ヒートポンプで日本に商機(米国)
インフレ削減法で建物の脱炭素化(後編)

2023年5月17日

建築物の省エネ化が米国でも注目されるようになった。温室効果ガス(GHG)の排出削減を目指すバイデン政権は、ガスや石油による暖房や給湯に代えて、ヒートポンプなどエネルギー効率の高い設備の購入を促すべく、インフレ削減法(Inflation Reduction Act of 2022:IRA)に税額控除の措置やリベート(払い戻し)の供与を盛り込んだいわゆる「建築物の電化」の普及拡大を狙っている。この分野で先行するカリフォルニア州では、ガスファーネスやガス給湯器の使用を禁止する議論も出ている。省エネ分野で優れた技術力を有する日系メーカーにとって、有利な環境といえる。本稿の後編では、ヒートポンプの普及など、カリフォルニア州を中心とした建築物の電化の動向を紹介する。

進まない建築物の電化

住宅や商業施設の省エネ化は、GHGの排出削減を目指すバイデン政権にとって重要な課題の1つだ。米国環境保護庁(EPA)によると、米国でのエネルギー最終需要者別のGHG排出量(2021年)は、「住宅・商業施設」と「工業」がそれぞれ全体の30%を占める。つまり、建物の省エネ化は、温暖化対策にとって極めて重要な要素といえる。

建物での石油や天然ガスの使用を抑制し、代わりに電気製品をベースとした暖房や給湯システムを導入する「建築物の電化」の重要性が言われて久しいが、その実現は容易ではない。米国の住宅や商業施設では、伝統的にガスファーネスやガス給湯器など、天然ガスや石油を燃やして暖房や給湯するのが主流だ。一方、電気を使用するシステムにはヒートポンプや電気給湯器などがある。GHGの排出削減にはこうした電気製品の導入が望まれるが、ガスファーネスはヒートポンプと比べて設備費用が低く、短期間で部屋を暖められる。また、ガスファーネスは取り扱いが多く、設置やメンテナンスが容易であり、設備業者がガスファーネスを採用する動機となっている。

消費者も、高額なヒートポンプの導入には消極的なようだ。米国消費者団体専門誌コンシュマー・リポーツが2022年6月に発表したアンケートの調査結果(回答者:成人2,103人)によると、「ヒートポンプを購入したことがない」と回答した1,768人のうち、購入を「検討する」と回答したのはわずか9%、「検討するかもしれない」が49%、「検討しない」が40%に上った。「検討しない」または、すでに購入しているが今後「購入するつもりはない」と回答した1,670人のうち21%が「購入・設置コストが高額」を理由に挙げている。

建築物の省エネ化はカリフォルニア州が先行

建築物の省エネ化には、前述のように難しい課題があるが、GHGの排出削減の観点から、連邦政府は2005年以降、省エネホーム改良クレジット(Energy Efficient Home Improvement Credit)に基づく税額控除の措置を導入し、ヒートポンプなど特定の設備投資費用の10%、あるいは500ドルまでの税額控除を認めてきた。また、米国エネルギー省は2022年6月、住宅へのヒートポンプの導入を促すため、劣化したガスボイラーのエネルギー効率を一定水準以上にすることを盛り込んだ住宅用ガスボイラー規制案を発表し、2029年の発効を目指している。

省エネ化を推奨する動きは、特に環境意識の高い都市や州で見られる。例えば、ニューヨーク市は大規模な建築物の省エネ化事業を進めている。同市が2019年11月に制定したLaw 97は、対象となる建物の所有者に年間のGHGの排出量を記録した報告書を毎年提出する義務を課し、2025年以降、その排出量が制限を超える場合や、報告書を提出しない場合には罰則が適用される。対象となる建物は約4万件、建設面積ではニューヨーク市全体の約60%に相当する。

州レベルでは、カリフォルニア州が先行している。カリフォルニア州政府は2008年、あらゆる部門で省エネ化を目指す「カリフォルニア州長期省エネ戦略計画(California Long-term Energy Efficiency Strategic Plan)」を発表した。同計画に基づき、公益事業委員会(California Public Utilities Commission:CPUC)が2011年、以下のとおり、ゼロ・ネット・エネルギー(ZNE)・ビルディング(注1)の実現を目指すと明らかにした。

  • 2020年までに、州内全ての新築住宅をZNEとする。
  • 2030年までに、州内全ての新築商業施設をZNEとする。
  • 2030年までに、商業施設の半分をZNEに基づき改築する。
  • 2025年までに、州政府機関の施設の半分をZNEに基づき改築する。

続いて、CPUCは2020年3月、約2億ドルの予算を投入して建築物からの排出抑制を推進する2つのパイロットプログラムを承認した。1つは「TECHクリーンカリフォルニア」と呼ばれるプログラムで、空調や給湯にヒートポンプの使用を促すため、戸建ておよび集合住宅の建設会社や販売業者向けに金銭的なインセンティブや教育機会を提供する。もう1つは「低排出開発のための建築物イニシアチブ(BUILD)」と呼ばれるプログラムで、主に低所得者層向けの住宅建設におけるヒートポンプの導入など、金銭的なインセンティブを供与する。

さらに、CPUCは2022年9月15日、住宅や商業施設の天然ガス管の新設に対する助成金を廃止すると発表した。これに基づき、当該助成金は2023年7月1日に廃止される予定だ。加えて、カリフォルニア州大気資源委員会(California Air Resources Board)は2022年9月22日、2030年までに住宅と商業施設のガスファーネスおよびガス給湯器の販売の停止させる「2022年実行計画戦略」を承認した。天然ガスを使用する設備の販売禁止は、全米初の試みだ。販売禁止のスケジュールなどの詳細は、カリフォルニア州各局で議論される予定となっており、パブコメ期間などを経て2025年までの法制化を目指している。

IRAが建築物の電化を後押し

バイデン政権は2022年8月に制定したIRAに、建築物の電化の促進を目的として消費者に対する税額控除やリベートの供与を盛り込んだ(表参照)。ただし上述のとおり、IRAが施行される前から、ほかの法律に基づいて税額控除の措置は導入されていた。正確にいえば、同法はこれまでの措置の適用延期や拡充を図るものだ。2022年までは過去の省エネホーム改良クレジットに基づく税額控除措置が適用され、特定の設備投資費用の10%または、最大500ドルの税額控除が認められていた。これが2023年以降は、例えばヒートポンプを導入する場合、設備投資額の30%または最大2,000ドルの税額控除が受けられることになる。

表:IRAに基づく住宅省エネ化向け税額控除・リベートの概要
分野 設備・製品 恩典 恩典の詳細 対象となる条件
空調・給湯
(注1)
ヒートポンプ 税額控除 設備投資額の30%もしくは2,000ドルまで。 省エネ証書(CEE)最高ティア認定製品(ただし高度〈Advanced〉ではない)。製品発売年と同年に発効した基準を採用。
リベート 最高8,000ドル。 エネルギースター認定製品(注2)。
ヒートポンプ給湯器 税額控除 設備投資額の30%もしくは2,000ドルまで。 省エネ証書(CEE)最高ティア認定製品(ただし高度〈Advanced〉ではない)。製品発売年と同年に発効した基準を採用。
リベート 最高1,750ドル。 エネルギースター認定製品(注2)。
バイオマスストーブ・
給湯ボイラー
税額控除 設備投資額の30%まで、もしくは2,000ドルまで。 熱効率75%以上。
セントラルエアコン 税額控除 設備投資額の30%まで、もしくは600ドルまで。 省エネ証書(CEE)最高ティア認定製品(ただし高度〈Advanced〉ではない)。製品発売年と同年に発効した基準を採用。
天然ガス・プロパン・石油給湯器 税額控除 設備投資額の30%もしくは600ドルまで。 省エネ証書(CEE)最高ティア認定製品(ただし高度〈Advanced〉ではない)。製品発売年と同年に発効した基準を採用。
天然ガス・プロパン・石油ファーネス/給湯ボイラー 税額控除 設備投資額の30%もしくは600ドルまで。 省エネ証書(CEE)最高ティア認定製品(ただし高度〈Advanced〉ではない)。製品発売年と同年に発効した基準を採用。
建設
資材
(注1)
窓・スカイライト 税額控除 設備投資額の30%、もしくは600ドルまで。 エネルギースター最高効率(Most Efficient)認定製品。
ドア 税額控除 各ドアにつき設備投資額の30%もしくは250ドルまで。全体で500ドルまで。 エネルギースター認定製品。
断熱材 税額控除 設備投資額の30%まで。 国際エネルギーコード(IECC)基準。製品発売年の2年前の基準が適用される(2025年製の製品には2023年1月1日発効の基準適用)。

注1:「空調・給湯」に係る設備投資額には設備設置に要する人件費が含まれ、「建設資材」に係る設備投資額には設備設置に要する人件費が含まれない。
注2:リベートに関する詳細は、州によって異なる可能性あり。エネルギー省が2023年に発表予定のガイドラインで方向性を明らかにする予定。
出所:下院歳入委員会、内国歳入庁に基づきジェトロ作成

IRAでは、省エネ設備の購入にあたりリベートも供与される。リベートといっても購入時点で適用され、実質的には値引きされることになる。新築および機材交換のいずれの場合でも適用される。リベートの助成金は、連邦政府から州政府に供与され、各州がエネルギー省のガイドラインに基づいて、独自のルールで管理する。カリフォルニア州では、カリフォルニア・エネルギー委員会(California Energy Commission:CEC)がリベートプログラムを運営する。IRAでは、空調用ヒートポンプの購入に最高8,000ドル、ヒートポンプ給湯器に最高1,750ドルのリベートが供与される。低所得者層向けのリベートは優遇されており、所得条件も各州でのルール策定時に検討される(注2)。

市場の拡大で競争はヒートアップ

近年、米国のエアコン市場におけるヒートポンプの出荷台数の割合は、増加傾向にある(図参照)。

図:米国のエアコン出荷台数におけるヒートポンプの割合

2010年
ユニタリーエアコンが66%だったのに対し、ユニタリーヒートポンプが34%。
2022年
ユニタリーヒートポンプが58%に減少した一方、ユニタリーヒートポンプが42%に増加。

出所:米国空調・暖房・冷凍研究所(AHRI)に基づきジェトロ作成

2010年時点のヒートポンプの出荷台数は174万7,979台で、エアコン出荷台数全体に占める割合は34%に過ぎなかった。しかし、2022年のヒートポンプの出荷台数は433万4,479台に増加、全体に占める割合は42%に拡大した。今後はIRAや各州の奨励策により、さらにヒートポンプが普及していくと予想される。

ヒートポンプの需要増加は、日系メーカーに有利に働くとみられる。日系メーカーは、北欧地域など寒い地域に合わせた製品開発の実績を生かし、米国の寒い地域で高性能な製品の投入が可能だ。省エネ規制の水準が高まるほど、日系企業が多く取り扱っているインバーター搭載エアコンは、米国系メーカーの製品に比べて価格競争力を高めると言われている。

米国系メーカーは、製品規格や輸入規制などで有利な立場を得られるように、米国政府に対してロビイングを積極的に展開しているとみられるが、米国で省エネ化が進む中、日系メーカーがいかに競争していくか注目される。


注1:
実際の年間消費エネルギー量が再生可能エネルギー量と同等、あるいはそれ以下の省エネビルにすることを意味する。
注2:
エネルギー省は2023年3月時点で、いまだガイドラインを発表していない。リベートは、同ガイドラインの発表後に実施される。

インフレ削減法で建物の脱炭素化

  1. 太陽光発電と蓄電池が拡大(米国)
  2. ヒートポンプで日本に商機(米国)
執筆者紹介
ジェトロ・ロサンゼルス事務所
永田 光(ながた ひかる)
2010年、財務省入省。2020年8月からジェトロに出向、現職。