特集:新型コロナによるアジア・ビジネスの変化を読み解くポスト・コロナを見据えた新しい社会像と事業機会(アジア大洋州総論)

2021年4月14日

アジア大洋州地域での新型コロナウイルスの感染拡大は、世界全体の中では相対的に穏やかだ。各国で状況が異なるとはいえ、今後、スピード感のある経済回復が期待される。社会・経済・生活が大きな影響を受ける中、ポスト・コロナの時代を見据え、現地の有力産業・企業は新しい商品やサービス、ノウハウなどを用いたビジネスに取り組み始めている。共通項はリモート化、オンライン化、分散化、自動化、省力化など、いずれもデジタルシフトを伴うものだ。

本稿では総論として、アジア大洋州地域の感染や経済の状況、新たなビジネス創出の特徴を地域横断的に示す。

アジア大洋州の感染状況はまだら模様

アジア大洋州地域の新型コロナ感染状況について振り返る。2020年3月中旬から4月ごろにかけて、フィリピンやマレーシア、インドネシア、タイ、インド、シンガポールで感染者が増加(図参照)。各国政府は入国制限やロックダウン(都市閉鎖)を含む移動・操業制限措置を取った。感染拡大の状況を概観すると、マレーシアとタイは5月以降、新規感染者が減少。低熟練外国人労働者の感染が拡大したシンガポールも収束傾向となった。ベトナムでは当初から新型コロナ感染封じ込めに成功した。それに対して、インド、インドネシア、フィリピンは6月以降に感染拡大が止まらない状況が続いた。本稿執筆時点(2021年3月)でも、インド、インドネシア、フィリピンの感染者数は、ピークアウトしたとはいえ、引き続き多い。また、感染を抑え込んでいた国でも第2波、第3波が生じたこと加え、変異株による感染拡大が加速している場合もある。ただし世界を見渡すと、アジア大洋州地域の感染規模は総じて穏やかで、新型コロナ禍からの復興スピードが最も期待される地域の1つと見られている。

経済正常化の切り札とされるのが、新型コロナワクチンだ。総じて、各国政府による確保や接種、その準備が進み始めている。シンガポールで2020年12月末、域内で最も早くワクチン接種を開始したほか、2021年1月にインドネシア、インド、2月にマレーシア、オーストラリアなど、3月にはタイ、ベトナム、フィリピン、バングラデシュなどでそれぞれ始まった。ただし、本格的な実施に当たっては、ワクチン使用承認を含め、スピードや規模感で遅れる国々もみられる。各国の状況はまだら模様だ。

図:アジア大洋州の新型コロナ新規感染者数(主要国)
国別で最も多いのはインドで、5月以降から感染者が上昇し、7月には2万人を突破、9月には8万人を突破し、同月半ばに10万近くに達してピークを迎え、11月までに4万人前後まで減少、翌2021年1月には2万人を下回る水準となった。その後、2月に1万人程度まで下降したものの、再び上昇に転じ、3月には4万人を越えている。その他の国は、いずれもインドより非常に少ない。最も多いインドネシアでは、11月から上昇し、翌年1月後半には1万人を越える水準となったが、2月以降は下降し、5,000人前後の水準となっている。その次に多いのがフィリピンで2021年3月に上昇し、8,000人程度となっている。マレーシアは2021年1月から2月に上昇したが、5,000人程度でピークアウトして下降に転じた。

出所:世界保健機関(WHO)

域内経済・産業は2020年第2四半期を底に回復傾向

2020年のアジア大洋州地域の経済成長率をみると、2020年第2四半期(4~6月)にベトナム(前年同期比0.4%)以外は大きく落ち込んだ(表1参照)。各国政府は感染拡大を防ぐために、ロックダウン(都市封鎖)などの厳しい移動・操業制限措置を取ったため、複数国で経済活動が滞った。第3四半期(7~9月)以降は、経済活動再開に向けた措置が本格化し、回復の兆しを見せる。しかし、それまでの不調が響き、2020年通年ではベトナム、ミャンマー、ラオスを除きマイナス成長になった。ASEAN各国では、コロナ対策の歳出増などの結果、財政再建が経済成長の足かせとなっている。また、インドでは、歳入減による財政悪化や金融機関の不良債権問題の深刻化が経済の先行き不透明の要因だ。

表1:アジア大洋州主要国の実質GDP成長率推移と経済成長見通し(年率、四半期,前年同期比)
国名 2018年 2019年 2020年 2021年
(IMF予測)
通年 第1
四半期
第2
四半期
第3
四半期
第4
四半期
タイ 4.2 2.3 △ 6.1 △ 2.1 △ 12.1 △ 6.4 △ 4.2 2.7
マレーシア 4.8 4.3 △ 5.6 0.7 △ 17.1 △ 2.6 △ 3.4 7.0
シンガポール 3.5 1.3 △ 5.4 0.0 △ 13.3 △ 5.8 △ 2.4 5.0*
インドネシア 5.2 5.0 △ 2.1 3.0 △ 5.3 △ 3.5 △ 2.2 4.8
フィリピン 6.3 6.0 △ 9.5 △ 0.7 △ 16.9 △ 11.4 △ 8.3 6.6
ベトナム 7.1 7.0 2.9 3.7 0.4 2.7 4.5 6.7*
インド 6.0 4.0 △ 8.0 0.4 △ 24.4 △ 7.3 0.4 11.5
オーストラリア 2.9 1.9 △ 2.4 1.4 △ 6.3 △ 3.7 △ 1.1 3.0*

注:表中の△はマイナスを表す。IMF予測は2021年1月時点だが、「*」がついている場合は2020年10月時点。
出所:各国統計と「World Economic Outlook」(IMF、2020年10月、2021年1月)

新型コロナが経済や産業に与えた影響について主要国別にみる。

まず感染抑え込みに成功したベトナムでは、社会・経済への影響を最小化したことにより、2020年通年のGDPは前年比でプラス成長を維持し、産業別では小売りが成長を支えた。同国は2019年以降、米中摩擦など通商環境の変化から、企業による投資分散先として引き続き注目度が高い。

マレーシアでは、2020年3月以降、政府による移動制限令が対象地域や制限内容の変更を繰り返しながら続いている。特に操業に関わる制限が厳しかった小売りや外食などが低迷した。一方、半導体の世界需要増によりエレクトロニクス製品が好調となるなど、業種により明暗が分かれた。

タイでは、主要産業の自動車生産が大打撃を受けたものの、2020年後半から前年並みに回復。家電製品も生産が前年同月比プラスに復調した。同国は周辺国に比べて感染拡大を抑制できている。そうしたことから、消費喚起策により内需も回復傾向にある。しかし、観光業は、入国規制の厳格化の影響で、旅行者数が大幅に減少するなど低迷。景気全体に影響を与えている。

インドネシアとフィリピンは感染拡大が収まっていない。インドネシアでは内需が低迷し、2020年の自動車販売台数は前年比で4割超の減少幅だった。フィリピンでは、輸出と在外フィリピン人の本国送金は徐々に回復した。しかし、感染防止のための措置が長期化したことで個人消費が減少。これら内需型2カ国の経済は総じて不調だった。

インドでは、2020年9月下旬以降、新規感染者数がピークアウトした。しかし、その絶対数は依然として多い。政府が経済・社会活動の制限緩和措置を徐々に進めた結果、2020年の経済成長率は第2四半期(4~6月)マイナス24.4%と大きく落ち込んだ後、第3四半期はマイナス7.3%と落ち込み幅が縮小した。乗用車・二輪車の国内販売台数もロックダウンにより激減。その後、2020年8月以降に回復した。この状況下、新型コロナを契機としたライフスタイルや志向の変化によるビジネスチャンスに注目が集まっている。グーグルやIBMなどのグローバル企業がデジタル分野で大型の投資を表明した。

2021年の見通しはどうか。IMFは2021年1月、4カ国について、前年10月時点の見通しを下方修正。具体的には、マレーシア(7.0%)、フィリピン(6.6%)、インドネシア(4.8%)、タイ(2.7%)とした。旅行産業の正常化には時間を要すると予想されることや原油価格の見通しの低迷により、観光を基盤とする国と石油輸出国では見通しが厳しいものとなっていると指摘した。一方、インドは11.5%へと上方修正。その理由として、2020年のロックダウン緩和後の予想よりも力強い回復が2021年にも引き継がれることを挙げた(2021年1月28日付ビジネス短信参照)。

現地有力企業が新たな取り組み開始

新型コロナ感染拡大により、2020年のアジア大洋州地域の経済・社会は総じて急激な変化にさらされた。国によって程度差はあるものの、経済的な打撃は大きかった。他方、同年後半から徐々に新型コロナからの回復ステージに入り、2021年には各国でワクチン接種が開始される。今後、経済回復や社会活動の正常化に向けた取り組みが加速することが期待されている。こうした中、同地域では、経済のみならず社会・生活面でも変化や新しい価値観が生まれている。それらに対応するかのように、ビジネス分野で新しい商品やサービス、ノウハウなどが生まれ、現地有力企業がそれらを市場投入するような動きや取り組みがみられる。業種・分野横断的な現象として、「デジタルシフト」「集中型から分散型へ」「産業構造変化」「環境問題対応」といったキーワードが挙げられる。例えば、新型コロナの感染回避・予防の対策方法としての非接触・遮断化、オンラインによる新ビジネスの誕生、リモート化・分散化に伴うライフスタイルの変化などの進展が見られる。また、新型コロナをグリーン社会移行への好機と捉え、環境投資を通じて経済回復を目指す「グリーン・リカバリー」への姿勢を見せる国もある。

こうした動きを業種・分野別にみると、まず「サプライチェーン強靭(きょうじん)化」という観点からは、製造業ではグローバルサプライチェーンが遮断され、その弱さが浮き彫りになった。企業の対応策として調達先の多角化や在庫の積み増しだけでなく、中長期的には省人化・自動化、生産設備のデジタル化、柔軟な生産システム構築を模索する動きがあり、新たなビジネス機会の可能性が指摘される。新型コロナのケースでは比較的早期に回復したものの、とりわけ精緻なサプライチェーンを構築していた企業は、移動制限などによる工場の操業停止や貨物便の減便、通関・物流の遅延などにより、途絶の復旧に苦労したケースもあった。

次に、一般消費者市場関連では、「電子商取引(eコマース)」や「宅配等サービス」が伸びている。都市閉鎖によりレストランや小売店などの店舗閉鎖が余儀なくされる中、消費者の購買行動は食事、生活雑貨、アパレルなどの購入でオンラインに大きくシフトした。例えば、オーストラリアでは、厳格な外出制限措置に伴ってステイホームを余儀なくされたことから、実店舗からオンラインへの移行がみられる。物流・倉庫などでEC関連事業への投資拡大が進み、ソフトウエア関連などのスタートアップが出るようになった。また、新型コロナを経て非接触型支払い・決済による「デジタルペイメント」が拡大している。ミャンマーでは、携帯電話普及率が100%を超え、ITネットワーク網が構築されつつある。その中で、モバイルマネー分野で事業者が10社以上参入し、競争を激化させている。同国では銀行口座保有率が低く、携帯電話番号を指定することで簡単に送金できるモバイルマネーへの利用ニーズが高い。

「医療分野」では、オンライン診療や薬のオンライン販売が加速している。人工知能(AI)を活用したチャット形式の簡単なオンライン診断などが普及していく見込みだ。また、オンライン診断と併せて、オンラインでの医薬品購入が拡大する兆しがある。インドでは、消費者が自宅にいながら、オンラインサイトで診察や処方箋発行、薬の受け取りといった一連のプロセスを済ませることができる。2020年にはアマゾンがベンガルールで試験的に医薬品のネット販売サービスを開始した。

「都市・交通・インフラ」では、自宅や地域に回帰が考えられる。これまで人々は、職場や都市を中心に行動していた。しかし、大都市一極集中から分散型の都市計画がされていくだろう。また、新しい都市の在り方として、スマートシティーなどデジタルトランスフォーメーション(DX)に対応した都市計画や建設が見込まれる。持続可能な都市という観点からは、再生可能エネルギーの利用、エネルギーの最適化なども課題だ。シンガポールでは、在宅勤務の普及が加速し、オフィス需要減少など不動産各社が事業戦略の見直しを迫られている。デジタル技術の導入により入居者が安心して働ける環境の提供など、新しい付加価値提供を模索している。

表2:新型コロナをきっかけにアジア大洋州地域で加速する新しい社会像・価値観の変化の事例
項目 事例
分野横断的な新しい動き 「デジタルシフト」
「集中型から分散型へ」
「産業構造変化」
「環境問題対応」
どのような業種・分野で? 消費者の購買(小売り、飲食)
医療・介護
感染予防
都市・交通・インフラ
製造・生産(サプライチェーン)
どのような方法で? リモート化
オンライン化
分散化
自動化
省人化
どのような技術で? オンライン・コミュニケーション
:テレワーク、オンライン化(授業、診療、会議)
信頼性・セキュリティー
:非接触抑制技術、スマート決済、インフラ、交通

出所:各種資料を基にジェトロ作成

デジタルシフトを伴う新たな事業機会

アジア大洋州地域の経済・産業は、新型コロナにより景気減速や市場規模縮小、企業活動の減退といったマイナスの影響を受けてきた。他方で、ポスト・コロナ時代を見据え、新しい商品やサービス、ノウハウなどの市場投入や新たな取り組みに着手する現地有力企業がみられる。コロナをきっかけとしたニーズの出現・変化や必要とされる技術を把握することは、新たなビジネス機会の創出につながるだろう。これらの取り組みでの共通項として、リモート化、オンライン化、分散化、自動化、省力化など、いずれもデジタルシフトを伴うものが多い。これらは新型コロナをきっかけにこれまでの経緯を踏まえたトレンドや傾向を加速させ、新しい機会を創出する動きとして注目される。

本特集の各論では、各国・地域別にフォーカスした業種・分野の動向や具体的な企業事例について紹介する。

執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所次長
藤江 秀樹(ふじえ ひでき)
2003年、ジェトロ入構。インドネシア大学での語学研修(2009~2010年)、ジェトロ・ジャカルタ事務所(2010~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2018年)を経て現職。現在、ASEAN地域のマクロ経済・市場・制度調査を担当。編著に「インドネシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2014年)、「分業するアジア」(ジェトロ、2016年)がある。

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