特集:欧州に学ぶ、スタートアップの今 欧州最大級、「スラッシュ」が世界から注目(フィンランド)

2018年6月15日

フィンランドはイノベーションを経済再生、生産性向上の原動力と位置づけ、スタートアップ企業を積極的に支援している。欧州最大級のスタートアップイベント「スラッシュ」は2017年開催時には、来場者2万人、投資家1,500人、スタートアップ企業2,600社を集め、急速な成長を遂げている。フィンランドを代表するゲーム開発企業のスーパーセルも、設立当初は政府のスタートアップ支援資金を活用した。

スタートアップ企業に対する積極的な投資

全米民生技術協会(CTA)は2018年1月、世界38カ国と欧州連合(EU)諸国を、多様性や人的資本などの12の分類で評価した「2018 インターナショナル・イノベーション・スコアボード」の結果を公表し、13カ国をイノベーション・チャンピオン国として位置づけた。その中でフィンランドは、自由度、ブロードバンド、環境、ドローン技術、シェアリングエコノミー、ライドシェア、研究開発(R&D)投資の7項目で高い評価を得て、最高点を獲得した。

フィンランド雇用経済省は、イノベーションが経済再生と生産性向上の原動力であるとし、大胆な発想やグローバルな成長を促すビジネス環境を創出することを重点施策の一つとして、企業活動を強力に後押ししている。とりわけ、重要な役割を担っている機関がビジネスフィンランドである。

2018年1月1日、企業や研究機関の技術研究プロジェクトに資金を提供するフィンランド技術庁(Tekes)と、フィンランド企業の国際化推進およびフィンランドへの企業誘致を行うフィンプロの二つの機関が統合されビジネスフィンランドが創設された。約600人の職員と約40カ所の海外拠点を擁する新しい組織の目的は、企業に対する公的なビジネス支援をより効率的に行うことであり、スタートアップ企業に対する積極的な投資も継続している。

例えば、新たに輸出を目指す操業5年未満のスタートアップ企業に対するデモ製品開発やテストマーケティング費用、海外ビジネス拡大を図る中小企業に対する専門家サービス費用や有力展示会への出展費補助など、用意している支援の助成対象者・目的・金額などは多岐にわたり、申請前に相談することも可能だ。もちろん、厳格な審査を通過する必要はあるが、ビジネスフィンランドから資金調達を得られれば一定の評価を受けている企業であると考えることもできる。

産学官による企業サポート

こうした企業に対しソフト面の支援を行うサポーターも豊富だ。首都ヘルシンキの公的機関ヘルシンキ・ビジネスハブは、投資家・弁護士・会計士・アクセラレーター(注1)・インキュベーター(注2)といったエコシステム(起業・事業推進環境を構成する関連機関の集合)の主要なプレーヤー紹介、資金調達に関する相談、オープンイノベーションを望む大手企業とスタートアップ企業のビジネスマッチングやセミナー・ネットワーキングなどのイベントを多数行っている。また、ヘルシンキ市から受託を受けたマリア01は、もともと病院だった施設を改修し、北欧最大級のスタートアップクラスターとして再出発したインキュベーション・センターである。

技術・ビジネス・デザインの側面からのイノベーション促進を目指すア-ルト大学の敷地内に設置されたのが、アクセラレーターのスタートアップサウナだ。コワーキングスペース(事務所、会議室などの共用施設)や、投資・起業などの経験豊富なバックグラウンドを持つ講師陣による専門的な指導に加え、投資家に対するピッチング(プレゼンテーション)を含む7週間のインテンシブ・プログラムを提供している。インテンシブ・プログラムは、各国のシード・ステージ企業(注3)の関心を引きつけ、2010年からこれまでにスタートアップサウナを卒業した222社が調達に成功した資金の合計は2億ドルを超える。

欧州最大規模のベンチャーの祭典「スラッシュ」

フィンランドでイノベーションを語る上で、スタートアップサウナが運営する欧州最大級のスタートアップイベント「スラッシュ」は外せない。2008年に300人規模で始まったが、2017年11月30日~12月1日の2日間の来場者は約2万人を超え、約2,600のスタートアップ企業と約1,500人の投資家を集めるなど、急成長を遂げ欧州で最も注目を集めるイノベーション関連イベントにまで成長した。会期中は、企業のブース出展だけでなく、ステージ・プログラムやネットワーキングなど多数のサイド・イベントが行われる。あらかじめ選ばれた100社によるピッチコンテスト「スラッシュ100 ショーケース」の2017年の優勝者は、2016年設立のフィンランドのクリーンテック企業アルタム・テクノロジーズであった。


創業者が登壇するイベント「ファウンダーステージ」は超満員(ジェトロ撮影)

特定の製品・サービス開発に向けて企業がアイデアや技術を持ち寄り、短期間で集中して成果を競い合うハッカソン(注4)が行われることも多い。スラッシュ直前に、アールト大学で3日間実施された「ジャンクション2017」には、90を超える国・地域から約1,500人が集まった。また、企業だけでなく公的機関が行うこともある。例えば、社会保険省はスラッシュ期間中に、フィンランドの保健福祉分野のスタートアップの海外展開を促進し、サービス提供者とスタートアップの連携を加速させることを目的としたハッカソンを実施した。

投資家との出会いとピッチングイベントの活用

企業評価額が100億ドルを超えるゲーム開発会社のスーパーセルは、フィンランドを代表するユニコーン企業だ。同社のウェブサイトでは、「2010年の設立当初の資金は創業者の貯金とフィンランド技術庁(Tekes、現ビジネスフィンランド)からの投資だった。30平方メートルの部屋に、リサイクル・センターで調達した6台の机を並べて始まった。現在に至るまでに必要だったのは長期的な視点と忍耐であった」と紹介している。

ピッチングイベントなどでの認知度向上や資金調達も有効な手段の1つである。前述したスラッシュのピッチコンテストでは、2014年はハンガリーのエンブライト、2015年はオーストラリアのケアモンキー、2016年はフランスのサイベル・エンジェルがそれぞれ優勝するなど、受賞者の国籍は多岐にわたる。フィンランドは、世界中の革新的なアイデアと技術を待っているのである。

表:フィンランドの主なスタートアップ企業向けイベントとその特徴
イベント 特徴
アークティック15 (ヘルシンキ、2018年5月30~31日) 北欧・バルト諸国のアーリーステージ企業(注)を中心としたスタートアップ企業が競うコンテストやマッチング・イベントが行われる。
アップグレーデッド・ライフ・フェスティバル (ヘルシンキ、2018年5月31日~6月1日 ) 北欧最大級の医療分野のスタートアップイベント。スタートアップ企業のほか、大手企業、投資家、医療分野の専門家、研究者、公共分野など、さまざまなプレーヤーが集結する。
フォールアップ(ヘルシンキ、2018年10月2日) 欧州最大規模の学生による起業関連イベント。将来の起業家と、スタートアップや企業などとの面談機会を提供する。
スラッシュ(ヘルシンキ、2018年12月4~5日 ) 2008年に始まった、テクノロジー分野での欧州最大級のスタートアップイベント。スタートアップ企業、投資家、企業経営者、メディアが一堂に会する。2017年の来場者は2万人を超え、2,600のスタートアップと1,500人の投資家が参加するなど、急成長を遂げている。
注:
会社設立後、事業が軌道に乗るまでの時期。
出所:
各イベントウェブサイト

注1:
企業活動の成長促進をするための資金や専門コンサルティングなどの支援を行う機関。
注2:
起業間もないスタートアップに対し起業と成長を支援する機関。
注3:
ビジネスモデルやコンセプトはあるが製品やサービス化はできていない準備段階。
注4:
ソフトウェアなどのエンジニアリング行為を意味する「ハック(Hack)」とマラソンを組み合わせた造語で、エンジニア、デザイナー、マーケティング担当者などがチームを作り、短期間でサービスやシステムを開発し成果を競うイベントのこと。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所 次長
雪田 大作(ゆきた だいさく)
1997年、ジェトロ入構。輸入促進部 輸入促進課(1997年~1999年)、総務部総務課(1999年~2001年)、経済産業省通商政策局米州課(Researcher、2001年~2002年)、対日投資部対日投資課(2002年~2004年)、サンフランシスコ事務所(Director of BD、2004年~2008年)、対日投資部企業誘致課(課長代理、2009年~2012年)、対日投資部(総括課長代理、2012年~2015年)を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ロンドン事務所
前薗 香織(まえぞの かおり)(在フィンランド)
ジェトロ・ヘルシンキ事務所(2004年~2007年)を経て、2010年よりジェトロ・ロンドン事務所コレスポンデント(在フィンランド)。

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