注目度高まる北米グリーン市場、その最前線は連邦支援に沸くCCSと水素(米国)
テキサスで進むエネルギー転換(2)

2023年9月27日

大型CCS・CCUS構想が目白押し

インフラ投資雇用法(IIJA)およびインフレ削減法(IRA)の成立で、石油ガス企業が関心を高めるのが二酸化炭素(CO2)の回収・貯留(CCS)技術と回収・利用・貯留(CCUS)技術の活用である。CCUSは長年、石油ガス大手が実績を積んできた分野であり、ネットゼロ目標達成に貢献できる道として、石油ガス業界との親和性が高い。「石油大手はCCS技術をバリューチェーンの脱炭素化の機会とみるだけでなく、現実的なビジネスを作る機会とみている」(アクセンチュア・ストラテジー チーフ・エグゼクティブのマクシット・アシュラフ氏)

CCSについては、国際エネルギー機関(IEA)もネットゼロ実現にかねて重要性を指摘し、米国エネルギー省(DOE)も2050年のネットゼロ目標達成には、2050年までに年間4億~18億トンのCO2を回収する必要があると試算している。2018年の米国科学アカデミーの報告によれば、エネルギー需要の増大、再エネの限界を踏まえると、危険な温暖化を防ぐためには、21世紀半ばまでに、現在の世界排出量の20%に当たる10ギガトンのCO2を取り除く技術が必要としている。

「CCSを大規模展開すれば、ゼロエミッション目標達成への困難な道のりを助けてくれる」(DOEのジェニファー・グランホルム長官)。バイデン政権は2023年8月、石油開発大手オクシデンタル・ペトロリアム(本社:テキサス州ヒューストン)が主導するテキサス州南部コーパスクリスティ近郊の「サウステキサスDAC(直接大気分離回収)ハブ」と、東側の州境に接するルイジアナ州カルカシュー郡の「プロジェクト・サイプレス」の両CCS計画への支援を発表した。IIJAの下、DOEが実施する総額12億ドルの地域DACハブ構想(Regional DAC Hub)の一部で、支援額はそれぞれ上限5億ドルに上る。

サウステキサスDACハブ計画は、元々、オクシデンタルのエネルギー・トランジション関連子会社1ポイントファイブが主導するもので2022年10月に発表、全米最大級の牧場キング・ランチで16万エーカー(約6万4,000ヘクタール)の土地をリースし、最大30基のCO2のDACプラントを運用する(2022年11月2日付ビジネス短信参照)。1基当たり年100万トン、仮に全30基が稼働すれば年3,000万トンまでの回収が可能という。

オクシデンタルは2020年12月、ビッキー・ホラブCEO(最高経営責任者)が同社はカーボン・マネジメント企業に変わると宣言。CCUSに最も意欲的に取り組む石油企業の1つとなり、2035年までに世界中で最大135件のDAC案件に取り組むという。同社が手掛けるテキサス州西部のストラトス計画では、2025年の操業開始時点では年50万トンのCO2を回収し、最終的には年100万トンまで拡大させる考えだ(2022年8月26日付ビジネス短信参照)。このストラトス計画の経験は、政府支援を受けるサウステキサスDACハブにも生かされる。さらに1ポイントファイブは2023年3月、テキサス州東部のメキシコ湾岸一帯で州花の名を冠した「ブルーボネットCCSハブ」を発表した(2023年3月8日付ビジネス短信参照)。ヒューストンから州東端のボーモントまで100キロを超える一帯の製油所、化学工場、製造施設からCO2を回収し、最大12億トンを埋める計画だ。2026年の稼働を予定している。既に試掘および地下の評価を完了しており、2023年にもCCSに求められる建設許可を米国環境保護庁に申請する予定という。

他の石油大手もCCSを強化する。エクソンモービル(本社:テキサス州スプリング)は2021年4月、ヒューストン地域の石油化学工場から排出されるCO2を回収し、メキシコ湾の海底に貯留する1,000億ドル規模の官民共同事業構想を提案(2021年4月21日付ビジネス短信参照)。2023年7月には、CCS事業を担う州内のデンバリー(本社:テキサス州プレイノ)を49億ドルで買収すると発表した。デンバリーがメキシコ湾岸中心に1,300マイル(約2,080キロ)に延びるCO2輸送パイプラインとCO2回収地を得ることで、エクソンモービルは産業ガス大手リンデや肥料メーカーCFインダストリーズなど、CO2削減を図る顧客向けサービスを速やかに提供できるようになるという。

シェブロン(本社:カリフォルニア州サン・ラモン)は、テキサス州東部でのCCS構想「バイユーベンド炭素貯留プロジェクト」に取り組む。米国石油ガス開発タロスエナジー(本社:テキサス州ヒューストン)とCCS開発のカーボンバート(本社:デラウェア州ドーバー)とともに合弁会社を設立し、オクシデンタルと同様、州東部ヒューストンからボーモントにかけての産業排出者向けにCO2輸送、貯留ソリューションを提供する考えだ(2022年5月27日付ビジネス短信参照)。

テキサス州は石油化学工場の全米最大規模の集積地であり、CO2などを利用した石油増進回収(EOR)の対象となる油井があるだけでなく、回収したCO2の隔離に適切な岩塩ドームが集中する。地理的な優位性に加え、インフレ削減法による税額控除の大幅拡充が実現する。CCSに対するこれまでの税額控除は1トン当たり50ドルで、必ずしも十分と見ない向きもあったが、同法成立により、工場などの排出からの回収分は85ドルに、DACについては180ドルに大幅に引き上げられた(注)。テキサス州内には数年内に開始予定のものから、米国最大規模の構想段階のものまで、多数のCCS・CCUS案件が控えている(表1参照)。

表1:テキサス州におけるCCUS・CCSプロジェクト事例 (―は項目なし)
地域 プロジェクト名 関係企業(例) 所在 運用開始
(予定含む)
対象区分 CO2回収後の用途 CO2回収量 運用
状況
東部 APCIポートアーサーCCUSプロジェクト エアー・プロダクツ・アンド・ケミカルズ(米) 州東端ポートアーサー市 2013年 石油精製施設 EOR(注) 年100万トン 運用中
ペトラノバ NRG(米) 州東部ヒューストン市近郊のフォートベンド郡 2017年 石炭火力発電所 EOR 年140万トン 休止中
フリーポートLNG CCSプロジェクト タロスエナジー(米)、フリーポートLNG(米) ヒューストンから南のフリーポート 2024年 LNGプラント 地下に貯蔵 計画中
ブルーボネット・ハブ 1ポイントファイブ(オクシデンタル子会社、米) チェンバース郡、リバティー郡、ジェファーソン郡 2026年 一帯の製油所、化学工場、製造施設 地下に貯蔵 最大12億トン 計画中
bp・リンデCCSプロジェクト bp(英)、リンデ(アイルランド) ヒューストン都市圏、州内メキシコ湾岸工業地帯 2026年 ヒューストン都市圏の水素生産施設など 地下に貯蔵 複数地点の合計で年1,500万トン 計画中
ベイタウン・コンプレックスでのCCSプロジェクト エクソンモービル(米) ヒューストン近郊ベイタウン 水素製造施設 地下に貯蔵 上限年1,000万トン 計画中
西部 バル・ベルデ・ガス・プラント ペンゾイル(米) バルベルデ郡 1972年 天然ガス処理施設 EOR 年50万トン 運用中
センチュリー・プラント オキシデンタル(米) ペコス郡 2010年 天然ガス処理施設 EOR 年840万トン 運用中
ストラトス・プラント オキシー・ローカーボン・ベンチャーズ(米)、カーボンエンジニアリング(カナダ) パーミアン盆地の北部 2025年 大気中からCO2を回収 EOR 年50万トンから始まり100万トンへ拡大 計画中
TPL・マイルストーン・CCSプロジェクト テキサス・パシフィック・ランド・コーポレーション(米)、マイルストーン・カーボン(米) パーミアン盆地 TPLの所有地での回収 計画中
南部 サウステキサスDACハブ 1ポイントファイブ(オクシデンタル子会社、米)、カーボンエンジニアリング(カナダ) コーパスクリスティ近郊クレバーグ郡(牧場キングランチ) DAC 地下に貯蔵 上限年3,000万トン(最大30億トン) 計画中
リオグランデLNGプラント ネクストディケード(米)、オキシー・ローカーボン・ベンチャーズ(米) ブラウンズビル港 LNG液化プラント 渓谷に貯蔵 年500万トン 計画中
南東部 バイユーベンドCCS シェブロン(米)、タロスエナジー(米)、カーボンバート(米) メキシコ湾岸(ジェファーソン郡の陸上と海上、チェンバース郡の陸上) メキシコ湾岸産業集積地 地下に貯蔵 10億トン以上 計画中
ヒューストンCCSイノベーションゾーン エクソンモービル(米) メキシコ湾(ヒューストン地域から回収) 石油化学施設 海底に貯蔵 2030年までに年5,000万トン、2040年までに年1億トン 構想段階
北西部 プロジェクト・インターセクト オキシー・ローカーボン・ベンチャーズ(米) 州北西部 2021年 エタノール製造施設 EOR 年70万トン 計画中

注:EOR:Enhanced Oil Recovery(石油増進回収法)。油層に炭酸ガスなどを圧入し、原油の回収率を上げる手法。
出所:Carbon Brief、pillsburylaw.com、各事業主体ウェブサイトなどを参考にジェトロ作成

水素事業、メキシコ湾岸で構想多数

連邦政府の支援により、水素プロジェクトにも注目が集まる。目玉は、IIJAの下で支援される、総額80億ドルの水素ハブプログラムだ。この中核を担うのが、70億ドルが割り当てられる地域クリーン水素ハブ(Regional Clean Hydrogen Hub、通称H2Hubs)である。

2023年4月に締め切られたH2Hubsへの提案は33件あり、同年秋に6~10件の支援対象プロジェクトが発表される予定で、ヒューストン、メキシコ湾岸地域の選出に期待が高まっている。メキシコ湾岸地域は、米国の水素製造量の3分の1を占め、年間350万トンの水素生産量に相当する。また、この地域には1,000マイル(約1,600キロ)を超える水素パイプラインと48の水素製造工場があり、地の利があるというわけだ。

H2Hubsの募集に対し、テキサス州からは3つのコンソーシアムが応募している。エネルギー・トランジション関連コンサルティング企業GTIエナジーなどによる「ハイベロシティ(HyVelocity)ハブ」、南部16州の知事らが役員を務める南部州エネルギーボードなどによる「ライト(LIGH2T)ハブ」、そして州南部のコーパスクリスティ港が主導する「ホライズンズ・クリーン・ハイドロジェン・ハブ (HCH2)」だ。

このうち、ハイベロシティ・ハブは、テキサス州と同州に隣接するルイジアナ州南西部のメキシコ湾岸部におけるクリーン水素のエコシステム推進を目的として、2022年11月10日に設立された。GTIエナジー、ヒューストン未来センター、テキサス大学オースティン校が主導し、シェブロン、エア・リキード、シェルなどエネルギー大手7社がパートナーに加わる。

同事業では水素1キログラム(kg)当たりの製造に対し、炭素排出量を2kg以内に抑え、10年間でクリーン水素の生産コストを1kg当たり1ドル、現在の80%減にする考えだ。天然ガスから生産するいわゆるグレー水素の場合、CO2排出量は9kgとも言われ、排出の大幅抑制につながる。なお、このハブで生産する水素のうち、再エネ由来のグリーン水素は約14%で、将来的にこの割合を増やすという。

「大量生産できるまでは高コスト。ここに政府のインセンティブが入ることで課題を乗り越えられる」(ヒューストン大学エネルギー・トランジション研究所のジョー・パウエル所長)。インフレ削減法に規定されたクリーン水素の製造税額控除は、電解装置を活用したクリーン水素生産につき1キログラム当たり上限3ドル。さらに、再エネ発電には1キロワット時(kWh)2.6セントの税額控除も重ねて得られる。2023年から10年続く措置であり、水素製造、発電に早く着手できただけ長く控除を受けられる。

H2Hubs以外にも、テキサス州では水素事業構想が多数立ち上がっている(表2参照)。水素製造1kg当たり上限3ドルの税額控除なしでは、これらのプロジェクトは経済合理性を失うともみられており、同控除は産業界に大きな後押しとなる。

表2:テキサス州における水素プロジェクト事例 (―は項目なし)
地域 関係企業(例) 所在 運用開始(予定含む) 備考
東部 bp(英)、リンデ(アイルランド) 州東部ヒューストン都市圏、州内メキシコ湾岸工業地帯 2026年 bpはヒューストン都市圏にあるリンデの既存施設やパイプラインを活用し、低炭素水素の製造・輸送が可能になる
エクソンモービル(米)、テクニップ・エナジー(フランス) 州東部ヒューストン近郊ベイタウン 2027~2028年 日量10億立方フィート(約2,830万立方メートル)のブルー水素を生成。水素を燃料として活用し、ベイタウンの複合施設でのCO2排出量を最大30%削減
ニュー・フォートレス・エナジー(米)、プラグパワー(米) 州東部ジェファーソン郡ボーモント市周辺 プラグパワーによる水電解装置を活用し、日量50トン以上のグリーン水素の製造が可能。120メガワット(MW)から500MW近くまでの拡張が可能。
南部 ハワード・ミッドストリーム(米)、コーパスクリスティ港湾庁 州南部コーパスクリスティ周辺 ハワードが保有するハベリナ製油施設で回収されたCO2を、鉄鋼の生産などに活用
エンブリッジ(カナダ)、ハンブル・ミッドストリーム(米) 州南部コーパスクリスティ周辺 生産工程で発生するCO2の最大95%は、CO2回収インフラに貯留。エンブリッジ関連会社のパイプラインを通じて原料ガスを生産施設に供給
メキシコ湾岸地域 シェブロン(米)、エア・リキード(フランス)、ライオンデルバゼル(米)、ユニパ―(ドイツ) メキシコ湾岸地域 共同研究を通じて、アンモニア・石油化学・電力プラントやモビリティ市場向け供給可能性を評価
南部州エナジーボード、リンデ(アイルランド)、イネオス(英)、MPLX(米)、ヒューストン大学など メキシコ湾岸地域 プロジェクト名「ライト(LIGH2T)」でインフラ投資雇用法の下、米国エネルギー省が募集する総額70億ドルの地域クリーン水素ハブプログラム(H2Hubs)に採択申請中。
北部 エアープロダクツ・アンド・ケミカルズ(米)、AES(米) 州北部ウィルバーガー 2027年 グリーン水素製造用に約1.4ギガワット(GW)の風力および太陽光発電設備や、日量200トンのグリーン水素を製造可能な電解槽を設置
メキシコ湾岸地域
(テキサス州、ルイジアナ州南西部ほか)
GTIエナジー、ヒューストン未来センター、テキサス大学オースティン校が主導、シェブロン(米)、エア・リキード(フランス)、AES(米)、エクソンモービルなど企業多数パートナー メキシコ湾岸地域(テキサス州、ルイジアナ州南西部ほか) プロジェクト名「ハイベロシティ・ハブ」でインフラ投資雇用法の下、米国エネルギー省が募集する総額70億ドルの地域クリーン水素ハブプログラム(H2Hubs)に採択申請中。
州南部~州西部
パーミアン盆地一帯
コーパスクリスティ港(米)、トランスパーミアン(テキサス州パーミアン盆地一帯) 州南部~州西部パーミアン盆地一帯 プロジェクト名「HCH2」でインフラ投資雇用法の下、米国エネルギー省が募集する総額70億ドルの地域クリーン水素ハブプログラム(H2Hubs)に採択申請中。

出所:各事業主体ウェブサイトおよび報道などを参考にジェトロ作成


注:
DACについては、現状は1トン当たり400~600ドルの回収コストがかかると考えられており、180ドルの補助でも不十分との声もある。
執筆者紹介
ジェトロ・ヒューストン事務所長
桜内 政大(さくらうち まさひろ)
1999年、ジェトロ入構。ジェトロ・ニューヨーク事務所〔戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員〕、海外調査部北米課、サービス産業部ヘルスケア産業課などを経て、19年10月から現職。編著書に「世界の医療機器市場―成長分野での海外展開を目指せ」など。

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