特集:各国が描く水素サプライチェーンの未来水素でも、自国中心のサプライチェーン構築を目指す米国

2023年6月9日

バイデン米国大統領は、気候変動対策に積極的で、温室効果ガス(GHG)排出削減のために、クリーン水素の活用を見込む。水素の調達においては、サプライチェーン強靭(きょうじん)化の観点から、輸入に頼らず、米国内での生産を強化する戦略だ。こうした政策の後押しを受け、米国内では民間投資が活発に行われている。他方、クリーン水素製造コストの削減は、引き続き課題として残る。また、気候変動に関する政策は、政権によっても異なるため、企業は2024年の大統領選挙にも気を配る必要がある。バイデン政権下で進む米国の水素利活用の現状を概観する。

輸入に頼らず、国内生産力強化に注力

米国の現在の水素生産量は年間約1,000万トンで、そのほとんどが水蒸気メタン改質(SMR)によって生産されている、いわゆるブルー水素とされている。生産された水素は、天然ガスのパイプラインを通して輸送され、その90%は石油精製とアンモニア生産に利用される。製油所とアンモニアプラントは、メキシコ湾岸沿いのテキサス州やルイジアナ州、アラバマ州などに多く設置されている(注1)。

こうした現状に対し、米エネルギー省(DOE)は、2023年6月に公表した「国家クリーン水素戦略とロードマップPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(6.97MB) 」(水素戦略)の中で、クリーン水素の年間生産を2030年までに1,000万トン、2040年までに2,000万トン、2050年までに5,000万トンへ拡大する目標を掲げた。クリーン水素の定義は、生産量1キロ当たり、生産地で発生する二酸化炭素(CO2)換算で2キロ以下の炭素強度を持つ水素だ。現在生産されている1,000万トンの水素は、ほとんどがクリーン水素に含まれないとされる。ただし、DOEは、この定義内である限り原料の種類は問わないとしており、例えば、CO2の回収・貯留(CCS)を活用した水素もクリーン水素として扱うという(注2)。DOEは、クリーン水素の普及によって、2050年までにGHG排出量を2005年比で約10パーセント減少できると試算している。

水素戦略では、今後、需要拡大が見込まれる分野として、産業用原料部門では鉄鋼・セメント、バイオ燃料の生産など、輸送部門では中型・大型トラック、鉄道、船舶、航空機の燃料など、発電・電力貯蔵部門では水素燃焼発電、長期エネルギー貯蔵、燃料電池など、天然ガスへの水素混合ではビルなど電化困難な分野、などを挙げている(表1参照)。

表1:米国における水素の生産目標、利用用途など
項目 内容
生産目標 クリーン水素の年間生産目標
2030年:1,000万トン
2040年:2,000万トン
2050年:5,000万トン
※水素戦略
貯蔵・輸送 輸送:メキシコ湾岸で製造され、天然ガスパイプラインを通じて、製油所やアンモニアプラントなどに輸送。
貯蔵:数千トンの水素を貯蔵可能な3つの岩塩ドーム(テキサス州に1つとユタ州に2つ)と累積容量200トン超/日の8つの液化プラント
※いずれも現状
利用
  • 産業用原料
    鉄鋼・セメント、産業熱、バイオ燃料
  • 輸送
    中型・大型トラック 、鉄道、船舶、航空機、オフロード建機
  • 発電・電力貯蔵
    長期エネルギー貯蔵、水素燃焼発電、燃料電池、原子力水素、CCUS
  • 天然ガスへの水素混合
    高混合水素、産業・ビルなど電化困難分野
    ※水素戦略で示されたemerging demands
供給コスト 1ドル/1キログラム
※10年以内に80%削減(2021年6月発表。Hydrogen Shot)

出所:米エネルギー省(DOE)発表資料などを基に作成

クリーン水素の調達にあたっては、輸入に頼らず、あくまで米国内での生産能力拡大を目指す。バイデン政権は、現在、サプライチェーン強靭化の観点から、半導体や電気自動車(EV)などの大容量バッテリー、高度医薬品など、いわゆる戦略物資とよばれる重要製品の米国内での生産能力強化を目指している。水素においても同様で、2026~2029年までに「輸入からの自立を確実にするため、電解槽や燃料電池など水素バリューチェーン全体から、原料を回収・リサイクルする効率と費用対効果を高める」とし、2030~2035年には「すべての生産経路において、強靭で持続可能な国内サプライチェーンを確保し、輸入からの自立を可能にする」ことを水素戦略で掲げている。

将来的には、水素の輸出も視野にいれている。水素戦略では、輸出を実現するため、2030~2035年に、諸外国の市場構造や規制についてのガイダンスを整備する旨が記されている。国内需要を上回る供給分を輸出することによって、大規模な生産能力を維持しようとする姿勢がみてとれる。

なお、DOEはクリーン水素の普及によって、2030年までに直接・間接の新規雇用を10万件創出するとしている。労働者を重視するバイデン政権にとって、水素をはじめとするクリーンエネルギーの活用促進政策においても、雇用創出などの経済効果が重要な要素の1つになっている。戦略は、「生きた戦略」であるとし、今後は、少なくとも3年ごとに更新される。

製造コスト目標は、1キロ当たり1ドル

一方で、クリーン水素普及の課題は、製造コストの削減だ。DOEはオバマ政権下の2016年に、複数のセクターで脱炭素化と収益機会を実現するために、手頃な価格の水素製造、輸送、貯蔵、利用を進める「H2@Scale」と題するイニシアチブを発表した。2021年9月時点で、再生可能エネルギーから生産できる水素の製造コストは、1キロ当たり5ドルとなっている。これに対し、DOEの目標は、1キロ当たり1ドルでの製造だ。バイデン政権下の2021年6月に発表された、「水素ショット」で掲げられた(注3)。続く同年11月に成立したインフラ投資雇用法(IIJA)では、クリーンな水素エネルギーの開発・発展のために95億ドルの予算が盛り込まれ、そのうち15億ドルが、クリーン水素の研究、開発、実証に充てられた。約1年後となる2022年12月には、IIJAの予算を基に、研究開発などの支援を目的とした7億5,000万ドルを拠出するプログラムを発表した。対象となるのは、電解槽を使用して製造するクリーン水素の製造コストを、2026年までに1キロ当たり2ドル未満への削減に寄与する研究開発などだ。

クリーン水素ハブの拠点整備に注力

IIJAには、クリーン水素の研究開発などのほか、生産や加工、配送、貯蔵のインフラ整備や利用促進のための拠点となるクリーン水素ハブ(H2Hub)の拠点整備に80憶ドルが充てられている。DOEは2022年9月、H2Hub整備の第1弾のプログラムとして、総額70億ドルに上る、6~10件程度のハブ候補地を選定する助成金への公募を開始した。気候変動対策に積極的なカリフォルニア州は、脱炭素に向けた水素関連の取り組みを推進する官民合同アライアンス(ARCHES)を設立し、同プログラムに申請したと発表している。DOEへの申請に当たっては、州全体で1つの申請書を作成して提出する必要があるため、ARCHESが設立された。ARCHESには、岩谷産業や豊田通商なども参画している。DOEの発表によると、締め切りまでに、79件の概念設計書(コンセプトペーパー)の提出があり、申し込まれた案件の総額は600億ドルに上るという。このうち33件について、DOEは2023年4月7日までに正式な申請書類の提出を「奨励」する旨を通知した。2023年夏に助成対象が確定する予定となっている。

州政府や自治体での独自の取り組みも進む

米国では、連邦政府だけでなく、州政府なども独自の取り組みを進めている。カリフォルニア州は、2045年のカーボンニュートラル達成に向け、2030年までに、クリーン水素を1日当たり1万5,000トン生産・利用するとの目標を掲げている。また、同州のランカスター市は2021年10月、福島県浪江町と「水素社会の実現に向けた自治体パートナーシップ宣言」に調印している。水素の利用を拡大することで、世界の脱炭素化を進めていくことを目的としている。ランカスター市は2019年に、再生可能エネルギー生産量が市内の需要を超える「ネットゼロシティー」を米国で初めて達成するなど、脱炭素化社会の実現にとりわけ積極的だ。一方の福島県浪江町は、東日本大震災の経験などから再生可能エネルギーの導入を積極的に進めており、世界最大級の水素製造プラント「福島水素エネルギー研究フィールド(FH2R)」で生産する水素の利活用や実証事業などを進めている。さらに、両市にハワイ郡が加わった3自治体は2022年11月、DOEによる水素普及に関する複数・多都市間知見共有イニシアチブ「H2ツインシティー」に選定されている。

米国内での水素製造やモビリティ分野での活用進む

こうした脱炭素に向けた政府の方針も相まって、現在、米国内では、クリーン水素の製造や供給、実証実験を行う事例が複数みられる(表2参照)。米国石油大手エクソンモービルは2022年3月、テキサス州ベイタウンの複合施設での水素製造とCO2回収・貯留(CCS)を計画していると発表した。1日当たり最大10億立方フィート(約2,830万立方メートル)のブルー水素を生産する計画だ。また、本計画によって、新たに年間最大1,000万トンのCO2輸送・貯留が可能になるとし、これにより同社の輸送・貯留能力が現在の2倍以上に増加するという。同社は、低炭素に資する事業に対して、2027年までに合計150億ドルを投資すると発表している(2022年3月4日付ビジネス短信参照)。

プラグパワーは2022年8月に、液化天然ガス(LNG)生産企業ニュー・フォートレス・エナジーとテキサス州に、グリーン水素の製造施設を建設すると発表した。10月には化学大手オーリンとルイジアナ州に、グリーン水素製造施設の建設に向けた合弁会社の設立も発表している。モビリティ分野での水素活用も進む。プラグパワーは、10月に食品物流会社フリーズパック・ロジスティクスとフォークリフト用の燃料電池(FC)とグリーン水素供給設備を提供する契約締結を発表し、12月には大型商用EVメーカーのニコラとグリーン水素を供給する契約を締結したと発表している(2022年10月21日付ビジネス短信参照)。

米国のガス大手エアープロダクツ・アンド・ケミカルズは2022年12月、グリーン水素の製造施設建設プロジェクト開発を行う米国AESと、テキサス州ウィルバーガーに、米国内で最大級のグリーン水素製造施設を建設すると発表した。2027年の稼働を予定している。建設費用は約40億ドルで、グリーン水素製造用に約1.4ギガワット(GW)の風力および太陽光発電設備や、グリーン水素を日量200トン製造可能な電解槽が設置される予定だ。エアープロダクツによれば、同施設で製造予定のグリーン水素を大型トラックの燃料として使用した場合、年間160万トン以上のCO2の排出削減が可能になる(2022年12月9日付ビジネス短信参照)。

日本企業ではトヨタが、米トラックメーカーのケンワースと共同で水素FCを搭載した大型商用トラックを開発し、2021年6月からロサンゼルス港などで実証実験を行った事例がある。トヨタはその後、2022年9月に、同実験が成功裏に終了したと発表した。15~20分の充填(じゅうてん)時間で、最長400~500マイル(約644~805キロ)まで走行可能で、航続距離は、自動車連結車両総重量(GCWR)8万2,000ポンド(約37.2トン)まで積載した場合でも300マイル(約483キロ)以上に及ぶという(2022年9月26日付ビジネス短信参照)。

表2:米国における水素利活用の主な例(-は値なし)
項目/参加企業 エクソンモービル エアープロダクツ・アンド・ケミカルズ、米国AES プラグパワー、フリーズパック・ロジスティクス トヨタ、ケンワース、シェル
生産方法・利用用途 天然ガス改質・CCUS 電解槽 フォークリスト用燃料 燃料電池トラック
水素の色 ブルー グリーン グリーン
規模 日量最大10億立方フィート 日量200トン 約400台のフォークリフト
稼働(予定)時期 2030年 2027年 2023年
総投資額 2027年までに合計150億ドル
(当該プロジェクト以外も含む)
40億ドル 800万ドル(補助金額)

注:水素の色については、各社の発表に基づく。
出所:各社発表資料などを基に作成

2021年12月には、米国で水素ビジネスを行っている日系企業により構成される「日本水素フォーラム」が設立された。米国の連邦、州、そして自治体の各政府機関の脱炭素化の支援が目的で、ジェトロ・ロサンゼルス事務所が事務局を務める。同フォーラムの第1弾の支援プロジェクトは、2022年5月の長州産業とランカスター市の協力覚書の締結だ。この覚書に基づき、長州産業はコンテナ型水素製造システム「SHiPS」と定置型燃料電池発電システム「MizTomo」をランカスター市のために新たに開発し、同市のグリーンエネルギー・マイクログリッド(GEM)システムと接続・統合することを目指す(注4)。15社によって発足したフォーラムは、2022年12月には川崎重工業や日本郵船も参加するなど、その規模を拡大している。

今後は大統領選挙の影響も

バイデン政権は脱炭素社会の実現に向け、水素の利活用も含めて、各種施策を展開している。オバマ政権時に発表された「H2@Scale」は、バイデン政権で「水素ショット」に発展し、米国史上初の水素戦略も策定された。他方で、気候変動対策に懐疑的なトランプ政権時には、パリ協定離脱のほか、環境規制緩和を前提にした、石炭を含む化石燃料の活用が促進されるなど、気候変動対策は停滞した。2024年の大統領選挙を控える中、共和党の指名争いではトランプ前大統領が世論調査においてトップを走る。長期的には、気候変動対策における水素の重要性は変わらないとみられるものの、政権によっては政策が変化するのも米国の特徴だ。特にエネルギー産業への投資は規模が大きくなるため、水素利活用のための大規模投資を検討する企業は、こうした政局についても気を配る必要があるだろう。


注1:
米国の水素活用に関する各施策は、次の文献・資料などを参照した。
「米国の水素動向」:エネルギー・金属鉱物資源機構(JOGMEC)2022年8月『脱炭素を巡る米国内の主要経済部門の政策と米国企業や日本企業の投資動向』:
国際貿易投資研究所(ITI)2023年3月
「米国におけるクリーン水素政策と民間投資の動向」:JOGMEC 2023年4月(経済産業省 第31回水素・燃料電池戦略協議会 資料4)
注2:
「米国の水素動向」:JOGMECを参照。なお、水素戦略では、クリーン水素の定義はあるが、ブルーやグリーン水素は定義されていない。
注3:
発表から10年以内での達成を目標としている。
注4:
長州産業の2022年5月10日付プレスリリースを参照。
執筆者紹介
ジェトロ調査部米州課 課長代理
赤平 大寿(あかひら ひろひさ)
2009年、ジェトロ入構。海外調査部国際経済課、戦略国際問題研究所(CSIS)日本部客員研究員、海外調査部米州課、企画部海外地域戦略班(北米・大洋州)を経て2022年8月から現職。

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