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特集:欧州に学ぶ、スタートアップの今スタートアップ企業で経済競争力の強化を狙う(ハンガリー)

2018年6月15日

ハンガリー政府は、経済競争力の向上のためデジタル化推進策を進めているが、スタートアップの重要性から「デジタルスタートアップ戦略」を策定している。共産主義時代の経験から起業家に否定的なイメージが強く、起業家が少なかったハンガリーだが、成功したスタートアップの出現や、起業家精神を育成するプログラムにより、起業に対して肯定的な考えが広がっている。ハンガリーのスタートアップのエコシステム(起業・事業推進環境)について説明する。

スタートアップをデジタル化の要におく

ハンガリー政府は経済競争力を高めるためにデジタル化の推進を重要視している。デジタルエコノミーは経済の総付加価値の20%を占め、雇用の15%を支える。政府は、この割合をより増加させるためには、ICTセクターや中小企業のデジタル化への一層のサポートが必要であると強調している。中でも、スタートアップ企業がサービスのデジタル化に大きな役割を果たし、B2B(企業間取引)のスタートアップが製造業のデジタル化にも大きく寄与することから、政府は2016年9月30日に「デジタルスタートアップ戦略」を発表した。戦略では、これまで政府が行ってきたスタートアップへのサポートがインキュベーション、事業の立ち上げ、ベンチャーキャピタル誘致などに特化しており、教育や起業家の育成、ビジネス環境整備などの面で不十分であり、スタートアップの一層の成長を促すためには包括的な開発プロジェクトが必要であるとの認識が示されている。戦略では、スタートアップエコシステム全体を総合的に見直した、(1)起業家精神の育成、(2)起業家の能力の向上、(3)ビジネスネットワークの拡大、(4)ビジネス環境の整備、(5)資金供給を5つの柱として挙げている。

起業家意識は育つが、グローバル意識に欠ける

ハンガリーには共産主義時代の経験から、資本主義の象徴ともいえる起業家自体にネガティブなイメージを持つ人が多く、現在でも両親からその影響を受けている若者が多い。起業に対するネガティブイメージのため、IT技術の高い人材が多くいるにもかかわらず、起業数が少ない。2006年に国際的金融機関のモルガンスタンレーがブダペストにオフィスを設置し、多くのIT技術者を雇用することで給与レベルを引き上げたことがその傾向に拍車をかけていた。しかし、2009年に創業し、販売を開始したプレジ(Prezi)のプレゼンテーション用ソフトウエア(Prezi)の成功により、起業に対するイメージが大きく肯定的に変わった。プレジの創業者は、ハンガリーのスタートアップエコシステムをより良い方向へ改革するため、同じハンガリーのスタートアップ成功企業であるユーストリーム(動画共有サービス)、ログミーイン(リモートアクセス)、エヌエヌジー(カーナビゲーションソフト)の創業者らと共に、起業家意識を育てるための非営利団体、ブリッジブダペストを設立した。ブリッジブダペストの最高経営責任者のピスチュール・ベロニカ氏は、「ハンガリー国内で起業する人の数は増えているが、ビジネスマインドを持てておらず、特に国境を越えるグローバルなビジネスをイメージできていない」と評する。「ハンガリーだけではマーケットが小さいため、起業家として成功するにはグローバルな視点を持つ必要があり、意識改革が重要である」とする。ブリッジブダペストではグローバル感覚を磨くために成功したメンター(コンサルテーション・アドバイスをする専門家)とのネットワーク作りをサポートしている。ブリッジブダペストの実施する6カ月の奨学金プログラムでは、ハンガリーの成功したメンターとのネットワーク構築以外に、プレジをはじめとするメンターを担う企業の各国の拠点で働く機会が与えられる。このプログラムではスマートセンサーや自動運転技術を開発するコムシグニアや、女性向けファッションブランドのナヌーシュカなど多種多様な企業が参加し、グローバル展開のきっかけをつかんでいる。また、その他にもメンターからのアドバイスや投資家を探すなど企業を繋ぐ交流をする場も設けており、スタートアップ企業の重要なネットワークハブとなっている。

製造業向けスタートアップ集積を目指す

ブダペストのスタートアップ都市としての魅力は、西欧より低い賃金や物価だ。また、製造拠点に近い立地であることから、B2B分野のスタートアップを集める試みが行われ、国外からブダペストのアクセラレータープログラム(注1)に参加する企業も増えている。このような特徴を持つブダペストのスタートアップイベントには国外からの視察者が増えている。

ハンガリーの最も古いインキュベーター(起業支援者)である「デザインターミナル」のアーチ・ゾルターン社長は「ブダペストはスタートアップにとってとても魅力的な都市として成長しているが、ハンガリーのマーケットが小さいことからユニコーン企業(企業価値10億ドル以上の未上場企業)が生まれにくい環境である」と話す。飛躍を求めるスタートアップは米国に拠点を移したり、買収されることを狙ったりする。この傾向はハンガリーのみならず、欧州のスタートアップ全般にみられる傾向だという。そのため、デザインターミナルはインキュベーションの対象として初期の段階からグローバルな企業と協力して成長するスタートアップを重視している。また、企業の持つ具体的な問題を解決できるスタートアップを集めるアクセラレータープログラムも実施しており、連携する企業にはハンガリー国鉄のマーブ、オーストリアの保険会社ユニオンインシュランス、世界最大の資産運用会社である米国のブラックロック、ドイツエネルギー大手のエーオン、ブレーキシステム製造のクノールブレムゼなどがある。スタートアップ都市では立地する金融業との連携が一般的で、ブダペストにはブラックロックを始め多くの金融関連企業があるが、大きな特徴はクノールブレムゼのようなグローバルメーカーの製造拠点が近隣に立地することである。アーチ社長は製造拠点と連携することで、インダストリー4.0など製造現場を改善するスタートアップが集積する可能性があると語る。このアクセラレータープログラムには既にアマゾン、グーグル、IBMといった企業パートナーが存在しており、起業の初期の段階から人的、資金的支援を行うため、具体的なビジネスへの道筋が見えていることから、国外企業の参加も多く、2017年は3分の1が英国、ポルトガル、インド、チリなどハンガリー外の国からの参加であったという。

大規模に成長するスタートアップネットワークイベント

ハンガリーのスタートアップ企業とネットワークを作る場として、デザインターミナルが主催する「ブレインバー」やハンガリー政府が後援する「シンク・ブダペスト」などがあるが、多種多様なスタートアップと出会うのに最も適したイベントとして挙げられるのが、「スタートアップサファリ」だ。ベルリンから始まったこのイベントは、現在はブダペストのものが最大規模になっているという。2017年4月の同イベントでは、2日間に渡ってITセキュリティーやフィンテック、ライフスタイルやデザインに関する300以上のイベントがブダペスト市内のさまざまな場所で行われた。参加者の30%が外国人であり、スタートアップ企業、インキュベーター、投資家などとのネットワーク作りが行われた。スタートアップサファリを運営するエックスラボ(Xlab)のコバーチ・ペーテル氏は「ブダペストでは高い技術力を持つ技術者の人件費やオフィスの賃料が西欧より安いことや、欧州の大都市へのアクセスがとても良いことが魅力で、それを求めてスタートアップ都市として既に有名なベルリン、ロンドンや北欧の都市からもチャンスを求め起業家が集まっている」と話す。さらに「ブダペストでスタートアップが多く育ち始めていることがスタートアップサファリへの参加者を引き付けていることに加え、エックスラボが運営する『セントラルヨーロピアン・スタートアップアワード』を通じて中・東欧全域にネットワークを持っていることも集客に貢献している」と指摘した。


スタートアップサファリのイベント(スタートアップサファリ提供)

エックスラボのコバーチ・ペーテルCEO(スタートアップサファリ提供)

2018年の投資環境は改善に向かう

ハンガリーは2016年、中・東欧における主要なベンチャーキャピタルによる投資先だった。その資金の多くは欧州連合(EU)からの資金を原資としている。2016年5月をもってEUのスタートアップ向けファンドの資金執行が終了したことで資金環境が大きく変化する中、ベンチャーキャピタルからの資金調達に成功したスタートアップ企業と、海外に拠点を移して活躍するにスタートアップ企業に話をきいた。

欧州のプライベートエクイティー(PE)の産業団体であるインベストヨーロッパのレポート(2017年8月)によると、ハンガリーは2016年、中・東欧におけるベンチャーキャピタルの投資主要先で、中・東欧全体の31%に相当する3, 100万ユーロの投資が行われたという。投資を受けた企業数でも73社で同地域では首位だった。しかし、ハンガリー・ベンチャーキャピタル協会(HVCA)のピンテール・イボヤ氏は、2017年に入りその環境は大きく変化したと話す。2016年まではEUのスタートアップやベンチャー企業の支援のための「ジェレミー(JEREMIE)ファンド 2007~2013年期(注2)」(2007年~2013年の予算、資金執行期限は2016年5月)の資金を活用した投資が盛んであったが、2016年5月で同ファンドが終了したことにより投資が停滞している。ハンガリー政府が用意したベンチャーキャピタル向け資金の投資先の募集が行われたが、そこからの資金調達に成功したベンチャーキャピタルは数社にとどまる。しかし「2018年にはその数は増えることが予想され、ベンチャーキャピタル自体の増資も進んでいることから投資環境は改善するだろう」と語る。

個人向け清掃サービスを欧州でスタートアップサファリ展開

ハンガリーのベンチャーキャピタルで現在最も大きな役割を果たしているのが、ハンガリー開発銀行(MFB)が出資するハイベンチャース(Hiventures)である。ハイベンチャースは政府からの資金調達に成功したファンドで、500億フォリント(約200億円、1フォリント=約0.4円)の資金力を有する。ハイベンチャースから国外展開を加速するための資金80万ユーロの調達に成功したのがレンディ(Rendi)である。レンディは2年半前に設立され、ティムル・チルク社長は27歳。レンディは清掃サービスを提供する個人と、サービスを求める人をオンラインでつなぐ、いわばウーバー、エアビーアンドビーの清掃サービス版といえる。法人向けの清掃サービスを行う企業は多くあるが、長期契約が前提で一般家庭向けにサービスを提供する企業がほとんどないことに目をつけて起業した。レンディの主な顧客はキャリアウーマンや子育てに忙しい女性で、外国人の利用者もいることから英語対応可能なスタッフをおいている。ポーランドとチェコにも進出しており、既存の現地企業よりも高い満足度でシェアを高めているという。ティムル社長は今回の資金調達について「ビジネスプランがしっかりしていれば調達は難しくなく、ハンガリーの現在の資金調達環境は非常に良好である」と話す。また、ハイベンチャース自体が若い企業であるため、同社から融資を受ける際にビジネスのアドバイスを受けることはあまりなく、制約が少ないため、自由に経営しているという。

レンディは顧客満足度を高めるため、清掃サービスを行う個人のクオリティーを保つことを重視している。そのため履歴書の確認、面談、犯罪履歴の調査、実際の清掃テストなどを通じたスクリーニング(適格審査)に力を入れる。清掃人のクオリティーは顧客が評価し、オンラインで簡単に確認できる。月平均1,300件の清掃依頼に対し、クレームは2件ほどであるという。清掃用具は基本的に顧客が用意することになっているが、洗剤などの消耗品をウェブで購入し、使用することもできる。欧州の大手企業ともタイアップしているが、日本の清掃用品にも興味を持っており、欧州では手に入る入れることができない高品質な清掃用品をレンディの強みとすることの可能性を模索しているという。

ターゲットとする市場からの融資を目指す

レンディは欧州市場をターゲットに成功したスタートアップだが、グローバル展開を前提に活動しているのがエアログラスだ。同社が扱うのは飛行機のパイロット向けに開発された拡張現実(AR)機器「エアログラス」で、インテル製のスマートグラスに飛行機の高度や飛行速度のほか、滑走路や鉄塔など高い建造物の位置、飛行すべき航路などを表示させるナビゲーションデバイスである。頭上に設置されたセンサーで頭の位置と飛行機自体の傾きを計算することにより、スマートグラスに適切な情報を表示することを可能にしている。本社は小型飛行機の本場である米国に移したが、開発拠点はブダペストに残してある。小型飛行機のパイロットでもあるマロイ・アーコシュ社長は、一般消費者向けの販売を念頭に開発していたが、スマートグラス自体も発展途上の技術であることから、プロフェッショナル向けにターゲットを移し、エアバスなどと共同開発を進めているという。エアログラスはハンガリーのアクセラレーターのオクソーラブス(OXOlabs)からも資金調達に成功しているが、国外からの資金調達にも成功している。マロイ社長は、ハンガリーで資金調達することは比較的簡単であるが、グローバル市場で成功するためには、ターゲットとしている市場からの資金調達ができなければ成功は難しいと語る。エアログラスは自動車向けAR機器の開発も進めており、欧州の大手自動車メーカーとの交渉もすでに始めている。日本の自動車メーカーとの共同開発も視野に入れ、日本進出を検討しているとのことだ。


エアログラスを用いての飛行実験(エアログラス社提供)

注1:
アクセラレータープログラム:企業の活動の成長促進をするための資金や専門コンサルティングなどの支援。
注2:
ジェレミーファンド (JEREMIE Fund: Joint European Resources for Micro to Medium Enterprises Fund)、2007年~2013年期が終了した後、新たに2014年~2020年期が設立されているがハンガリーへの投資の実績はまだ無い。
執筆者紹介
ジェトロ・ブダペスト事務所
三代 憲(みしろ けん)
米国デザイン企業、ハンガリー雑誌編集を経て、2010年よりジェトロ・ブダペスト事務所に勤務。

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