高度外国人材を輩出する大学、その最前線に迫る企業課題解決を通じ、実践力あるエンジニアを輩出:京都先端科学大学
2025年10月16日
京都先端科学大学(本部:京都府京都市)工学部は、学生の約7割が留学生だ。留学生に対して、1・2年生時に日本語教育プログラムを集中的に提供している。日本語能力試験N3(注1)程度までの向上を図るためだ。また、3・4年生を対象に「キャップストーンプロジェクト」を実施している。日本人学生と留学生の混成チームで、企業から提示された課題に約8カ月間(4月~12月まで)かけて取り組むというのが、その内容だ。
こうした取り組みの背景には、日本電産(現・ニデック)創業者で、同大理事長の永守重信氏の「社会で実践力を持つ人材を育てる」という思いがある。副学長の田畑修氏と広報センター部長の猪飼邦保氏に、留学生を含めた学生と企業との連携に力を入れる同大学の取り組みについて聞いた(取材日:2025年8月5日)。


全科目英語履修可能で企業課題に取り組む工学部を新設
- 質問:
- 大学の成り立ちは。
- 答え:
- 京都学園大学として1969年、京都府亀岡市に開学した。2018年に、永守理事長が就任した。2019年4月から、「京都先端科学大学」へ校名を変更している。
- 製造業・ものづくりは、日本の強みだ。しかし従来の大学教育では、その現場で活躍できる実践的な人材を十分に輩出しきれていない。そうした危機意識の下、2020年4月に工学部を新設。2021年9月には工学部の留学第1期生が入学した。
- 工学部の開設にあたっては、永守理事長の「企業で活躍する人材を育てる」という理念に立っている。その下で、機械電気システム工学科で幅広い工学の知識を身に付け、キャップストーンプロジェクトで企業の課題解決に取り組む実践的なカリキュラムを提供。「キャップストーン」はピラミッドの一番上に積み上げる石を意味し、大学での学びを実社会での課題解決に生かす集大成として実施している。
- 2025年9月からは、バイオ環境学部と経済経営学部経営学科にも、留学生向けの秋入学コースを設けた。
- 質問:
- 工学部の特徴は。
- 答え:
- 大学としては、留学生を含めた多様な人材を誘致したい。そのため、次のような特色を打ち出している。
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- 日本で唯一、工学科目を全て英語で履修できる。
- 日本の工学部では初めて、キャップストーンプロジェクトを導入。企業のかかえる課題に取り組む経験が得られる。
- 入学時点で1つの専門に絞る必要がない。その結果、工学分野全般の基礎(機械工学、情報工学、電気・電子工学)を幅広く学ぶことができる。すなわち、工学全体の基礎を学んだ上で、得意分野や目指すキャリアに合わせ、専門科目を学ぶことができる。
- 留学生が本学を選んだ理由としては、この3点を挙げる場合が多い。
- 質問:
- 工学部で学ぶ留学生の特徴は。また、大学はどのように支援しているのか。
- 答え:
- 2025年秋の入学予定者を入れると、工学部生数は合計705人。そのうち、秋入学生は485人だ。
- 入学段階では、とくに日本語に要件を求めていない。しかし、1年半かけて(春休み・夏休みの集中講義を含む)、日本語に関連する授業を21科目履修しなければならない(うち、18科目は卒業のために単位取得が必須)。そうして、(日本語能力を)平均N3レベルまで引き上げる。3年生になるとキャップストーンプロジェクトが始まるため、企業とのコミュニケーションなどで、日本語を使う必要が生じる。
- 全学として、留学生に向けたキャリア支援にも注力。具体的には、丁寧に日本での就職形態や就職方法などを説明している。また本学には、民間企業出身の教職員が多い。企業での経験に即して、実践的に日本語や英語で模擬面接できるのが強みだ。
- 工学部の留学生のうち、もともと半数程度が日本での就職希望を持っており、日本企業や働き方の理解が深まるキャップストーンプロジェクトは就職活動にも有益だ。これらの取り組みの結果として、2025年9月に卒業する留学1期生(4年生)30人のうち、3分の2が進学、残りのほとんどが日本で就職した。
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工学部には海外から優秀な人材が集まる(大学提供) - 質問:
- キャップストーンプロジェクトでは、産学連携で、世界で活躍できるグローバルエンジニアを育成すると聞いたが、どのような経緯で始まったのか。
- 答え:
- 本学は、社会に通用する実践力を持った人材の育成を目指している。その中で、大学4年時の卒業研究対象として、研究室が提示する研究課題を扱うことに違和感があった。
- 一方で、キャップストーンでは、社会・企業の課題と学んできた学問とを結び付け、企業課題をチームで解決する。これこそが、永守理事長の推奨する「実践力」を身に付けるベストな方法だ。
- ちなみに「キャップストーン」とは、ピラミッドの一番上に積み上げる石のこと。大学のカリキュラムになぞらえると、学びの最後に集大成として実施する教育プログラムになる。日本ではあまり一般的ではないものの、米国では多くの有名大学工学部で実施している。本学は、日本の工学部で初めてカリキュラムとして導入。2022年から、卒業研究の代わりにしている。
- 質問:
- キャップストーンプロジェクトの実施概要は。
- 答え:
- 工学部3・4年生の必修科目として実施(3年時はプレキャップストーンプロジェクト、4年時はキャップストーンプロジェクトという名称)。
- 一番の特徴は、企業から課題を提供してもらうことだ。大学は、各チームに学生1人当たり10万円の予算を付け、同学年5人1組のチームで課題解決に取り組む。課題を出した企業とは毎週打ち合わせ、学生はアドバイスを受ける。講義で学んだ知識を生かし企業が直面する課題解決に取り組むことを通じ、企業で活躍できるエンジニアの育成につなげていく。
- 質問:
- 参加企業にとってのメリットは。
- 答え:
- 「大学の授業を聞くだけでは良いエンジニアは育たない」という本学の思いに共感する企業に参加いただいている。2025年は、38社から51件の課題提供があった。そのうち47件をキャップストーンプロジェクトとして選定し、学生が課題解決に取り組んだ。
- 企業には、(1)学生と毎週打ち合わせる、(2)年2回の発表会に参加するなど、相応の負担がかかる。一方で、(1)多様な学生とのコミュニケーションを通じて新たな発見があった、(2)学生の柔軟な発想力や挑戦する姿に社員が刺激を受けたといった理由で、評価は非常に高い。
- 英語対応できる担当者のいない企業もある。しかし、留学生は日本語で日常会話はできる。日本人学生からサポートを受けながらコミュニケーションを取っている。同時に、図面や実際に使う装置や試作品を用いて話すことで、日本語・英語を交えて技術的な内容を理解し合うという体験も貴重だ。また企業にしてみると、外国人材と共に課題解決する経験を積める。これは、外国人材を採用する第一歩になる。
- 12月に実施する最終発表会には、エンジニアだけでなく人事担当者も参加する企業が多い。自社のエンジニアと留学生が協働する様子を確認することで、人事の目線から、外国人材がエンジニアとして働くイメージや納得感を持つことができるためだ。実際、企業の外国人材採用活動に前向きにつながった事例もある。
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最終発表会で参加者向けに発表する留学生(大学提供) - 質問:
- 留学生の就職活動に与える影響は。
- 答え:
- 留学生にとっては、プロジェクトを通じて日本企業の事業内容や製品を理解できる。加えて、企業の考え方や企業文化を知ることができる貴重な機会になる。本来は、あくまでも教育のためのプロジェクトだ。ただし、就職にとっても有益と感じている。
- 質問:
- 留学生の採用に向けて企業が検討すべきポイントは何か。
- 答え:
- 就職に関して、企業や留学生と話してみると、次の3点が重要だ。
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- キャリアを形成できる成長機会の提供:
企業はしばしば、どれくらい長く働いてくれるかを気にする。しかし、それは本人の選択だ。
留学生は、自分の成長できる機会があるかどうかをキャリア選択時にも、入社後も重視する。そのため、社員に成長の機会を与え続けられる環境を整備できるかがポイントになるだろう。 - 昇進や待遇の透明性・公平性の担保:
日本人と比べて昇進や待遇に差がないかを不安に思っている留学生もいる。そのため、人事評価やキャリア構築における透明性や公平性を担保し、留学生に伝えていくことが重要。 - 適切な日本語要件の設定:
N1(注2)を採用要件にしている企業が多い。換言すると、N1を持っていない優秀な留学生を採用する機会を逃していると感じる。むしろ、業種や職種によって求める日本語レベルが異なることを考慮すべきではないか。その上で、実際に外国人材と働く現場社員と相談して適切なレベルを設定することが必要だろう。
実際、外国人エンジニアを採用している企業には「エンジニアとして採用するのならN3程度で十分」とのコメントが多い。業務を通じて日本語能力が伸びることも期待できる。こうしてみると、採用時に求める日本語レベルには検討の余地がある。
本学ではキャップストーンプロジェクトを通じて、参加企業に自社の日本人エンジニアと留学生が課題解決に取り組む様子を見てもらうことができる。必要な日本語レベルを見直す上でも、良い機会になると思う。
- キャリアを形成できる成長機会の提供:
- 質問:
- キャップストーンプロジェクトや留学生の採用に関心がある企業に対して、示唆などあるか。
- 答え:
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キャップストーンに関心のある場合、まずは「キャップストーンコンソーシアム
」(参加無料)に申し込んでみるのが良いのではないか。キャップストーンプロジェクト参加企業は課題提供が必要だが、同コンソーシアム会員企業は課題提供せずとも、発表会や学生との交流会に参加できる。キャップストーンプロジェクトに将来参加を検討したい企業にも適している。現在の会員企業数は約120社。発表会を見てもらい、関心を持てば課題を出して実際にプロジェクトに参加をしてほしい。どんな留学生がいるか、理解できると思う。
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キャップストーンプロジェクト以外での関わり方としては、大学主催ジョブフェアやインターンシップなどの制度がある。関心がある場合は、キャリアデベロップメントセンター
に連絡してほしい。
なお、ジェトロでは同大の取り組みを紹介するため、「JETRO Overseas University Connect シリーズ特別版」を開催した(2025年3月31日付ビジネス短信参照)。
- 注1:
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日本語能力試験N3認定の目安は、「日常的な場面で使われる日本語をある程度理解することができる」こと。受験者には、言語知識(文字・語彙・文法)、読解、聴解の試験を課している(日本語能力試験ウェブサイト参照
)。
- 注2:
- N1は、日本語能力試験で一番高いレベル。認定の目安は、「幅広い場面で使われる日本語を理解することができる」こと。

- 執筆者紹介
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ジェトロ知的資産部高度外国人材課
安藤 彩加(あんどう あやか) - 2015年、ジェトロ入構。企画部、プノンペン事務所、ジェトロ沖縄、イノベーション部などを経て、2024年8月から現職。

- 執筆者紹介
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ジェトロ知的資産部高度外国人材課
斉藤 美沙季(さいとう みさき) - 2018年、ジェトロ入構。対日投資部地域連携課、ジェトロ岩手を経て、2023年10月から現職。