高度外国人材を輩出する大学、その最前線に迫る日本語人材創出に向けたキングサウード大学の取り組み(サウジアラビア)
2026年1月20日
キングサウード大学(以下、KSU)は、サウジアラビア初の国立大学として1957年に首都リヤドに設立された。国内トップクラスの総合大学であり、その教育・研究力は国内外から高い評価を受けている。2025年には米国の3大学(ディジペン工科大学、ノースウェスタン大学、シカゴ大学)との戦略的パートナーシップを発表するなど、国際連携を積極的に推進している。これらの提携により、言語教育の高度化や多言語コミュニケーション研究の発展が期待され、学生が実践的な語学運用能力と国際的視野を身につけるための学術交流を推進している。今回、日本語専攻の現状、さらには日本企業との連携状況や今後の取り組みについて、同大学の言語科学学部欧州・東洋言語学科日本語専攻のファーリス・シハーブ教授と、同専攻ヤジード・アルドゥライミ日本語専攻課程コーディネーターに聞いた(取材日:2025年12月22日)。

- 質問:
- 日本語学科の成り立ち・特徴は。
- 答え:
- 外国語学科の設立は、サウジアラビア政府が外交および国防の観点から外国語教育の重要性を認識し、学習環境の整備を進めたことに端を発する。現在は、英語学科、フランス語学科、言語学学科、中国語学科、欧州・東洋言語学科、アラビア語研究学科(第2言語)、非アラビア語話者のための言語養成学科の計7学科が設置されている。このうち欧州・東洋言語学科では、スペイン語、ドイツ語、ロシア語、ヘブライ語、ペルシャ語、トルコ語、日本語の計7言語を専攻として選択でき、いずれも学士号の取得が可能だ。
- 中でも、日本語専攻で学士号を取得できるのはサウジアラビア国内ではKSUのみであり、日本語教育において中心的役割を果たしている。日本語専攻課程の開設には、1990年11月13日付の内閣告示の手紙を大学側が受領し、およそ3年間の準備期間を経て、1993年に着手した。1994年2月5日の第2セメスターから正式にスタートした。
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この学部開設の背景には、サウジアラビアにおける多言語主義の台頭という時代的趨勢があり、「各外国語の専門家を確保し、有能な人材を養成する研究所を設立する」という告示の内容を受けて設立された経緯がある。日本語専攻課程の担当のスタッフとして、まず1993年9月に日本の国際交流基金
から専門家として日本人の教員1人が派遣され、同年11月にエジプト人の教員を採用した。続いて1994年11月にもう一人のエジプト人の教員が着任したことで、教員スタッフは計3人となった。その翌年の1995年1月1日には、言語翻訳研究所が文学部より独立して言語翻訳学部として昇格し、学士課程(BAコース)となった。
- その後、KSUの卒業生が日本に留学し、東海大学で修士号・博士号を取得して帰国後に教員として加わるなど、教育体制は段階的に強化されてきた。現在は5人体制で運用されており、そのうち2人はサウジアラビア人で博士号を保持している。カリキュラムは通訳・翻訳・異文化理解を重視して構成されており、日本語能力試験(JLPT)N2の受験に対応できる水準まで学生の言語運用能力を育成している。
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学内の様子(ジェトロ撮影) - 質問:
- 現在の日本語学科の構成・学生数などは。
- 答え:
- 日本語専攻の学生数は約60〜70人だ。大学への入学は、国立大学共通の「National Unified Admission Portal」を通じて行われ、志願者はこのポータルで希望専攻を提出する。選抜は、高校GPA(高校成績)、GAT(一般能力試験)、および学力検査(Achievement Test)を組み合わせた合成得点に基づいて実施される。KSUでは、入学後に全学生がまず共通基礎年に所属し、その期間の成績および本人の希望に基づいて各学部・専攻に振り分けられる。日本語専攻は「欧州・東洋言語学科」に属しており、共通基礎年での学修成果と志望に応じて正式に振り分けられる仕組みとなっている。
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日本語専攻教室の様子(ジェトロ撮影) - 質問:
- ダブルメジャー(複数学位)制度や、日本語に加えて学んでいる分野はあるか
- 答え:
- KSUでは現時点でダブルメジャー制度は導入されていない。しかし、サウジアラビア全体では「Self-Designated Academic Degrees(注)」制度の一環として、ダブルメジャーやマイナー制度を段階的に導入する取り組みが進められており、今後その適用範囲が拡大していく可能性がある。
- 質問:
- 修士課程・博士課程にはどのようなコースがあるか。
- 答え:
- 日本語専攻は学士課程のみが設置されており、現時点では修士・博士課程は開設されていない。一方で、英語学科やフランス語学科では、翻訳学、応用言語学、理論言語学などの分野において修士・博士プログラムが整備されている。将来的には、アジア・欧州東洋言語学科の一部として日本語専攻の大学院課程を設置する構想も議論されている。しかし、教員数の確保や、卒業生の就労実績の蓄積といった課題が残されており、当面実現は難しいと見込まれている。
- 質問:
- インターンシップや企業との連携状況は。
- 答え:
- 工学分野や医療分野を中心に、学生向けインターンシップ枠は一定数確保されているものの、日本企業向けのインターンシップの機会は現状では限定的だ。今後は、日系企業や日本関連機関との協働による交流プログラムを拡充し、学生が日本語能力や異文化理解を活かして実践的な経験を積める就業機会を創出していきたいと考えている。
- 質問:
- 日本語教育の状況は。
- 答え:
- 日本語専攻の学生は、卒業時にJLPTのN3レベルへ到達することが期待されており、カリキュラム上はN2レベルまでの学習が可能となっている。学生のモチベーションや習得スピードには個人差があるものの、成績優秀者の中にはN2を取得し、さらに自主学習を重ねてN1合格を目指す学生もいる。こうした多様な学習状況に合わせてカリキュラムを調整する必要がある一方、習得レベルにばらつきが見られ、指導面で難しさを感じる場面もあるという。また、日本語専攻ではない学生の中にも、趣味として日本語学習を選択する例が多く、日本語は中国語や韓国語と並んで人気の高い言語の1つとなっている。
- 一方で、サウジアラビア政府は中国語教育を戦略的に強化しており、アラビア語・英語に続く「第3の主要言語」として中国語を位置づけて、教員ポストを急増させている。その影響で、中国語専攻の学生数は近年大幅に増加している。私たちは、学生に寄り添った教育姿勢を重視している。サウジアラビアの社会では、年長者や専門家への敬意が強く、間接的で控えめなコミュニケーションが好まれる傾向にあるため、教員と学生の間に距離が生じやすい。一般的には常に教員室の扉が閉じられていることも多いが、私たちは学生が気軽に相談できるよう、教員室の扉を常時開放し、日常的なコミュニケーションを促す環境づくりに努めている。こうした取り組みの結果、当初は日本語に興味が薄かった学生も、教員の親身な指導を受ける中で日本語や日本文化に関心を深め、最終的に日本語教師として活躍するまでに成長した事例もある。学生の変化を支え、学びの可能性を広げることこそ、日本語教育に携わる私たちの大きな目標だ。
- 質問:
- 卒業後の進路は。
- 答え:
- 日本語学科の卒業生の多くは、日本企業への就労や日本への留学を希望している。大阪・関西万博では、学生が会場案内やボランティアスタッフとして活躍し、その経験をきっかけに日本企業へ就職した例もある。また、日系企業に就職する卒業生も一定数存在するものの、全体としてその数は依然として多くないのが現状だ。日本語を学習しても必ずしも就職に直結しないという点は、学生にとって現実的な課題となっており、進路形成における大きなハードルとなっている。加えて、商習慣や文化の違いから日本特有の働き方に戸惑いを覚え、就職をためらう学生も少なくないだろう。
- 質問:
- 学生への就職支援は。
- 答え:
- 大学学部としての就職支援は現時点では限定的だ。過去に一度就職フェアが開催されたものの、継続的な実施には至っていない。また、大学内には就職支援やインターンシップ支援、企業連携を担当する部署が設置されているものの、体制はまだ整備途上であり、十分に機能しているとは言い難い。このため、学生は自ら情報を収集し、主体的に就職先を探す必要があるのが実情だ。日本語学科としては、こうした状況を改善するため、日本企業との連携を強化し、インターンシップや就労機会を拡大したいと考えている。日本語を学ぶ過程で日本の文化や礼節について理解を深めた学生は、日本の職場環境にも比較的適応しやすいとみられており、日系企業との協働がより多様な進路機会を提供する重要なステップとなると期待されている。
- 質問:
- 日本企業が貴学へ連絡したい場合の方法や、連携への意向は。
- 答え:
- ぜひ連絡をください。可能な範囲で協力させていただきたいと考えており、分野は問わず、日本語学科の学生との交流の機会を設けていただければ大変ありがたい。日本語学科では、日本語の習得だけでなく、日本文化や、日本人が大切にしてきた価値観の1つである「礼節」を重視した教育にも取り組んでいる。これは他の言語学科には見られない特徴であり、学生の内面的な成長にも寄与している。私たちの提案の1つとして、まずサウジアラビア国内の日系企業で研修の機会を設け、その後に日本本社での研修につなげるステップを実現できれば、サウジアラビア人の学生の就労機会を大きく広げることにつながると考えている。ぜひ、日本企業の皆さまから率直なご意見やアドバイスをいただき、日本語を学ぶ学生との交流を通じて相互理解を深めていただきたい。
- 連絡先:
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キングサウード大学 言語科学学部 欧州・東洋言語学科日本語専攻
教授 ファーリ・シハーブ
Email:japaneseprogramksu@gmail.com (日本語、英語可)
- 注:
- サウジアラビアの全大学で段階的に導入が進んでいる、新しい柔軟型学位制度。学生が自身の興味・キャリアに合わせて主専攻と副専攻を組み合わせて履修できる制度。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・リヤド事務所
林 憲忠(はやし のりただ) - 2005年、ジェトロ入構。市場開拓部、ジェトロ大阪、ジェトロ・プノンペン事務所、ジェトロ・チェンナイ事務所、農林水産部、国税庁、海外調査部中東アフリカ課を経て、2022年8月から現職。




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