欧州各国の脱炭素・循環型ビジネス最新動向相次ぐ再エネ投資、国家水素戦略で新たな事業開発も(ルーマニア)

2023年12月7日

ルーマニアでは、2021年10月に閣議決定された「国家エネルギー・気候統合計画(PNIESC)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(5.01MB)」において2021~2030年までのエネルギー計画が定められ、再生可能エネルギーの利用拡大や脱炭素化政策の推進が図られている。PNIESC では、2030年までに、温室効果ガス(GHG)排出量をEUの目標に従い1990年比で50%削減のほか、排出量取引制度(ETS)対象産業の二酸化炭素(CO2)排出量を2005年比で43.9%削減、エネルギー輸入依存率を2020年の20.8%から17.8%まで引き下げることなどが目標に掲げられた。

国家エネルギー安全保障の観点から、エネルギー供給の多角化とエネルギー依存度の低下、加えて脱炭素化を考慮して多様なエネルギーミックスを維持することも強調されている。また、2030年の最終エネルギー消費量のうち30.7%を再生可能エネルギーで賄うとしている。総発電容量は2020年の1万8,966メガワット(MW)から2030年には2万5,053MWと32.1%増を見込む(図1-1、1-2参照)。風力発電が2020年の2,953MWから5,255MW、太陽光発電が同1,362MWから5,054MWへと大幅に拡大される。他方で、天然ガスや石炭は大幅削減が定められた。原子力はチェルナボダ原発の1号炉改修、3号および4号炉の新設のほか、小型モジュール式原子炉(SMR)の導入が計画されている。

図1-1:総発電容量に占める各電源の割合(2020年)
2020年の総発電容量は1万8,966MW。水力が34%、風力が16%、太陽光が7%、バイオマスが1%、天然ガスが18%、石炭が17%、原子力が7%。
図1-2:総発電容量に占める各電源の割合(2030年)
2030年の総発電容量は2万5,053MW。水力が30%、風力が21%、太陽光が20%、バイオマスが1%、天然ガスが12%、石炭が8%、原子力が8%

出所:ルーマニア・エネルギー省

国家復興・レジリエンス計画(PNRR)などEU補助金がカギ

脱炭素化の推進においては、欧州委員会が2021年9月に承認した「国家復興・レジリエンス計画(PNRR)(ルーマニア語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」に基づくEU補助金(2021年12月16日付ビジネス短信参照)や、低所得のEU10カ国の気候中立達成のためにエネルギーシステムの近代化とエネルギー効率向上を支援するEU排出量取引制度(EU ETS)近代化基金の活用が見込まれる。PNRRは6つの柱で構成され(表参照)、うち1つ目の柱である「グリーン化への移行」に持続可能なエネルギーや脱炭素化対策が盛り込まれた。PNRRの総予算は291億8,200万ユーロ(うちEU補助金142億4,000万ユーロ)で、グリーン関連プロジェクトにはうち119億7,000万ユーロが計上された。

表:PNRRの6つの柱
項目 内容
1.グリーン化への移行 上・下水道管理の強化、森林および生物多様性の保護、廃棄物管理のガバナンス強化、持続可能な輸送システム改革(道路インフラ拡充、鉄道網と車両の近代化、ブカレストの地下鉄延伸、クルージュ・ナポカ市の地下鉄新設、脱炭素化対策など)、公共、歴史的建造物のグリーンでレジリエントな建物への移行、再生可能エネルギー開発など
2.デジタルトランスフォーメーション 政府データベースのクラウド化と公共機関のデジタル化、地方のブロードバンド拡充とデジタルスキルの向上など
3.持続可能な包括的成長 財政改革、年金制度改革、民間研究開発への補助金とイノベーションへの投資
4.社会的および地域間連携 地域格差の是正改革、文化・観光開発
5.医療、経済、社会の基盤強化(レジリエンス) 医療の拡充、貧困層、未成年、障がい者支援などの社会改革、公務員の賃金制度改革、司法改革など
6.次世代ための政策 教育制度改革

出所:ルーマニア国家復興・レジリエンス計画(PNRR)

2023年6月には、ロシアによるウクライナ侵攻を受けて提案したロシア産化石燃料からの脱却計画「リパワーEU(ルーマニア語)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.57MB)」の要素がPNRRに追加され、再生可能エネルギー(再エネ)による発電割合の増加、一般世帯および産業における脱炭素化、送電能力の向上とデジタル化、人材育成などに総額約30億4,039万ユーロの追加計画案を欧州委員会に提出した(うち補助金部分は約13億9,723万ユーロ)。グリーンエネルギー生産を目的とした国有地の利用に関する法整備のほか、再エネの売買に係る法的枠組みの整備、グリーンエネルギー分野における専門人材の育成、再エネ導入促進に向けた住居用建物の利用に対するクーポン付与、送配電ネットワーク強化やデジタル化などが投資対象項目となっている。

PNRRのグリーン関連補助金はエネルギー省が所管しており、当地報道によれば、これまで申請を行った企業は700社を超える。採択案件の例では、ルーマニアの化学大手チムコンプレックスによる高効率コジェネレーション(熱電併給、CHP)導入事業などがある。チムコンプレックスは2023年8月28日、総事業費約6億8,939万レイ(約220億6,048万円、1レウ=約32円、レイは通貨単位レウの複数形)のうち4億500万レイの補助金を獲得したと発表した(詳細は、チムコンプレックス資料参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(217KB))。2026年にルムニク・バルチェ市に高効率コジェネレーションの工場を建設予定だ。同日、中東欧最大のポリマー製造・加工大手テラプラストは、ルーマニア北部のビストリツァ・ナサウド県サラテルに2,260万レイをかけて建設予定の太陽光発電所に対して550万レイの補助金を受けると発表した(詳細は、プレスリリース資料参照PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(176KB))。同発電所には合計発電容量4.56メガワットピーク(MWp)、8,000枚の太陽光発電パネルが設置される予定だ。また、製薬大手アンティバイオティスは2023年6月7日、同社の生産工場の屋根に設置する発電容量2.52メガワット時(MWh)の太陽光パネル4,680枚の設置に対して、総投資額1,377万5,806レイのうち407万8,620レイの補助を獲得したと発表した(詳細は、アンティバイオティスウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

具体化する水素戦略

エネルギー省は、水素戦略の具体化も進める。2023年5月には、同省から「国家水素戦略および行動計画(2023~2030年)」の草案PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.83MB)が発表された。水素バリューチェーン(生産、貯蔵、輸送、利用)、グリーン水素の推進を目的に、2030年までに最大で容量3,985MWの水電解装置の導入し、年間28万8,800トンの国内需要を満たす規模の水素製造を目指す案が示された。

現状、ルーマニアの水素製造のほとんどは製油所や化学工場で利用されるグレー水素で、主な製造・利用事業者にはチムコンプレックスのほか、スイス系肥料大手アゾムレシュ、ドイツ系リンデガス、オーストリア系OMVペトロム、韓国系ステンレス製鋼オテリノックス、英国系製鉄リバティ、ロシア系ルクオイル、ルーマニア国営石油ロムガスがある。今後もこうした事業者が水素開発の中核を担うとみられる。

OMVペトロムは2023年5月22日、ブカレスト郊外ペトロブラジ製油所における水電解水素製造施設の建設計画を発表した(詳細は、OMVペトロムウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。2025年に完工見込みで、水素製造量は年間約2,600トンに上る。投資総額は推計約 7,400 万ユーロで、PNRRから最大約 3,900 万ユーロが融資される見込みだ。製造に必要な20MWの電力など、全プロセスが再エネで賄われる。

水素燃料電池鉄道車両の試験導入に向けた動きもみられるが、その調達過程では混乱も生じている。鉄道改革局(ARF)は2023年8月1日、水素燃料電池鉄道車両12両の公共調達募集を前日に終了し、応札企業の審査を開始したと発表した(詳細は、ARFウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。同調達の契約期間は213カ月で、費用はPNRR予算から賄われる。関連サービス期間が15年の場合は付加価値税抜きで24億4,653万レイ、30年の場合には同41億6,851万レイの支出規模になるとした。ARFは持続可能な輸送システムの構築として、輸送サービスと安全性の向上、環境改善、運転費用の低減などを目指すとし、2026年12月末までを試験導入期間と定め、効果を測るとしている。公開調達募集には、フランスの重電大手アルストムの鉄道部門アルストム・トランスポートとドイツ系リンデガスから共同での応札があったが、ARFは応札条件を満たさなかったとして11月7日に調達をキャンセルした。今後の見通しについて、ARF は「試験導入プロジェクトは鉄道輸送の脱炭素化に対する正しい技術的解決策であると信じており、今後も実装に向けた取り組みを継続していく」とコメントしている。

執筆者紹介
ジェトロ・ブカレスト事務所長
高崎 早和香(たかざき さわか)
2002年、ジェトロ入構。海外調査部アジア大洋州課、ジェトロ熊本、ジェトロ・ヨハネスブルク事務所、海外調査部中東アフリカ課、経済産業省(出向)、イノベーション・知的財産部を経て現職。共著に『FTAガイドブック』、『世界の消費市場を読む』、『加速する東アジアFTA』、『飛躍するアフリカ!-イノベーションとスタートアップの最新動向』など。