第2次トランプ政権下の新潮流を読み解くAI価格設定の規制動向
トランプ政権のAI戦略で変わる小売市場(2)
2026年3月5日
前編で記述したとおり、トランプ政権の政策方針を受けて小売業界の人工知能(AI)活用は実装段階に入り始めた。各社ともAI導入を進める中で、顧客体験の向上が期待される反面、消費者の個人データに基づきAIが自動的に価格を設定する「監視型価格設定」という手法を導入する動きがある。これに対し、2025年は30州以上で100件を超える「監視型価格設定」を規制する法案が提出されるなど、「価格差別」からの消費者保護が重要な課題として浮上している。
消費者体験に公平性を損なう監視型価格設定が課題
小売業界でのAI導入は利便性の向上も期待される一方、懸念すべき点もある。消費者への影響が特に懸念される点として注目されるのが、個人データに基づいてAIが自動的に価格を設定する「監視型価格設定(surveillance pricing)」手法だ。需要に合わせて一律に価格が変わる従来までの「動的価格設定(dynamic pricing)」とは異なり、個人のデータ(閲覧履歴、位置情報、購買傾向など)を基に「個別価格」を提示する。AIが個人の支払い許容額を個別に予測して価格を釣り上げる可能性があり、同一の商品でも買い手によって値段が異なることから、価格・情報の格差が消費者の公平性を損なう懸念が高まっている。
連邦レベルでは、連邦取引委員会(FTC)が、監視型価格設定を不当かつ欺瞞(ぎまん)行為と見なし、厳格な取り締まりに乗り出した。FTCが2025年1月に公表した調査報告によれば、小売業者が消費者の位置情報や閲覧履歴、ウェブサイト上でのマウスの動きなどを追跡し、個別に最適化された価格を提示している実態が明らかになった。調査では、これら消費者データから価格設定を行う仲介業者が、AIのアルゴリズムを駆使し、少なくとも250社以上の企業にこうしたサービスを提供していることが指摘された。その代表例として、米国食料品配送プラットフォーム大手のインスタカートが、AIツールを用いて利用者ごとに異なる価格を提示していたとして、FTCの調査対象となった。FTCが特に注視しているのは、同社が2022年に買収した価格最適化ソフトウエアの「エバーサイト」だ。同社は、このサービスを用いて、同一の商品に対して顧客ごとに異なる価格を提示し、消費者の反応を測定する価格テストを実施した。消費者団体の調査では、同じ店舗への同時間帯のアクセスでも、顧客間で最大23%の価格差が生じていたことが確認された。FTCは、この慣行が「不公平または欺瞞的な行為」に該当する可能性があるとの見解を示した。これを受け、同社は2025年12月、価格テストの停止と、同一店舗で同時刻に商品を購入した場合は一律の価格を適用すると発表した。
新FTC体制では法的根拠と事実重視の規制方針
このように、FTCの追及がインスタカートに方針転換を迫る実効性を見せた直後、新体制への移行に伴い、規制当局の姿勢に変化が見え始めた。第2次トランプ政権下でFTC委員長に就任したアンドリュー・ファーガソン氏は、監視型価格設定の調査自体は継続するも、リナ・カーン前FTC委員長が進めていた上述の調査の中間報告の公表には反対だったと述べた。同氏は、「プライバシー保護をはじめとする複雑な課題に対し、客観的な証拠に基づく慎重な事実解明を優先すべきである」とし、同調査に対する一般向けの意見公募ポータルも閉鎖した。
一方で、広範囲にわたるデータ収集が、消費者の利益を損なう可能性については引き続き注視している。その一環として、2026年2月末には「データ駆動型経済における消費者の損害と利益の測定」と題したワークショップを開催し、各機関が消費者データの収集・開示に伴う利益・不利益をより正確に把握・測定する手法を検討する。具体的には、情報流出による被害やデータ活用の潜在的メリットの定量的評価、データ漏洩(ろうえい)が消費者に与える影響と被害最小化への取り組みに加え、プライバシーに対する消費者の好みや意思決定の測定といった多角的なテーマについて議論する予定だ。ただし、FTCは従来の積極的な規制導入を目指す姿勢からは一転し、現在は情報の蓄積や、個別案件への対応を優先する姿勢へと移行している。
米国各州で進むAI価格設定の規制強化の動き
FTCによる大規模な市場調査は停滞する一方で、各州が監視型価格設定に対し独自の規制導入を検討する議論が進んでいる。全米の中でもニューヨーク州が先行しており、同州では2025年11月に「アルゴリズム価格設定開示法(Algorithmic Pricing Disclosure Act)」が施行された。これにより、企業がアルゴリズムを用いて消費者の個人データに基づき価格を設定する場合、その旨を消費者に開示することが義務付けられている。これを受け、同州で運営する配車サービス大手のウーバーや、フードデリバリー大手のドアダッシュの両社は、自社アプリ内で「この価格はあなたの個人データを使用したアルゴリズムによって設定された」といった通知を明示するようになった。ただし、アルゴリズムによる具体的な上乗せ額や算出の仕組みは依然として非公開のままとなっている。なお、違反した企業には、1件当たり最大1,000ドルの刑事罰が科される可能性がある。同法については施行前から業界団体からの反発も強く、全米小売業協会(NRF)は、この法律は、誤解を招く恐れのある情報を企業に強制的に表示させるもので、憲法で保障された表現の自由に違反するものだとして訴訟を起こしていた(注)。
カリフォルニア州もまた、調査と立法の両面から監視型価格設定への対策を積極的に進めている。ロブ・ボンタ州司法長官は2026年1月、同手法を用いる企業への大規模な一斉調査を開始した。消費者データを「個別価格設定」へ転用することは、州消費者プライバシー法(CCPA)の「目的制限の原則」に違反する恐れがあるとし、オンラインでの販売割合が大きい小売り、食料品、ホテル業界の主要企業に対し、データ活用の実態や、公民権法への準拠状況について回答を求める書簡を送付した。さらに、州議会では個人データに基づく価格調整を禁じる「監視型価格設定保護法(AB446)」の審議も進んでいる。カリフォルニア州は全米でも最も厳格かつ包括的な州消費者プライバシー法(CCPA)を有するが、現時点では収集したデータを、企業内部の価格設定アルゴリズムに利用することを明確に禁じる州法は存在していない。
同州のクリス・ウォード下院議員は法案提出の発表で「生活必需品の価格が全面的に上昇している今、人々がその属性や、(アルゴリズムなどに)推測された特性を理由とした不当な価格差別を防止することは、これまで以上に重要だ」とした上で、「公正な価格設定を受ける権利は、一部の特権であってはならず、全ての人に対する基本的な保護であるべきだ」と主張した。
このように、米国では2025年に価格の透明性向上を目的とした立法の議論が活発化した。2025年全体を通じて30以上の州で100件を超える関連法案が提出されており、その背景にはAIや自動意思決定システムによる不透明な価格設定の広がりがある。このように、商品の販売価格が決定されるプロセスの明確化を義務付ける動きは、全米規模で広まっている。
日本企業への示唆:企業に求められる提供価値の透明性
これまでみてきたように、AIを活用した監視型価格設定による消費者差別を防ぐために、州レベルで規制強化の動きが活発化している。企業が個人データを利用して、郵便番号から推測される個人の経済状況や人種に基づいた「価格差別」につながる恐れがある。規制当局は、こうした不当な慣行が実際に行われていないか、実態調査に乗り出している。2026年には関連法案の立案の議論がさらに活発化する見通しで、特に関税率の改定がビジネスや消費者に与える影響を背景に、商品価格のうち関税が占める割合の開示などを義務付ける法案の提出が予想される。消費者の間でも、こうした個別価格の懸念に対する認知が広まる中で、不透明な価格設定は企業のブランド価値の低下を招く恐れがあり、企業は提供価値の透明性を高めることが重要だ。
トランプ政権のAI戦略で変わる小売市場
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- 執筆者紹介
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ジェトロ・ニューヨーク事務所 調査部 リード・リサーチャー
樫葉 さくら(かしば さくら) - 2014年、英翻訳会社勤務を経て、ジェトロ入構。現在はニューヨークでのスタートアップ動向や米国の小売市場などをウォッチ。






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