第2次トランプ政権下の新潮流を読み解く大手小売のAI実装進む
トランプ政権のAI戦略で変わる小売市場(1)
2026年3月5日
第2次トランプ政権発足から1年が経過し、人工知能(AI)に関する規制緩和が進んでいる。イノベーションが加速するその裏で、AI格差も鮮明になっている。小売り・消費の現場では、豊富な資金とデータを活用できる大企業がAI導入で収益を伸ばす一方で、これらのリソースが少なくAI投資が困難な中小企業は市場から取り残されるリスクが高まっている。本稿前編では、小売業界のAI導入の実態や先行事例について概説する。後編では、消費者体験に影響する監視型価格設定の問題について取り上げる。
トランプ政権のAI政策のスタンス
ドナルド・トランプ大統領は2025年1月の就任直後から、AIに関する規制方針を大きく転換した。バイデン前政権のAIの安全性・監視重視の枠組みを撤回して、米国の「AIに対する規制緩和を指示する大統領令」を発令した(2025年1月27日付ビジネス短信参照)。また、同年7月にはAI行動計画(2025年7月25日付ビジネス短信参照)を発表し、規制緩和を重視する姿勢を打ち出し、国家競争力の強化を柱とする戦略を提示した。これにより、AI開発における負担を軽減し、企業の自由な技術革新を促進する姿勢を鮮明にした。さらに、12月に発令した大統領令では、米国のAI企業が煩雑な規制に拘束されない事業環境が必要と説明し、州による独自のAI規制導入の動きを封じ、AI規制を州レベルから連邦レベルへ集約する方向を示した(2025年12月16日付ビジネス短信参照)。こうした規制緩和と合わせ、大きく美しい1つの法(OBBBA)による企業向け減税、AI・データセンターへの電力供給を重視したエネルギー政策なども進められ、トランプ政権はAIの普及・促進に積極的な姿勢を示している。
AI投資は企業の実績を分ける決定的な要因に
こうしたトランプ政権によるAI規制の大幅な緩和などが進む中、小売企業においてもAIの導入が広まりつつある。市場調査会社プレセデンスリサーチによれば、世界の小売市場における生成AIの市場規模は、2025年時点で10億1,568万ドルと推定されているが、2025年から2034年にかけて年平均37%のペースで急成長し、2034年には約172億6,807万ドルまで拡大する見通しだ(図参照)。地域別では、2024年に世界シェアの43%を占める北米が市場をリードしており、急速な技術の進歩がその成長を後押ししている。
出所:市場調査会社プレセデンスリサーチ
大手コンサルティングファームPwCが2025年1月に発表した、世界中の経営者を対象とした「第28回世界のCEOの意識調査
(9.7MB)」によると、企業の最高経営責任者(CEO)の約半数が生成AIによって1年以内に収益性が向上すると見込んでいる。既にCEOの56%が、生成AIによって従業員の業務効率が改善したと回答しており、AIは業務改革やコスト削減に不可欠な要素となっている。小売企業にとってAI実装は単なる技術革新にとどまらず、関税によるコスト増対策という面でも不可欠な生存戦略となっている。カナダに本社を置くEC大手ショッピファイのトビー・ルトケCEOは、「AIファースト」の採用方針を示し、新しい人員を採用する際に、その業務がAIによって解決できないと証明することを各チームに義務付けた。これは単なる人員削減ではなく、AIを前提とした組織構造への転換を目指したもので、人件費を膨らませずに生産性を向上させるための戦略的判断といえる。関税の引き上げに加え、インフレによるコスト増が懸念される中、コストの最適化を行う手段として、AIの活用が進んでいることを示す。
このように小売企業におけるAI導入が進展する一方、企業間のAI格差も浮き彫りになっている。膨大な顧客データと投資力を持つ大企業が優位性を築く中、多くの中小企業は、導入意欲はあっても高騰するコストや専門知識の不足という課題から足踏み状態になっている。こうしたデータ活用能力と投資規模の差が、業界内に新たな格差を生み出す可能性がある。米調査会社IHLグループによれば、AIを導入した企業は未導入の企業と比較して、2023年の売上成長率は2.3倍、利益成長率が2.5倍に達しており、圧倒的な成果を上げている。AIを活用して需要予測、在庫管理、価格設定などを高度化している企業が、競合他社を大きく引き離している実態が示されており、AI投資は企業の実績を分ける決定的な要因になっている。
小売企業のAI導入能力ではアマゾンが首位
前述のように、大手小売企業ではAI導入が進みつつある。米調査会社CBインサイツが2025年7月に発表した、世界の主要な小売企業上位20社(時価総額ベース)のAI導入能力を評価・ランク付けした指標「小売AIレディネス・インデックス(Retail AI Readiness Index)
」で、上位10社のうち5社を米国企業が占めている。同指標は、主に「実行力」と「革新力」の2つの軸で評価する。実行力は、AIを活用した製品やサービスの顧客への提供と、社内業務への導入状況を基に評価する。また革新力は、将来のAI活用の強化に向け、新たなAI機能の開発、投資、買収を行った実績を基に評価する。
同ランキングでは、1位のアマゾンの総合得点が98点で、総合首位となった。続いて、2位はアリババ(61点)、3位はウォルマート(44.1点)だった(表参照)。アマゾンやアリババは、自社のあらゆる事業の土台となるAI基盤に巨額の資金を投じている。
| 順位 | 企業名・国名 | 総合得点 |
|---|---|---|
| 1 | アマゾン(米国) | 98.0 |
| 2 | アリババ(中国) | 61.0 |
| 3 | ウォルマート(米国) | 44.1 |
| 4 | ジンドン(中国) | 33.6 |
| 5 | クーパン(韓国) | 27.9 |
| 6 | ロウズ(米国) | 25.9 |
| 7 | ホームデポ(米国) | 22.4 |
| 8 |
セブン&アイ ホールディングス(日本) |
19.9 |
| 9 | ターゲット(米国) | 19.1 |
| 10 | ロブロー(カナダ) | 19.0 |
出所:米調査会社CBインサイツ
AI基盤は、小売分野での物流の最適化や高度なパーソナライゼーションを実現するほか、グループ全体の多様なサービスへ迅速かつ大規模に横展開を可能にする。また、アマゾンは2023年にクラウド型の生成AIプラットフォーム「アマゾン・ベッドロック」を開発し、企業がさまざまなAIモデルを利用して、生成AIアプリケーションを開発できるサービスを開始した。独自のAIチップも製造しており、ハードからソフトまで一貫したAI基盤を提供している。アマゾンの2025年の設備投資額は1,000億ドルを超える見込みだが、その多くはアマゾンの営業利益総額の約65%を占めるクラウドサービスプラットフォーム「アマゾン・ウェブ・サービス(AWS)」のAI需要に対応するための、データセンターやネットワーク整備に充てられている。アマゾンはAIを用いた小売分野の生産性向上にとどまらず、独自のAI基盤を中心としたビジネスも展開し、AI市場での競争優位性を高めている。
小売最大手のウォルマートもAIの活用を事業戦略の1つとすることで、競合他社に差をつける好調な業績を維持している。同社はAIの導入により、業務効率の向上、顧客体験の改善、そしてECの拡大において明確な成果を上げている。2025年第3四半期決算報告書によると、同社の米国内の店舗在庫の60%超が、自動化された物流拠点を経由して供給されている。また米国内のEC注文の50%以上が、自動システムによって処理されており、これにより注文履行(フルフィルメント)や配送にかかるコスト削減に役立っている。こうした投資は財務実績にも表れており、同四半期の総売上高は前年同期比5.8%増の1,795億ドルに達した。
同社はAI導入を進める中で、2025年7月に複数のAIツールを総括する「スーパーエージェント」戦略を発表した。これまで社内で乱立していた多くのAIツールを、特定の利用者層に合わせた4つの統合インターフェースに集約させる全社的なAI戦略だ。この戦略では、自律的に思考し行動する「エージェント型AI」を活用し、顧客向けのショッピングアシスタント「スパーキー」、従業員の勤怠や売り上げデータの管理を支援する「アソシエート・エージェント」、サプライヤーや広告主の注文などの管理を自動化する「マーティー」、開発者の生産性を高める「デペロッパーエージェント」の4つを柱とする。この取り組みの目的は、顧客と従業員双方の体験を簡素化し、5年以内にEC売上比率を全体の50%まで引き上げることだ。2025年6月からモバイルアプリに搭載されたAIショッピングアシスタントの「スパーキー」は、従来の検索機能に代わる新たなインターフェースを目指しており、ユーザーとの会話を通じて顧客のニーズを把握する。その上で、商品に関する質問への回答や、複数の商品の比較検討、商品レビューの要約を行うなどして、顧客の購買体験をサポートする仕組みだ。例えば、「今夜どのスポーツチームが試合をするのか」といった日常的な質問から、そのイベントに適した商品提案などに対応する。将来的には、日用品の自動再注文から各種サービスの予約代行など、顧客ニーズに最適化したパーソナライズ機能を拡充する予定だ。そのほか、アパレル部門ではAIを活用してトレンド予測から商品デザインの企画にかかる時間を短縮している。インターネットの膨大なデータから世界的なトレンドを分析することで、デザイナーやバイヤーの商品企画プロセスを効率化し、従来はトレンドを察知してから店頭に並ぶまでに約半年近くかかっていたリードタイムを6~8週間に短縮する。消費者の需要が最も高いタイミングで商品を店頭に展開することが可能になった。
また、ホームセンターチェーン大手ホームデポは2025年3月に、AIを活用した住宅改善アシスタントサービス「マジック・エプロン」を開始した。店舗スタッフが対面で行うDIYのアドバイスや、複雑なプロジェクトの相談を、自社サイトや公式アプリを通じて24時間体制で提供する。例えば、顧客が自宅の庭の手入れについて相談すると、AIが具体的な作業手順を提示するほか、必要な道具や肥料などの商品を案内する。インターネットの情報だけでなく、ホームデポが長年蓄積してきた膨大な知見や商品のカタログデータを基に学習していることも同サービスの特徴だ。一般のDIY層だけでなく、建設業者など法人向けの導入も進めており、業務効率化のツールとしても位置付けられている。
トランプ政権のAI戦略で変わる小売市場
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- 執筆者紹介
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ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査部 リード・リサーチャー
樫葉 さくら(かしば さくら) - 2014年、英翻訳会社勤務を経て、ジェトロ入構。現在はニューヨークでのスタートアップ動向や米国の小売市場などをウォッチ。






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