注目度高まる北米グリーン市場、その最前線はカナダにおけるGHG排出量削減規制の現状
2023年9月27日
地球環境保護の観点から、温室効果ガス(GHG)削減の取り組みが欧州や米国で活発であり、各種環境規制が制定されている。米国の隣国であるカナダも例外ではない。むしろ、トップクラスのGHG排出規制を備えている。本稿では、カナダにおけるGHG排出量削減に関する規制が、何を対象としてどのように実施されているのかを解説する。
カナダのGHG排出に関する現状
2021年におけるカナダの産業別のGHG排出量を比較した図を以下に示す(図1参照)。最も排出量の多い部門は石油・ガスである。これはカナダが世界第4位の産油国であり、中でも石油精製時のGHG排出量が原油よりも多いオイルサンドであることとも関係している。次にGHG排出量が多いのが、自動車からの排ガスを主体とする運輸部門である。この他、建築物、重工業、農業と続くが、重要なのは石油・ガス部門と運輸部門でカナダ全体のGHG排出量の約半分を占めている点だ。従って、この2部門からのGHG排出をどう抑えるかが削減のポイントとなる。
続いて、各州によるGHG排出量を比較したのが図2である。興味深いのは、人口が密集しているオンタリオ、ケベック、ブリティッシュ・コロンビア州と、主要産油州であるアルバータ、サスカチュワン州の5州が突出している点である。2021年は、これら5州でカナダ全体の90%以上のGHG排出量を占めた。
カナダは各州・準州(以下、州)の自治を基にした連邦国家となっており、州の権限が非常に強く、独自で環境規制を定めている州もある。各州において適用している規制(州独自か、連邦規制か)の状況を図3に示す。ただ、連邦政府が環境規制を州に押し付けることは州固有の状況や州自治を無視するものであるとし、いくつかの州が連邦政府と裁判で争った経緯があるが、最終的には連邦政府が勝訴した。従って基本的に州政府は、連邦政府が定めた環境規制を満たす州独自の規制を持たない場合、連邦政府の規制に従う必要がある。つまり、連邦規制は「最低限守るべきバックストップ規制」とも言い換えることができる。よって本稿では、連邦政府が主導する環境規制に関して次項以降で説明する。
トルドー政権によるGHG削減目標
ジャスティン・トルドー首相はGHG排出量削減に非常に熱心であり、2015年の就任以降、各種政策を発表し、州政府と連携しつつ気候変動対策法案を打ち出している。2015年12月に採択されたパリ協定の下で、カナダは2030年のCO2削減目標として2005年比で30%削減することを発表した。この削減目標を踏まえ、カナダは2016年3月に「バンクーバー宣言」を発表し、連邦政府と州、準州政府が連携し気候変動対策を実施することを明示した。同年12月にはクリーンな成長とさらなる気候変動に対応した「汎(はん)カナダ枠組み」を発表し、カナダ全体の気候変動対策に向けた4つの重要な政策を明らかにした(表1参照)。注目すべきは、この時期に早くも炭素価格(カーボンプライシング)の導入を明示している点や、州自治が強力なカナダらしく、州や準州同士での相互補完を可能とすることを目指している点である。またこの時期に、2030年のCO2削減目標として2005年比で30%削減を発表した。なお、カナダ政府は2021年7月、パリ協定で定めていた2030年のCO2削減目標をさらに厳格化し、2005年比40~45%削減へと引き上げている。
気候変動対策への4つの重点方針 | 具体的政策 |
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1. 炭素価格(カーボンプライシング)の導入 |
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2. 補完的な気候変動対策 |
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3. 気候変動への適応力構築 |
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4. 革新的な低炭素技術や雇用への投資 |
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出所:カナダ環境・気候変動省に基づきジェトロ作成
連邦温室効果ガス汚染価格付け法
GHG削減に向けた法制化の取り組みとしては、2018年にカナダ全土で施行された「連邦温室効果ガス汚染価格付け法(Greenhouse Gas Pollution Pricing Act、以下GGPPA)」が挙げられる(表2参照)。GGPPAでは、先述の「汎カナダ枠組み」で示された方針が具体化な法制として落とし込まれた。その中でも興味深いのは規制の対象者である。同法の下では、GHG排出量の大きい設備を対象とした「連邦OBPS(Output-Based Pricing System)制度」と、一般国民を含む化石燃料ユーザーを対象とした「連邦炭素税制度」という、対象者の異なる2種類の制度が定められている。
項目 |
連邦OBPS制度 (Output-Based Pricing System) |
連邦炭素税制度 (Fuel Charge) |
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ターゲット | 大規模事業者 | エンドユーザー |
方法 |
GHG排出枠の設定 (1) 5万トン/年以上の設備が対象
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炭素税の導入
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出所:カナダ環境・気候変動省に基づきジェトロ作成
連邦OBPS制度は、GHG排出量が年間5万トン以上(CO2換算)の設備を対象とし、その設備で行われる生産活動に応じて排出量の基準が設定される。そして、その排出枠を年々縮小していく。制度施行からの経過年数に応じて、排出基準は引き下げられて厳しい水準となる。
連邦OBPS制度の下、対象設備からのGHG排出量が基準を下回る事業者は、1トン当たり1単位のGHGオフセット・クレジットを獲得できる。一方、この基準をクリアできなかった大規模事業者は、(1)連邦政府への違約金支払い、(2)自社所有の余剰クレジットによる償却、(3)他社から購入したクレジットによる償却、などの方法で対処する必要がある。業種にかかわらず、クレジット獲得のチャンスがあることや、その売買が認められていることは、連邦OBPS制度への参入者促進やクレジット市場の活性化、そして企業によるGHG排出の削減といった取り組みを促進させることが期待されている。
連邦炭素税制度は、ガソリンや軽油などの化石燃料に炭素税が上乗せされる制度である。2023年現在、連邦炭素税は、燃料1トン当たり65カナダ・ドル(約7,000円、Cドル、1Cドル=約108円)で、これが燃料価格に上乗せされる。今後1年ごとに上乗せ額が15 Cドルずつ増え、2030年には1トン当たり170 Cドルが上乗せされる予定である。
なお、この連邦炭素税は、GHG排出に直接かかわる化石燃料の使用に対して課される税であり、原油を原料としながらもCO2排出の直接的原因にはならないプラスチック製品などには課税されない。
クリーン燃料規制
連邦政府は、カナダ環境保護法に基づき、2022年6月にクリーン燃料規制(Clean Fuel Regulation)を定めた。クリーン燃料規制は、日々利用する化石燃料の炭素強度(注1)を削減することで、GHG排出量を削減することを目的とした規制である。規制では、化石燃料の供給者(生産者および輸入者)に対し、カナダで使用される液体化石燃料の炭素強度を2016年の水準から削減することを義務付ける。具体的には、2023年は炭素強度を2016年と比べて3.5 gCO2e/MJ削減するよう求められている。この削減幅は毎年1.5 gCO2e/MJずつ増加し、2030年には14g CO2e/MJ削減することが求められる。定められた炭素強度削減を達成できなかった企業については、クレジットを購入する必要が生じる(表3参照)。このため、燃料メーカーは、革新的なソリューションと新しい燃料オプションを消費者に提供する必要がある。
項目 |
クリーン燃料規制 (Clean Fuel Regulations) |
メタン規制 (Methane Regulation) |
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ターゲット | 石油輸入者、製造者 | オイル、ガス事業者 |
目標 |
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方法 |
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出所:カナダ環境・気候変動省に基づきジェトロ作成
クリーン燃料規制には、クレジットを創出する方法が3つ定められている(表4参照)。カテゴリー1では、化石燃料のライフサイクルにおける炭素強度を削減するプロジェクト〔炭素回収・貯留(CCS)、風力や太陽光を利用したオンサイト再生可能電力、低炭素燃料の製造など〕が対象となる。カテゴリー2では、炭素強度の低い燃料(エタノール、バイオディーゼルなど)の供給が挙げられている。カテゴリー3では、電気自動車(EV)や燃料電池車(FCEV)などの先進自動車技術への投資により、化石燃料への依存を低くすることを目的としている。カテゴリー1で示されている、燃料のライフサイクル全体を通したGHG排出量削減に焦点を当てることは、非常に理にかなった考え方である。この考え方は、既にブリティッシュ・コロンビア州、米国のカリフォルニア州、オレゴン州で実施されたアプローチであり、その液体燃料が製造、消費されるまでのGHG排出総量を考慮するものである。よって、オイル採取時や製油時の電力なども考慮の対象となるため、技術導入や開発による工夫の余地が生まれる。カナダ政府は、本規制によりクリーン燃料の利用と技術開発を促進することで、自国経済の活性化を期待している。
クレジットの運用方法に関しては、GHGクレジット・オフセット制度が適用される。このため、クリーン燃料規制は、連邦OBPS制度と同様、電力や農業、運輸業界などといった、化石燃料を供給しない企業の参入も認められるクレジット市場を創出する。さまざまな業界からの参入によって、クレジット市場を活性化が図られている。
また、カナダ政府は、クリーン燃料の活用促進のための基金を創出し、2021会計年度の予算から15億Cドルを拠出している。クレジット・オフセット制度と新設のファンドからの資金投入を組み合わせることで、バイオ燃料のような炭素強度の低い燃料を製造しようとする主体が増加することを、カナダ政府は期待している。そして、結果的に、バイオ燃料の原料を供給する農林業の従事者にも、ビジネス機会を提供できるとしている。カナダ政府は、クリーン燃料規制の下では2030年時点で炭素強度の低いディーゼル燃料が約22億リットルと、エタノール燃料が約7億リットル、さらに必要と見積もっており、これらの調達を通じて国内全体の経済成長や雇用創出につながるとしている。
クレジットの創出カテゴリー | 具体例(主な参入可能業界) |
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1. 液体化石燃料のライフサイクル・ベース (Life Cycle Analysis)での炭素強度削減 |
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2. 低炭素強度燃料の供給 |
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3. 消費者(ユーザー)による燃料変換 |
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出所:カナダ環境・気候変動省に基づきジェトロ作成
その他のGHG削減規制
カナダでは、温室効果がCO2の約25倍であるメタンの削減に向けた取り組みも進んでいる。カナダ環境保護法の下で定められたメタン規制(Methane Regulation)では、2025年にはメタンガス排出量を2012年の水準から40~45%削減しなければならないと定められている。さらに、2030年までにはメタン排出量を2012年比で少なくとも75%削減することが目標として設定されている(表3参照)。
また、間接的にGHG削減に貢献する取り組みとして、2020年12月に制定されたカナダ連邦水素戦略(Hydrogen Strategy for Canada)がある。同戦略では、水素が化石燃料の代替燃料・エネルギーとして位置付けられ、2050年でのカーボン・ニュートラルを達成するための重要な柱と考えられている。また、水素の活用を推し進めた場合に実現できる事項をリストアップした「2050年に向けたビジョン(Vision for 2050)」が掲げられており、カナダの最終エネルギーに占めるクリーン水素(注2)が2030年までに最大6%、2050年までに最大30%になる可能性があるとし、この場合はGHG排出量を2030年までに4,500万トン、2050年までに最大1億9,000万トン削減可能であるとされている(2023年6月9日付地域・分析レポート参照)。カナダは産油国である強みを生かして、化石燃料を原料としたブルー水素を安価で製造することが可能である。よって短期的には、ブルー水素製造を進めると考えられる。一方で、カナダは水力などGHGを排出しない方式での発電も盛んであることを踏まえ、それらを用いて水を電気分解することで得られるグリーン水素の製造に対しても、非常に有利なポジションにあると言える。なお、カナダでは連邦のみならず各州でも独自の水素戦略が策定されている(2023年6月9日付地域・分析レポート参照)。
最近の政府・産業界の動き
トヨタ・カナダとエドモントン国際空港(YEG)は2023年7月、FCEVの「MIRAI」100台を導入すると発表した。YEGは2040年までにネットゼロ実現を目標としており、それに向けた取り組みとなる。また、今回の提携は、アルバータ州で初めてFCEVが商用車として導入されたケースとなる。導入された車両はYEGの職員が使用し、将来的に空港利用者にもこの車両を勧めるため、トヨタ・カナダとの更なるパートナーシップをYEGは模索する予定である。YEGは、今回のトヨタ・カナダとのパートナーシップについて、2028年までにアルバータ州内でFCEVや水素燃料を利用するハイブリッド車を計5,000台走らせることを目標とする、エドモントン都市圏の「5,000台チャレンジ」のスタートにも役立つとしている。
また、カナダ政府とブリティッシュ・コロンビア州政府は2023年7月、ブリティッシュ・コロンビア州の公共交通機関を支援するため、共同で3億9,550万Cドル以上を投資すると発表した。この投資により、州の交通機関であるBCトランジットは、最大115台のバッテリー式電動バスを調達するとともに、ブリティッシュ・コロンビア州に新型電動バスを配備できるよう、134カ所の充電ポイントを設置する。
このように、カナダ政府および関連する州も一緒になって、GHG排出量削減規制に沿った各種活動が活発化している。カナダのGHG削減規制の今後の動向が注目される。
- 注1:
- エネルギー消費当たりのCO2排出量。本短信では、1メガジュール(MJ、100万ジュール)のエネルギー消費当たりのCO2排出量を示す、gCO2e/MJを単位として用いる。
- 注2:
- グリーン水素やブルー水素のような、GHGの純排出量の小さな方法で製造した水素を含む概念として、カナダ水素戦略内で用いられている用語。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・トロント事務所
小鹿野 哲(おがの さとし) -
民間企業勤務を経て、2022年10月からエネルギー担当ディレクター。
石油エネルギー技術センター(JPEC)の共同事務所として活動。