注目度高まる北米グリーン市場、その最前線は脱炭素に向かうヒューストン(米国)
テキサスで進むエネルギー転換(1)

2023年9月27日

「P6テクノロジーズは製品単位の炭素強度、温室効果ガス(GHG)排出量の計測方法に大きな進歩をもたらそうとしている」。米国テキサス州オースティンにあるP6テクノロジーズが2023年8月、325万ドルのシード期投資(注1)を受けたと発表した声明の中で、投資銀行家のボビー・チューダー氏は述べた。同社はエネルギー、石油化学産業のビジネス経験者が立ち上げたスタートアップ企業で、製品の炭素強度、GHG排出量の計測ソフトウェア「ライフ・サイクル・アセスメント」を提供する。チューダー氏が最高経営責任者(CEO)を務めるアルテミス・エナジー・パートナーズ(テキサス州ヒューストン)の関連企業が出資しており、P6テクノロジーズの役員にはチューダー氏や石油開発サービス大手SLBの元CEOらが加わる。

世界のエネルギー・トランジション首都へ

かつて投資銀行家としてシェール革命(注2)を推進したチューダー氏は、ヒューストン都市圏の商工会議所グレーター・ヒューストン・パートナーシップの2020年次の議長、地域のエネルギー・トランジション戦略策定のため設立されたエネルギー企業コンソーシアム「ヒューストン・エナジー・トランジション・イニシアチブ」会長などを務める。「世界のエネルギー首都」と評されるヒューストンで、地域経済の脱炭素推進を提唱するリーダーの1人だ。石油ガスから脱炭素へ。同氏は「これからの25年は、過去25年のようなかたちで伝統的な石油ガス産業がヒューストンの成長のエンジンになることはないだろう」と語る。石油ガス産業も、脱炭素で新たな事業の柱を打ち立てる必要に迫られている。

石油ガス産業の中心であるヒューストンの空気は、既に変化している。「エネルギーについて、世界が変わる中、ヒューストンも変わる。われわれが世界のエネルギー・トランジションを牽引する覚悟だ。水素に太陽光、風力、二酸化炭素(CO2)回収・利用・貯蔵(CCUS)など、われわれの将来を灯(とも)す必要がある全てのエネルギー源を開発しつつ、(GHG)排出を減らす道を探し続ける」。ヒューストン市のシルベスター・ターナー市長は2022年10月、自身初の来日時にジェトロと共催したセミナーで決意を表明した(2022年10月25日付ビジネス短信参照)。

「世界のエネルギー首都」から「世界のエネルギー・トランジション首都」へ。ターナー市長の主導で2020年4月、ヒューストン市は2050年までのカーボン・ニュートラル実現などを掲げる気候変動行動計画を策定した。ここでターナー市長が力点を置いたのが、次世代エネルギー企業の創出である。2025年までにヒューストンで再生可能エネルギーやCCUS技術など、革新技術企業(エネルギー2.0)を50社誘致・創出する目標を掲げた(2021年2月8日付ビジネス短信参照)。

グレーター・ヒューストン・パートナーシップの2023年8月の報告書によると、ヒューストンの脱炭素関連スタートアップ、企業などは2022年に前年比61.9%増の61億ドルの民間資金調達に成功。クリーンエネルギー産業の雇用者数は同年、2019年の6万4,924人を上回る7万1,305人に上った。

石油ガス大手も新技術を支援

投資家の注目を集めるヒューストン発スタートアップ企業も生まれている。シジジー・プラズモニクスはその1つだ。地元ライス大学で開発された光触媒を用いて、アンモニアを分解し水素を製造する技術を有する。アラムコ、シェブロンなど石油ガス大手系のベンチャーキャピタル(VC)などからの投資額は既に1億ドル以上に上る。また、微生物によるCO2の分解反応を活用して、非化石燃料由来のエチレンなどを製造するセンビタファクトリーにも米国系・日系大手企業が多数投資し、2023年4月には大豆油の代替製品の製造のため実証プラントをヒューストンに開いた。2020年創業の低炭素ガス燃料を用いる携行型発電機メーカーのボルタグリッドは2022年10月、カナダ年金基金投資委員会などから1億5,000万ドルの資金調達に成功した。

エネルギー・トランジションを後押しするイノベーション拠点の整備も進む。2021年には、マサチューセッツ州発祥の北米最大の気候変動テック専門インキュベータ、グリーンタウン・ラブズのヒューストン拠点がオープンした。スタートアップ向けに試作工場やオフィススペース、パートナーとなり得る投資家や企業との面談機会などを提供している。翌2022年には、グリーンタウン・ラブズから徒歩数分の距離に、地元ライス大学の支援によりインキュベーション施設アイオン(ion)が開設された。各施設には、2050年までのネットゼロ目標を掲げる石油ガス大手などがパートナーとして参画し、脱炭素関連技術にアンテナを張り、スタートアップとの連携を始めている。


気候変動テックを支援するグリーンタウン・ラブズ
(ジェトロ撮影)

アイオンは支援企業向けに試作工場を用意
(ジェトロ撮影)

そのほかにも、ヒューストン市で毎春恒例の世界最大規模の海洋開発技術会議・展示会「OTC」は、海洋での石油・ガス開発が主テーマだが、この数年で一気に様変わりした。洋上風力発電や太陽光発電、水素利用などオフショア領域の脱炭素に関連した新たな技術について議論するプログラムが目白押しである(2023年5月9日付ビジネス短信参照)。

地元を代表する重要インフラ、ヒューストン港も脱炭素への関心を高める。2022年の外国貨物取扱重量全米1位のヒューストン港は2022年4月に、GHG排出量を2050年までにネットゼロとする削減目標を発表し、2022年6月には同港で初のゼロエミッション電気トラックを導入した。

ゲームチェンジャーは連邦政府の施策

エネルギー・トランジション熱が急上昇中のヒューストン、テキサス。ただし、ここで進むエネルギー・トランジションの取り組みの多くには、テキサス固有の特徴がある。それは、石油ガス産業の発展が前提にあることだ。

米国エネルギー情報局(EIA)によると、2021年時点でテキサス州の石油とガスの生産量は全米州別1位、製油能力は全米の31%を占める。直接、間接に州経済の3割を構成するといわれる石油ガス産業は州経済の中心だ。テキサス州の石油生産量は記録を更新している。テキサス石油ガス協会(TXOGA)によると、2023年6~7月の同州の石油生産量は、過去最高の日量550万バレルに達した。2023年1~7月のテキサス州での生産量は石油が全米の43.3%、天然ガスも27.4%に上昇しているという。また、テキサス州内の確認埋蔵量は石油で全米の4割、ガスでは4分の1くらいに相当する。2050年には世界全体の石油消費が現在の2倍に増えるともいわれる中、TXOGAチーフエコノミストのディーン・フォアマン氏は「石油ガスは今後数十年にわたり米国エネルギー安全保障の礎」と胸を張る。

石油ガス企業は、既にクリーンエネルギー分野にも投資を続けてきたが、ここに来てエネルギー・トランジションの優先度を上げる出来事があった。2021年11月のインフラ投資雇用法、そして2022年8月のインフレ削減法の成立である。

テキサスで進むエネルギー転換(2)連邦支援に沸くCCSと水素(米国)に続く)


注1:
シード期は、企業の成長段階のうち、種(シード)が芽吹こうとする、立ち上げ段階。ビジネスの枠組みが決まった、製品開発を進めている、といった段階の企業が多い。
注2:
従来は経済的に採掘することが困難であった頁岩(シェール)層に含まれる石油ガスの採掘が、技術革新により2000年代後半に本格化し、米国内の生産量増加(輸入量減少)および米国内エネルギー価格が低下した事象を指す。
執筆者紹介
ジェトロ・ヒューストン事務所長
桜内 政大(さくらうち まさひろ)
1999年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューヨーク事務所〔戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員〕、海外調査部北米課、サービス産業部ヘルスケア産業課などを経て、19年10月から現職。編著書に「世界の医療機器市場―成長分野での海外展開を目指せ」など。

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