欧州各国の脱炭素・循環型ビジネス最新動向 規制緩和策で米中に対抗
徹底解説:EUグリーン・ディール産業計画(1)

2023年12月15日

EUは、2050年までの炭素中立を目指す「欧州グリーン・ディール」と、ロシア産化石燃料からの脱却計画「リパワーEU」(2022年9月1日付地域・分析レポート参照)を掲げ、再生可能エネルギー(再エネ)への移行と再エネによるエネルギーの自活を推進している。欧州委員会は、欧州グリーン・ディールを単なる環境政策ではなく、EUの成長戦略と位置付けている。再エネなど世界的に大幅な拡大が予想される、温室効果ガス(GHG)の排出ゼロに貢献する技術(ネットゼロ技術)に対する需要を取り込むことで、EUをネットゼロ産業の一大拠点に育てたい考えだ。

一方で、米国や中国を筆頭にネットゼロ産業を推進する動きは世界各国で加速しており、主要国間では補助金などによる投資誘致合戦が激化。欧州委は、製造拠点のEU域外への移転に対する危機感を募らせている。こうした中、EUはネットゼロ産業におけるEUの優位性を確保し、世界的な主導権を握る上で、今後数年間が転換期になるとしてネットゼロ技術の開発や製造に対する支援強化の重要性を強調。EU域内への投資の呼び込みを目的として「グリーン・ディール産業計画(GDIP)」(2023年2月3日付ビジネス短信参照)を発表した。

本稿はGDIPの徹底解説として、論点を2回連載で報告する。第1回はGDIPの全体像を明らかにした上で、GDIPの第1の柱である規制緩和策について、ネットゼロ産業法案と重要原材料法案に焦点を当てて解説する。第2回では、GDIPの第2の柱である財政支援策について述べる。

グリーン・ディール産業計画の背景と概要

GDIPの目的は、再エネの整備加速に向けたネットゼロ技術の域内生産の強化と、ネットゼロ技術やその原材料の供給元の多角化である。GDIPは、環境政策である欧州グリーン・ディールの一環であるものの、化石燃料から再エネへの移行促進策というよりも、域内ネットゼロ産業の育成策という側面が強い。背景にあるのは、域内のエネルギー価格高騰と域外国の補助金による、域内ネットゼロ産業の競争力の劣化に対する危機感だ。EU域内では、2021年夏ごろから域内のエネルギー価格の高騰が続いており、特に2022年夏に価格が急騰し、エネルギー危機に陥った。

一方、米国では、気候変動対策を中心とした大型経済対策である「インフレ削減法(IRA)」(2022年10月6日付地域・分析レポート参照)が成立。IRAには、電気自動車(EV)を含むネットゼロ技術などを対象に、現地調達を要件とする巨額の補助金が含まれている。現地調達要件を満たすことで、補助金を加味した米国でのネットゼロ技術の製造コストは、EUでの製造コストを大幅に下回るとみられる。欧州委の資料では、IRAを加味した場合、米国でのバッテリーの製造コストはEUより3割安く、太陽光パネルの製造コストはEUの3分の2程度になると試算されている。特に太陽光パネルは、中国での製造コストも下回る。EUの域内企業が既にエネルギー価格高騰に苦しむ中で、IRAの現地調達要件に基づく補助金の交付は、米国への製造拠点の移転を誘発しかねないとして、EUは反発。欧州委は、IRAをネットゼロ産業の域内競争力に対する「脅威」と述べるなど、米国への対抗姿勢を鮮明にした。こうした中で、欧州委がIRAへの対抗策として発表したのがGDIPである。

もっとも、欧州委はGDIPの発表後、IRAの補助金対象にEU産を含めるべく米国と交渉を続けるとして、米国への態度を軟化させた。むしろ、巨額の補助金を背景に、ネットゼロ産業の成長著しい中国に対する危機感を強調している。EUは、ネットゼロ技術だけでなく、その原材料の多くを中国に依存している。特に、欧州委が再エネ拡大において重視する太陽光パネルの90%以上、またその原材料となるガリウムの71%を、EUは中国から輸入している。新型コロナウイルス感染拡大下においてサプライチェーンが混乱したことや、ロシアへの天然ガス依存がエネルギー危機を招く一因となった近年の経験も踏まえて、再エネへの移行において中国依存を深めることを回避したい考えだ。

GDIPは、(1)投資環境を改善するための規制緩和、(2)投資誘致のための財政支援、(3)人材育成、(4)ネットゼロ技術や原材料の確保のための貿易推進、という4つの柱からなる。特に注目されるのは、(1)規制緩和と(2)財政支援である。規制緩和に関しては、欧州委は2023年3月、「ネットゼロ産業法案」(2023年3月20日付ビジネス短信参照)と「重要原材料法案」(2023年3月22日付ビジネス短信参照)を発表。財政支援に関しては、加盟国による産業支援を容易にすべく、国家補助規制の緩和策である「暫定危機・移行枠組み」(2023年3月15日付ビジネス短信参照)を同3月に採択した。

GDIP第1の柱:規制緩和策

GDIPの第1の柱である、産業拠点に対する規制緩和について解説する。EUでは、産業拠点の許認可において環境影響評価など厳格な規制が敷かれており、ネットゼロ産業や原材料分野も例外でない。ネットゼロ産業の場合、対象となる技術や設置先の加盟国によって異なるものの、許認可プロセスは2~7年もの期間を要する。許認可の取得に数年単位での時間がかかる上、許認可取得の可否を予見しづらい規制環境は、ネットゼロ技術への域内投資を阻害する要因の1つであると指摘されている。こうした規制の緩和による投資環境の改善を目的に、欧州委はネットゼロ産業法案と重要原材料法案を発表した。

ネットゼロ産業法案と重要原材料法案は、技術と原材料というように対象が異なるが、法案の構造は似ている。まず、両法案とも、EU域内で生産すべき技術や、採掘・加工・リサイクルすべき原材料を選定した上で、2030年までに達成すべきベンチマークを設定している。これらのベンチマークは、いずれも法的拘束力を伴わない努力目標であるものの、投資促進に向けて、中長期的に関連産業を支援することを内外にアピールするための政治的メッセージになるとみられる。EUは従来、自由貿易の実現に向け、開かれた通商政策を推進しており、今回もこうした基本方針を変更するものではないことを強調している。一方で、域内生産などに明確な目標を設定し、域内産業支援を実施することは、保護主義的とみられかねないとの指摘もでている。特に、ネットゼロ産業法案は、欧州委もEUの強力な製造部門を基盤とする政策だと認める。公共調達規定においては域内産品を優遇する条文があり、保護主義的な傾向が特に顕著となっている。

また、両法案は具体的な規制緩和策も類似しており、許認可手続きの一部簡略化や審査期間の短縮化が盛り込まれている。所定の基準を満たす場合には、重要な公共の利益を有する事業としての認定が与えられ、加盟国の審査において最優先される。また、許認可には複数の手続きを要するが、これらを加盟国ごとに単一窓口での対応を可能にするワン・ストップ・ショップも導入する。さらに特筆すべきは、環境保護基準を実質的に引き下げることを可能にする文言が含まれていることである。これは、環境保護基準を直接的に引き下げるわけではないが、後述のとおり事案ごとの判断により、加盟国当局は、環境に悪影響を与える場合であっても許認可を出すことができるというものである。

規制緩和策(1)ネットゼロ産業法案

ネットゼロ産業法案は、特定の技術をネットゼロ技術と指定し、域内製造目標を設定した上で、目標達成に向けた措置として、製造拠点の設置に関する許認可プロセスを簡略化、短縮化する規制緩和策を導入するものだ。

欧州委案によると、支援対象となるのは、次の参考の通り、同法案が指定する「ネットゼロ技術」と、ネットゼロ技術のうち特に優先度の高い「戦略的ネットゼロ技術」である。戦略的ネットゼロ技術は、規制緩和策において最大限の優遇措置を受けることができる。ネットゼロ技術には、最終製品のほか、特定の部品、ならびにこれらの製造に使用する特定の機械も含まれる。

参考:ネットゼロ産業法案が指定する技術

戦略的ネットゼロ技術
太陽光・太陽熱技術
陸上風力・洋上再生可能技術
バッテリー・蓄電技術
ヒートポンプ・地熱技術
電解槽・燃料電池
持続可能なバイオガス・バイオメタン技術
二酸化炭素回収・貯留(CCS)技術
グリッド技術
ネットゼロ技術
再生可能エネルギー技術
蓄電・貯熱技術
ヒートポンプ
グリッド技術
非バイオ由来再生可能燃料(水素など)
持続可能な代替燃料技術
電解槽・燃料電池
二酸化炭素回収・有効利用・貯留技術
エネルギーシステム関連のエネルギー効率化技術
燃料サイクルおける廃棄物を最小限に抑えて各過程からエネルギー生産する革新技術・小型モジュール炉・関連する最高クラス燃料

出所:欧州委員会の資料を基にジェトロ作成

欧州委案は、戦略的ネットゼロ技術の域内製造能力に関してベンチマーク(努力目標)を設定する。欧州気候法(2021年4月22日付ビジネス短信参照)が定める、GHG削減目標「2030年までに1990年比で55%削減」の実現に向けて、欧州委案は、これに必要な戦略的ネットゼロ技術(域内年間整備需要)の40%を域内で製造するよう目指すと規定する。また、技術別の域内製造能力の目標についても、表1の通り、拘束力を持たない法案の前文ではあるものの、明記されている。技術別目標の多くは、官民の様々な関係者が参画する技術別アライアンスの試算に基づくものである。欧州委は当初、全体目標だけでなく、技術別目標についても法的拘束力のある目標とすることを検討していたが、最終的には全て努力目標となっている。

表1:ネットゼロ産業法案における域内製造能力に関する2030年目標(-は値なし)
項目 2030年域内製造能力
(ギガワット)
2030年域内年間整備
需要に占める割合
全体目標 40%
技術別
目標
太陽光 30GW 45%**
風力 36GW 85%
ヒートポンプ 31GW 60%
バッテリー 550GW 90%
電解槽 25GW* 100%

注1:(*)入力電力換算。欧州委案前文(17)では、整備済み電解槽の累積目標として2030年までに最低100GWと明記。
注2:(**)45%は24GWの製造能力〔交流(AC)換算で30GW の製造能力〕に基づく。
出所:欧州委員会の発表を基にジェトロ作成

欧州委案では、40%という全体目標を掲げているが、域内の製造能力を取り巻く環境は技術により大きく異なっている。表2の通り、風力やヒートポンプは、2022年時点での域内年間整備需要における域内製造能力の割合が、既に技術別目標を達成しているか、あるいはそれに近い状況にある。一方で、太陽光や電解槽は域内製造能力が非常に低く、大幅な強化が求められる。特に、短期間で大規模な整備が可能であるとして、欧州委が注力する太陽光パネルは、安価な中国産への依存が非常に強く、技術別目標の達成は困難かつ多額の投資が必要になるとの指摘もある。

表2:域内製造能力の現状
項目 域内年間整備
(2022年実績値)
域内年間整備
(2030年予測値)
域内製造能力
(2022年実績値)
太陽光(GW(AC換算)) 41 53 1
風力(GW) 15 42 13
ヒートポンプ(GW) 26 51 14
バッテリー(GWh)(*) 140 610 75
電解槽(GW、入力電力換算) 0 25 2

注:(*)はギガワット時。
出所:欧州委員会の資料を基にジェトロ作成

規制緩和策としては、欧州委案は、戦略的ネットゼロ技術を含むネットゼロ技術を対象に、許認可手続きの簡略化や短縮化を規定する。ネットゼロ技術の製造拠点計画の許認可を申請する事業者は、ワン・ストップ・ショップとして加盟国ごとに指定された、単一窓口で対応を受けることができる。また、EUでは複数の分野における環境影響評価を実施することが求められるが、申請事業者は環境影響評価の実施前に、加盟国当局に意見を求めることができる。事業者が複数の環境影響評価を実施する場合も、加盟国当局がこれらの評価をまとめることで、事業者は調整された環境影響評価で済ませることができ、かつ単一の評価結果を得ることができる。また、申請事業者は、年間製造能力が1ギガワット(GW)未満の製造拠点の場合は12カ月以内に、1GW以上の場合でも18カ月以内に許認可手続きの結果を得ることができる。このほか、技術革新の支援策として、加盟国による規制サンドボックスの導入を認める。規制サンドボックスは、特定区域内の規制を一時的に緩和することで、新技術の開発や実証実験を可能にするものだ。

戦略的ネットゼロ技術に関しては、加盟国から「戦略的ネットゼロ事業」の認定を受けることで、上記のネットゼロ技術に対して与えられる規制緩和策に加えて、さらなる恩恵を受けることができる。まず、許認可手続きの審査期間が、1GW未満の場合は9カ月以内、1GW以上の場合は12カ月に短縮される。さらに、認定事業は、戦略的ネットゼロ技術の安定供給という優先すべき公共の利益を有することから、加盟国当局による許認可プロセスはできる限り迅速に進められることになる。認定事業によっては、環境影響評価においても優遇される。加盟国当局は、環境保護基準を直接的に引き下げるわけではないが、認定事業がもたらす公共の利益が環境保護の利益を上回る場合、事案ごとの判断により、認定事業を認可することができるとしている。これは、認定事業の事案によっては、環境保護基準を実質的に引き下げることを可能にするものであるとみられる。

このほか、戦略的ネットゼロ技術は、公共調達においても優遇を受けることができる。戦略的ネットゼロ技術に関する公共調達を実施する場合、価格以外の評価項目も含めて、事業者を選定する「最も経済的に有利な入札(most economically advantageous tender)」での実施を義務付ける。これには、価格だけでなく、「持続可能性」と「強靭(きょうじん)性(レジリエンス)」への貢献を考慮した「最良の価格・質比率(best price-quality ratio)」という評価基準を含む。強靭性への貢献とは、調達実施前年度の当該戦略的ネットゼロ技術の域内供給の65%以上が、「単一の供給元(single source of supply)」から提供されているかを考慮することであるとしている。単一の供給元からの域内供給が65%未満であれば、強靭性に貢献するとみられる。公共調達を実施する当局は、持続可能性および強靭性への貢献を、落札基準の15~30%の割合で加点しなければならない。また、政府や地方自治体が、一般家庭や消費者向けに戦略的ネットゼロ技術の最終製品の購入支援スキームを設置する場合にも、持続可能性と強靭性への貢献度の高い製品を推進しなければならない。

欧州委は、公共調達において強靭性への貢献を求める規定に関して、強い域内製造業を基盤とした政策だとの立場を示している。当初は、より直接的に「安定供給」への貢献として域外国からの供給割合を考慮するよう求め、落札基準の最大40%の割合で加点することを検討していた。発表された欧州委案の規定は和らげられているものの、実質的には保護主義的な政策との批判は避けられないとみられる。戦略的ネットゼロ技術に関して、質といった価格以外の基準をもちいた公共調達は、現状では全体の3割以下にとどまっていることから、強靭化への貢献を含む落札基準が義務付けられれば、少なからず影響があるとみられる。

ただし、域内産製品の価格に基づく入札価格が、持続可能性および強靭性への貢献による加点により、域外国からの輸入品の価格に基づく入札価格より10%以上高くなる場合は、持続可能性および強靭性への貢献による加点を例外的に除外することができる。太陽光パネルなどの一部の戦略的ネットゼロ技術については、域内製造コストが中国での製造コストを大幅に上回っていることから、持続可能性および強靭性への貢献分を加点しても価格差が10%以上になるとみられており、持続可能性および強靭性への貢献による加点の義務化が実際に適用される可能性は低いとも指摘されている。

ネットゼロ産業法案は、欧州議会が2023年11月21日に(2023年11月24日付ビジネス短信参照)、EU理事会(閣僚理事会)が12月7日に(2023年12月11日付ビジネス短信参照)、修正案となる立場をそれぞれ採択している。両機関は今後、政治合意に向けて交渉に入るとみられる。

欧州議会案は、戦略的ネットゼロ技術の区分を削除し、ネットゼロ技術に1本化。その上で、ネットゼロ技術の指定を16の技術に拡大する。この中には、フランスなどが推す核分裂・核融合エネルギーも含まれる。また、2030年目標を修正するほか、許認可手続きの審査期間を欧州委案からさらに短縮する。さらに、公共調達に関する規定では、入札参加希望者の事前資格審査に関する条文を追加しており、中国を実質的に排除する方針を明確にしている。

一方でEU理事会案は、ネットゼロ技術と戦略的ネットゼロ技術という区分は維持しつつ、それぞれの指定を拡大する。原子力に関しては、ネットゼロ技術には原子力技術全般を、戦略的ネットゼロ技術には核分裂エネルギーを追加する。欧州委案は、小型モジュール炉などごく一部の先端的な原子力技術をネットゼロ技術に指定するにとどめ、原子力技術を必ずしも積極的に推進しない方針を示しており(2023年3月27日付ビジネス短信参照)、加盟国間でも意見が割れていた(2023年7月20日付ビジネス短信参照)。今回、両機関がともに原子力推進の立場となったことから、政治合意では原子力技術関連の指定が欧州委案より拡大するとみられる。このほか、EU理事会案は、公共調達規定に関して、欧州議会案ほど中国排除の姿勢は明確でない。一方で強靭性への貢献の基準を、域外国製の域内供給が50%未満の場合とするなど、欧州委案より保護主義的傾向が強い内容で合意している。今後の両機関による交渉では、域内製を優遇すべく、域外国企業に対する規制をどの程度強化するかが注目される。

規制緩和策(2)重要原材料法案

重要原材料法案は、ネットゼロ技術やデジタル化の実現などに必要不可欠な原材料の安定供給に向けて、域内での採掘、加工、リサイクルを支援することを目的にしている。特定の原材料を重要原材料に指定し、域内での採掘・加工・リサイクル目標を設定した上で、採掘・加工・リサイクル拠点の設置手続きを簡略化、短縮化する規制緩和策を導入する。

欧州委案によると、支援の対象となるのは、表3の通り、同法案が指定する経済的重要性が高く、供給リスクがある「重要原材料」と、重要原材料のうち特に経済的重要性が高く、供給不足の恐れがあり、生産の拡大が比較的難しい「戦略的原材料」である。表3に記載の「供給リスク」は数値が高いほど、リスクが高いことを表す。原則として、供給リスクの評価値が1.0以上(かつ経済的重要性が2.8以上)の原材料が重要原材料に指定される。例外として、ニッケルと銅は供給元が多角化されており供給リスクは低いが、ニッケルはバッテリーの原材料であること、銅は全ての戦略的技術の電化において必要であり、かつ必要量も多く、代替も難しいことから指定された。

各重要原材料のEU域内への最大供給国とそのシェアのほか、各重要原材料が利用されるネットゼロ技術をまとめたのが表3である。重要原材料の供給国として、中国の存在感が目立つ。戦略的原材料のうち、EUが重視する太陽光パネルについては、完成品だけでなく、その原材料であるガリウムの71%が中国から供給されており、グリーン水素の生産に必要な電解槽の原材料であるマグネシウムについても97%が中国から供給されている。多くの戦略的ネットゼロ技術に使われるレアアース(希土類)の供給は、85~100%を中国に依存している。

欧州委案は、域内採掘・加工・リサイクル能力に関して、表4の通り、2030年までに達成すべきベンチマーク(努力目標)を設定する。対象は、戦略的原材料に限定される。これらはいずれも、戦略的原材料ごとの目標でなく、各戦略的原材料の域内年間消費量の合計を基にした目標である。一方で、域外国からの輸入の域内シェアに関しては、戦略的原材料ごとに域内年間消費量の65%以下に引き下げることを目標にしている。

表4:重要原材料法案が規定する戦略的原材料に関する2030年目標
項目 目標
域内採掘能力 域内年間消費量(全戦略的原材料の合算)の10%以上
域内加工能力 域内年間消費量(全戦略的原材料の合算)の40%以上
域内リサイクル能力 域内年間消費量(全戦略的原材料の合算)の15%以上
同一域外国の域内シェア(加工段階) 域内年間消費量(戦略的原材料ごと)の65%以下

出所:欧州委員会の発表を基にジェトロ作成

域内能力の現状に関しては、循環型経済の観点から、域内リサイクル能力を例にあげると、図の通り、重要原材料によって大きく異なる。銅やタングステンのリサイクル済み原材料の割合が40%を超えるほか、中国に大きく依存するマグネシウムは13%と目標に近いものの、ガリウムやレアアースはリサイクルがほとんど進んでいないことがうかがえる。欧州委案は、リサイクル率を向上させるための対策として、加盟国に対し、循環型政策に関する国家プログラムの採択を義務付ける。これには、高い回収率が見込まれる重要原材料を含む製品や部品の再使用や廃棄物回収の強化のほか、公共調達におけるリサイクル済み原材料の含有基準の導入などによって、二次重要原材料の利用を拡大させる措置を盛り込むべきとしている。

また、重要原材料法案の施行3年後から、風力発電機、ヒートポンプなど指定製品グループに属する製品を上市(市場投入)する事業者には、永久磁石の含有の有無を、含有する場合は永久磁石の種類を当該製品に表示すること義務付ける。ネオジム、ジスプロシウム、プラセオジム、テルビウム、サマリウム、ホウ素、ニッケル、コバルトについては、リサイクル済み原材料の含有割合の情報を公開することも義務付ける。2031年以降となるものの、リサイクル済みの当該戦略的原材料の最低含有率の導入を可能にする規定もある。

図:域内の重要原材料需要に占めるリサイクル済み原材料の割合
ヒ素0%。バライト0%。ベリリウム0%。ビスマス0%。原料炭0%。ガリウム0%。ハフニウム0%。ニオブ0%。リン鉱石0%。リン0%。スカンジウム0%。金属シリコン0%。ストロンチウム0%。ホウ素1%。長石1%。蛍石1%。重レアアース1%。軽レアアース1%。金属チタン1%。ゲルマニウム2%。ヘリウム2%。天然黒鉛3%。バナジウム6%。マンガン9%。白金族金属12%。マグネシウム13%。ニッケル16%。コバルト22%。アンチモン28%。アルミニウム32%。タングステン42%。銅55%。

出所:欧州委員会の資料を基にジェトロ作成

規制緩和策としては、欧州委案は、「戦略的事業」の認定を受けた原材料の採掘・加工・リサイクル事業を対象に、許認可プロセスの簡略化や短縮化を規定する。欧州委は、事業者からの申請に基づき、戦略的原材料の安定供給への貢献、合理的な期間内での実現可能性、生産量の見積もりの信頼性、持続可能性などの基準に合致する場合、戦略的事業と認定する。認定を受けた事業について、関係する加盟国当局は、戦略的事業の許認可プロセスをできる限り速やかに実施することが求められる。加盟国は、原則として、採掘を伴う事業の場合は最長24カ月以内に、加工、リサイクルのみを伴う場合は12カ月以内に許認可を判断することが義務付けられる。

環境影響評価についても、ネットゼロ産業法案と同様に簡略化が図られる。個別の判断により、戦略的事業がもたらす公共の利益が、環境保護に関する公共の利益を上回ることを条件に、環境に悪影響が及ぶ場合であっても、認可を出すことが可能になる。戦略的原材料だけでなく、重要原材料の関連事業を対象に、加盟国ごとに単一窓口での対応を可能にするワン・ストップ・ショップも導入する。

このほか、域内における重要原材料の供給リスクを緩和すべく、欧州委はサプライチェーンを監視するとともに、加盟国が実施する戦略的原材料の備蓄の調整を行う。欧州委は、戦略的原材料の域内備蓄の安全な水準を設定した上で、加盟国に対し、必要に応じて戦略的原材料の備蓄拡大を求めることができる。加盟国は、備蓄に関する情報提供が義務付けられるものの、備蓄自体は義務付けられていないため、備蓄の実施はあくまでも加盟国ごとの任意措置となる。戦略的原材料を使用する一部の大企業については、戦略的原材料の採掘、加工、リサイクルの実施場所の把握や、戦略的原材料のサプライチェーンに関するストレステストの実施が義務付けられる。また、欧州委は、戦略的原材料の共同購入の実施に向けて、域内で設立された企業と備蓄を実施する加盟国を対象に、共同購入制度を設置、運営する。これは、共同購入に関心のある企業や加盟国の戦略的原材料の需要を集約した上で、供給元との購入交渉を共同で実施するものである。企業や加盟国の共同購入への参加は任意となる。対象となる戦略的原材料やその加工段階については、欧州委が今後決定するとしており、現時点では詳細は明らかになっていない。

重要原材料法案は2023年11月13日、EU理事会と欧州議会との間で暫定的な政治合意に達した(2023年11月17日付ビジネス短信参照)。同法案は今後、両機関による正式な採択を経て、施行される見込みであるが、現時点では合意された法文は公開されておらず、要点のみが明らかにされている。今回の政治合意は、欧州委案をおおむね維持しつつ、一部修正が加えられた。まず、欧州委案で既に指定されていたアルミニウムの原料であるボーキサイトに加えて、アルミニウムも「重要原材料」および「戦略的原材料」に指定した。また、人造黒鉛についても当面の間、同様に指定した。2030年目標については、リサイクル目標をより現実的な方向に修正。許認可手続きの審査期間については、加盟国側の要請を受け、欧州委案よりも3カ月長く設定した。このほか、戦略的事業の対象に、「戦略的原材料の代替となる革新的原材料を製造する事業」を追加した。

徹底解説:EUグリーン・ディール産業計画

執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所
吉沼 啓介(よしぬま けいすけ)
2020年、ジェトロ入構。