注目度高まる北米グリーン市場、その最前線はEV関連投資動向
EV導入の環境整備が進む米国南東部(後編)

2023年9月27日

米国南東部は、バッテリーベルト(注1)を形成する地域であり、リチウムイオンバッテリー(LiB)や電気自動車(EV)関連の大型投資が相次ぎ注目を集めている。インフラ投資雇用法(IIJA)(注2)やインフレ削減法(IRA)(注3)の成立以降、その傾向は顕著で、現代自動車グループや関連サプライヤーのジョージア州への投資を中心に、自動車メーカーやサプライヤーが南東部への投資を増やしている。

前編では、南東部におけるEVの普及状況を取り上げたが、後編では、南東部で構築されつつあるEVサプライチェーンの概要を示し、各社の投資状況のほか、南東部に投資が集まる要因や州のインセンティブに対する最近の動きなどを紹介する。

EVサプライチェーンの強化が加速

今後、急速な成長が見込まれるEV需要に対応するためには、バッテリーおよびその材料となる重要鉱物の確保が必須だが、従来、それらの米国内サプライチェーンは脆弱(ぜいじゃく)だった。そのため、製造施設増強のほか、使用済みEV用バッテリーリサイクルの推進も重要視されている。こうした流れを受け、リチウム加工、LiB製造、EV組み立て、LiBリサイクルなど、EVサプライチェーン(図参照)に関わる企業が南東部に投資している。2022年から2023年にかけては、特にバッテリー材料生産やバッテリー製造のための南東部における投資が次々と発表された。

図:LiBを中心としたEVサプライチェーン
鉱物の採掘や加工からはじまり、正極材や負極材などのバッテリー材料製造、それら材料を使用したバッテリー製造、EV製造と続き、使用済みのバッテリーのリサイクルという形でサプライチェーンが形成される。

出所:各種報道からジェトロ作成

バッテリー材料生産やリサイクル工場への投資が進む

これまで米国では、正極材に必要なリチウムの調達は、大部分を輸入に依存してきた。2022年4月に、大容量蓄電池などに使用するリチウムなど重要鉱物の国内生産拡大に向けた取り組みを指示する覚書にバイデン大統領が署名して以降、IIJAに基づく助成金に支えられ、リチウムの精製に関する投資が米国内で加速している。例えば、リチウム化合物メーカーのリベントは2022年11月、ノースカロライナ州の水酸化リチウム製造施設の拡張を発表した。また、化学品製造大手のアルベマールは2023年3月、サウスカロライナ州に13億ドル以上を投じ、水酸化リチウム処理施設を建設すると発表している(2023年3月29日付ビジネス短信参照)。なお、鉱物についても、米国内で採掘可能か調査が進められている。アルベマールはノースカロライナ州のキングス・マウンテン鉱山を所有しており、2027年にリチウムの採掘を再開する見込みだ。

負極材に必要な黒鉛について、LiB用の高級合成黒鉛負極材を供給するアノビオン・テクノロジーズは2023年5月、ジョージア州に8億ドル以上を投じてLiB用合成黒鉛製造工場を建設すると発表しており(2023年5月16日付ビジネス短信参照)、アラバマ州での新工場建設も予定している。

また、これら原料を使用した正極材や負極材などを生産する企業による、南東部への大型投資も発表されている(表1参照)。韓国の大手化学メーカーのLG化学は2022年11月、32億ドルというテネシー州史上最大規模の金額を投じて、同州に正極材製造工場を建設すると発表した。負極材についても、米国のウエストウォーター・リソーシズがアラバマ州に2億200万ドルを投じて黒鉛処理工場を建設中だ。また、米国のレッドウッド・マテリアルズは2022年12月、使用済みLiBをリサイクルして、正極材と負極材を生産する工場をサウスカロライナ州に建設すると発表している(2022年12月16日付ビジネス短信参照)。正極材や負極材のほかにも、車載電池用銅箔(どうはく)を製造する日本電解によるジョージア州での4億3,000万ドルの投資など(2022年7月21日付ビジネス短信参照)、電池材料に関する投資が相次いでいる。

EV用バッテリーはリチウムなど重要鉱物を必要とするため、使用済み EV 用バッテリーから材料を抽出、製錬し、再利用することが推奨されており、南東部においても、EV用バッテリーのリサイクルを行う企業が進出してきている。レッドウッド・マテリアルズは35億ドルを投じて、使用済みバッテリーをリサイクルして正極材と負極材を生産する新工場をサウスカロライナ州に建設中で、2023年中の稼働を予定している。また、北米最大級の廃電池リサイクル業者である米国のサーバ・ソリューションズは2023年3月、3億ドル以上を投じて、EV用バッテリーリサイクルの基幹工場をサウスカロライナ州に建設し、2024年後半の稼働を目指している(2023年3月27日付ビジネス短信参照)。

表1:EV用Lib材料生産のための南東部における主な投資案件(-は値なし)
州名 企業名
(本社所在国)
投資額
(ドル)
製品 備考
テネシー LG化学(韓国) 32億 正極材 2025年後半に操業開始予定。4元系(ニッケル、コバルト、マンガン、アルミニウム)の正極材を生産予定。
6Kエナジー
(米国)
2億5,000万
(最大)
正極材 2024年第3四半期に操業開始予定。3元系(NMC811(注))、LFP(リン酸鉄リチウム)の正極材を生産予定。
ダクサン・エレクテラ・アメリカ
(韓国)
9,500万 電解液
アラバマ ウエストウォーター・リソーシズ
(米国)
2億200万 黒鉛
(負極材)
日本のダイネンマテリアルと供給と購入の基本合意書締結。韓国SKオンと共同開発契約締結。
サウスカロライナ レッドウッド・マテリアルズ
(米国)
35億 正極材
負極材
2023年末までに操業開始予定。Libリサイクル工場。
ジョージア 日本電解(日本) 4億3,000万 銅箔 2022年9月着工予定だったが延期。

注:ニッケル、マンガン、コバルトを8:1:1の割合で配合した正極材料。
出所:各種報道からジェトロ作成

バッテリー製造で各社が追加投資

バッテリー製造およびEV製造においても、新興EVメーカーのリビアンや韓国の現代自動車グループなどによる大型の投資が相次いでいる(2022年10月17日付地域・分析レポート参照)。

トヨタ自動車と豊田通商はノースカロライナ州にバッテリー工場を建設中だ(表2参照)。2023年6月には2回目の追加投資を発表し、総投資額は58億9,000万ドルとなった。ほかにも、韓国企業による大型投資が相次いでいる。現代自動車グループとSKオンは2022年12月、最大で50億ドルほどを投じてジョージア州に合弁でEV用バッテリー工場を建設すると発表した。また、現代自動車グループとLGエナジーソリューションは2023年6月、ジョージア州にEV用バッテリー工場を合弁で設立すると発表し、2023年9月には追加投資も発表している。この投資は2022年5月に発表のあったメタプラント・アメリカ(HMGMA)建設の投資額の内数で、追加投資も含めると、総額75億9,000万ドルの投資となる。その他にも、ノルウェーのフレイルは2022年11月、ジョージア州に26億ドルを投じたバッテリー工場の建設を発表した。

表2:EV用Lib生産のための南東部における主な投資案件
州名 企業名
(本社所在国)
操業開始
予定時期
投資額
(ドル)
備考
ノースカロライナ トヨタ自動車
豊田通商
(日本)
2025年 12億9,000万 トヨタが90%、豊田通商が10%を出資。ハイブリッド車用バッテリーを生産(4ライン)。
25億 追加投資。EV用バッテリーを生産(2ライン)。
21億 追加投資。工場拡張に向けたインフラ整備。
ジョージア 現代自動車グループ
SKオン
(韓国)
2025年後半 40億~50億 出資は折半。バッテリーセルを生産。現代自動車、起亜、ジェネシス向け。
現代自動車グループ
LGエナジーソリューション
(韓国)
2025年末 43億 出資は折半。バッテリーセルを生産。生産能力は30ギガワット時(GWh)。現代自動車、起亜、ジェネシス向け。投資額はメタプラント・アメリカ(HMGMA)の投資額の内数。
20億 追加投資。
フレイル
(ノルウェー)
2026年 26億 バッテリーセル(半固体リチウムイオン電池)を生産。生産能力は34GWh。
SKオン
(韓国)
2022年(第1工場)
2023年(第2工場)
16億7,000万 バッテリーセルを生産。生産能力は第1工場が9.8GWh、第2工場が11.7GWh。フォードやフォルクスワーゲン向け。
9億4,000万 追加投資。
現代モービス
(韓国)
2024年 9億2,600万 バッテリーパックを生産予定。
サウスカロライナ BMW
(ドイツ)
2026年 7億 高電圧バッテリーの組立工場。EV生産には別途10億ドルを投資。
AESCグループ(注)
(日本)
2026年 8億1,000万 バッテリーセルを生産。生産能力は30GWhでBMW向け。
ケンタッキー AESCグループ
(日本)
2025年 20億 バッテリーセルとモジュールを生産。生産能力は30ギガワット時でメルセデス・ベンツグループなど向け。

"注:2023年6月に、社名をエンビジョンAESCからAESCグループに変更。
"
出所:各種報道からジェトロ作成

ジョージア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、テネシーの各州でEV製造の大型投資の発表が相次いでいる(表3参照)。なお、ノースカロライナ州に立地予定のベトナムのビンファストのEV製造工場は、当初2024年7月の稼働を予定していたものの、2025年まで稼働が遅れる見込みだ。

表3:EV生産のための南東部における主な投資案件 (-は項目なし)
州名 企業名
(本社所在国)
投資額
(ドル)
新規雇用者数(人) 操業開始
予定時期
備考
ジョージア 現代自動車グループ
(韓国)
75億9,000万 8,500 2025年 メタプラント・アメリカ(HMGMA)およびバッテリー工場への投資額も含む。
リビアン
(米国)
50億 7,500 2026年 当初は2024年操業開始予定だったが、2026年に後ろ倒しされた。
起亜
(韓国)
2億 200 2024年
第2四半期
ノースカロライナ ビンファスト
(ベトナム)
20億 7,500 2025年 当初は2024年操業開始予定だったが、2025年に後ろ倒しされた。
サウスカロライナ BMW
(ドイツ)
10億 300 2030年 新規雇用者数には、バッテリー組み立て工場のものも含む。
スカウト・モーターズ
(米国)
20億 4,000 2026年末 同社はフォルクスワーゲングループ。新規雇用者数は最大値。
テネシー フォード(米国)
SKイノベーション(韓国)
56億 6,000 2025年 バッテリーセル生産への投資額も含む。

出所:各種報道からジェトロ作成

関連サプライヤーの投資が相次ぐジョージア州

ジョージア州では、現代自動車グループのHMGMA建設予定地周辺に、韓国の関連サプライヤーが続々と進出する(表4参照)。州政府によると、2023会計年度(7~6月)に、自動車車体メーカーが誘致したサプライヤーは20億ドル以上の投資をもたらし、自動車産業における雇用創出が2021年度比で4倍超増加したという。

表4:ジョージア州における現代自動車グループのHMGMA関連サプライヤーの主な進出状況
企業名 投資額
(ドル)
操業開始
予定時期
生産品目
現代モービス 9億2,600万 2024年 EV用電力システムと統合充電システム(ICCU)など
ジュン・ジョージア 3億1,700万 2024年中ごろ EV向け車体部品および電装部品
セウォン・アメリカ 3億 2025年 EV向け車体部品
エコプラスチック 2億500万 2024年10月 バンパー、コンソール、トリムなど
ソヨンイファ 7,600万 2024年10月 ドアトリム、ヘッドライニング、テールゲートトリムなど
セオハン 7,200万以上 2024年後半 ハーフシャフト、アクスル、ブレーキシステム
NVHコリア 7,200万 2024年
第2四半期
バッテリーセルの保護、接続、性能検知を行うEVバッテリーシステム部品
PHA 6,700万以上 2024年 ドアモジュール、テールゲートラッチ、フードラッチ
ハノンシステムズ 4,000万 2024年5月 空調システム
ウリ・インダストリアル 1,800万 2023年11月 電気ヒーター、制御装置、アクチュエーター
ブーグック・インダストリー 680万 2024年 バッテリー冷却配管など

出所:各種報道からジェトロ作成

なぜ、南東部で大型投資が続くのか

従来、自動車製造関連企業は中西部に多く立地してきたが、南東部では電力料金の安さ[南東部平均:7.3セント/キロワット時(kWH)、中西部平均 8.66セント/kWH]が魅力として挙げられる。

また、南東部各州のインセンティブも投資誘致に一定の役割を果たしている(表5参照)。例えば、ジョージア州のHMGMA建設では、55億4,500万ドルの投資と8,100人の雇用を2031年末までに達成し、それらを2048年まで維持することを条件に、総額18億ドル相当に上るインセンティブが発表された。また、リビアンの50億ドルの新規投資に対しては、総額15億ドル相当に上る優遇措置が適用される。サウスカロライナ州では、スカウト・モーターズの20億ドルの投資に対し、13億ドルの税優遇措置が発表された。なお、人材育成についても、ジョージア州の職業訓練の「クイックスタート」プログラムやテネシー州の技術専門学校などへの通学を支援する「テネシープロミス」プログラムなど、各州独自のプログラムがインセンティブとして提供される。

表5:主な大型投資における州政府などからのインセンティブ額 (-は値なし)
州名 企業名 投資額
(ドル)
新規雇用者数(人) 州政府などからのインセンティブ(ドル) 備考
ジョージア 現代自動車グループ 55億4,500万 8,100 18億
20億 400 追加投資
リビアン 50億 7,500 15億
現代自動車グループ SKオン 50億 3,750 7億
サウスカロライナ スカウト・モーターズ 20億 4,000 14億8,000万 1億8,000万ドルの雇用開発税額控除を含む。
レッドウッド・
マテリアルズ
35億 1,500 2億6,000万 別途、郡にS.C.Highway176の拡張を要請
(1億1,000万ドル)。
ノースカロライナ ビンファスト 20億 7,500 12億 郡などからの4億ドルのインセンティブを含む。
トヨタ自動車 12億9,000万 1,750 4億3,500万
25億 350 2億2,500万
21億
テネシー フォード SKオン 56億 6,000 8億8,400万
LG化学 32億 860 4,000万

出所:各種報道からジェトロ作成

巨額なインセンティブをめぐる議論

州や地方自治体のインセンティブは、EV関連企業の投資誘致に一定の役割を果たしているが、必ずしも前向きな意見ばかりではない。例えば、リビアンが50億ドルを投じる新工場建設への税制優遇措置は、地元住民の反対を受け、裁判にまで発展した。地元住民は、創業間もない同社に対する巨額の税金投入を問題視し、州政府による同プロジェクトの影響評価が不十分であったと主張した上で、約7億ドルの固定資産税減免措置の有効性を争った。ただし、同裁判は、ジョージア州最高裁判所において上告審の審理が棄却された。

また、ジョージア州議会は2023年、税額控除の抜本的見直しを検討するための検討委員会を設置し、6月に初会合を開いた。同会合において、ジョージア大学の経済学者ジェフリー・ドーフマン氏は、インセンティブを理由にジョージア州を投資先に選定する企業は一部で、失業率が歴史的に低い現在は、新たな雇用を創出する投資を誘致するためのインセンティブを重視する戦略を見直す時かもしれない、と主張した。同州の税額控除見直しは、2024年の立法会期開始前に終了する予定だ。

連邦政府の補助金や州政府の企業誘致インセンティブの後押しを受け、南東部でのEV関連の投資が拡大してきた。EV製造工場やバッテリー工場から始まり、正極材や負極材などバッテリーの材料や原料のリチウム精製、さらにはバッテリーリサイクルと、南東部におけるEVサプライチェーン確立の動きが進んでいる。一方で、現在、全米の中でも南東部は失業率が低く(2023年7月南東部平均:2.9%、全米平均:3.5%)、各企業が雇用確保に苦慮している。また、州政府の巨額のインセンティブについても、州議会の検討委員会ですべての税額控除が包括的に見直され、それらの投資対効果について議論が起こっており、EV関連投資への税額控除が見直しの対象となるか未定だが、税額控除の削減や上限設定に関心が高まっている(ジョージア公共政策基金2023年6月15日)。これらの環境変化を受けてもなお、南東部におけるEV関連投資が拡大し続けるのか、今後の動向が注目される。


注1:
2021年以降、ミシガン州からジョージア州にかけて15以上の新しい リチウムイオン電池のギガファクトリーや工場拡張が発表されている地域。
注2:
2021年11月に成立した、インフラの拡充と競争力の向上を目的とする大型投資予算が盛り込まれた法律。北米のバッテリーサプライチェーンを強化するため、米国内のバッテリー製造とリサイクルを促進する支援策が盛り込まれている。
注3:
2022年8月に成立した、再生エネルギーの拡大やEV関連技術の促進などを目的とする大型投資予算が盛り込まれた法律。EVなどクリーンビークルの購入において最大7,500ドルの税額控除を導入。北米での最終組み立て要件、車両の希望小売価格の上限、購入者の所得上限の要件を満たした上で、バッテリー関連の調達価格要件の全部またはいずれかを満たした車両が税額控除の対象となる。

EV導入の環境整備が進む米国南東部

執筆者紹介
ジェトロ・アトランタ事務所
檀野 浩規(だんの こうき)
2015年、ジェトロ入構。ジェトロ福岡、特許庁(出向)などを経て、2023年6月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・アトランタ事務所 リサーチャー
吉田 祥子(よしだ しょうこ)
IT企業勤務を経て、2022年7月からジェトロ・アトランタ勤務。

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