欧州各国の脱炭素・循環型ビジネス最新動向水素製造国ポーランド、グレー水素からの脱却目指す

2023年12月28日

ポーランドは欧州で3位の水素製造国であるが、ほとんどが、産業用に使用される化石燃料由来のグレー水素(注1)だ。同国政府はエネルギー転換の実現にあたって、再生可能エネルギー(再エネ)由来のグリーン水素や低炭素水素の活用を重視しており、2021年に「2030年までのポーランド水素戦略―2040年に向けて」(以下、水素戦略)を発表した。本稿では、ポーランドの水素戦略の概観および、優先分野の取り組み事例を報告する。

水素経済の発展目指し、2030年までの戦略を発表

同戦略は、ポーランドの水素産業の構築と発展を実現し、気候中立の達成およびポーランド経済の競争力維持を目的としている。セクターカップリングの概念の下、エネルギー、運輸、産業を水素使用の優先分野とし、水素バリューチェーン全体の構築と規制環境の整備を掲げている。なお、ポーランドの水素戦略では、グリーン水素だけでなく、一定のカーボンフットプリント以下の化石燃料由来の水素も移行を目指す対象に含まれる。具体的には、以下6つの目標と44の行動を定めている。

  • 目標1:電力・暖房分野における水素技術の導入
  • 目標2:輸送用の代替燃料としての水素利用
  • 目標3:産業界の脱炭素化への支援
  • 目標4:水素製造のための新しい設備導入
  • 目標5:効率的で安全な水素の輸送、流通および貯蔵
  • 目標6:安定した規制環境の構築

水素経済への取り組みの中心地となるのが、水素バレーだ。水素バレーは、企業、大学・研究機関、地方自治体、国などの様々なセクターを統合し、水素製造から利用までのプロセスやコストを最適化したバリューチェーンの構築を目的とする。水素戦略では、2030年までに5つ以上の水素バレーを設置することを定めているが、2023年12月時点で11の水素バレープロジェクトが進行している(図参照)。各水素バレーでは、水素の製造から利用に係る技術開発、住民や学生への教育、専門人材の育成など、多様なプロジェクトへの投資や研究開発が計画されている。

図:水素バレーマップ(進行中のプロジェクトのみ)
11の水素バレーについて、北から東へ時計回りに、グディニヤに、琥珀水素バレー。その東のグダンスクに、ポモージュ県水素バレー。ビャウィストクに、農業水素バレー。プウォツクに、マゾフシェ県水素バレー。ルブリンに、ルブリン県水素クラスター。キエルツェに、中央水素バレー。ジェシュフに、ポトカルパチェ県水素バレー。カトビツェに、シロンスク県・マウォポルスカ県水素バレー。ヴロツワフに、ドルヌィ・シロンスク県水素バレー。ポズナンに、ビエルコポルスカ県水素バレー。シュチェチンに、西ポモージュ県水素バレー。なお、ポモージュ県水素バレーは、水素戦略以前より、2019年に自治体、水素・クリーンコールテクノロジークラスター、グディニャ港、国営鉄道用燃料会社PKPエネルゲティカなどにより設置。

注:水素戦略発表以前から、2019年に自治体、水素・クリーン燃料テクノロジークラスター、グディニャ港、国営鉄道用燃料会社PKPエネルゲティカなどにより設置。
出所:ポーランド政府、産業開発庁(ARP)、h2poland.ueポータルを基にジェトロ作成

水素利用の優先分野(1)エネルギーにおける水素活用

ポーランドの発電量におけるシェアは、2021年においては約8割が石炭・褐炭由来であるが、政府は2049年までに国内の全炭鉱を閉鎖し、石炭生産を段階的に廃止する方針を示している。拡大する再エネの生産に伴い、余剰エネルギーの貯蔵や需給調整が課題だ。水素はこれらの解決策として期待されており、電力を水素に変換し(power2gas)、エネルギーの貯蔵、輸送、産業への利用を可能にする技術開発が重要視されている。水素と酸素を燃料とする燃料電池は、蓄電池と比較して、自己放電がないため長期間保存することができるとされている。一方、40%前後の発電効率の低さが課題であり、水素戦略では、エネルギー効率の最適化を図るコージェネレーション、ポリジェネレーション設備(注2)の研究開発への支援が明記されている。

水素利用の優先分野(2)運輸で進む水素利用

運輸における水素利用の開発・導入は、他産業と比較して実用化への進捗が見られる。陸上輸送では、水素バスや水素ステーションの導入の動きが活発になっている。これは、水素戦略や2021年に承認された「2040年までのエネルギー政策(PEP2040)」における「2030年までに公共交通機関の完全なゼロエミッション化」の目標に加え、「グリーン公共交通機関プログラム」(注3)による金融支援の影響も大きいと考えられる。同プログラムを利用し、ポズナン市は2022年に水素バス25台を調達した。また、ワルシャワでは、2023年9月にポーランド初の一般利用向け水素ステーションがオープンし、2024年6月までに、国内主要5都市で展開される予定だ。

鉄道については、2023年6月に鉄道車両メーカーペサ(PESA)がポーランドで初めて水素機関車の試験運行許可を取得、運用への準備段階にある。海上輸送や航空輸送については、水素を利用して製造された合成航空燃料などの開発が進められている(2023年10月2日付ビジネス短信参照)。

水素利用の優先分野(3)産業における水素利用

ポーランドでは温室効果ガス(GHG)総排出量の22%は産業分野が占めており、鉄鋼や化学など、電化による脱炭素化が困難な分野では、特に低炭素水素利用による脱炭素化が期待される。ポーランドで生産される年間約130万トンの水素のほとんどは化石燃料由来で、その90%は石油精製・化学産業で利用される。電解装置や再エネのコストが課題だが、低炭素水素やグリーン水素に切り替えられれば、GHG排出量の大幅な削減が見込まれる。

関連する企業の取り組み事例として、ポーランドで年間約43万トン以上の水素を生産する化学大手のグルーパ・アゾティ(Grupa Azoty)は、2030年までの戦略で、グリーン水素の生産と利用に関するR&Dへの注力を掲げている。東部の都市プワビで、年間2万トンのブルー水素製造や、南部の都市ケンジェジン・コジレで、自動車用燃料電池に使用する水素分析を行う研究所の立ち上げなどを計画している。

国内最大鉄鋼メーカーのアルセロール・ミタルは、直接還元鉄の工業規模での生産プロジェクトに取り組む。既存プラントの炉頂排ガスから、非常に純度の高い水素を分離する。還元剤として、この分離した水素を用いる。将来的にはグリーン水素による運用も想定しているが、量の確保が課題だとしている。

国内外に広がる水素ネットワーク

水素経済の安定した発展のためには、国内外に通じる水素ネットワークが必要である。水素輸送は、道路や鉄道が主な手段だったが、需要の拡大に伴い、既存の天然ガスネットワークの活用や水素専用パイプラインの建設、海上輸送の研究開発が進められている。国内の貯蔵設備に関しては、水素タンクや枯渇したガス田の活用に加え、地理的にポーランドに多い旧岩塩坑の空洞の利用が期待されている。

国際的な水素ネットワークについては、欧州のガス輸送インフラ事業者による水素輸送イニシアチブ「欧州水素バックボーン(EHB)」が結成され、市場競争力や需要・供給の安全保障、欧州各国の協力関係を促進する枠組みが形成されている。ポーランドを通る水素回廊としては、フィンランドからバルト3国、ポーランド、ドイツへ抜ける北欧・バルト地域水素回廊や、ノルウェー、デンマークを通りポーランドに通る回廊、ドイツからチェコ、スロバキア、ポーランドへ通る回廊などがあり、将来的に水素の輸出入経路としての活用が期待される。

また、エネルギー大手のオルレンは、ポーランド、チェコ、スロバキアをカバーする国際的なグリーン水素のハブチェーンを構築する投資プログラム「水素イーグル(HYDROGEN EAGLE)」を実施しており、2030年までに5万トンの水素製造を見込んでいる。6カ所の水素ハブや、100カ所以上の水素ステーションの設置などが計画されており、中欧のEHB強化に貢献する。

水素経済の発展には、法制度整備や資金援助の拡充が必要

ポーランドの水素戦略は、二酸化炭素(CO2)の回収・貯留や回収・有効利用(CCS・CCU)などの一定の条件の下、化石燃料由来の水素利用も促進対象となっているが、EUの政策との一貫性や、炭素処理に係るコスト、CO2の漏洩(ろうえい)リスクなどを考慮すると、グリーン水素経済の発展が望まれる。一方、グリーン水素プロジェクトは、バリューチェーンの未発達、法制度整備や経済的支援の不足などを理由に投資リスクが高いと見なされており、資金調達の難しさが水素経済の発展を妨げていると指摘される。中央または地方当局には、供給から需要までの個別のセクターを結びつける市場統合の役割が求められるとともに、投資リスクの減少に繋がる政策や資金援助メカニズムの構築が求められる。


注1:
グレー水素は、化石燃料を原料とし、生成過程で二酸化炭素(CO2)を放出。ブルー水素も、化石燃料を原料とするが、水素の製造工程で排出されたCO2を、「回収・貯留/有効利用」(CCS/CCUS)技術で回収し貯留・利用するなど製造工程のCO2排出を抑える。グリーン水素は、再生可能エネルギー由来の電力を利用、水を電気分解して生成され、製造過程でCO2を排出しない。
注2:
コージェネレーションシステムとは、combined heat and power(CHP)とも呼ばれ、電力と同時に熱エネルギーを生産するエネルギー効率の高いシステム。ポリジェネレーションシステムとは、複数のエネルギー形態やエネルギー製品を同時に生産するエネルギー効率の高いシステム。
注3:
公共交通機関の排出ガス削減を目的とする金融支援プログラム。電気自動車や水素エンジンのバスや鉄道、関連するインフラ設備などの導入を支援する。
執筆者紹介
ジェトロ・ワルシャワ事務所
柴田紗英(しばた さえ)
2021年、ジェトロ入構。農林水産食品部を経て、2023年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ワルシャワ事務所
マルタ・ゴロンカ
2022年からジェトロ・ワルシャワ事務所で勤務。ウクライナ経済やポーランドのエネルギー分野に関する調査などを担当。