高度外国人材を輩出する大学、その最前線に迫る日本就労特化プログラムで即戦力エンジニアを育成:インドSRM大学

2026年8月25日

近年、日本の人材採用は売り手市場が続く。特に理系人材不足は深刻で、企業は自社が求める専門性を持つ理系人材の確保に向け、国内の留学生採用に加え、海外の大学からの新卒直接採用にも本格的に目を向け始めている。そうした中、インド南部を中心に展開する私立大学SRM大学グループの一校である、SRM大学AP(アンドラ・プラデシュ)キャンパス外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますが、日本での就労を目指す独自の高度人材育成プログラム「ディスティネーションジャパン(Destination Japan外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)」を推進している。 同キャンパスは南部AP州アマラバティに新設されたキャンパスで、グループ内でも近年著しい成長を遂げている。

ジェトロは6月19日、SRM大学APで同プログラムの日本における統括責任者を務めるシャンカル・カルナニディ氏にヒアリングを実施した。シャンカル氏は20年以上にわたり東京に拠点を置いて活動しており、日本企業が同大学の学生採用に関心を示した際には、自ら全国の企業を訪問し、大学の特徴や人材の魅力について直接説明しているという。本稿では、同氏へのヒアリングと提供資料を基に、同大学の概要と「ディスティネーションジャパン」の特徴を紹介するとともに、日本企業との連携や就職支援の取り組みについて報告する。

巨大コングロマリットが運営、躍進するAPキャンパス

SRM大学グループは、インド南部のタミル・ナドゥ州チェンナイを中心に、複数の大学・キャンパスを展開する教育グループで、グループ全体では10万人を超える学生が学ぶ。 インド政府が実施する高等教育機関ランキング(NIRF 2025)の大学部門で、チェンナイ本校は国内11位にランクインするなど、トップクラスの評価を得ている。

同大学の最大の特徴は、設立母体であるSRMグループが、教育機関にとどまらず、IT企業、病院、ホテルチェーン、テレビ局などを傘下に持つ多角的なコングロマリットである点だ。特にIT部門のSRMテクノロジーズは、1998年の設立当初から日本市場に注目しており、25年以上にわたって日本企業と取引を行ってきた歴史を持つ。

「ディスティネーションジャパン」を推進しているSRM大学APは、2017年設立からわずか8年で約1万人の学生が学ぶ規模に急成長した。チェンナイ本校の学生は、インド国内の優良企業への就職実績が豊富であり、国内でのキャリア形成を志向する層が多い。一方、新設されたAPキャンパスの学生たちは、日本をはじめとする海外での就職に対して高い意欲を持っているという。日本滞在経験のある教員や、日本人の語学教師も在籍しており、日本就労を目指すプログラムの中心的な拠点として機能している。


SRM大学APキャンパス(SRM大学提供)

日本市場に特化した独自プログラム「ディスティネーションジャパン」

SRM大学が日本企業向けの人材育成に本腰を入れるきっかけとなったのは、2020年頃、長年取引のある日本のIT企業から「エンジニアが足りないため、SRM大学の学生を採用したい」との打診を受けたことだったという。大学側は国際的な就職実績につながると考え、喜んで応じたものの、企業側からは「日本語が話せること」が採用条件として挙げられた。そこでSRMグループは、自社のIT部門で長年培ってきた日本人スタッフとの協働経験と日本語教育のノウハウを生かし、即座に学生への日本語教育を開始した。その結果、初年度から2人の学生が、グーグルのパートナー会社である日本企業への就職を決めるという実績を上げた。

これを契機に、2023年末から本格的に始動したのが「ディスティネーションジャパン」プログラムだ。これは、APキャンパスで学ぶ理工学部の学生を対象とした、日本での就労に特化した総合的な研修プログラムだ。本プログラムの受講生の選抜は極めて厳格であるという。プログラム開始当初は、定員20人で計画したところ、約300人の応募があった。現在は規模を拡大したものの、APキャンパスの約1万人の学生の中から、毎年約100~120人程度のみが選抜される。選考では、面接を通じて「日本に長く住み、長く働く強い意思があるか」「途中で諦めずに日本語を勉強し続ける覚悟があるか」といったマインドセットが厳しく問われる。そのため、「数年でインドに戻る」といった短期的な日本就労を希望する学生は、選考を通過できないという。

本プログラムは、4年間の学士課程に並行して行われる。単に日本語能力試験(JLPT)のN5~N3レベルへの合格を目指すだけでなく、日本文化への理解を深めるとともに、日本の職場文化やビジネスマナーの習得に重点を置いているのが特徴だ。例えば面接の受け方では、入室時の動作から座る位置、手の置き方、退室時の動作に至るまで、日本特有の所作や振る舞いなどを丁寧に指導しているという。こうした日本での就労を見据えた実践的な教育の結果、受講生の中には、採用決定後のビザ申請手続きなどについて、大学の介入なしに自ら日本企業と日本語のメールでやり取りできるレベルに達する者もおり、日本企業から高く評価されているそうだ。シャンカル氏によると、取材時点において、同プログラムを通じて135人の学生が日本企業に採用されているとのこと。その教育効果は数字にも表れている。

日本企業が求める「技術力」と現場適応力

ジェトロからの「日本企業は日本語能力以外に同大学の学生に何を求めているのか」という問いに対し、シャンカル氏は迷わず「技術」だと答えた。ある半導体関連の上場企業が、インドの大学から12人を採用したいと考え、同大学を訪問して、まだ日本語を習得していない学生40人と面談した。その結果、予定を上回る20人を採用したという。この企業は、大学の実践的なカリキュラムと学生の高い技術力に加え、彼らの現場に対する姿勢を高く評価した。一般的に、インドの理工系学生は設計などのデスクワークを好む傾向がある。一方、SRM大学の学生は、「必要に応じて自ら製造現場に入り、実機を操作しながら技術開発やプロセス改善に取り組むこと」をためらわない姿勢を示しており、それがエンジニアとしての高評価につながったという。


大学を訪問した日本企業と、ディスティネーションジャパンプログラムの学生たちとの交流の様子(SRM大学提供)

「海外大学コネクションデスク」の活用と、広がる採用ニーズ

SRM大学は2025年度、ジェトロの「海外大学コネクションデスク」事業を通じて、主に新卒採用を目的とした日本企業から多くの面談リクエストを得た。

SRM大学と面談したある企業は、ITや機械・電気にとどまらず、幅広い分野で新卒者を直接採用したいというニーズを持っていた。同デスクを通じた初回面談を契機に、その後は企業と大学が直接協議を重ね、学生との面接が実施された。その結果、同社はSRM大学の学生3人(機械工学専攻2人、化学工学専攻1人)に内定を出した。化学工学専攻の学生は、武道や日本文化への関心が高く、日本で働くことへの意欲に加え、日本企業の職場環境への適応力が見込まれる点が評価されたという。

同社は、SRM大学が日本企業向けに提案する「条件付き内定」の採用モデルを活用し、「入社までにN3レベルに到達すること」を条件に、これら3人の学生へ内定を出した。このモデルは、日本語能力がまだ初歩段階にある学生を企業が英語で面接し、卒業までに一定の日本語レベルに到達することを前提に内定を出す仕組みだ。内定獲得後、学生たちは「ディスティネーションジャパン」プログラムを活用し、入社要件となる語学力の到達に向けて主体的に日本語学習を進める。日本企業への就職という明確な目標が先に提示されることで、学生たちは高いモチベーションを維持しながら日本語を身につけることが期待される。

現在、同大学からの日本企業への就職者の約4割は、こうした「採用決定後に日本語学習を本格化させる」ルートで内定を得ているという。大学側が提案する採用モデルと企業の柔軟な採用アプローチがかみ合い、採用実績につながっているようだ。

日本就職「インドNo.1」のビジョン実現に向けた人材供給の拡大

さらに、採用分野にも多様化の兆しが見える。これまで「ディスティネーションジャパン」プログラムは、主にIT、機械、電気、電子通信分野の学生を対象としていたが、一連の企業との面談を通じて、新たに「ケミカルエンジニア(化学工学分野)」の採用事例が生まれた。大学側もこうした日本企業からの幅広いニーズに応え、採用分野の裾野を広げていく方針だ。

こうした動きの背景には、SRM大学が掲げる強固なビジョンがある。同大学を「日本への就職において、インドでナンバーワンの大学」として確立させるべく、「毎年必ず100人以上の学生を日本企業へ就職させる」という全学的な目標を設定し、推進している。この目標に向け、今後の人材供給のポテンシャルはさらに拡大していく見込みだ。2027年卒業予定の学生からは、前述の化学工学分野に加え、新たに土木工学などの学生もプログラムに参加し始めている。また、半導体専門の学士課程(B.Tech. in Semiconductor Engineering)も新設された。これまで電子通信工学の一部として教えられていた分野を独立させることで、日本企業の採用ニーズが高い分野において、より専門性の高い人材育成を目指している。

SRM大学は、「ディスティネーションジャパン」プログラムを通じ、「実践的な日本語・日本のビジネス文化教育」と「高度な技術力」を兼ね備えた人材の育成に一丸となって取り組んでおり、日本企業の採用ニーズに柔軟に対応する体制を整えつつある。その原動力となっているのは、シャンカル氏をはじめとする現場の情熱と、大学トップの揺るぎないビジョンだ。シャンカル氏は、「学生たちは種のような存在。良い土壌と機会があれば、大きく成長し、世界のどこでも花を咲かせることができる。日本でその能力や可能性を存分に発揮できるよう、架け橋になりたい」と語る。

日本への就労を後押しする手厚いサポート体制が確立されている同大学は、慢性的な理系人材不足に悩む日本企業にとって、現実的な採用対象校として選択肢となり得るであろう。

執筆者紹介
ジェトロ知的資産部高度外国人材課
大滝 靖子(おおたき やすこ)
2025年、ジェトロ再入構。高度外国人材活躍推進コーディネーター。
執筆者紹介
ジェトロ・チェンナイ事務所
田村 健(たむら けん)
2019年、富山県庁入庁。外務省(出向)などを経て、2025年ジェトロ富山、2026年4月から現職(出向)。

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