注目度高まる北米グリーン市場、その最前線は次世代航空燃料SAFが切り札に(米国)
米航空分野の脱炭素化(1)

2023年9月27日

米国の航空需要は、2024年に新型コロナウイルス禍前の水準まで回復し、それ以降、拡大し続けると予測されている。経済にとっては明るいニュースの一方、需要拡大に伴って航空分野の温室効果ガス(GHG)排出量の増加も予想されている。そこで、本稿前編では、2050年までに航空分野のカーボンニュートラル達成を目標に掲げているバイデン政権の航空分野の脱炭素化に向けた施策や、その達成に有力な手段とされる「持続可能な航空燃料(SAF)」について、導入への課題や州政府のインセンティブなどについて概説する。また、本稿後編では、航空会社が掲げるSAF導入目標やSAF生産企業など主要企業の動向について紹介する。

米国の航空需要は右肩上がり

米国の航空需要は、新型コロナウイルス禍により2020年に大きく減退したが、ワクチンの普及や新規感染者数の減少、入国制限措置の緩和、経済回復などにより、2021年以降は回復傾向にある。米国連邦航空局(FAA)が2023年5月に公表した報告書によると、航空需要は有償旅客マイル(RPM、注1)でみると、国内線では2023年、国際線でも2024年にそれぞれ新型コロナ禍前に当たる2019年の水準を上回ると予測されている。また、RPMは2023年から2043年にかけて、国内線で年率3.0%、国際線で年率3.7%増加する見通しだ(図1参照)。

図1:国内線・国際線RPM(2010~2043年)
国内線・国際線ともに新型コロナ禍の2020年に大きく落ち込んだものの、国内線では2023年、国際線でも2024年にはコロナ禍前(2019年)の水準を超えて回復し、以降は右肩上がりに増加を続ける予想が示される。

注1:実線(2010~2022年)は実績値、破線(2023~2043年)は予測値。
注2:国内線は米国や外国の航空会社による米国内航空路線、国際線は米国航空会社による国際航空路線 。
出所:FAA公表数値からジェトロ作成

航空部門の脱炭素化に向けたバイデン政権の施策

バイデン大統領は2050年までにGHG排出ネットゼロの目標を掲げている。航空需要の回復が進むとともに、航空分野でのGHG排出量増加が懸念される中、ホワイトハウスは2021年9月、同分野の脱炭素化に向けて、SAFを2030年までに年間30億ガロン(1ガロン=約3.8リットル)、2050年までに年間約350億ガロン(注2)生産するという目標を発表した(2021年9月13日付ビジネス短信参照)。目標達成のための具体的な方策として、(1)石油ベースのジェット燃料と比較して、ライフサイクルでGHG排出量を少なくとも50%削減するSAFの生産企業に対する税額控除制度の創設、(2)SAFの生産企業に対する総額43億ドルの資金提供、(3)SAF生産拡大に向けた「グランドチャレンジ」(注3)の実施、(4)航空機の燃費を少なくとも30%改善できる新技術を実証するための研究開発活動の拡充などを示した。

さらに、FAAは2021年11月、「航空分野の気候変動行動計画」を公表し、2050年までに航空部門のGHG排出量をネットゼロにするとの目標を発表した(2021年11月16日付ビジネス短信参照)。同計画で示した具体的な方策は、表1のとおり。新型航空機・エンジンの技術開発や、SAFの導入、運航効率の改善、空港施設でのGHG排出量削減に向けた取り組みなどを盛り込んでいる。

表1:FAA「2021年航空分野の気候変動行動計画」の具体的な方策
NO 概要 内容
1 新たな航空技術の開発
  • 新型航空機・エンジンの技術開発への投資を行う。
  • 2030年までに現在と比べて30%燃費改善する技術の実証を行う。
  • これら技術開発の結果、2030年代には新型ナローボディ機(機内通路が1本の機体)、2040年代には新型ワイドボディ機(機内通路が2本の機体)が導入される可能性がある。
2 運航効率の改善
  • 地上移動、離着陸、巡航の各段階のオペレーションシステム、飛行経路の改善による運航効率の改善を図る。
3 SAF導入
  • SAFグランドチャレンジや、税額控除などのインセンティブにより、SAF生産を2030年までに年間30億ガロン、2050年に予測される航空燃料需要を100%満たす年間約350億ガロンを達成する。
4 国際的リーダーシップ
  • 国際民間航空機関(ICAO)の国際航空カーボンオフセット削減スキーム(CORSIA)など、国際的な航空部門のGHG削減に向けた取り組みで米国のリーダーシップを拡大・深化する。
5 空港施設での取り組み
  • 資金提供やガイドライン策定を通じて、空港施設からのGHG排出量の削減を図る。
6 気候変動に与える影響の調査研究
  • 航空機運航による二酸化炭素(CO2)以外の排出物などが気候変動に与える影響の調査研究を行い、航空分野の与える全範囲の影響への理解を深める。
7 追加の国内政策
  • 技術開発や展開、生産コストの引き下げなどを促す一連の政策を実施する。
  • 航空分野の脱炭素化に向けたギャップを埋める、航空分野以外でのオフセットやCO2の回収・貯留(CCS)などの施策を検討する。

出所:FAA「航空分野の気候変動行動計画」からジェトロ作成

インフレ削減法に基づく税額控除や助成金制度の創設

SAF導入に向けた新たな技術開発に対する助成金制度や税額控除制度は、2022年8月に成立したインフレ削減法(IRA)に基づいて創設された。これら制度の詳細は表2のとおりだ。具体的には、(1)SAFの生産、輸送、混合、貯蔵プロジェクトに対する2億4,453万ドルの助成金、(2)低排出航空技術の開発や実証プロジェクトに対する4,653万ドルの助成金、(3)石油ベースのジェット燃料と比較して、ライフサイクルでGHG排出量を少なくとも50%削減するSAFの生産する企業に対する税額控除などのほか、バイオ燃料・代替燃料などへの税額控除や助成金を創設した。

表2:IRAに盛り込まれたクリーン輸送燃料に関する主な税額控除・助成金(-は値なし)
No 主務省庁 概要 内容 対象者 対象期間 予算額
1 運輸省 SAFの生産、輸送、混合、貯蔵に関するプロジェクトに対する助成 SAFの生産、輸送、混合、貯蔵に関するプロジェクトの実施に係る費用の75%を助成。適格事業体が小規模空港などの場合は、係る費用の90%を助成。 (1)州政府・自治体 (2)航空会社 (3)空港スポンサー (4)教育機関 (5)研究機関 (6)SAFの生産、輸送、混合、貯蔵を行う企業など (7)低排出航空技術の開発、実証、応用を行う企業など (8)SAF、低排出航空技術に実績のある非営利団体など ~2026年9月30日 2億4,453万ドル
2 低排出航空技術の開発や実証プロジェクトに対する助成 航空機の運航中に燃料効率を大幅に改善し、GHG排出を削減する航空機・エンジン技術の開発、実証、応用プロジェクトの実施に係る費用の75%を助成。適格事業体が小規模空港などの場合は、係る費用の90%を助成。 4,653万ドル
3 財務省 SAF税額控除 石油ベースのジェット燃料と比較して、ライフサイクルでGHG排出量を50%以上削減するSAFに対して、1.25ドル/ガロンの税額控除。GHG排出量に応じて、最大0.50ドル/ガロンの追加税額控除。 生産者など ~2024年12月31日
4 バイオディーゼル、再生可ディーゼル税額控除の延長 バイオディーゼル、混合バイオディーゼル、再生可能ディーゼルに対して、1.00ドル/ガロンの税額控除。バイオディーゼルと再生可能ディーゼルの混合バイオディーゼルに対して、1.00ドル/ガロンの追加税額控除など。
5 代替燃料税額控除の延長 代替燃料、代替混合燃料に対して、0.50ドル/ガロンの税額控除。
6 第2世代バイオ燃料税額控除の延長 第2世代バイオ燃料に対して、1.01ドル/ガロンの税額控除。
7 クリーン燃料税額控除 SAFを含む、クリーン輸送用燃料〔100万英国熱量単位(mmBtu)当たりのCO2換算量が50キログラム未満の燃料〕の生産に対して、非航空用燃料が0.20ドル/ガロン、航空用燃料が0.35ドル/ガロンにCO2排出係数を乗じた額の税額控除。平均賃金や登録アプレンティスシップ(RAP)要件を満たす生産者については、非航空用燃料は1.00ドル/ガロン、航空用燃料は1.75ドル/ガロンにCO2排出係数を乗じた額の税額控除。 2024年12月31日以降に生産、2027年12月31日までに使用または販売された燃料
8 農務省 高混合インフラ助成プログラム エタノール混合率が10%、バイオディー ゼル混合率が5%を超える高混合バイオ燃料の関連インフラ整備に係る費用の25%を助成。 給油施設など ~2031年9月30日 5億ドル
9 環境保護庁 大気浄化法211条への資金提供 再生可能燃料の環境・公衆衛生への影響に関する調査・分析。 政府機関など ~2031年9月30日 1,500万ドル

出所:ホワイトハウス「IRAクリーンエネルギー・気候変動対策への投資ガイドブック(第2版)」からジェトロ作成

IRAの予算措置に基づいて、FAAは(1)SAF生産などに対する2億4,453万ドルの助成金(FAST-SAFプログラム)、(2)低排出航空技術に対する4,653万ドルの助成金(FAST-Techプログラム)の対象事業の第1次募集を2023年9月に開始した(2023年9月26日付ビジネス短信参照、注4)。

SAFが脱炭素化に向けた有力な手段に

なぜ、航空分野の脱炭素化で、SAFが注目されるのか。現在使用されているジェット燃料は(1)飛行中の低温下でも凍らず液体のまま、(2)大気圏上層部の低気圧でも気化しない、(3)エネルギー密度が高い、(4)成熟した工業プロセスにより生産コストが比較的安価などの特性を持つ。新たな航空技術として、電気や水素燃料を動力源とする航空機の開発も行われるが、FAAによると、例えば、電気を動力源とする場合には、現在のバッテリー技術ではエネルギー密度の観点で技術的障壁が残されているとしている。また、水素はエネルギー密度が従来のジェット燃料の3倍程度あるとされるが、水素を動力源とする場合には、機体内の水素の貯蔵のために機体形状の大幅な変更が必要になるとされている。このように、性能や既存機材との関係から、ジェット燃料に取って変わる動力源の本格利用には至っていない。その中で、SAFはジェット燃料と同じ性能を有しながら、ライフサイクル全体でGHG排出量を50~80%削減でき、既存のインフラ、エンジン、航空機にドロップインで使用できることから、短期的にGHG排出を削減し得る切り札と目されている。さらに、SAFの原料には農業廃棄物や廃食用油が使用されるため、資源の有効活用の観点からも普及が期待されている。

FAAの気候変動行動計画によると、2019年に約200メトリックトン(Mt)だった航空分野のCO2排出量は、2019年時点の技術水準のまま需要が増加した場合、2050年に450Mt近くまで増加する見込みだという(図2参照)。しかし、SAFが積極的に導入された場合には、2050年に150Mt近くまで増加に抑えられる(約300Mtを削減できる)可能性がある。FAAは、残りの150Mtについても、新型航空機や新技術の導入、運航効率の改善といった方策を組み合わせて、2050年にカーボンニュートラルを達成するための道筋を提示している。

図2:米航空分野のCO2排出量の将来予測(2000~2050年)
2019年時点の技術水準のまま需要増加が続いたベースラインは右肩上がりで増加を続けるが、SAFを主としつつ、新型航空機の導入、新たな航空技術の開発、運航効率の改善などによってCO2排出ネットゼロに向けた道筋を示す。

注:国内線は米国や外国の航空会社による米国内航空路線、国際線は米国航空会社による国際航空路線。
出所:FAA「2021年航空分野の気候変動行動計画」から抜粋。凡例はジェトロ作成。

一方で、生産コストと供給量がSAF導入に向けた課題となる。SAFの生産コストは、従来のジェット燃料と比べて数倍高い。また、国際的な航空業界団体のATAGが2021年9月に公表した報告書「ウェイポイント2050(第2版)」によると、SAFの供給量は2020年時点で5万トン(6万3,000キロリットル)と、世界のジェット燃料の0.03%を占めるにすぎない。米国のSAFの推定消費量も、2021年(510万ガロン)から2022年(1,580万ガロン)にかけて大きく増加しているが、2030年に30億ガロンという連邦政府の目標には程遠い。

生産コストと供給量は、いわば「ニワトリと卵」の関係にある。コストが下がらなければ消費は増えず、商用規模の生産体制が構築できなければコストは下がらない。IRAでも、SAFの生産コスト引き下げと供給量増加を意図して、特に川上工程で税額控除や助成金が盛り込まれている。

西海岸では州独自のSAFインセンティブも

SAFの利用段階では、再生可能燃料混合基準(RFS)制度がSAF生産事業者へのインセンティブを与えている。2006年に導入されたRFSは、対象となる米国の輸送用燃料供給事業者に対し、米国環境保護庁(EPA)が設定した量のエタノールやバイオディーゼルなど再生可能燃料の混合を義務付ける。事業者は自身に割り当てられた混合量を達成するか、達成できない場合などは再生可能識別番号(RIN)と呼ばれる取引可能なクレジットの購入を求められる。SAF生産事業者にはRINが与えられ、取引に活用できるため、実質的にSAF生産に対するインセンティブとなっている。

また、エネルギー省(DOE)によると、SAFは米国内で主にカリフォルニア州で消費されており、これは同州の低炭素燃料基準(LCFS)制度が経済的メリットを生んでいるためだと説明している。2011年に導入されたLCFSは、輸送用燃料の炭素強度(CI)の削減を通じて、GHG排出量の削減、低炭素燃料の利用促進、石油依存度の低減、大気質の改善を目的としている。対象となる同州の輸送用燃料供給事業者は、同州が設定したCI基準を順守することを求められる。航空燃料は規制対象に含まれていないが、同制度に参加する低CI燃料供給事業者にはクレジットが与えられ、RIN同様に取引に活用できるため、SAFの生産に対するインセンティブとなっている(注5)。さらに、ワシントン州、オレゴン州でも、カリフォルニア州のLCFS制度と同様の輸送用燃料に対する基準を設け、SAFに対するクレジットを付与することで、SAFに対してインセンティブを与えている。

直近では、ワシントン州で2023年5月に「代替ジェット燃料産業促進法(C232 L23)」が成立した。同法では、同州内の代替ジェット燃料の生産・供給事業者に対して、0.275%の事業・職業税(B&O税)優遇税率と、代替ジェット燃料の供給・購入に対して1ガロン当たり1.00ドルの税額控除を設けた。従来のジェット燃料と比べて、CO2排出量を50%以上削減するSAFについては、50%を超えて1%削減するごとに2セントの追加税額控除が付与され、1ガロン当たり最大2.00ドルの税額控除が適用される。

航空宇宙産業のクラスターを形成するコロラド州でも、ジャレッド・ポリス知事(民主党)が2023年3月にジェトロと共催したコロラド州ビジネスセミナーで、州議会と協力してSAFの税額控除の創設に取り組んでいると発言している(2023年3月29日付ビジネス短信参照)。

ここまで、航空分野の脱炭素化に向けた米国連邦政府の施策をまとめるとともに、SAFの概要や課題、西海岸を中心とした州政府のインセンティブなどの動向をまとめた。本稿後編では、航空会社のSAF導入目標を整理するとともに、米国の主要なSAF生産企業の動向をまとめる。


注1:
RPM(Revenue Passenger Mile):有償旅客数×輸送距離(マイル)。
注2:
2021年9月発表時点で、2050年に予測される航空燃料の需要を100%充足する量。
注3:
SAF生産拡大に向け、エネルギー省(DOE)、運輸省(DOT)、農務省(USDA)、そのほかの連邦政府機関が協力を図る枠組み。
注4:

プログラム詳細は、資金供与機会通知(NOFO)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を参照。募集は、米国連邦政府助成金ウェブサイト(Grants.gov)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます を通じて、2023年9月25日~11月27日に行われる。

注5:
カリフォルニア州では2022年8月、2030年までに同州内で消費される航空燃料の20%以上をSAFにする法案(AB1322)が州議会で可決されたが、2022年9月にギャビン・ニューサム知事(民主党)により拒否権が発動された。ニューサム知事は拒否権発動に際し、「法案の趣旨は高く評価する」とした上で、LCFSの下でSAF生産に対するインセンティブが既にあることを拒否権発動の理由に挙げている。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課
葛西 泰介(かっさい たいすけ)
2017年、ジェトロ入構。対日投資部、ジェトロ北九州を経て、2022年5月から現職。

この特集の記事