太陽光発電と蓄電池が拡大(米国)
インフレ削減法で建物の脱炭素化(前編)

2023年5月17日

米国のインフレ削減法(Inflation Reduction Act of 2022:IRA)は、主に税額控除やリベートの供与を通じて、消費者や生産者にクリーンテック機器の購入を促す効果がある。税額控除の対象分野の1つである住宅・商業施設向け太陽光発電設備(PV)や蓄電池の設置は、カリフォルニア州では、すでに各種インセンティブが供与されている。IRAやカリフォルニア州独自の政策により、PVや蓄電池の需要は一層拡大していくと予想される。本稿の前編では、カリフォルニア州を中心としたPVや蓄電池の普及の動向を紹介する。

消費者の行動パターンの変化に期待

2022年8月に成立した、IRAに基づくプログラムが徐々に実行されている。同法の目玉の1つは、気候変動対策のための助成金の供与だ。同法では、歳出予定額の8割を占める3,910億ドルが気候変動対策に充てられた。バイデン政権は2030年までに温室効果ガス(GHG)を2005年比で50~52%削減するとの目標を掲げている。2021年11月成立のインフラ投資雇用法(Infrastructure Investment and Jobs Act of 2021:IIJA)に基づく、グリーンインフラの整備・拡充と合わせて、GHGの削減に向けたバイデン政権の積極的な姿勢がうかがえる。

IIJAがインフラ整備・拡充のための補助金であるのに対し、IRAは生産者や消費者に対する税額控除などをその主な内容とする。エネルギー効率の悪い伝統的な製品と比較して、高価な省エネ製品の購入費用を低減することで、製品の買い替えや新規の購入を促している。

IRAの気候変動対策部分は、(1)クリーン生産設備への投資、(2)二酸化炭素(CO2)回収・貯留、直接空気回収(DAC)、石油増産回収(EOR)関連施設の建設など、(3)家庭での太陽光発電設備(PV)の購入、(4)省エネ機器の購入、(5)電動自動車(EV)の購入などに大別される。上記(1)と(2)は生産者向け、(3)~(5)は家庭向けのインセンティブだ(2022年10月6日付地域・分析レポート参照)。

メディアなどでは、EV購入者に対する税額控除が主に取り上げられる傾向にあるが、PVや省エネ機器の普及も、GHG排出削減のために重要な要素である。米国環境保護庁(EPA)によると、米国における経済部門別のGHG排出量(2021年)の割合は、交通・運輸28%、発電所25%、工業23%、商業・住宅施設13%、農業10%となっている。住宅・商業施設の排出量は、交通・運輸や発電所と比べて低い。しかし、GHG排出量をエネルギー最終需要者別でみると、商業・住宅施設が30%、工業が30%を占め、29%の交通・運輸を上回っている。政策的観点でいえば、商業、住宅、工場施設の省エネ化は、重要性が高いことになる。

IRAが対象としているクリーンテック製品とは、PVに加えて窓、ドア、断熱材といった商業施設および住宅用建材、ヒートポンプ、電気給湯機、バイオマスストーブ・温水ボイラーなどエネルギー効率の高い家電を指す。PVを屋根や屋上に設置する、あるいはエネルギースター(注1)や省エネ証書(CEE、注2)などの認証を受けた建材や電気製品を導入する消費者は、購入費用に対して一定割合の税額控除やリベート(払い戻し)を受けることができる。

ただし、IRAが施行される前から、ほかの法律に基づき、税額控除の措置が導入されていた。同法は、正確にはこれまでの措置の延期や拡充を図るものだ。住宅向けのPVを例に取ると、2005年エネルギー政策法(Energy Policy Act of 2005)に基づき、2022年には設備投資額の最高26%、2023年には最高22%が税額控除の対象となり、2024年には終了する予定であった。しかし、IRAが成立したことで、2022年の税額控除は最高30%まで引き上げられた。この水準は2032年まで続き、2033年に26%、2034年に22%に低下した後、2035年に終了する予定となっている。例えば、住宅の所有者が2万5,000ドルのPVを2023年に設置する場合、旧法で受け取れる税額控除額は最高5,500ドル(22%)だが、IRAの施行により最高7,500ドル(30%)となる。

太陽光発電はカリフォルニア州が規制・インセンティブで先行

カリフォルニア州におけるPVの設置状況は、他州を圧倒している。米国太陽光産業協会(SEIA)によると、2022年第4四半期時点の米国全体の太陽光発電能力は14万2,300メガワットに上り、カリフォルニア州にはその約3割にあたる3万9,729メガワットが備わっている。カリフォルニア州公益事業委員会(CPUC)によると、州内150万軒を超える戸建て住宅や商業施設にPVが備わっており、これら屋根設置型PVの発電能力は1万2,000メガワットに上る。

カリフォルニア州は、アリゾナ州やテキサス州などと並んで年間平均日照時間が長く、太陽光発電に適している。同州政府は2045年までにGHGを1990年比で85%削減する目標を掲げており、さまざまな規制やインセンティブがPV設備の比類なき普及につながっているといえる。

サンフランシスコ市は、全米初の試みとなる、全ての新築住宅の屋根および10階建て以下の新築商業施設の屋上に、PVの設置を義務付ける条例を2017年に施行した。カリフォルニア州政府は、新築戸建て住宅および3階建て以下の新築集合住宅に同様の義務を課す「2019年ビルディングエネルギー効率基準(2019 Building Energy Efficiency Standard)」を制定し、2020年1月に施行した。州レベルでは、全米で初めてPVの設置が義務付けられた。

さらに、同州政府は2021年12月に「2022年ビルディングエネルギー効率基準(2022 Building Energy Efficiency Standards)」を制定し、2023年以降に新築する全ての戸建て住宅、集合住宅および住宅以外の建築物(オフィスや商業施設、倉庫、学校など)にPVの設置を義務付けた。

カリフォルニア州は、PVの設置を促す税制インセンティブも用意している。設備投資による住宅価値の追加分にかかる固定資産税を免税対象とする「太陽光発電システム固定資産税免税(Solar Energy System Property Tax Exclusion)」、州内の特定の電力会社と契約している低所得層の住宅所有者に対して、太陽光発電の発電量キロワットごとに金銭的なインセンティブを与える「戸建て低価格太陽光住宅プログラム(Single-Family Affordable Solar Housing Program)」などがこれに当たる。

蓄電池システムの普及にも尽力

PVの設置費用は高いが、住宅や商業施設の所有者は、余剰電力を電力会社に売ることができる。カリフォルニア州では、電力会社への売電分を光熱費から割り引いている。売電価格は、州政府が決定する。

通常の光熱費には、送電設備費や山火事防災作業費など、電力会社が賄っている費用が含まれている。それゆえ、電力会社や消費者グループなどは、売電による光熱費の割引は、PVを購入し売電を通じてインセンティブを受けられる高所得者層と、購入できない低所得者層との間で不公平を生んでいると主張していた。米国エネルギー省エネルギー情報局(2022年)によると、米国では年間所得が15万ドルを超える家庭の5.7%が屋根にPVを設置しているのに対し、2万ドル未満の家庭の設置率はわずか1.1%にとどまる。電力会社や消費者グループの主張に対し、PVメーカーや環境団体は、売電のインセンティブを下げることは太陽光発電の普及を阻害し、カリフォルニア州のGHG排出削減目標の達成を困難にすると反論していた。

CPUCは、2022年12月に「ネット・エネルギー・メータリング3.0(Net Energy Metering 3.0、NEM 3.0)」を承認した。これにより、売電価格は2023年4月15日から平均で75%引き下げられた。PVの業界団体などはこの決定に、太陽光発電の普及を阻害すると強く反発している。カリフォルニア州ニューポートビーチの投資会社ROTHキャピタルパートナーズは、NEM 3.0の施行に伴い、同州の住宅向けPV需要は30%ほど減少すると予測している。

カリフォルニア州政府は、PVと蓄電池システムの併用を奨励している。通常、電力使用量のピークは、夕方から夜中にかけてであり、ピーク時の電力価格が最も高くなる。NEM 3.0による売電価格の大幅な引き下げは、昼間に蓄えた太陽光エネルギーを夜間に使用するという動機を与え、それを可能にする蓄電池システムの購入が促される。

加えて、カリフォルニア州政府は2022年9月、低所得者層向けの6億3,000万ドルを含む計9億ドルのPVおよび蓄電池の購入補助を決定した。「自家発電インセンティブプログラム(Self-Generation Incentive Program)」は2023年7月1日に導入予定で、蓄電池システムの購入者は、州内の特定の電力会社からリベートを受け取ることが可能になる。また、上述した「2022年ビルディングエネルギー効率基準」は、2023年以降に新築する全ての3階建て以上の高層住宅と、住宅以外の建築物(オフィスや商業施設、倉庫、学校など)に蓄電池の設置を義務付け、新築戸建て住宅には将来的な蓄電池の設置を可能にする設計を義務付けている。

売電価格の引き下げは、PVの普及に負の影響を与える可能性はあるが、紆余(うよ)曲折を経ながらも、IRAに基づく税額控除、自家発電インセンティブプログラム、建築基準の改正などを通じて、GHGの排出削減に向けた取り組みを進展させている州政府の意向がうかがえる。

日本メーカーは蓄電池システムに参入できるか

SEIAによると、2022年に米国全体で20.2ギガワット分のPVが設置された。IRAの後押しもあり、2027年には47.3ギガワット分のPV設置が見込まれている。

PVや関連部品の生産は、中国をはじめ、ベトナム、マレーシアなど東南アジア諸国のシェアが高い。他方、米国はPVの輸入に対して保護主義的であり、過去には中国製に対するアンチダンピング税(AD)や相殺関税(CVD)、トランプ前政権時代には1974年通商法201条に基づくセーフガード措置(当初2022年2月6日までの措置をバイデン政権が2026年2月6日まで延長)が発動された。加えて、中国製品がベトナム、マレーシア、タイ、カンボジアを迂回して米国に輸入されているとし、カリフォルニア州のPVメーカーが、これら国々に対するADおよびCVDの発動をバイデン政権に要請した。商務省は、迂回が認められる中国製品があるとして、関税を引き上げる措置を2022年12月に仮決定した。このほか、2021年12月に施行された新彊ウイグル強制労働防止法(Uyghur Forced Labor Prevention Act)により、太陽光パネルに使用するポリシリコンが輸入禁止の対象となるなど、米国政府のPV輸入に対する保護主義的な動きは枚挙にいとまがない。

こうした状況から最近、各国メーカーはPV設備を米国内で製造する動きを見せている。米国、ドイツ、カナダの大手メーカーをはじめ、中国メーカーの中にも米国内で製造する企業が見られる。米国内のPVの生産能力は2022年時点で11ギガワットに上り、住宅や大規模発電向けの全ての需要を満たすには不十分だが、住宅向けの需要だけであれば足りるとされる。

日系企業は、米国のPV市場であまり存在感を発揮できていない。パナソニックはニューヨーク州でテスラと太陽光モジュールを共同生産していたが、2020年2月に関係を解消した、と報じられた。

では、PVと同様、今後の市場の拡大が見込まれるPV用蓄電池はどうだろうか。2023年3月時点で、パナソニック以外に米国で蓄電池を販売しているメーカーは見られない。しかし、日本国内にはパナソニックのほか、シャープ、オムロン、ニチコン、長州産業など多くの企業が蓄電池を開発・販売している。トヨタも電動自動車用バッテリーの技術を生かすかたちで、日本の住宅用蓄電池市場への参入を2022年6月に発表した。もっとも、日本を含むアジア諸国で生産された蓄電池を米国で販売する場合、輸送費や関税が高くなり、コスト競争力の維持が難しくなる。バイデン政権が再生可能エネルギーを含む製造業の国内回帰を推奨する動きを見せる中、蓄電池の米国での製造も選択肢の1つになるかもしれない。実際、韓国のLGエナジーソリューションは2022年3月、蓄電池の生産工場をアリゾナ州に建設すると発表した(2022年3月27日付ビジネス短信参照)。今後、米国における蓄電池の需要拡大を見越して、こうした動きが加速する可能性がある。

本稿の前編では、カリフォルニア州を中心としたPVや蓄電池の普及の動向を紹介した。後編では、カリフォルニア州を中心としたヒートポンプの普及など、建築物の電化の動向を紹介する。


注1:
省エネルギー型の製品機器であることを証明するための環境ラベリング制度。米国エネルギー省と環境保護庁が運営している。
注2:
エネルギー効率が高い製品やサービスの導入を推進するための認証プログラム。民間の非営利団体が運営している。

インフレ削減法で建物の脱炭素化

  1. 太陽光発電と蓄電池が拡大(米国)
  2. ヒートポンプで日本に商機(米国)
執筆者紹介
ジェトロ・ロサンゼルス事務所
永田 光(ながた ひかる)
2010年、財務省入省。2020年8月からジェトロに出向、現職。