特集:欧州に学ぶ、スタートアップの今首都に大規模ビジネスパークを開設し活動の中核に(リトアニア)

2018年6月15日

リトアニアはバルト3国の一番南に位置し、三国の中では面積も人口(約325万人)も最大である。IT関連の産業が盛んであること、人件費が低いこと、スタートアップの中核をなす30~34歳の大学卒業者の比率が欧州連合(EU)域内で最高の58%(EU統計局2017年:EU28ヵ国平均は40%)であり高い教育レベルの人材が確保できることなどを背景に、多くのスタートアップが誕生している。海外からの投資も盛んだ。

リトアニアでは、経済省傘下で企業設立や起業家支援、輸出促進など行うエンタープライズ・リトアニアが運営する「スタートアップ・リトアニア」がスタートアップを支援している。コミュニケーション・マネジャーのジビレ・マルデルカイト氏によると、2012年に設立された同組織は、急速に発展するリトアニアのスタートアップと支援機関をとりまとめ、ビジネスの促進や発展への支援やリトアニア政府への働きかけを目的に活動している。具体的には、ニュースレターの発行、ハッカソン(注1)やワークショップなどイベントの企画・開催、コンサルティングやネットワーキング構築などを行う。スタートアップ・リトアニアが特に重視するのは、海外都市でのイベントに合わせて訪問し、シード(スタートアップの準備時期に資金提供するキャピタル)やベンチャーキャピタルにリトアニアのスタートアップの概要を紹介する「ロードショー」だ。2017年は選考された7社がテルアビブ(イスラエル)、サンフランシスコ(米国)、ベルリン(ドイツ)およびヘルシンキ(フィンランド)の4都市でロードショーに参加、うち3社は海外投資家と交渉を続けている。


首都ビリニュスで開催されたハッカソン(スタートアップ・リトアニア提供)

リトアニアには2017年末時点でスタートアップが360社あり、2016年および2017年にはそれぞれ40社強が起業した(図参照)。2017年のスタートアップへの投資は14件で計1,940万ユーロだった。このほか、ICO(イニシャル・コイン・オファリング=仮想通貨を用いた資金調達)では8,000万ユーロ以上の資金が調達された。

また、2016年には首都ビリニュス市と民間投資家が共同して、9万平方メートルの広大な敷地に8,000平方メートルのオフィススペースを持つ「ビリニュス・テック・パーク」が開設されている。多くのスタートアップ、ハイテク企業、ベンチャーキャピタル、アクセラレーター、インキュベーターが入居し、リトアニアのスタートアップが国際的に成長するための交流も盛んに行なわれている。

図:リトアニアスタートアップの数
毎年増加の一途をたどっている。2016年、2017年には各40社強が起業しており、今後も増加が見込まれる。2012年末に85社だったスタートアップは2017年末には360社となっており、5年間で4倍以上の数となっている。
出所:
スタートアップリトアニア

政府や税制優遇や社会保障費免除などのインセンティブを

リトアニア政府は2017年2月に「スタートアップビザ・リトアニア」を開始した。リトアニアでスタートアップ起業を目指すEU域外出身者は、ビジネスプランが承認されれば、特定の資金調達や企業への就労などの要件を満たさなくても1年間の労働ビザが発行され、延長も可能である。対象となる業種は、バイオ技術、ナノ技術、情報技術、メカトロニクス、エレクトロニクス、レーザー技術。2017年2月から同年末までに115件のビザ取得申請があり、このビザを取得した起業家により5社が起業した。

税制優遇については、スタートアップの事業初年度の法人税を免除する措置が2018年1月1日に導入された。しかしこの優遇措置は、一般的に赤字で事業を開始するスタートアップで適用されるケースはまれであると見られている。さらに、エンタープライズ・リトアニアは政府に対して、スタートアップ企業に社会保険料についての優遇策(事業初年度は社会保険料を免除、2年目50%免除、3年目は30%免除)を与えるよう提案している。

このような優遇策の適用を申請するスタートアップは今後増えていくと思われるが、リトアニアには現状、スタートアップの明確な定義が無い。エンタープライズ・リトアニアは、先に定義付けするよりも、広く申請を受け付けながらスタートアップの定義を固めていくことが良策であると政府に進言している。同組織の試算では、この社会保険料の優遇策が実施されると2018年に約100万ユーロ、2019年に200万ユーロ、2020年以降は300万ユーロ以上の税収減となる。この税収減は、設立後5~6年以上のスタートアップの事業拡大、納税により相殺され、2022~2023年には増収が減税分を上回ると見込んでいる。


2017年のロードショーのメンバー(スタートアップ・リトアニア提供)

代表格のビンテッドは9年目で黒字化達成

スタートアップの成功事例として、婦人用中古服、靴、バッグ、アクセサリーの売買・交換サイトを運営するビンテッド(Vinted)が挙げられる。2008年に立ち上がり、今では会員数が2,000万人を数え、リトアニアのほか米国、英国、ドイツ、フランスなど計10カ国でサイトを運営している。手数料として売り主からサイト上での販売額の5%と固定費の0.7ユーロを徴収する。携帯端末のアプリ経由でのアクセスが多く、特に若者に人気がある。2017年11月には創業9年目で初めて黒字に転じた。

2012年に創立された3D画像やその版権の売買サイトを運営するCGトレーダーは、そのビジネスモデルが高く評価され、2014年にインテルのベンチャーキャピタルから投資を受けた。この投資はさらなるビジネスの拡大に活用されている。3D画像はゲーム、VR(仮想現実)やAR(拡張現実)、3Dプリンター、コンピューターグラフィックスなどに用いられ、ゲームソフトや映像制作、建築、産業デザインなど多業種でニーズがある。世界中のデザイナーが作成した60万点以上(2018年3月時点)の3D画像が登録されている。同社は、エストニアで開催されるスタートアップ・イベント「ラティテュード59」で2015年のピッチング(投資家向けプレゼンテーション)コンテストで優勝した。

2社が2017年にエグジット

リトアニアのスタートアップ2社が2017年に「エグジット」(事業売却)を果たした。ドロップシッピング(注2)のEコマースのオべルロ(Obelro)は、創業からわずか1年後にカナダのネットショップサイト運営のショッピファイ(Shopify)に1,500万ドルで売却された。これはリトアニアでは最高額、かつ最短期間での売却である。また、ウェブサイトの開発者が制作中のウェブサイトを同僚や顧客に見せ、デザインやプログラムのバグなどに意見やアドバイス(フィードバック)してもらうソフトを提供するトラックダック(TrackDack)は、ウェブページのプロトタイプ作成ツールの米国インビジョン(InVision)に売却された(売却金額は非公開)。こういったエグジット事例は他のスタートアップや起業を考えている人たちにとって刺激になっている。


注1:
エンジニア、デザイナー、マーケティング担当者などがチームを作り、短期間でサービスやシステムを開発し成果を競うイベント。
注2:
顧客が商品などを購入すると、ウェブサイト運営者ではなく、製造元や卸業者が直接商品を発送する取引方法。
執筆者紹介
ジェトロ海外調査部欧州ロシアCIS課 アドバイザー
我妻 真(あがつま しん)
電機メーカーで30年以上海外とのビジネスに携わり、海外の顧客に機器を販売。
米国・ヒューストン、ロサンゼルス、ドイツ・フランクフルトと通算10年以上にわたる海外駐在を経験。営業、マーケティング、予算作成・管理、サプライチェーンマネジメント、労務管理、契約、法律/規制の調査等に携わる。2016年4月より現職。

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