欧州各国の脱炭素・循環型ビジネス最新動向国家投資計画「フランス2030」を通じ脱炭素化プロジェクトに補助金支給

2023年12月7日

国家投資計画「フランス2030」(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは2021年10月に、フランス経済が新型コロナウイルス危機以前の水準に復帰したことを受け、経済復興策の後継策として打ち出された(2021年10 月14日付ビジネス短信参照)。新型コロナ感染拡大の影響で、深刻な海外依存リスクが顕在化した戦略部門における国内生産強化(再工業化)と、環境・エネルギー移行を後押しする破壊的イノベーションへの大型投資を通じて、脱炭素化の加速と、産業および技術の自律性(主権)確保を目的とする。

同投資計画には、当初340億ユーロの予算が充てられたが、2022年に、イノベーション促進に向け、国が主導して研究開発(R&Ⅾ)プロジェクトを支援する「第4次未来投資計画」と統合され、200億ユーロを積み増した。総額540億ユーロの予算のうち50%を経済の脱炭素化、残りの50%を環境に負荷をかけないイノベーションやスタートアップ企業に投資する計画だ。

「フランス2030」は、戦略分野別に設定された10の目標と、これを達成するために必要となる分野横断的な6つの目標から構成される。

戦略分野における10の目標

  • 放射性廃棄物のより適切な管理を伴うイノベーティブな小型モジュール原子炉の開発(12億ユーロ)
  • フランスを脱炭素水素(注)の世界的リーダーとすべく、水素分野に投資(90億ユーロ)し、再生可能エネルギーの先端技術開発を加速(10億ユーロ)
  • 製造業の脱炭素化(56億ユーロ)
  • 低炭素型モビリティの開発と、2030年までに電気自動車(EV)の国内生産台数を200万台に拡大(36億ユーロ)
  • 2030年までに低炭素航空機の国内生産を開始(15億ユーロ)
  • 安全かつ持続可能でトレーサビリティの高い食品の開発(23億ユーロ)
  • 20種以上のバイオ医薬品(特にがん、慢性疾患に対する医薬品)の国内生産と、イノベーティブな医療機器の開発(75億ユーロ)
  • クリエイティブで文化的なコンテンツの制作(10億ユーロ)
  • 宇宙産業の振興(15億ユーロ)
  • 海底資源の開発(3億5,000万ユーロ)

分野横断的な6つの目標

  • 原材料の安定的確保(29億ユーロ)
  • 電子部品やロボティクス、知能機械などの戦略的部品の安定的確保(54億ユーロ)
  • 未来の産業に必要な人材の育成(28億ユーロ)
  • フランスが主権を持つ安全なデジタル技術の熟達(40億ユーロ)
  • スタートアップ企業の設立、育成、産業化を支援(42億ユーロ)
  • イノベーション、研究、高等教育におけるエコシステムの整備(40億ユーロ)

2023年6月に政府が発表した「フランス2030」実施報告書(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますによれば、2022年に106の事業スキームが開始され、選定された1,515件のプロジェクトに合わせて111億ユーロの投資支援を行った。

エネルギーの脱炭素化に向けて、まず原子力部門では、原子力施設から排出される廃棄物の量と放射能を減らし、環境への影響を低減する。フランス電力(EDF)の小型モジュール炉開発プロジェクト「NUWARD」や、ルメール鋳造所による低レベル放射性鉛のリサイクルプロジェクトなどに、合わせて1億3,000万ユーロの補助金を支給した。

脱炭素水素については、スタートアップ企業のジェンビアやマクフィーによる水電解装置のギガファクトリー建設や、自動車部品製造のプラスチックオムニウムによる高圧水素タンクの開発など10件のプロジェクト(詳細はフランス政府資料参照(フランス語)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(KB))に、総額21億ユーロの支援を決めた(2023年6月26日付地域・分析レポート参照)。

交通・輸送部門では、EVの国内生産拡大と低炭素型モビリティの開発に向けたバッテリーのギガファクトリー建設(2023年6月5日付ビジネス短信参照)と、自動車大手ルノー・グループが北部ドゥエ市に設立したEV製造拠点「エレクトリシティ」整備事業に投資支援した。また、鉄道部門では、アルストムとフランス国鉄(SNCF)による次世代TGV(高速鉄道)開発プロジェクト「TGV-M」に投資支援を行った。

製造業の脱炭素化に向けては、脱炭素水素の供給システムや二酸化炭素(CO2)回収・貯留インフラを整備した「低炭素工業地区」を設置。企業の脱炭素化投資を支援する「化石(燃料)ゼロ製造業」プロジェクトの公募を開始した。後者については2023年4月、バイオマスの熱利用など56件のプロジェクトに合わせて2億2,500万ユーロを助成すると発表した(詳細はフランス政府ウェブサイト参照(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)。

エマニュエル・マクロン大統領は2022年11月、フランスにおける温室効果ガス排出量の18%を占める製造業の脱炭素化支援の強化について、鉄鋼、金属、化学など排出量が最も多い50カ所の工場を集中的に支援し、製造業の排出量を今後10年間で半減させる新たな目標を設定した。マクロン大統領は、50カ所の工場がそれぞれ18カ月以内に同目標の達成に向けたロードマップを策定し実施することを条件に、50億ユーロの追加支援を約束した。

スタートアップ企業が持つ革新的な技術を活用

マクロン大統領は2023年2月、「フランス2030」の目標達成に向け、技術系スタートアップ企業を集中的に支援する「フレンチテック2030」プログラムを立ち上げた。2023年6月、プロジェクト入札に応募した842社の中から125社が選ばれた(2023年6月20日付ビジネス短信参照)。選定された企業のうち、環境・エネルギー移行に係わるスタートアップ企業が全体の38%と最も多かった。

以下、ピラミッド型の浮体式洋上風力発電設備を開発・製造するエオリンク、太陽光パネルから純度の高いシリコンを回収・再資源化するロシ、採掘現場から廃棄物として出される残土や粘土泥を使って低炭素型セメントを製造するマテルップの3社を紹介する。

浮体式洋上風力発電のエオリンク

エオリンクは、2016年にブルターニュ地域圏ブレスト市に設立されたスタートアップ企業で、ピラミッド型の浮体式洋上風力発電装置を開発・製造する。ブレードとナセル(風力エネルギーを制御し、電力に変換する機構)を4つの支柱で支えてタワーの重量を分散させることで、浮体施設の重量を30%軽量化し、製造に必要な鋼材の量を減らしてコスト削減につなげた。2018年に同社が製造したプロトタイプの設備費は、1メガワット(MW)当たり350万ユーロを下回った。量産により、2030年までに設備費を1MW当たり200万ユーロに引き下げ、発電コストを1メガワット時35ユーロに抑える計画だ。

現在は西部ペイ・ド・ラ・ロワール地域圏ル・クロワジック市の沖合に、5MWの浮体式洋上風力発電設備を建設している。同設備は2024年に稼働する予定。フランス環境エネルギー管理庁(ADEME)は2022年10月、「フランス2030」の枠内で同プロジェクトに1,490万ユーロの補助金を支給すると発表した。2022年の「海事産業研究開発プロジェクト」の公募でも、エオリンクが開発する20MWの浮体式洋上発電設備の実証プロジェクト(投資額620万ユーロ、期間3年)が選定された。

同社は、最も風の強い地域で2027年に15MW、2030年に20MWの浮体式洋上風力発電設備の設置を目指す。2030年には、15~20MWの風力発電機を利用した大型[1ギガワット(GW)]ファームの建設を計画している。

太陽光パネルリサイクルのロシ

ロシは、太陽光パネルの物理的な粉砕による従来型のリサイクル手法とは異なり、太陽光パネルに含有される素材の中で特に市場価値が高い銀、銅、シリコンなどを、化学処理によって純度が高い状態で回収し、再資源化する革新的な技術を持つ。フランスの理工系大学エコール・ポリテクニークを卒業後、ドイツで物理学の博士号を取得した女性エンジニアが、2017年に南東部オーべルニュ・ローヌ・アルプ地域圏イゼール県グルノーブル市に設立した。

同社は2022年11月、スタートアップの資金調達段階であるシリーズAで740万ユーロの調達に成功した。伊藤忠商事は同月、ロシによる第三者割当増資を引き受け、資本業務提携契約を締結したと発表した。ロシが同資金を基にイゼール県サントノレ市に建設した、太陽光パネルリサイクルの商用プラントは、2023年6月に稼働した。同プラントは年間3,000トンの太陽光パネルをリサイクルし、銀約3トン、シリコン約90トンを回収する能力を持つ。

フランスでは、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度によって、太陽光発電の導入量が2009年から拡大した。太陽光パネルの耐用年数は通常25~30年とされており、2030年ごろから太陽光パネルの大量廃棄が始まるとみられている。

ロシによれば、2030年にフランスだけで年間3万トンの太陽光パネルをリサイクルする必要があり、市場規模は2,600万ユーロに達する。同社は、欧州レベルで年間40万トンの太陽光パネルのリサイクル需要があると試算している。

低炭素セメント製造のマテルップ

マテルップ(フランス語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますは、2018年に物理学の博士号を持つエンジニアが南西部ヌーベル・アキテーヌ地域圏ランド県に設立したスタートアップ企業で、粘土を主原料とする非焼成セメントを開発・製造する。製造工程に焼成過程がないため、1トン当たりのCO2排出量は350キログラムと、従来型の急性硬化セメント(42.5型)に比べ40%抑えることができる。製造業の中でも特にCO2排出量が多いセメント産業の脱炭素化に貢献する。

小規模な生産ユニットをエンドユーザーの近くに設置して、輸送過程におけるCO2排出量を抑えるとともに、地元の採掘・工事現場から廃棄物として出される掘削土(残土)や粘土泥を原料として再利用することでサーキュラーエコノミー(循環型経済)の推進にも一役買う。

同社は2020年に300万ユーロの資金調達に成功し、これを資金に2022年にランド県サン・ジェウール・ド・マレーヌに年間5万トンの生産能力を持つパイロット工場を建設した。

さらに、フランスのセメント大手ヴィカが2023年3月、マテルップと低炭素型無焼成粘土セメントの製造と販売を行う共同会社を設立し、セメント業界の脱炭素化を加速させることで合意したと発表。マテルップは粘土セメントの世界的なリーダーとなり、世界のCO2排出量を10年以内に1億トン削減することを目標に掲げている。


注:
製造工程・利用過程でCO2を排出しない水素のこと。
執筆者紹介
ジェトロ・パリ事務所
山﨑 あき(やまさき あき)
2000年よりジェトロ・パリ事務所勤務。
フランスの政治・経済・産業動向に関する調査を担当。