特集:欧州に学ぶ、スタートアップの今産学連携と複層的な支援体制が強み(スイス‐1)

2018年6月15日

スイスの科学技術分野での研究レベルの高さは世界的にも高く評価されている。また、革新的な研究成果の市場化にも力を入れており、二つの連邦工科大学を中心に優秀なスタートアップが数多く生まれている。

スタートアップは二つの連邦工科大学周辺に集中

スイスは人口800万人でありながら、世界経済フォーラム(WEF)による2017年国際競争力ランキングでは6年連続首位、コーネル大学、欧州経営大学院(INSEAD)、世界知的所有権機関(WIPO)による2017年グローバル・イノベーション・インデックスでも7年連続首位を獲得するなど、世界有数のイノベーション国家として知られる。スタートアップに関しても、米国の国際アントレプレナーシップ開発機関(GEDI)が発表した2018年グローバル・アントレプレナーシップ・インデックスで米国に次ぐ2位に選ばれている。

スイス・スタートアップ・モニター財団が高い技術を有し急成長中の国内1,500社を対象に2015年から2016年にかけて行った調査による地域別・産業別分布は以下のとおり(表1、2)。地域と産業の相関では、チューリッヒ地域およびジュネーブ・ベルン地域ではICT関連の割合が高く、バーゼル地域ではヘルスケア関連が多い。

表1:スイスにおけるスタートアップの所在地域分布(2015年)
地域 スタートアップ
企業数の割合
チューリヒ 32.0%
ヴォ― 19.0%
バーゼル 9.7%
ジュネーブ 8.0%
ベルン 5.0%
その他地域 26.3%
出所:
スイス・スタートアップ・モニター財団資料をもとにジェトロ作成
表2:スイスにおけるスタートアップの分野別分布(2015年)
分野 スタートアップ
企業数の割合
ICT 29.90%
コンサルティングおよびサービス 12.30%
医療技術・診断 10.60%
エンジニアリング 9.70%
バイオ技術および製薬 5.40%
その他 32.10%
出所:
表1と同じ

連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ:独語圏)とローザンヌ校(EPFL:仏語圏)が産学連携の要となっていることから、スタートアップの半数以上がチューリッヒとヴォ―の2州に集中している。グーグルが2016年6月に米国外で最大級の研究センターをチューリッヒに開設したのも、ETHZで学んだ優秀な人材を狙ってのことだ。

複層的なスタートアップ支援体制

連邦政府は上から支援対象産業や領域を指定しない「ボトムアップ原則」を貫いており、主に規制、税制、教育など、企業が潜在能力を最大限発揮できる環境を整備することに重点を置いている。

(1)連邦政府による支援

スイスでは、公的資金が企業の研究開発に直接投資されない代わりに、公的研究機関から産業界への技術移転の仕組みが発達している。その中核を担うのが、スイス国立科学技術財団(SNSF)とイノスイス(Innosuisse)(旧技術革新委員会(CTI)、2018年1月より組織変更)だ。連邦政府はSNSFを通じて基礎研究を手厚く支援する一方で、イノスイスを通じて産業界への技術移転や産学共同研究の促進、スタートアップ支援を行っている。イノスイスによるスタートアップ支援は、a.アイデア実現、b.中小企業と公的研究機関のイノベーション事業、c.企業活動の国際化、d.ネットワークイベントの四つで構成される。

このうち、a.についてイノスイスは、科学分野での起業を目指す者に対し、専門家による専門指導(コーチング)プログラム(表3参照)と、研修プログラムを用意している。支援対象企業は提案内容の革新性と市場潜在性の両面から審査され、コーチング・プログラムを修了し専門委員会による最終審査に合格すると、「CTIスタートアップラベル」が授与される。ラベル取得企業には、潜在顧客や専門家との人脈形成、ベンチャーキャピタル(VC)からの資金調達の可能性が開け、さまざまなステークホルダーの関心を集めることが期待される。1996年の支援開始以来、約400社が同ラベルを取得した。毎年約150のスタートアップがイノスイスの支援に申し込み、約半数が支援対象に選ばれ、最終的に約30社がラベルを取得しているという。

表3:イノスイスによるコーチング・プログラム
フェーズ 内容 資金調達額
ステージA 初期コーチング ビジネスアイデアの実現可能性と市場性に関するレビューと開発  最大5,000CHF(スイス・フラン)
ステージB コア・コーチング 実現可能性評価、戦略策定、組織構築、市場参入の支援、知的財産保護、契約、税務に関する法的アドバイス  最大5万CHF
ステージC スケールアップ・コーチング 成長戦略の実行、資金調達、ネットワークの構築、拡張可能なプロセスと組織体制の確立に対する支援  最大7万5,000CHF
出所:
イノスイス発表をもとにジェトロ作成

CTIスタートアップラベル(イノスイス提供)(注3)

スイスは市場が小さいため、スタートアップは資金と市場を求めて海外に活動を広げる必要がある。そこでイノスイスは、海外拠点を有する連邦教育研究革新事務局(SERI)所管のスイスネックス(swissnex)、連邦経済事務局(SECO)所管のスイス・グローバル・エンタープライズ(S-GE)それぞれと連携し、スタートアップの国際化を支援している。前者は高等教育、研究、イノベーション関連機関の国際化、後者は貿易投資促進に取り組んでおり、スタートアップの事業段階に応じて必要な情報やマッチング機会を提供している。例えば、イノスイスがスイスネックスと取り組む「マーケット・エントリー・キャンプ」では、世界の主要なイノベーションハブ(ボストン、サンフランシスコ、上海、バンガロール、リオデジャネイロ)にあるスイスネックスの拠点を生かし、対象マーケットにおける製品やビジネスモデルの市場性の検証から投資家情報の提供、拠点設立までを支援している。また、S-GEは、市場情報の提供、コンサルティング、海外見本市への出展支援などを通じ、スタートアップの海外市場開拓を後押しする。

さらに連邦政府は2015年、チューリッヒ、ローザンヌ両ハブ拠点に加え、バーゼル地区、アールガウ地区、ビール地区の計5カ所に「イノベーション・パーク」を設立した(表4参照)。運営は州と大学も参加する民間団体「スイス・イノベーション財団」が担い、産学連携で行う研究開発の拠点として機能している。主な対象は大企業の研究開発部門だが、これらが核となって中小サプライヤーを引き付けており、スタートアップに対する支援スキームも今後新設される可能性がある。

表4:各イノベーション・パークの重点分野
パーク名称 重点分野
PARK BASEL AREA
バーゼル地区
バイオメディカル技術、ライフサイエンス、健康
PARK INNOVARE
アールガウ地区
加速器関連技術、先進素材・生産工程、人間・健康、エネルギー
PARK ZURICH
チューリッヒ地区
ライフサイエンス・生活の質、エンジニアリング・環境、デジタル技術・コミュニケーション
PARK NETWORK WEST EPFL
ローザンヌ地区
コンピューター・計算科学、エネルギー・天然資源・環境、健康・ライフサイエンス、素材・製造、移動・輸送
PARK BIEL/BIENNE
ビール地区
健康・ライフサイエンス、エネルギー・天然資源・環境、製造・素材、コンピューター・計算科学、移動・輸送
出所:
各イノベーションパークウェブサイト掲載情報をもとにジェトロ作成

(2)州による支援

スイスは連邦制を敷くため州の権限が強く、スタートアップに関しても、各州がインキュベーション施設など独自の枠組みを構築している。各州は自州の経済に裨益(ひえき)する産業分野に重点を置いており、例えば金融サービスの中心地ジュネーブには「Fusion」というフィンテックに特化したインキュベーション施設が設置されている。また、「クリプト・バレー」と称されるツーク州では、公共料金の仮想通貨での支払いを可能にするなど、仮想通貨やブロックチェーン関連企業によるイノベーションの推進を州を挙げて支援している。

(3)大学による支援

大学も、研究成果を市場に投入するための起業を積極的に支援している。例えばETHZは、商業利用もしくは社会に裨益する革新的な製品・サービスの開発を目的として、個別の研究者に12~18カ月間で15万CHF(スイス・フラン)を助成する「パイオニア・フェローシップ・プログラム」、ハード・ソフト両面で若手起業家を総合的に支援する「ieLabs」などのプログラムを用意し、スピンオフの誕生とコミュニティー形成を積極的に支援している。一方EPFLも、発明の事業化を望む学生や教授に対して1年分の給与を与える支援プログラム「Innogrants」のほか、1991年に敷地内にEPFLイノベーション・パーク(EIP)創設、120のスタートアップ、ネスレなど23の大企業を含む160社が活動しており、スピンオフの数は年々増加している。

(4)ベンチャーキャピタルによる支援

2018年ベンチャーキャピタルレポートによれば、スイスのスタートアップは、2017年に175回の融資で9億3,800万CHFを調達した。投資額をみると、ライフサイエンス分野が64%(5億9,500万CHF)と最大シェアを占める。一方でここ数年フィンテック含むICT関連分野(3億600万CHF)への投資が加速しており(前年比13%増)、特にフィンテックはバイオテックに次ぐ重要分野に成長している。ただスイス資本からスタートアップへの投資が少なく、独語日刊紙NZZによれば87%が米国やドイツを中心とする外国資本による投資だ。しかし近年では成功したスタートアップ企業が投資側に回る例も見られるなど、国内で新たな投資主体が育ちつつある。また、自動運転バス運用管理プラットフォームを開発するベストマイルへのスイスポストによる出資(2017年8月4日記事参照)のように、事業会社が保有するコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)(注1)も、金融、メディア、工業、交通輸送関連を中心に活性化している。

(5)資金調達プラットフォーム

2018年ベンチャーキャピタルレポートによれば、資金を集めるスタートアップが投資家と出会うためのプラットフォームとしては、先述のCTIスタートアップラベルの他、「スイス・スタートアップ・インベスト」、「ベンチャー・キック」、「スイス・スタートアップ100」などがある(表5参照)。

表5:資金調達プラットフォーム例
名称 開始年 説明 2017年実績
スイス・スタートアップ・インベスト(Swiss Startup Invest) 2003年 非営利団体Swiss Startup Invest主催。デジタル・スイス、 ベルン経済開発局、イノスイス、その他企業や金融機関の協力により、ハイテクスタートアップと投資家とのネットワーキングイベントを開催。 受賞企業:64社 調達額:3億4,000万CHF
ベンチャー・キック(Venture Kick) 2007年 ベンチャー・キック財団主催。スイスおよび他国の起業家の初期アイデアから国際市場への拡大まで支援。国内大学と関連機関と密接な協力関係にあり、150以上の投資家と起業家で構成された委員会によってプロジェクトが審査される。 受賞企業:32社 調達額:9,400万CHF
Swiss Startup 100 2011年 国主導のトレーニングプログラムベンチャーラボが運営するポータルサイト「startup.ch」が、経済紙ハイデルツァイトゥングとPME マガジンと協力して実施する賞 受賞企業:55社 調達額:3億300万CHF
出所:
「2018年ベンチャーキャピタルレポート」および各プラットフォームのサイトよりジェトロ作成

また、いくつかのアクセラレーター・プログラム(注2)は国外からの参加も受け付けている。アクセラレーター・プログラムの情報、日・スイス両国のスタートアップ交流機会については、在日本スイス大使館科学技術部のウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます で案内されている。

表6:国外からも参加可能なプログラムの例
プログラム名 主催 会場 対象分野
キックスタート・アクセラレーター外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます インパクト・ハブ・チューリッヒ
デジタル・スイス
チューリッヒほか フィンテック
食品
スマートシティー
ロボティックおよび知能システム
F10アクセラレーター・プログラム外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます F10 チューリッヒ (オンライン参加可) フィンテック
インシュアテック(保険関連)
レグテック(規制関連)
出所:
各プログラムウェブサイトをもとにジェトロ作成

成長段階の資金不足とモチベーションが課題

スイスは起業に適した環境が整っているが課題もある。一つは、財政的な要因だ。製品開発から市場化までの資金需要が高まる成長段階で、依然として多くの企業が資金不足に直面しているという。これに対処すべく、ヨハン・シュナイダー=アマン経済相がUBSやクレディ・スイスなどの金融大手に呼びかけ、2017年に計5億CHFの民間ファンド「スイス・アントレプレナーズ・ファンデーション」が設立されている。

税制面でも、現時点でスタートアップに対する特別措置はなく、スタートアップに対する投資に特別控除を設ける法案について国会で検討中だ。また、資金調達の成功により企業価値が高く評価され、それが資本税と富裕税の課税対象となり起業家本人の資産を侵食するという問題もある。

さらに、起業家精神の醸成不足を指摘する声もある。なお、人材に関しては、国内で獲得が難しい場合には海外で見つける必要があるが、スイスでは現在、右派国民党が欧州連合(EU)との「人の移動の自由」に関する協定の破棄を問う国民投票の実現を目指している。スイスのスタートアップにとって同協定は国際的な労働市場へアクセスするために不可欠だ。なおこれらの課題については、スイスのスタートアップ事例フライアビリティ(Flyability)の記事やネクシオット(Nexiot)の記事の中でも紹介している。


注1:
一般事業会社によるスタートアップへの投資。
注2:
企業の活動の成長促進をするための資金や専門コンサルティングなどの支援。
注3:
CTIラベルは組織名変更に伴い、今後新デザインに変更される予定。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
杉山 百々子(すぎやま ももこ)
2002年ジェトロ入構。貿易開発部、展示事業部、ジェトロ横浜(2011~2013年)、海外調査部調査企画課(2014~2015年)を経て、2015年8月より現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
マリオ・マルケジニ
ジュネーブ大学政策科学修士課程修了。スイス連邦経済省経済局(SECO)二国間協定担当部署での勤務を経て、2017年より現職。

この特集の記事