高度外国人材を輩出する大学、その最前線に迫る産業連携で即戦力人材を育成:チェンナイ工科大学(インド)

2026年2月26日

インド南部の都市チェンナイには、自動車産業が集積。インドの「デトロイト」という呼称もある。

そうした立地で、私立チェンナイ工科大学外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(Chennai Institute of Technology、以下CIT)が、日本企業との連携を加速している。同大は2010年設立の新興校ながら、「産業連携」と「柔軟性」を武器に、即戦力エンジニアを育成している。幅広い分野で企業と協働し、さらには、全学的な日本語教育の推進など、日本企業のニーズに対応して体制構築を進めている(2025年6月19日付ビジネス短信参照)。

ジェトロは2025年11月、同大を訪問し現地視察した。本レポートではその結果と公開データを基に、CIT独自の育成システムや日本語教育、対日連携の取り組みを整理。今後の可能性を展望する。

州立大学と提携しながらも自律的に運営

CIT(注1)は、クンドラトゥール(タミル・ナドゥ州チェンナイ郊外)にキャンパスを構える。私立工科大学で、州立アンナ大学(Anna University)の提携校(Affiliated College)になっている。インド教育省の「大学ランキング(NIRF 2024)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」のエンジニアリング部門では101~150位。中堅上位の実力校という評価になる。

同大の特徴は、(1)アンナ大学の提携校でありながら「自律運営権(Autonomous Status)」を持つこと、(2)その権限を企業連携のため積極的に活用していること、だ。当地では通常、提携校は、大学本体が定めた固定カリキュラムに従わなければならない。しかし、CITには自律運営権があるため、「独自のカリキュラム設計」や「評価基準の策定」ができる。同大はこの権限を生かし、連携企業の要望に合わせてカリキュラムを柔軟に調整する体制を整えている。

こうした実務的な運用が、長期インターンシップなど、日本企業向けのプログラム提供を可能にする土台となっている。(後述)。

CoEで実践教育、半導体分野に注力

この柔軟な教育体制を支えるのが、キャンパス内に多数設置する「センターオブエクセレンス(Centre of Excellence、CoE)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」だ。

CoEとは、企業と共同設立した研究所やトレーニングセンターのこと。CITは、(1)機械工学、(2)ロボティクス、(3)コンピュータサイエンス、(4)人工知能(AI)、(5)半導体、(6)土木工学、(7)電子・電気工学といった幅広い分野で企業と協働している。主なCoEとして例えば、KUKA(ドイツの産業用ロボット大手)や、ペガシステムズ(業務自動化ソフトウエアを展開する米国企業)、HCLテクノロジーズ(地場のITサービス大手)、バートゥサ(米国企業)などと協働して設立している。CoEを拠点に、学生は授業の空き時間を利用して、最新の実機やソフトウエアに触れることができ、在学中から現場レベルの技術を習得することが可能だ。

このうち特に近年注力するのが、(5)の半導体分野だ。CITのパルタサーラティ・スリラム理事長によると、政府は半導体開発支援・人材育成プログラム「Chips to Startup(C2S)」(注2)の1つとして、CITはインド全国の選定機関の一つに選ばれている。約2億ルピー(約3億4,000万円、1ルピー=約1.7円)相当の支援を受け、業界標準の電子設計自動化(EDA)ツール(ケイデンス、シノプシス、シーメンスEDAなど)を完備。学生はこれらツールを用いて実践的な設計・検証の訓練ができる。スリラム氏は、政府が認定した「技術力」「教育環境」を武器に、熊本・福岡を中心とした「シリコンアイランド九州」再興の動きに強い関心を寄せている。特に、技術人材の供給を通じて深く関わりたい意向を示しており、すでに2018年、九州工業大学と国際交流協定を締結し、共同ワークショップなどを通じて連携を深めているという。

日本語学習支援を強化

インドの人材を採用する際、多くの日本企業が最大の障壁として懸念するのが「日本語能力」だ。この課題に対し、CITは学内に「外国語センター(Centre for Foreign Language)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」を設置。全学的な教育体制で応えている。

現在、同大で日本語を学習する学生は約700人に上る。また、日本語能力試験(JLPT)の受験者は、約500人に達しているようだ。この大規模な学習者層を支えるため、同センターでは日本語ネイティブを含む専任インストラクターを雇用。JLPTのN5からN3レベルに至る段階的な指導カリキュラムを整備した。授業は、単なる語学学習にとどまらない。漢字の読み書きや会話クラブ、文化体験ワークショップなどの「没入型学習」を提供している。さらに、模擬面接やビザ取得支援までを一貫して受け持つことで、学生が日本企業に就職するのを後押ししている。

今回のジェトロによる現地視察(2025年11月18日)では、実際に日本語の授業風景を見学し、学生と直接対話した。N4レベル(基礎的な日本語を理解できる)のクラスでは、学生たちが入室と同時に元気なあいさつで迎えてくれた。例えば「日本に行きたいですか」と問いかけると、即座に「はい」と力強く回答。また「好きな日本のアニメは」という質問には、「ワンピース」「鬼滅の刃」と人気の作品が挙がり、日本文化への強い関心が学習の原動力になっていることがうかがえた。


日本語クラスで(ジェトロ撮影)

日本の実務環境を評価

CITでは、カリキュラムの一環として全学生に最低6カ月のインターン(3単位)を義務付けており、実務経験を教育の核に据えていることが分かる。現在、同大が日本企業との連携を加速している背景には、国際的な雇用情勢の変化と、日本ならではの「実務環境」への評価があるようだ。

スリラム氏は、学生がキャリアを選択する上での大きな変化として、米国のビザ政策厳格化を挙げた。例えば、H-1Bビザ制度(注3)の運用に懸念が生じている。同大では例年、25〜50人程度の学生が米国への留学や就職を目指していた。しかし、現状では「学生が渡米に不安」を持っているため、今では10人程度にとどまるという。学生が米国志向を転換しアジアに目を向け始めている現状を、大学では日本との関係構築を進める好機と認識しているという。

また、CITは以前から、台湾の約25大学と提携し半導体分野での連携を進めてきた。しかし台湾では、企業での実務インターンシップにあたって、ビザ取得の許可が得られず、活動が大学内の研究インターンに限定されてしまうという課題がある。これに対し日本では、就労を伴うインターンシップビザの取得環境が整いつつある。

さらに、スリラム氏は、日本で製造業に携わった自身の経験を例に挙げ、「技術は同じでも、プロセスとシステムが全く違う」という。例えば、金属加工や工作機械といった技術自体はインドにもある。しかし、日本企業のプロセス(企業がどう運用し、どのような工程管理や品質管理のシステムで動かしているか)が、全く異なると指摘した。実務を通じてこの「運用・管理ノウハウ」を体得できる点こそが、日本での長期インターンシップが生む最大の価値と大学側は位置づけている。

企業要望で10カ月インターンを実現

こうした背景の下、日本企業の個別ニーズに応えるかたちで実現したのが、極めて柔軟な長期インターンシップ制度だ。

きっかけは、「採用前に学生の適性をじっくり見極めるため、長期の実務期間が欲しい」という、スリラム氏がある日本企業から受けた強い要望だった。その後、1年以上にわたる協議を経て、特例的に「10カ月間」の長期インターンシップを可能にする仕組みを構築したという。

これに対しジェトロから、「通常は6カ月のプログラムとのことだが、学業に支障はないのか」と問いかけた。スリラム氏は、「学生は、3年生が終わった直後から日本へ行き、本来大学にいるはずの4年前期(第7学期)の授業はオンラインや集中講義で代替する。そうすることで、留年せずに卒業要件を満たせるようカリキュラム自体を柔軟に調整した。」と説明した。また、スリラム氏は「私たちは自律運営の大学なので、自分たちでカリキュラムを設計する自由がある。10カ月の長期インターン制度も、学内の学術評議会(Academic Council)で独自に承認・議決した」と付言した。こうした自律的な運営体制により、柔軟な対応が可能になっている。例えば同大では、日本企業の要望に合わせて「日本語教育」を単位化した。また、「長期インターンシップ」を卒業要件に組み込んでいる。

日本企業での正規採用(プレースメント)も、着実に実績が出始めている。スリラム氏は現状について、「今年は、既に学生18人が日本で就職内定を得た。さらに、7人が現在選考中になっている。つまり、卒業生25〜26人が日本企業から内定を得ることになりそうだ」と具体的な数字を挙げた。

現在の採用ルートは、人材紹介会社を経由するケースがまだ多い。しかし、企業が直接大学を訪問して採用するケースも出てきた。大学側は今後、関係構築が進むにつれて直接採用の比率が高まっていくと予測している。 また、日本企業が採用する学生の専攻にも変化がある。以前から人気の高かったのが、AI・ソフトウエア分野だ(現時点で、採用の約50%を占める)。それだけでなく近年は、機械工学やメカトロニクス分野の学生に対する日本企業からの需要が急増している。日本の「モノづくり」現場と親和性の高いことがうかがえる。

即戦力人材を確保する上で有望な選択肢

CITは、自律的な運営権を生かし、産業界の要望に柔軟に対応する姿勢を大きな特徴になっている。10カ月間の長期インターンの導入は、日本企業の採用ニーズを汲み取り、学内規定を変更して具現化した象徴的な事例だ。

同大は、政府支援を受け、半導体やメカトロニクス分野の技術教育を進めている。加えて、700人規模の日本語学習者を擁している。技術力と言語能力、長期実務への適応力を兼ね備えた人材の確保が期待できる同大は、日本企業にとって、現実的な連携パートナーの1つと言えるだろう。


スリラム理事長(右から3人目)などCIT関係者と当構職員(ジェトロ撮影)

注1:
日本との関係構築に前向きなインド73大学などをまとめたジェトロの「海外大学ディレクトリー」71ページ参照。日本企業は、CITなど、同ディレクトリー掲載校とオンランで面談が可能。詳細は「海外大学コネクションデスク」参照。本文に戻る
注2:
政府が補助金を拠出し、教育機関、スタートアップ企業、中小企業などを対象に8万5,000人を超大規模集積回路(VLSI)およ及び組込みシステム設計の分野で育成することなどを盛り込んだ。 本文に戻る
注3:
H-1Bは、高度技能人材を対象にする米国のビザ制度。国別取得者ではインドが最多。現地テクノロジー業界では、広く利用されてきた。 本文に戻る
執筆者紹介
ジェトロ知的資産部高度外国人材課
大滝 靖子(おおたき やすこ)
2025年、ジェトロ再入構。高度外国人材活躍推進コーディネーター。