欧州各国の脱炭素・循環型ビジネス最新動向 財政支援策と課題
徹底解説:EUグリーン・ディール産業計画(2)

2023年12月15日

温室効果ガス(GHG)排出を実質ゼロにする「ネットゼロ技術」。世界各地でこの技術に注目が集まる中、EUが域内での生産強化を目指して「グリーン・ディール産業計画(GDIP)」を推進している。本稿は2回連載で、第1回ではGDIPの背景や全体像とともに、第1の柱である規制緩和策について、ネットゼロ産業法案と重要原材料法案に焦点を当てて解説した。第2回では、GDIPの第2の柱である財政支援策について、EU加盟各国とEU全体の各レベルにおける取り組みを解説する。

GDIP第2の柱:財政支援策

ネットゼロ技術の域内生産の強化などのGDIPの目的を実現する上では、投資誘致のための財政支援も欠かせない。第1回で解説した通り、米国や中国などによる補助金により、域内のネットゼロ産業の世界シェア争いは正念場を迎えている。欧州投資銀行(EIB)は、投資に対する長期的な障壁についてEUと米国の企業を対象に実施した調査で、EU企業の方が資金調達に課題を抱える傾向があることを明らかにしている。こうした中で、欧州委はネットゼロ技術の研究・技術革新やインフラ整備を中心に資金提供してきた従来の方針を転換。今後はネットゼロ技術の製造そのものを含めたバリューチェーンに対し、十分な資金を提供する必要があるとしている。

欧州委は、ネットゼロ産業法案のシナリオを実現するためには、2023年から2030年までに累計で約920億ユーロの投資が必要だと試算している。ただし、この試算の対象には、ネットゼロ技術のうち、太陽熱、地熱、バッテリー以外の蓄電、燃料電池などの一部技術への投資のほか、ネットゼロ産業法案の対象外となる原材料や加工品などのサプライチェーンの上流や下流に対する投資は含まれていない。約920億ユーロとの試算は、あくまでも必要最低限の投資額であるとしている。なお、重要原材料法案については、2030年目標の達成に必要な投資額の試算は示されていない。

ここで課題となるのは、財政支援のあり方だ。GDIPの目標達成には、巨額の投資が必要であると見込まれるものの、EUレベルでの財政支援は非常に限定的なものにとどまっており、GDIPにおける主要な財政支援は、加盟国による国家補助になるとみられている。ネットゼロ産業法案と重要原材料法案は、それぞれ2030年までに達成すべき目標が設定されている一方で、目標達成に向けたEUの独自財源は一切割り当てられていない。これは、少額ながら支援予算が割り当てられている、半導体の域内生産強化を目的とした欧州半導体法(2023年4月20日付ビジネス短信参照)とは対照的である。背景には、EU予算は中期予算計画(多年度財政枠組み:MFF)のもとで2027年までの予算の9割が既に割り当てられており、GDIP向けの新規予算を確保する財政上の余地がほとんどないことが挙げられる。こうした中で、EUレベルでの財政支援は、復興基金のほか、投資促進策「インベストEU」、気候変動対策技術支援策「イノベーション基金」などの既存プログラムにおける予算の組み換えが基本となる。

財政支援の中心となる国家補助に関しては、欧州委は2023年3月、「暫定危機・移行枠組み」を採択した。これは、加盟国によるネットゼロ産業における企業の生産活動への支援を可能にすべく、現行の国家補助規制を大幅に緩和するものだ。EUでは、加盟国による特定の企業に対する国家補助を原則禁止しており、一定の条件を満たす場合にのみ、欧州委の承認を受けた上で、国家補助を例外的に認めている。従来は再エネ技術の研究開発やインフラ整備を対象にした国家補助が認められていたが、今後はネットゼロ技術のうち優先度の高い「戦略的ネットゼロ技術」の製造に対する国家補助も認められる。

一方で、国家補助規制の大幅な緩和には、加盟国間で賛否が分かれている。そもそも国家補助規制は、加盟国による自国企業への補助金の提供は、27加盟国からなる単一市場の競争環境を不当にゆがめる可能性があるとして導入されたものである。巨額の投資を必要とする戦略的ネットゼロ技術製造に対する国家補助の容認により、財政余力の大きい一部の加盟国に投資が集中することで域内の競争環境が損なわれるとして、オランダやベルギー、北欧諸国や東欧諸国といった比較的に経済規模の小さい加盟国を中心に懸念を示していた。実際に、「暫定危機・移行枠組み」の前身となる、欧州委が2022年3月に採択した「暫定危機対応枠組み」(ロシアによるウクライナ侵攻などにより高騰したエネルギー価格対策など)においては、承認された6,720億ユーロの国家補助のうち、53%がドイツ、24%がフランス、7%がイタリアによって申請されたものであった。この3カ国で国家補助全体の約84%を占め、残りの24カ国の国家補助はすべて合わせても約16%を占めるに過ぎず、加盟国間の財政余力の格差が如実に表れる結果となっている。

こうしたことから欧州委は、「暫定危機・移行枠組み」を投資誘致にむけた域外国との競争に対抗するための2025年末までの暫定的な措置であることを強調する。緩和対象も特定のネットゼロ技術に限定し、単一市場の競争環境を維持するための条件も課しており、包括的な緩和策ではないとの立場である。欧州委は、国家補助の緩和は単一市場における競争力強化の根本的な解決策にはならないことを認識しており、GDIPではより構造的な解決策として、「欧州主権基金」構想を掲げた。

構想の具体的な内容は明らかにされていないものの、EU名義債券を財源に、新型コロナウイルス危機対策として設置された復興基金を念頭に、財政余力にかかわらず加盟国が公平にアクセスできるEUレベルの大型支援基金の設置が検討されたとみられる。しかし、復興基金の予算執行が道半ばである段階において、EU名義の債券の新たな発行に対して加盟国間での賛否が分かれており、早期の設置が難しいことから、「欧州主権基金」構想は事実上頓挫。欧州委は2023年6月に、代替策として「欧州戦略技術プラットフォーム(STEP)」(2023年6月27日付ビジネス短信参照)の設置を提案した。

STEPは、欧州委が「主権認定(Sovereignty Seal)」を付与したプロジェクトに対して、既存のEUプログラムの予算を優先的に提供するというものだ。ただし、STEPの主な財源はあくまでも既存のEUプログラムであり、新規予算は100億ユーロに限られる。また、支援対象も、ネットゼロ技術だけでなく、半導体や人工知能(AI)などのデジタル技術、バイオ技術など多岐にわたる。このことから、ネットゼロ技術の製造拠点誘致に充てられるSTEPの財政支援は限定的になるとみられる。

財政支援策(1)EU加盟国レベル

「暫定危機・移行枠組み」は、2025年末までの暫定措置となる。ネットゼロ技術製造への国家補助の支援対象となるのは、参考1の通り。

参考1:暫定危機・移行枠組みにおいて製造支援対象となるネットゼロ技術

(1)
バッテリー、太陽光パネル、風力タービン、ヒートポンプ、電解槽、二酸化炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)装置
(2)
(1)の製造用に設計され、直接投入される主要部品
(3)
(1)と(2)の製造に必要な重要原材料の生産・回収

出所:欧州委員会の資料を基にジェトロ作成

まず、ネットゼロ技術の製造に対する国家補助において、基本となるのは概算予算を伴うスキームだ。これは、加盟国が特定の支援スキームを設定した上で、スキームごとに欧州委に申請するものである。欧州委がスキームを承認した場合、対象事業者は、スキームに基づく国家補助を加盟国当局に対して申請することができる。この場合、対象事業者による欧州委に対する事前通知は不要となる。支援方法としては、直接的な補助金だけでなく、税制上の優遇措置、新規融資に対する利率補助や保証などが認められる。国家補助による支援上限は、表の通り。支援割合あるいは支援額の上限を上回る国家補助は認められない。

なお、表の(a) 地域および(c) 地域とは、欧州委の地方支援ガイドラインに基づき、数年ごとに加盟国が指定し、欧州委が承認するもの。(a)地域は、特に経済発展が遅れた地域であり、人口1人当たりGDPがEU平均の75%以下の地域などである。(c) 地域は、(a) 地域の基準を満たさないものの、前回まで(a) 地域の指定を受けていた地域、人口が少ない地域のほか、加盟国が特別に指定する地域である。通常地域とは、(a) 地域および(c) 地域の指定を受けていない地域である。

表:暫定危機・移行枠組みにおけるネットゼロ技術製造の支援上限
対象地域 対象費用に占める支援
上限割合
加盟国ごとの1事業者の支援上限額
通常地域 15% 1億5,000万ユーロ
(c) 地域 20% 2億ユーロ
(a) 地域 35% 3億5,000万ユーロ

出所:欧州委員会の発表を基にジェトロ作成

このほか、国家補助が、税制上の優遇措置や融資保証などのかたちで提供される場合は、支援上限割合を5%、また小規模事業者と中規模事業者に対する支援の場合は、支援上限割合をそれぞれ20%と10%引き上げることができる。なお、申請された投資が他のEU加盟国からの移転である場合、加盟国当局は国家補助を提供できない。

また、ネットゼロ技術の製造支援において、例外的な措置ながら特に注目を集めているのが、域外国の補助金と同等の国家補助の提供を認める規定である。この規定に基づき国家補助を受けるためには、欧州委による個別の承認をうける必要があるものの、承認されれば、支援上限を超える国家補助の提供が認められる。承認の条件は次の参考2の通り。

参考2:暫定危機・移行枠組みにおいて域外国補助金と同等の国家補助を提供するための条件

  • 投資先が1カ国の場合は、(a) 地域あるいは(c) 地域であること 投資先が3カ国以上の場合は、投資の重要部分が2つ以上の(a) 地域あるいは(c) 地域で、特に(a) 地域を含むこと"
  • 投資対象が、温室効果ガス排出削減の観点から、商業化されている技術としては最先端の技術であること
  • 国家補助が、域外国との補助金格差を埋めるために必要最低限の額であること
  • 域内の他の加盟国からの移転でないこと

出所:欧州委員会の発表を基にジェトロ作成

財政支援策(2)EUレベル

EUレベルの財政支援において、予算額が最も大きいのは、復興基金の中核政策である「復興レジリエンス・ファシリティー(RRF)」である。RRFは、新型コロナ危機対策を目的に設置されたことから、「リパワーEU」における再エネ支援を可能にすべく、既に法改正がなされている(2023年2月24日付ビジネス短信参照)。RRF予算は、未割当の融資分2,250億ユーロが残っているほか、法改正により返済不要の補助金200億ユーロが新規で追加された。GDIPにおいて欧州委は、加盟国に対して、税額控除、加速度償却などの税制上の優遇措置などを活用して、ネットゼロ技術に対する投資支援を実施すべく、国別復興計画を修正することを強く推奨している。

ただし、GDIPにおいて、加盟国がどの程度、追加融資を申請するかは未知数である。融資分2,250億ユーロは、そもそも加盟国が当初の国別復興計画で申請をしなかったために未割当となっているものだからである。過半数の加盟国が「リパワーEU」に対応した国別復興計画の修正版を既に提出しているが、実際に追加融資を申請した加盟国は、スペイン(840億ユーロ)、チェコ(58億ユーロ)、ポルトガル(32億ユーロ)などごく一部にとどまっている。また、追加融資分の全額がGDIPにおけるネットゼロ技術の製造支援に充てられるわけではない。配分の詳細は不明であるものの、デジタル化や再エネ整備などのグリーン化といった従来のRRFの用途や、「リパワーEU」関連のエネルギー対策などにも充てられるとみられる。

さらに、RRFには2026年末という予算の執行期限が設定されており、ネットゼロ技術の製造拠点の投資には年単位の時間を要することを考慮すると、RRFによる製造支援は限定的にならざるを得ない。RRFは、成果目標の達成に基づき予算執行がされる設計となっている。加盟国は、成果目標を含む国別復興計画に基づき投資を実施し、2026年8月末までに成果目標を達成した上で、同年12月末までに欧州委から予算執行を受ける必要がある。RRFは臨時特別予算であるため予算の執行期限の延長は法律上容易でないとの指摘がされている。こうしたことから、加盟国がRRFにおける追加融資を申請する場合であっても、残された時間はそれほど多くない。

欧州委は、新たなEUレベルの支援策として、前述の通りSTEPの設置を提案している。STEPは、ネットゼロ技術製造などの優先分野に、既存のEUプログラムの予算をより効果的に割り当てることを目的する。欧州委は、新たな基金の設置には多大な時間を要するため、既存のEUプログラムを活用する方が迅速な財政支援が可能だとしている。STEPの対象となるEUプログラムは、EUレベルで運営される「インベストEU」、「イノベーション基金」、研究開発支援枠組み「ホライズン・ヨーロッパ」、戦略的デジタル技術支援策「デジタル・ヨーロッパ・プログラム」、保健衛生プログラム「EU・フォー・ヘルス」、「欧州防衛基金」のほか、域内の経済格差の是正を目的に、EU予算であるものの加盟国レベルで運営される結束政策の予算などである。EUプログラムにおける相乗効果を促進するとともに、結束政策の運営における加盟国の柔軟性を高めることで、より多くの予算を優先分野に割り当てることを可能にする。

STEPの支援対象とする優先分野は、参考3の通りである。なお、参考3(1)の優先分野の対象には、完成品だけでなく、完成品の製造に必要な主要部品、機械、重要原材料も含まれる。

参考3:欧州戦略技術プラットフォーム(STEP)の優先分野

(1)
  • ディープテック・デジタル技術
    マイクロエレクトロニクス、量子コンピュータ、人口知能(AI)、サイバーセキュリティーなど
  • クリーン技術
    再生可能エネルギー、グリーン水素、持続可能な代替燃料、炭素回収・有効利用・貯留(CCUS)、重要原材料の持続可能な採掘・加工技術など
  • バイオ技術
    生体分子の応用、製薬、バイオ製造など
(2)
(1)に関連する技術者不足への対応策

出所:欧州委員会の発表を基にジェトロ作成

STEPは、欧州委が、既存のEUプログラムの所定要件を満たすことが確認された支援対象プロジェクトに対して主権認定を付与。認定を受けたプロジェクトは、複数のEUプログラムから資金提供を受けることが可能になるなど、EUの財政支援策へのアクセスがより容易になる。また、欧州委は、EU専門機関や加盟国など運営主体の異なるEUプログラムへの応募に関する情報をまとめたポータルサイトも提供する。

課題は、やはり予算規模である。欧州委は、STEPを通じて呼び込むことができる新規投資の総額は、最大で1,600億ユーロになると試算している。ただし、新たに増額されるEU予算は、100億ユーロ(インベストEU:30億ユーロ、ホライズン・ヨーロッパ:5億ユーロ、イノベーション基金:50億ユーロ、欧州防衛基金:15億ユーロ)にとどまる。前述したようにSTEPは、欧州委がGDIPにおいて当初検討していた大規模支援基金である欧州主権基金の代替案とみられるが、100億ユーロの新規予算規模はEUレベルの大規模支援基金に相当するとは言い難い。STEPの優先分野が、ネットゼロ技術などのクリーン技術だけでなく、デジタル技術やバイオ技術も含んでいることを考慮すると、ネットゼロ技術製造への財政支援の規模はさらに小さくなると予想される。

徹底解説:EUグリーン・ディール産業計画

執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所
吉沼 啓介(よしぬま けいすけ)
2020年、ジェトロ入構。