特集:欧州に学ぶ、スタートアップの今 イベントが充実、ドイツ随一のスタートアップ拠点に(ドイツ・ベルリン)

2018年6月15日

ドイツの首都であるベルリンには、およそ17万社のスタートアップが存在し、65万人の雇用を生み出しているといわれており、これまでの投資額は39億ユーロに及ぶ。ベルリンの代表的なスタートアップ、いわゆるユニコーンといえば、中古車販売プラットフォームを運営するアウト・アインツ(Auto1)、レシピ付きの食材宅配サービス、ハロー・フレッシュ(Hello Fresh)、音楽ダウンロードサービスのサウンドクラウド(Soundcloud)などが有名だが、その他、ビジネスモデルのみで製品やサービス化ができていない準備段階にあるスタートアップも数多く存在し、年間500社のスタートアップが新たに登記されている。そのため、ベルリンでは、スタートアップ関連のイベントも多く、大規模な、コワーキングスペースと呼ばれる事務所、会議室などの共用施設もつくられている。また、経済振興公社によるスタートアップ支援の強化や、産学連携の取り組みなどが活発に行われている。

経済振興公社による積極的な支援策

ベルリン州の経済振興公社であるベルリン・パートナーは、2015年に「ベルリン・スタートアップ・ユニット」というプロジェクトを立ち上げ、スタートアップ支援を強化した。同プログラムは七つのイニシアチブで構成され、それぞれがベルリン・パートナーと民間企業や公的機関が組み、サービスを提供する。具体的な内容は以下のとおり。

  1. コーポレート・サービスの提供:ベルリンで設立準備を行うスタートアップを対象に、ベルリン・パートナーと人材派遣・育成を行う企業アイ・ポテンシャルズが共同で、金融、労務、人材雇用・育成などの情報提供を行う。
  2. ビジネス・ウエルカムセンター:ベルリン商工会議所主導のもと、ベルリン外国人局やベルリン投資銀行などが、外国人企業家の必要とする許可証発行の相談や情報提供を行う。
  3. ベンチャーキャピタル:ベルリン投資銀行とコワーキングスペース「ファクトリー」の創業者が主導するスタートアップのための資金アクセス支援サービス。スタートアップの資金援助に関し、投資家や関係機関などとのネットワーキングも支援する。
  4. インフラ整備の協業:ベルリンとドイツのコンサルティング会社、エグゾツェット・ベルリン(Exozet Berlin)主導による不動産、共同スペース、技術インフラの開発などインフラ整備の協業プログラム。
  5. ベルリン企業とのネットワーキング:ベルリンの中小企業とスタートアップのマッチング支援。ベルリンと、オンラインで寄付ができるプラットフォームを運営するスペンディーノ(Spendino)、およびドイツ連邦スタートアップ協会(German Startups Association)の役員が主導。
  6. 国際化支援サービス:ベルリン・パートナーと、テークアウトの注文サイトを運営するデリバリー・ヒーロー(Delivery Hero)主導。国際的なネットワーキングのためのピッチ(投資家などに対して行うプレゼンテーション)や、マッチングを含むデレゲーションを開催する。また、新規市場参入のため、査証発行なども含め支援を行っている。
  7. 大学発スタートアップ支援:大学からスピンオフしたスタートアップに特化。スタートアップのネットワーキングを推進しているベー! グルンデット(B!GRÜNDET)や、データマッピング、その設計ツールを作成するマッペギー(Mapegy)と連携して、大学発スタートアップ支援を促進。アカデミック企業家と地域ビジネスとの連携を深める活動などを通じて、学術的な背景を持つスタートアップの企業数増大を目指す。

コワーキングスペース「ファクトリー」外観(ジェトロ撮影)

また、ベルリン・パートナーは、世界6都市の主要イノベーション都市(ニューヨーク、テルアビブ、上海、ロンドン、ウィーン、パリ)とパートナーシップを締結(スタートアライアンス)し、ドイツ国内だけでなく、現地で対象企業に人材やマーケット進出の相談対応を行うスキームを持っている。今後も締結都市は拡大予定。具体的な内容は以下のとおり。

  1. スキーム参加者に、無料のコワーキングスペースや、民泊プラットフォーム・エアビーアンドビー(Airbnb)などによる住居を提供
  2. ドイツ企業とのマッチング
  3. 税制制度、人材雇用、ビザ取得、弁護士などの手配に関するサポートとコーチング
  4. 専門家によるドイツ・欧州展開へのアドバイス
  5. 主要なスタートアップイベントへの招待
  6. ビジネス開発支援、投資家へ向けてのピッチイベントへの参加支援

ベルリン市内にある四つの総合大学(フンボルト大学、ベルリン自由大学、ベルリン工科大学、ベルリン芸術大学)では、アントレプレナーシップセンターが併設されており、起業希望の学生のサポート体制が整っている。アドラースホフやユーレフキャンパスなどの主なリサーチパークではドイツ国内外の企業と市内の大学との産学連携が行われている。

ベルリン市内で開催される主なスタートアップ向けイベント

ベルリンでは、年間400ものスタートアップ向けイベントが開催されると言われている。100以上あるコワーキングスペースで、外部の人を招いたピッチイベントやハッカソン(注1)などの小規模なイベントの開催から、数千人規模の来場があるベルリンを代表する大規模なスタートアップイベントまで、規模はさまざまだ。主なものとその特徴は以下のとおり。

表:ベルリン主要イベント(2018年~2019年)
イベント名 特徴
CUBE TECH FAITR(3月)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ライフサイエンス、デジタルヘルス、製造業、機械産業、インフラ関連のB2B向けスタートアップイベント。2017年は3,000人の来場者。招待制をとっており、参加者が選別されており、より精度の高い「出会い」を実現。
TECH OPEN AIR 2018(6月)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます イノベーション・技術関連の国際展示会。欧州中から、有名スタートアップやインキュベーターなどが集う。2017年は2万人の来場者で、著名人による基調講演やピッチなど多くのイベントが催される。
Heureka(6月)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます ベルリン初の創業者会議。アーリーステージ(会社設立後、事業が軌道に乗るまでに時期)のスタートアップに参考になる創業者や経営者の成功・失敗事例要因などについてイベントを通じ情報共有される。起業家やデジタルの開拓者が事業を推進するのを支援する。2017年は4,500人が参加。
NOAH 18 Berlin(6月)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 主要なベンチャーキャピタルとスタートアップをつなぐ国際イベント。招待制であるため参加者のレベルが高い。4,000人規模。ロンドン、テルアビブでも開催。
IFA(8月、9月)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます コンシューマ・エレクトロニクス(家庭用電気機器)とホーム・アプライアンス業界の国際展示会。2017年からは、関連のスタートアップや先端技術を集めたコンセプト展示「IFA NEXT」が注目される。2017年は25万人の来場者。
STARTUPNIGHT(9月)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます モビリティ、エネルギー、コミュニケーション、人工知能(AI)、バーチャルリアリティー(VR)、拡張現実(AR)、ヘルスケア、フィンテック関連のスタートアップイベント。ドイツの大企業とベルリン経済振興公社が主催。5,000人規模。ベルリンの各地で同時に分科会が開催。
Tech Crunch DISRUPT(11月)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます メディアのテック・クランチ(Tech Crunch)が運営するスタートアップイベント。「スタートアップ・バトルフィールド」と呼ばれるピッチイベントがメイン。そのほか、国際的なスタートアップブースが並ぶ。
Hub.berlin(2019年4月)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます デジタル関連企業のためのビジネスフェスティバル。欧州のリーディングカンパニー、政治家、500社のスタートアップが参加。技術、デジタルトランスフォメーション関連、政策、イノベーション、アクセンチュアによるオープンイノベーションなど複数のエリアからなる。計3,000人規模。
出所:
各種資料を基にジェトロ作成

ベルリンのスタートアップ事例

ベルリンの代表的なスタートアップは、中古車販売プラットフォームを運営するアウト・アインツ(Auto1)、レシピ付きの食材宅配サービスハロー・フレッシュ(Hello Fresh)、音楽ダウンロードサービスのサウンドクラウド(Soundcloud)、衣料品Eコマースのザランドゥ(Zalando)、フードデリバリーサービスのデリバリー・ヒーロー(Delivery Hero)などがある。ベルリンには、同地の起業や事業推進環境(エコシステム)、コストが低く抑えられていることからバーンレート(注2)の低さなどに注目をするスタートアップが数多く存在する。

有機食品を扱うベルリン・オーガニックス(Berlin Organics)も成長中のスタートアップだ。同社は、健康志向を意識したドイツ人をターゲットに、スーパーフード(栄養バランスに優れ、栄養価が高い食品)呼ばれるようなアサイー、バオバブ、チアシードなどの食品を粉末状にしたものを、栄養素や用途に分けた上で、複数のスーパーフードやプロテインと混合し、カラフルな容器に入れて販売している。粉末にしたことにより、ヨーグルトやミューズリー(シリアルの一種)、スムージーなどに入れて手軽にスーパーフードを取り入れられるように工夫した商品だ。同社の製品は、すべて有機食品が原料となり、開発途上国から仕入れられている。開発途上国の支援を志す同社最高経営責任者(CEO)のクラース・クールマン氏は、フェアトレードを掲げて、ビジネスに取り組んでいる。オンラインショップでの販売が主流となる中、あえて店舗からの販促に尽力し、設立1年後にはドイツの主要な有機食品スーパーやドラッグストアにまで商品が置かれるようになった。

ベルリンのスタートアップ環境に魅力を感じて、同地に進出した日本企業では、UI(注3)/UX(注4)を手掛けるグッドパッチ(本社:東京都渋谷区)がある。ベルリンは同社にとっては初の海外進出先となる。ニューヨークやサンフランシスコなども検討したが、進出先の決め手は、労働賃金やオフィスコストの低さだという。また、次々に進出してくるスタートアップが同社の顧客になりうる点も、ベルリンに進出した理由のひとつだという。


注1:
ソフトウェアなどのエンジニアリング行為を意味する「ハック(Hack)」とマラソンを組み合わせた造語で、エンジニア、デザイナー、マーケティング担当者などがチームを作り、短期間でサービスやシステムを開発し成果を競うイベントのこと。
注2:
資金の減少率(燃焼(バーン))のこと。
注3:
ユーザーの視覚に触れるすべての情報のこと。
注4:
ユーザーが製品・サービスを通じて得られる体験のこと。
執筆者紹介
ジェトロ・ベルリン事務所 ディレクター
油井原 詩菜子(ゆいはら しなこ)
2011年、ジェトロ入構。進出企業支援・知的財産部(2011~2013年2月)、ビジネス情報サービス部(2013年3月~2014年9月)、ジェトロ・ウィーン事務所(2014年10月~2015年9月)、ビジネス展開支援部(2015年10月~2017年10月)、海外調査部(2017年7月~2017年10月)を経て現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ベルリン事務所
ヴェンケ・リンダート
2017年より、ジェトロ・ベルリン事務所に勤務。

この特集の記事