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特集 欧州に学ぶ、スタートアップの今

注目集まる欧州のスタートアップ

米国シリコンバレーに次ぐ形でロンドン、ベルリンなどの欧州のスタートアップへの関心が高まっている。英国、ドイツ、フランスの3カ国だけではなく、北欧や中・東欧にも注目すべきスタートアップ、技術、人材集積が生まれている。本特集では、EUおよび加盟各国の支援策を俯瞰(ふかん)するとともに、各国のスタートアップの動向、注目すべきイベントや支援機関などを紹介、欧州スタートアップの今を伝える。

2018年6月15日

注目を集め始める欧州のスタートアップ・シーン

欧州のスタートアップに注目が集まりつつある。現時点では、スタートアップへの投資という面では米国やイスラエルといった先進地域に水をあけられており、経済協力開発機構(OECD)によると、2016年、米国でのベンチャー・キャピタル投資(新興企業への投資)が国内総生産(GDP)に占める割合0.359%であるのに対し、欧州の中で比較的高水準なフィンランドで0.051%、ドイツ、英国で0.030%程度となっている。ただ、音楽配信のスポティファイ(スウェーデン)、オンライン衣料品販売のザランドゥ(ドイツ)、ゲームのスーパーセル(フィンランド)など世界的な成功企業が誕生する中で近年、欧州に注目が集まり、欧州の技術関連企業への投資額は2013年から2017年にかけて3.8倍に増えている(ベンチャー・キャピタル関係のリサーチを行う企業Dealroom調べ)。また、欧州のスタートアップには、新たな技術によって社会課題の解決に貢献するという使命を持つ企業が多いのも特徴とされている。


音楽配信のスポティファイ(スポティファイ提供)

ドイツ・エアフルトにあるザランドゥの物流センターの様子(ザランドゥ提供)

欧州で最大のスタートアップ集積地となっているのはロンドンだ。欧州内外から有能な技術者を集められる点に大きな強みがあるほか、金融業都市の性質を背景にフィンテック(金融業と技術の融合)分野で大きな強みを持つことが大きな特長だ。また、スタートアップを支援するアクセラレーター(注1)も多く集積しており、「レベル39」など知名度のあるアクセラレーターの存在感も大きい。欧州最大の経済国ドイツにおいても、新しい技術がスタートアップから生まれている事実に注目し、官民ともにスタートアップの育成・支援を始めている。自由な発想を持つ若者が集まるベルリンでは比較的、独創的なアイデアを基にした起業家が多いのに対し、製造業が集積する南ドイツでは、B2B分野での活用を念頭に、技術を基にした大学などからのスピンアウトが多いといった特徴がみられる。フランスではエマニュエル・マクロン大統領のイニシアチブの下、デジタル産業の振興が図られている。2013年から開始された国の支援策「フレンチテック」を通じ、国内外のスタートアップの誘致育成に取り組んでいる。特にモビリティーの分野で頭角を現すスタートアップ企業が多く、中国をはじめとするアジア系スタートアップのサクセスストーリーも生まれている。イノベーション先進地域の北欧では、スタートアップの活動が活発。フィンランドでは、欧州最大級のスタートアップイベント「スラッシュ」が開催されており、世界中のスタートアップと投資家が集まる。前述の通り大きく成長する成功企業の事例も多い地域であり、優れた技術を発掘したい日本企業にとっては、目が離せない地域だ。

現時点での投資規模では西欧諸国に後れをとる中・東欧地域だが、競争力の高さやIT人材の集積などからスタートアップでもフロンティア地域として注目を集めつつある。ポーランドでは、IT業務のアウトソース先としての産業集積があるため、競争力が高いIT技術者が多いことが大きな魅力だ。また、国やEU資金により早期の段階にあるスタートアップの支援資金が潤沢であるというメリットもある。ハンガリーでは製造拠点が集積するなか、生産の効率化に資するB2B関係のスタートアップ育成・誘致に重点が置かれている。電子政府の取り組みなどで有名なIT大国エストニアは、英語の通用度の高さなどから、外国籍の起業家がビジネスを立ち上げやすい環境と、高度なIT人材が魅力となっている。

EU資金の間接投資による支援を実施

EUには「スタートアップ企業」の統一された定義はなく、スタートアップ企業に対する支援の多くは、中小企業への支援の枠組みにおいて行われている。資金調達分野における支援としては、中小企業を対象とする競争力強化のための「COSME」プログラムに加えて、研究・イノベーション支援枠組み「Horizon 2020」や欧州構造投資基金(ESIF)の中小企業向けプログラム、2015年に運用を開始した欧州戦略投資基金(EFSI)の中小企業支援枠がある。さらに、EUの政策金融機関の欧州投資銀行(EIB)傘下で、中小企業の金融支援を行う欧州投資基金(EIF)は、ベンチャー・キャピタルへの投資など、スタートアップ企業支援を目的とする事業も行っている。

EIFは、EIBや欧州委、加盟国などから資金の委託を受け、ベンチャー・キャピタルやファンド向けセキュリティーパッケージ(注2)への資金提供、条件付き融資や劣後融資(注3)を実施。ベンチャー・キャピタルやプライベート・エクイティが行う中小企業へのリスク資本提供に対する支援や、先端技術を開発・活用するアーリーステージ(注4)企業に投資するファンドに対して、投資に対する支援を行っている。なお、EIFは、企業への直接投資は行っておらず、企業への投資はこれらファンドが定める条件に基づき判断し、ファンドが行う。EIFは、2017年9月の時点で576のエクイティ・ファンド(投資先の企業価値を高めることで利益を上げる投資会社)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(160KB) に投資している。

この他、EIFは、エンジェル投資家と共同投資に関する長期的な枠組み契約を締結することにより、エンジェル投資家の投資判断に大きな裁量を与えつつ、革新的なスタートアップ企業への投資能力を強化する「欧州エンジェル・ファンド(EAF)」も運用している。2018年3月現在、オーストリアとデンマーク、フィンランド、ドイツ、アイルランド、オランダ、スペインの7カ国のみでの運用だが、将来的には他のEU加盟国にも展開する意向だ。EAFの総額は3億2,000万ユーロ、その内2億ユーロが約80のエンジェル投資家PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(32KB) に委託され、340以上の中小企業に投資されている(2018年3月現在)。

こうしたEUの資金は、加盟国の金融機関や、アクセラレーター、インキュベーション・センターなどを通じてスタートアップ企業や関連プロジェクトへと提供されている。例えば、2017年2月に英国ビジネス銀行(British Business Bank)とEIFは、欧州戦略投資基金(EFSI)を利用した、総額3,000万ポンドの革新的な中小企業向け信用保証の供与で合意した。また、同国のアクセラレーター、シードキャンプ(Seedcamp)やフランスの公的投資銀行(Bpifrance)は、EIFのエクイティ・ファンド向けの貸し付けを利用している。さらに、欧州構造投資基金(ESIF)に含まれる基金のうち、フィンランドのインキュベーション・センターMaria 01が欧州地域開発基金(ERDF)を、ルーマニアの人材開発プログラムが欧州社会基金(ESF)を利用している。欧州委は、起業家やアクセラレーター、投資家向けの情報をポータルサイト「Startup Europe外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」にまとめているが、ここに掲載されているネットワーク構築やインキュベーター・プログラムなどの多くは、Horizon 2020の資金を利用したものだ。


フィンランドのインキュベーション・センターMaria 01(Maria 01提供 (c)A21/Laura Nissinen)

資金調達の支援、法的環境の改善によりスタートアップ支援を強化

欧州のプライベート・エクイティの産業団体「インベスト・ヨーロッパ」によると、2016年の欧州(EU28カ国およびアイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェー、スイス、ボスニア・ヘルツェゴビナ、マケドニア、モンテネグロ、セルビア、サンマリノ、バチカン、モルドバ、ウクライナ)におけるベンチャー・キャピタル(投資会社)の資金調達額は64億4,842万ユーロ。資金調達元の種類別に見ると、政府機関が13億723万ユーロと、最も大きな割合(20.3%)を占めている。また、フランスとドイツ、英国を拠点とするプライベート・エクイティの合計が、ベンチャー投資全体の半分以上を占めている点も特徴的だ。

欧州委は、EUのベンチャー・キャピタルの資金調達額、投資案件の規模ともに米国を大きく下回ることに懸念を表明。さらに、スタートアップ企業が国境を越える投資に対する規制や行政手続き、また、資金・事業面でのパートナーや担当行政機関を見つけ出す上で困難を抱えていると見ていた。加えて、スタートアップ企業の存亡を決定する起業から最初の数年間を乗り越えられないケースが多々あることや、起業家がEU域外での起業を選択することにも問題意識を持っていた。こうした中、欧州委は2016年11月に「スタートアップ・スケールアップ・イニシアチブ」を発表した。

スタートアップ・スケールアップ・イニシアチブの主な取り組み

資金調達の改善

中小企業やスタートアップ企業に対する既存の資金調達支援を補完するため、EIFを通じて「汎欧州ベンチャーキャピタル・ファンド・オブ・ファンズ(VC FoF)」(注5)に資金を提供する。COSMEとEFSI、Horizon 2020の資金を利用し、総額最大4億ユーロの礎石投資(Cornerstone Investment)を行い、その3倍以上の民間投資を呼び込むことで、16億ユーロを超える資金調達を目指す。欧州委によれば、欧州委とEIFは2018年3月現在、VC FoFの運用を担当する実績のある専門のファンド・マネジャーの選考中だ。

資金調達面においてはこの他にも、投資運用会社のベンチャー・キャピタルへの参入や投資対象の拡大などを盛り込んだEUベンチャー・キャピタル・ファンド規則(EuVECA)の改正規則が2017年11月に官報で公布され、2018年3月1日に適用開始された。また、2016年10月に提案され、現在審議中の共通連結法人税課税標準(CCCTB)の導入においては、デット(負債)がエクイティ(株式資本)よりも税制面において有利な扱いを受けている現状の是正も盛り込まれており、欧州委はベンチャー・キャピタルの促進につながると期待している。

起業家のセカンドチャンス

さらに、「倒産指令」の改正案も盛り込まれた。資金繰りに困る企業が早期に事業再建(Restructuring)に取り組めるようにすることで、清算や従業員解雇を予防することを目的とするものだ。欧州委は、企業の救済策を強化することで倒産の連鎖を防ぎ、雇用を守ることができると指摘。改正案は、清算手続きよりも債権の回収率が高い事業再建手続きの利用を促進することにより、中小企業の事業環境の改善を図るものだ。EUでは、事業の失敗に対する恐れが市民に起業を思いとどまらせる大きな理由ともなっており、無限責任を負う企業家にとって、万が一の場合の再出発をより容易にするものと期待される。

また、EUの中小企業100万社以上が国境をまたいで事業を展開しており、全倒産件数の約4分1において、複数の加盟国の債権者と債務者が関わっているという。倒産指令の改正により、倒産手続きに関するEU域内での法的な予見可能性が高まり、国境を越えた投資に関する信用リスクの評価がより容易になると期待されている。2018年3月現在、同法案は審議中で、欧州委は年内の成立を目指している。

この他、「スタートアップ・スケールアップ・イニシアチブ」には、上述のポータルサイト「Startup Europe」の強化によるEU域内の産業クラスターとスタートアップ企業を取り巻くエコシステム(関連機関が構成する起業や事業推進の環境)の連携促進や、中小企業の国際展開の支援を目的とするイニシアチブ「エンタープライズ・ヨーロッパ・ネットワーク(EEN)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」の助言業務のEU・加盟国のルール、投資機会、提携先の選定などへの対象拡大も含まれる。また、中小企業の知的財産権の使用と取得の促進に向けた環境整備も盛り込まれた。


注1:
企業の活動の成長促進をするための資金や専門コンサルティングなどの支援を行う機関。
注2:
プロジェクトの支配などを趣旨とする担保取得を含む、プロジェクトファイナンスにおける担保のメカニズム。
注3:
回収の順位などが他の債権に劣後する融資。
注4:
会社設立後、事業が軌道に乗るまでの時期。
注5:
ベンチャーキャピタル・ファンド・オブ・ファンズとはスタートアップへ投資する企業への投資を行う機関のこと。
執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所
村岡 有(むらおか ゆう)
2013年、ジェトロ入構。同年より現職。

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