジタルビジネスは、今後のミャンマーの経済成長に貢献する分野と明確に位置付けていたためだ。

しかし、2021年2月1日、国家緊急事態宣言により、国家の司法・立法・行政の権限が大統領から国軍司令官に委譲された。民政移管から10年を経て、突然の国軍による権力掌握にミャンマー国内は混乱を極めている。2021年3月現在、ミャンマーでは抗議デモや職場ボイコット運動(CDM:Civil Disobedience Movement)が、全国規模で拡大・長期化。国内経済に与える影響は必至で、企業にとって先行き不透明な状況に陥っている。

それでもなお、これまでに見たデジタル関連ビジネスは引き続きミャンマーの経済成長の原動力になり得る重要分野であることは間違いない。今後の動向を見守っていきたい。

執筆者紹介
ジェトロ・ヤンゴン事務所
細沼 慶介(ほそぬま けいすけ)
2001年、経済産業省入省。2019年からジェトロ・ヤンゴン事務所勤務(出向)。

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