欧州各国の脱炭素・循環型ビジネス最新動向ネットゼロ達成に向け産官学での動きが活発化(スイス)
CO2除去技術やCCSの活用を拡大へ

2024年1月11日

二酸化炭素(CO2)除去(Carbon Dioxide Removal、CDR)を可能にするネガティブエミッション技術(NETs)は、スイスの気候変動政策において、欠かすことができない要素だ。温室効果ガス(GHG)の排出をできるだけ抑えた上で、それでもなお最後まで残る排出分を相殺することが期待されているためだ。2050年までにネットゼロを達成するため、国内外でNETsを活用することを盛り込んだ法案が2023年6月の国民投票で支持され、NETsの推進に機運が高まりつつある。スイスの研究および産業界は、CO2回収・貯留(CCS)、そして特にNETsで世界を先導する存在である。これらは気候変動政策上、必要であるだけでなく、スイスがパイオニアとしての役割を拡大し、国内外での技術開発や活用を促進する機会でもある。

CDRは、大気中のCO2を回収・吸収し、貯留・固定化することで大気中のCO2を除去するもの。CDRを可能にする技術は、大気中のCO2を除去することでCO2排出をマイナスにすることからNETsと呼ばれる。自然プロセスと工学的プロセスがあり、例は表1のとおり。一方、CCSは、発電所や化学工場などから排出されたCO2を、ほかの気体から分離して集め、地中深くに貯留・圧入するもの。CO2発生源からの分離であるため、ゼロエミッションの達成に貢献する技術である。

表1:NETsの例
項目 内容
植林・再生林、森林管理、木材利用 木が育つ過程で空気中から除去されたCO2を木や土壌、木製品に貯留する。
土壌管理(バイオ炭を含む) 土壌に作物残渣(ざんさ)やバイオ炭を介して炭素を入れ、土壌中に蓄積する。
BECCS (BioEnergy with Carbon Dioxide Capture and Storage) バイオマスエネルギー利用時の燃焼により発生したCO2を回収し地中に貯留する。
DACCS (Direct Air Carbon Capture and Storage) 大気中から化学工程により直接CO2を抽出し地中に貯留する。
風化促進 鉱物を粉砕し風化する過程で、化学的にCO2と結合し、土壌や海中に貯留する。
海洋肥沃 藻類によるCO2吸収を増やすため、鉄やその他の養分を海洋に散布する。

出所:スイス連邦参事会の長期気候変動政策を基にジェトロ作成

ネットゼロの達成にはCCS、NETsが不可欠

連邦参事会(内閣)は2019年8月、2050年までにGHG排出を削減しネットゼロを達成する目標を設定した。なお、スイスが国外で発生させた排出分はこの目標値には含まれない。スイスでは2001年以降、1人当たりのGHG排出量は、主に建設分野の貢献により徐々に減っているが、2020年に1990年比で20%削減を実現する目標は達成できなかった。

地球温暖化が現在のペースで進むと、スイスが2050年までに負うことになるコストは年間GDPの4%にまで上るが、気候変動が最大1.5度の範囲に抑えられると同コストは1.5%にまで抑えられる。従って、2050年までに世界全体でネットゼロを達成した場合、スイスの年間GDPの2.5%に当たる約200億~300億スイス・フラン(約3兆2,800億~4兆9,200億円、CHF、1CHF=約164円)のコストを抑えられると試算される。

ネットゼロの達成には、排出量の削減と、NETsの拡大の両輪で取り組む必要がある。2021年1月に採択されたスイスの長期気候変動政策では、スイスは2050年までに1990年比でGHGを約90%削減できると試算している。しかし、すべてのGHGを完全に削減できるわけではなく、最後まで他の方法で削減できない排出分をCCSやNETsで削減し、ゼロエミッションを達成する計画だ。主に、セメント産業や焼却、化学産業、農業などの分野を想定している。

まずCCSで削減を図り、それでも削減できないものにNETsを充てる。NETsは国内の貯留キャパシティが限られていること、除去したCO2の長距離輸送の必要性、コスト高などによる制約があるためだ。NETsに必要なCO2地中貯留の条件を満たす土地の確保が国内だけで十分かは不確定であり、特に大気中から化学工程により直接CO2を抽出し地中に貯留するDACCS(Direct Air Carbon Capture and Storage)については、部分的もしくはすべてを海外の地質学的に適した土地で実行することもあり得る。焼却分野における最初の本格的なCO2回収が行われるのは2035年以降であり、またCCSとNETsによるCO2回収量は2040年以降、急速に拡大することが予測されている。

具体的には、他の方法で排出を削減できないGHGの年間排出量は、CO2換算で2050年に約1,200万トンと推測され、そのうち約500万トンをCCSで削減する(図参照)。それでもなお残る約700万トンのうち200万トンを国内におけるNETs、500万トンを国外でのNETsにより削減する。国内でのNETsは、主にバイオマスエネルギー利用時の燃焼により発生したCO2を回収し地中に貯留するBECCS (BioEnergy with Carbon Dioxide Capture and Storage)を、国外では主にDACCSを活用することを見込んでいる。

図:2050年のCO2排出量とCCS、NETsの活用割合推計値
温室効果ガス排出量は1,200万トンCO2換算となるが、その内訳は、700万トンは産業界および化石燃料由来の廃棄物からの排出、500万トンは農業からの排出である。CCSおよびNETsの活用の内訳は、1,200万トンCO2換算のうち、500万トンをCCSで削減する。残る700万トンのうち200万トンを国内におけるNETs、500万トンを国外におけるNETsで処理する。国内におけるNETsは主にBECCSを、国外におけるNETsは主にDACCSを活用し処理する。

出所:CCSおよびCDRに向けたロードマップを基にジェトロ作成

連邦参事会により2022年5月に策定されたCCSおよびCDRに向けたロードマップでは、(1)2022~2030年までの開拓期、(2)2031~2050年までの拡大期に分けて、アクションプランを提示している(表2参照)。

表2:「CCSおよびCDRに向けたロードマップ」で示された2つの段階と内容
項目/時期 (1)2022~2030年までの開拓期 (2)2031~2050年までの拡大期
目安となる目標 2030年までにCCSまたはNETsによるCO2を約50万トン、スイス国内および/または国外での恒久的貯留。 2031~2050年にかけて、国内でのCO2回収量を段階的に50万トンから700万トン(うち500万トンはCCS、200万トンはBECCS)まで拡大。国内でのNETsの実現が限定的であることから、さらに500万トンは国外でのNETs(主にDACCS)で実現。
CO2輸送 期待されるCO2量は、国外向けも含めトラック、電車、船舶で輸送。適切な場合、短距離CO2パイプラインを建設。 大量のCO2輸送のため、現段階では他国とつながるCO2パイプラインの建設が必須とされているが、国際的な議論は開始したばかりである。
国内でのCO2貯留 工場で回収されたCO2の国内貯留は、主にコンクリートなどの建設資材。地盤調査が順調に進んだとして、地中貯留地が運用され始めるのは早くて15~20年後。 長期気候変動政策では、国内で回収されたCO2は可能な限り国内の地中または建設資材のように長く使用される製品に貯留することが推奨されている。2050年に国内地中に貯留するCO2目安は300万トン(複数の貯留地が必要)。また、別途、年間250万トンを解体コンクリートに貯留。
国外でのCO2貯留、国外でのNETsへの投資 国外でのCO2貯留に関しては、国外のコンソーシアムが商業的な輸送・貯留サービスを計画しており、2025年までに開始される予定。研究・技術革新プロジェクトと関連研究インフラへの参加が、CCSとNETsを必要な規模で急速に発展させていく鍵となる。 2050年までに年間400万トンのCO2を国外の貯留地に輸出。

出所:スイス連邦参事会「CCSおよびCDRに向けたロードマップ」を基にジェトロ作成

ロードマップでは、CCSやNETsの拡大の足かせとなっているのは、技術的な障壁ではなく、関係者にとっての投資の安全性が欠如していることだと指摘されている。そのため、さらなる長期目標の策定と段階分けおよび法制化、恒久的で持続可能な吸収源に関する質的基準や標準の作成、民間向けの経済的なインセンティブと市場の創出、CO2輸送・貯留のための物理的・仮想的なインフラ開発、イノベーション促進を優先事項として挙げ、アクションプランを策定している。

国内外でのNETsの活用を法制化

2023年6月の国民投票で、気候保護目標・イノベーション・エネルギー安全保障の強化に関する連邦法が約6割の支持で可決された(2023年6月27日付ビジネス短信参照)。スイスが2050年までにネットゼロを達成するために、国内外でNETsを活用することを盛り込み、法的拘束力のあるものとした。GHG排出を1990年比で2031~2040年に64%、2040年までに75%、2041~2050年までに89%削減することを暫定的な目標としている。すべての企業が2050年までにネットゼロを達成すべきとされている。達成のため企業独自で作成したロードマップの実施に向けた革新的な技術・プロセスの活用に対して、連邦政府は2030年まで財政支援を行うことが明記されている。他方、2021年6月の国民投票で否決された改正CO2法(2021年6月17日付ビジネス短信参照)は、さらに改正が加えられ、現在議会で審議中であり(同法の対象期間は2025~2030年)、今後、同法に基づき具体的な措置が規定されることが見込まれる。そのほか、スイスがCCSとNETsを実現するにあたってはCO2の貯留・輸送などで他国と連携することが不可欠であり、アイスランドおよびオランダとはそれぞれ共同声明、覚書を締結している。

直接空気回収技術(Direct Air Capture, DAC)はスイス企業が先駆者

CDR(NETs)やCCS領域における、スイス企業や産官学の主な動向を紹介する。

CDRでスイスを代表する企業は、クライムワークス(Climeworks)だ。同社は2009年に設立されたスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH)のスピンオフ企業で、2022年にユニコーン企業となった。同社がアイスランドにおいて世界で初めて稼働させたDACCS施設は、現在、世界で唯一の商業的に稼働するDACCS施設である。巨大な扇風機のような機械で空気を吸い込み、フィルターで空気中からCO2を分離し、アイスランド企業カーブフィックス(Carbfix)の技術を使って地中に永久貯留する。2022年12月に米国マイクロソフトなどの法人顧客に対して初めて、この施設でのCDRをサービスとして提供開始した。これに先立ち、施設で用いるDACCS技術の方法について、第三者機関からの認証を受けている。現在の施設では、年間4,000トンのCDR能力があり、同じくアイスランドに建設中の新たな施設では、年間3万6,000トンのCDR能力が見込まれている。

日系企業も、脱炭素の領域で存在感がある。日立造船の100%子会社で、ごみ焼却発電プラントの設計、建設、保守などを手掛ける日立造船イノバが、スイスのCO2エナジーから委託を受けて建設した、バイオガス工場で発生するCO2を産業用途に活用するためのCO2液化施設が、2023年7月、アールガウ州ネッセルンバッハで稼働を開始した。年間最大3,000トンのCO2がリサイクルされ、製薬や食品の製造工程などで活用される。

ETHが主導し2021~2023年に実施したDemoUpCARMAおよび継続中のDemoUpStorageは、連邦エネルギー局と環境局が資金援助と支援を行った、24機関・企業による産官学のパイロットプロジェクトだ。ベルンのバイオガス工場で回収したCO2を、(1)スイス国内でコンクリート生成に利用、(2)液化した上でアイスランドまで輸送(ロッテルダムまで陸送、以降は海上輸送)し、地中の岩盤に海水と混ぜて注入し鉱物と結合させ永久貯蔵する、という2つのCO2回収・有効利用・貯留(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage、CCUS)プロジェクトを実証した。スイスで回収したCO2のアイスランドへの輸送は初めての試みだった。将来的にはCO2輸送のためのパイプラインの建設が望まれる一方、現在この権限は連邦政府ではなく各州政府にあり、また近隣国との連携が必須となるなどの課題が浮き彫りになっている。同プロジェクトでは、世界に先駆けた技術的検証やノウハウの蓄積、ステークホルダー間の連携促進を進め、対応の必要性が特定された領域において今後の政策的対応が期待される。

スイスにおけるCDRの産官学プラットフォームプロジェクトであるスイス炭素除去プラットフォーム(CDRスイス)では、ステークホルダーの巻き込みや情報発信と専門知識の普及、スイスのCDRにおける先進的な地位の向上などを目指しており、産官学の約60会員が参加している。ETH sus.lab外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(ビジネスにおけるサステナビリティ研究所)を中核パートナーとし、欧米の複数のファンドが連携するCDRに特化したアクセラレーションプログラム「remove外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」もある。

このようにスイスはCCS、特にNETsで世界に先行する取り組みが進んでおり、2050年のネットゼロ達成に向けて今後一層活発化することが見込まれる。

執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
深谷 薫(ふかや かおる)
2015年、ジェトロ入構。海外調査部欧州ロシアCIS課、ワルシャワ事務所、対日投資部外国企業支援課を経て、2022年7月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
パブロ・ダス
社会言語学と政治学を専攻。ベルン大学、スイス連邦工科大学チューリッヒ校にて広報・コミュニケーション分野での勤務を経て、2023年7月から現職。