特集:欧州に学ぶ、スタートアップの今 屋内点検用の衝撃耐性型ドローンで市場を開拓(スイス‐2)

2018年6月15日

スイスはスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のあるヴォ―州を中心にドローン産業が発展しており、70以上の国内企業が同分野で活動しているという。フライアビリティ(Flyability)は、目視困難な屋内施設に特化したドローンの開発で、急成長を続けるスタートアップとして注目を集める。創業者の一人であるパトリック・テヴォス最高経営責任者(CEO)に、同社の強みや課題について聞いた(2018年2月8日)。

衝撃耐性型ドローンで市場を開拓

スイスはスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)のあるヴォ―州を中心にドローン産業が発展しており、70以上の国内企業が同分野で活動しているという。その中でも存在感を放っているのが、仏語圏ローザンヌに拠点を構えるフライアビリティだ。同社はEPFLにてロボット工学を学んでいたアドリアン・ブロイド氏とパトリック・テヴォス氏によって、2014年に設立された同校のスピンオフ企業で、スイスのスタートアップ支援企業ベンチャーラボが発表した「2017年のスイスのスタートアップトップ100」で3位に選出された。急成長を続ける同社の歩みや製品の特長、今後の展望について、創業者の一人でCEOのテヴォス氏に聞いた。

同社のドローン「エリオス(Elios)」は、炭素繊維素材でできた外骨格で覆われており、障害物と衝突しても飛行を続けることができるという特徴がある。二人の創業者は在学中、いかに危険で複雑な構造をした区域に人に代わってドローンを送り込むことができるかというテーマに取り組んでいた。一般的なドローンは衝撃に弱いため、狭い区域での使用には適さない。この課題への解決策を模索するにあたり、二人は昆虫の飛行からヒントを得たという。「例えばハエは、閉塞(へいそく)空間から逃れるために、何度も壁にぶつかり、そのたびに方向を変えながら出口を見つけるまで飛び続ける。私たちは障害を避けるのではなく、『ぶつかる』ことのできるドローンを制作しようと考えた」。二人が衝撃耐性型ドローンのアイデアを動画サイトで公開したところ、高いニーズが確認できたため、彼らは起業を決意。今では65名の社員を抱えるまでに成長した。

エリオスは、多くのドローンが屋外活動を前提とするなか、外骨格によって守られた高解像度カメラと照明装置、安定した信号により、屋内、特に目視が難しい複雑で狭い空間での点検活動に用途を絞り込んだ。その戦略が功を奏し、ドローン製造スタートアップが乱立するスイスの中でも特別なポジションを築くことに成功している。同社の主な顧客は、建築設備点検企業や発電所や石油ガス施設などの大規模な産業設備を所有する企業であり、人の代わりにドローンに巡回点検させることにより、作業員の負荷低減や、コスト削減にもつながる。更に、エリオスは事故や災害時の緊急対応にも使われており、世界の10の警察隊が導入している。現在100カ国以上で展開しており、特に日本、中国、韓国などのアジア市場で急速に売り上げが成長しているという。テヴォス氏は日本市場について、人材不足への有効な解決策としてロボットやドローンへの期待が高まっており、無人機械に対する国民の受容度も高いと分析する。同社の最初の受注は日本からだったという縁もあり、日本市場には特別な思いを寄せている。

ドローンが撮影した画像とサーモグラフィーはリアルタイムで確認することができ、点検後はレポートとして出力される。目視不可能な屋内施設での操作には高度な技術を要することから、同社ではパイロット養成のための研修プログラムも提供しているが、現在はソフトウエア開発に力を入れており、将来的には人の操作を必要としない完全自律飛行型ドローンの開発を目指しているという。


エリオス(Elios)(フライアビリティ社外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 提供)

大企業との人材獲得競争が課題

なぜスイスにおいて商用ドローンの開発が盛んであるのか。ロボティック分野で世界をリードする大学と研究所からドローンによるソリューションを開発する数多くのスピンオフが生まれ、豊かなエコシステムが形成されていること、連邦民間航空局(FOCA)がいくつかの商業目的のドローン運用実験を許可するなど、柔軟な規制環境であることに加え、テヴォス氏は、同じくEPFLから巣立った先駆者たちの存在を挙げる。「固定翼型軽量のドローンのsenseFly、空撮画像の3D処理を行うソフトウエアを開発したPix4Dなどの成功事例があるおかげで、学生はドローン産業で働くことに関心を持ち、投資家も自信を持って資金を投じられる」。一方の課題は人材確保だ。教育水準の高いスイスの大学から輩出される優れた才能が国内に拠点を構える多くの多国籍企業に吸収されてしまうという現状があるからだ。事業拡大のために精鋭をそろえたいスタートアップは、破格の給与や恵まれた職場環境を提示する大企業との人材獲得競争に挑まざるを得ない。そのため、「スタートアップは低賃金で長時間労働」という負のイメージを払拭(ふっしょく)し、挑戦する価値のあるキャリアだという意識を学生たちの間に浸透させることが重要だと同氏は指摘する。国内での人材獲得が難しい場合には海外で発掘する必要があるが、スイスの生活環境の良さは、海外人材を確保する際に有利に働くという。

フライアビリティは、屋内視察用ドローンという自らが創り出した市場での主導的な立場を守るため、潜在顧客の開拓に力を入れている。同時に、顧客の声に耳を傾け、彼らのニーズに沿った新製品の開発を目指している。


屋内施設を飛行するエリオス
フライアビリティ社外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 提供)

創業者であるアドリアン・ブロイドCTO(左)と
パトリック・テヴォスCEO(右)
フライアビリティ社外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 提供)
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
杉山 百々子(すぎやま ももこ)
2002年ジェトロ入構。貿易開発部、展示事業部、ジェトロ横浜(2011~2013年)、海外調査部調査企画課(2014~2015年)を経て、2015年8月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
マリオ・マルケジニ
ジュネーブ大学政策科学修士課程修了。スイス連邦経済省経済局(SECO)二国間協定担当部署での勤務を経て、2017年より現職。

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