注目度高まる北米グリーン市場、その最前線は連邦政府のEV普及政策、成果と課題(米国)

2023年9月27日

米国のバイデン政権は2021年の発足以降、電気自動車(EV)普及と米国内を中心とした生産体制強化を目的に、インフラ投資雇用法、インフレ削減法、CHIPSおよび科学法の下で、幅広い支援策を打ち出してきた。その額は1,300億ドル近くにも上り、また同水準の民間投資も呼び込んでいる。それでも政府目標である、2030年のクリーンビークル販売シェア50%到達は難しいとの意見があり、政府はさらに環境規制を用いて目標達成を目指す。しかしながら、生産者にとっては過去最も厳しい基準値の達成は容易ではない。拙速なEV普及政策がより安価な中国製品の参入を許す可能性があるとの見方もある。今後、政府と自動車業界が生産現場の実態を踏まえつつ、国内でのEV普及と生産体制強化をどう両立させるのか。連邦政府によるEV政策の成果と課題を概観する。

米国市場調査会社のJ.D. パワーが2023年6月に発表したアンケート調査によると、EVを購入する可能性が「非常に高い」と答えた消費者は26%、「おおむね高い」を含めると61%に上り、前年からいずれも2ポイント増加した。2023年第2四半期のクリーンビークル(注1)販売台数は、前年同期比で50.6%増の36万7,017台と大幅に伸び、全車に占める割合は8.9%となった。クリーンビークル販売台数の8割以上を占めるバッテリー式電気自動車(BEV)のモデル数の増加に加え、バッテリー性能向上による走行距離の伸び、燃料コストにおけるガソリン車(ICE)に対する比較優位などが周知されてきたことも後押ししたとみられる。

一方で、EV普及には課題も多い。前出のアンケートで、EVを購入しないと答えた消費者の約5割が充電器不足を最大の要因に挙げている。エネルギー省は、政府が目標に掲げる、2030年のクリーンビークル販売シェア50%を達成した場合、道路上を走行するEVは3,300万台となり、それらに電力を供給するためには、公共で利用できるレベル2の充電ポート100万個と直流急速充電(DCFC)用の充電ポート18万2,000個必要だ、と試算している。しかしながら、2023年9月時点では合計約15万個に過ぎず、充電器不足は依然最大の課題である。また、現在市場投入されている205種類のEVモデル(注2)のメーカー希望小売価格(MSRP)をみると、10万ドル以上が2割以上、5万ドル以上10万ドル未満が約6割を占め、3万ドル台は約4%に過ぎない。さらに、地域別ではカリフォルニア州を筆頭に上位15州で登録台数の8割以上を占め(2022年)、加えてメーカー別でみてもEV販売台数の約6割をテスラが占める(2023年第2四半期)など、様々な点で偏りが目立つ。

こうした様々なギャップを埋めるため、バイデン政権は2021年1月の就任以降、需給の双方を刺激し、民間投資を喚起する政策を矢継ぎ早に打ち出してきた。議会では2021年11月にインフラ投資雇用法(IIJA)、2022年8月にはCHIPSおよび科学法(CHIPSプラス法)、さらにインフレ削減法(IRA)が成立し、2023年4月には環境保護庁(EPA)が排ガス規制、7月には運輸省(DOT)が燃費規制の新基準に向けた草案を発表した。さらに2022年3月には、ジョー・バイデン大統領が、既存の国防生産法に基づき、大容量蓄電池などに使用するリチウムなど重要鉱物の国内生産増に向けた取り組みを指示する覚書にも署名した。いずれも2021年2月に米国が復帰したパリ協定順守の観点から、2030年までにクリーンビークルの全販売台数シェア50%を達成させること、またエネルギー、経済安全保障の観点から、国内を中心とした生産体制を強化させることを目的とする。

IIJAとIRAに基づく、EVシフトに向けた各種助成金や報奨金などの合計は2022~2031会計年度の10年間で少なくとも300億ドル以上に上る(表参照)。これは、政府によるEV関連への主な支援が開始された2008年度から2021年度までの累計の33億ドルをはるかに超える規模である。加えて、IRAでは、バッテリーの生産体制強化や充電設備の設置、消費者によるクリーンビークル購入などに係る税額控除として約550億ドル(注3)、車両製造の貸付プログラムに約400億ドルが割り当てられた。さらに、CHIPSプラス法では、自動車用を含むレガシー半導体の製造支援に対して2022年度から5年間で合計20億ドルが充当された。こうした支援の対象分野は、材料の開発から、設備投資、生産、販売、リサイクルまで、EVのライフサイクル全般にわたり、EVシフトを含むプログラムの総額は少なくとも1,300億ドル近くにのぼる。

一部当初の計画から遅れているものの、これらの運用はおおむね順調に進んでいる。一連の政策は「想定以上の展開」(在米日系自動車関連企業)であり、EV関連拠点の新設や、既存の計画を前倒しして対応する企業も少なくない。ブルームバーグによると、EVとバッテリー生産に対する民間投資額は2022年単年で720億ドルに上り、連邦政府発表によると2021年1月以降2023年8月までの時点で累計 1,330億ドルに達した。また、主要自動車メーカー10社だけでみても、2022~2028年の北米における投資予想額は合計1,400億ドルに上るとの見方が報じられている。

IRAで多様な車両の購入を喚起

消費者のEV購入意欲の喚起を目的に、2022年8月から、IRAの下で乗用車と小型トラック(内国歳入法30D条)、中古車(25E)、商用車(45W)の購入に対し、最大でそれぞれ7,500ドル、4,000ドル、4万ドルが控除される「クリーンビークル税額控除」の運用が開始された。さらに大型トラック(クラス6、7、注4)の温室効果ガス(GHG)無排出車への買い替えを促す助成金として10億ドルが割り当てられた。後者は、環境保護庁(EPA)が運用するプログラムで、2023年後半に募集が開始される予定である。

「クリーンビークル税額控除」には、車両の組み立てが北米で行われていることなど、国内を中心とする生産体制強化を目的とした要件が複数定められている。販売台数シェアで首位のテスラ「モデルY」や「モデル3」がこれら要件をクリアしたことから、2023年7月時点で全クリーンビークル(乗用車、小型トラック)販売台数の7割以上が全額(7,500ドル)あるいはその半額の税額控除の対象となったが(詳細は、エネルギー省ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)、モデル数でみると、100モデルのうち21モデルにとどまり、EV普及を阻む要因となっている。要件の中でも、2024年から施行が始まる、中国を含む「懸念される外国の企業体」の定義など、メーカーの生産計画策定の上で重要な項目がいまだ明らかになっておらず、2023年度末までに予定されている細則の発表が待たれるところだ(2023年9月11日付ビジネス短信参照)。

表:連邦政府によるEV普及と国内生産体制強化のための支援プログラム例 (—は値なし)
準拠法 プログラム名 金額(ドル) 管轄省 形式(注1) 対象となる期間 EV関連プログラムの主な目的と内容
インフラ
投資
雇用法
(1)バッテリー生産体制の強化 7,662,000,000
重要鉱物の革新、効率、および代替品 600,000,000 エネルギー省 助成 予算終了まで 重要鉱物の代替品の実用化に向けた研究開発。
重要鉱物のサプライチェーンに向けた研究施設 75,000,000 エネルギー省 契約 予算終了まで 重要鉱物サプライチェーンの研究施設の建設に対する支援。
レアアース実証施設 140,000,000 エネルギー省 助成 予算終了まで レアアースの抽出・分離施設と精製所の実現可能性の実証。
エネルギーおよび鉱物の研究施設 167,000,000 内務省 協力協定など 予算終了まで 学術パートナーとの協力協定を通した、エネルギー・鉱物の研究施設などの設計、建設。米国地質調査所への研究機会の提供。
アースマッピングリソースイニシアチブ 320,000,000 内務省 協力協定など 2022年度:867万ドル、2023~2025年度:500万ドル 地中および鉱山廃棄物の再処理による重要鉱物資源のマッピングなどの促進。
バッテリーと重要鉱物のリサイクル 125,000,000 エネルギー省 助成 予算終了まで バッテリーの再利用とリサイクルを促進するための研究、開発、実証。
バッテリー製造およびリサイクル助成 3,000,000,000 エネルギー省 助成 2022~2026年度まで毎年6億ドル(予算終了まで) 北米のサプライチェーンを支えるための米国におけるバッテリーの国内製造およびリサイクル能力の確立。
電池材料の加工に対する助成金 3,000,000,000 エネルギー省 助成 2022~2026年度まで毎年6億ドル(予算終了まで) 米国における電池材料の加工産業の確立。生産、処理能力の強化にも適用可能。
リチウムイオンリサイクルに対する補助金 10,000,000 エネルギー省 報奨 予算終了まで リチウムイオン電池のリサイクル。
EV用バッテリーのリサイクルと二次利用 200,000,000 エネルギー省 協力協定 予算終了まで EV用バッテリーのリサイクルと2次利用の研究、開発、実証における既存のプログラムの拡張。
バッテリーリサイクルのベストプラクティス 10,000,000 環境保護庁 契約 2022~2026年9月30日 使用済みバッテリーの安全な取り扱いの促進。 州、先住民族地区、地方自治体が実施するベストプラクティスの開発 。
バッテリーのラベル付けに関するガイドライン 15,000,000 環境保護庁 契約 2022~2026年9月30日 使用済みバッテリーの安全性確保のためのラベル表示のガイドラインや、バッテリー材の再利用とリサイクルに関する生産者と消費者向けのコミュニケーション資料などの開発。
(2)充電設備の確立 7,500,000,000
充電および給油インフラ補助金(代替燃料回廊) 1,250,000,000 運輸省 競争的補助 2022~2026年度 指定された代替燃料回廊沿いおよび地域社会に向けた、EV充電および水素、天然ガス燃料など供給インフラの展開。
充電および給油インフラ補助金 (コミュニティ充電) 1,250,000,000 運輸省 競争的補助 2022~2026年度 公道、学校、公園、および公共のアクセス可能な駐車施設などにおける、EV充電および代替燃料供給インフラの設置。
NEVIフォーミュラプログラム 5,000,000,000 運輸省 助成 2022~2026年度 「代替燃料回廊」への設置を義務付け、全米をEVが行き来できる体制を構築。EV充電インフラの新設と更新、運用・保守、データ共有、人材育成などを含む運営や維持に充てられる。州政府に提供。
(3)EVバスの普及 10,650,720,864
低排出ガスまたは無排出車両部品の評価プログラム 26,169,974 運輸省 協力協定、契約、助成 追って通知 2カ所の高等教育機関における、公共交通機関用低排出およびゼロ排出バスのテスト、評価、分析の実施。
低排出または無排出(バス)補助金 5,624,550,890 運輸省 助成 割り当ての年の後3年 バスおよび関連設備の取り替え、改修、購入またはリース、および施設の改修、購入、建設、またはリース。州政府や地方自治体などへ提供。
クリーンスクールバスプログラム 5,000,000,000 環境保護庁 助成、リベートおよび契約 2022~2026年度 ゼロエミッションおよび代替燃料のスクールバスへの買い替え。
インフレ
削減法
(注2)
(1)クリーンビークル購入支援 13,471,000,000
クリーンビークル税額控除:乗用車および小型トラック(30D)、中古車(25 E)、商用車(45W) 12,471,000,000 財務省 税額控除 2023~2031年度 クリーンビークル(BEV、PHEV、FCV)購入者に対する税額控除。最大控除額は30D: 7,500ドル、25E:4,000ドル、45W:40,000ドル。対象となるための要件あり。
クリーンビークル大型トラックに対する助成金 1,000,000,000 環境保護庁 助成、リベート ~2031年9月30日 クラス6およびクラス7の大型商用車のゼロエミッション車への買い替え、充電、保守に必要なインフラの展開、労働力の開発と訓練。
(2)生産体制強化 82,622,000,000
先端製造に対する税額控除(45X) 30,622,000,000 財務省 税額控除 2023~2031年。2030年から控除額の低減開始、2032年末で終了(重要鉱物は低減なし) 電池セル、モジュール、電極活物質、重要鉱物の生産に対する税額控除(販売日ベース)。国内で生産されていることが条件。
先端技術車両製造(ATVM)ローンプログラム 40,000,000,000 エネルギー省 貸付 ~2028年9月30日 先端技術車両およびコンポーネントの製造に対する融資。 ライトビークルに加え、中型および大型車両を対象に加え当初の30億ドルから増額。 既存のATVM融資に定められている250億ドルの上限を撤廃。
国内生産への転換に対する補助金 2,000,000,000 エネルギー省 助成 ~2031年9月30日 効率的なHEV、PHEV、BEV、FCVの車両および部品の国内生産。
先端エネルギープロジェクトに対する税額控除(48C) 10,000,000,000 財務省
エネルギー省
税額控除 2023~2031年度 小型~大型のクリーンビークル車両、部品、材料の生産およびリサイクルのための施設の設立、拡張、再装備。上限100億ドル。
(3)充電設備の確立 1,738,000,000
代替燃料施設に対する税額控除(30C) 1,738,000,000 財務省 税額控除 2023~2031年度 低所得コミュニティまたは都市以外における、企業や個人に対する、EV充電器、代替燃料インフラの設置の促進。費用の30%、最大10万ドルが税額控除の対象。
CHIPSおよび科学法 レガシーチップ製造資金 2,000,000,000 商務省 助成、貸付、貸付保証など 2022~2026年度 自動車産業、軍事、その他の重要な産業におけるレガシーチップの国内生産の支援。

注1:契約: 対象の主な目的が、受領者の直接の利益または使用のために財産またはサービスを取得 (購入、リース、または物々交換によって) すること。助成金: 関係の主な目的が、米国の法律で認められた支援または刺激という公的目的を実行するために受領者に価値のあるものを移転することであり、執行機関と契約内のアクティビティを実行する受信者との間に実質的な関与が期待されない。協力協定: コーポラティブアグリーメントのこと。関係の主な目的は助成金と同様であるが、執行機関と協定内の活動を実行する受領者との間に実質的な関与が期待される。
注2:税額控除額は、48Cを除き、2022年9月時点の議会予算局による推定支出額。実際の支出額とは異なる。
出所:各政府機関

各種支援を基にバッテリー生産は目標達成の見通し

バッテリーの生産体制の強化に向けては、IIJAの下で12プログラムに総額77億ドルが割り当てられた。鉱山の開発や代替品の研究のほか、原材料である鉱物の安定確保のためのリサイクルシステムの構築に重点が置かれ、5プログラムがリサイクル支援に焦点を当てたものである(リサイクルの詳細に関しては、調査レポート「米国におけるEV用バッテリーのリサイクル事業の現状と見通し調査(1.56MB)」参照)。また、IRAの枠組みでは、バッテリーの製造に対し「先端製造に対する税額控除(45X)」が盛り込まれた。「45X」は、生産者に対する直接支給(Direct Payment)(注5)であり、納税額がない初期段階の事業にも適用されるため、利用価値は高い。控除額は2023年から2032年までの累計で、当初の試算である306億ドルを大きく上回る1,965億ドル程度に達する、との予測も報じられている(フォーブス2023年2月1日)。

また、EV車両やバッテリー生産拠点に対する設備投資には、IRAに基づき「先端エネルギープロジェクトに対する税額控除(48C)」に総額上限100億ドル、「国内生産への転換に対する補助金」に20億ドル、また「先端技術車両製造(ATVM)ローンプログラム」に400億ドルが充てられた。ATVMは、当初の30億ドルから融資額を大幅に増やし、対象を当初のライトビークルから、中型、大型トラックに広げ、より多くの車種のグリーン化を目指す。既にフォードとSKオンの新設拠点に対する92億ドルや、オーストラリアの鉱物開発企業への1億7万ドルなど、多様なプロジェクトに対し融資が決定している。

これら政府支援もあって、米中西部、南東部を中心に民間によるバッテリー関連の新規投資案件の発表が続いている(本特集「EV導入の環境整備が進む米国南東部(前編)EV市場動向」、「EV導入の環境整備が進む米国南東部(後編)EV関連投資動向」参照)。エネルギー省は、各社が発表する計画が実現した場合、2030年時点の米国の年間バッテリー生産能力は、2021年の55 ギガワット時(GWh、カナダを含む)から大きく伸び、少なくともEV車両900万~1,100万台分に相当する900GWh程度にまで達するとみている。2030年の米国自動車販売台数を1,500万台と仮定すると、政府が目標とするEVシェア50%に相当する750万台分以上のバッテリーが国内で調達可能となる計算だ。

EV普及最大の課題、充電網の構築

既出のJDパワーによるアンケートでは、EV購入を拒否する消費者の約5割が、充電施設の不足を主な理由に挙げた。政府は2030年までに充電器50万基を設置する目標を掲げており、その達成に向け、総額92億ドルに及ぶ普及プログラムを策定した。充電の80%が家庭で行われることを前提に、EV普及に効果的な設置場所を優先し、代替燃料回廊(AFC)(注6)の一部として、国道の33%、州間道路の92%を占める総距離7万5,000マイル(約12万キロ)に及ぶEV回廊を設定した(詳細は、資料「National Electric Vehicle Infrastructure Formula ProgramPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(5.69MB)」参照)。そしてIIJAの下、EV回廊への充電施設の設置を目的とする「充電および給油インフラ補助金(代替燃料回廊)」と「NEVIフォーミュラプログラム」に合計で62億5,000万ドルを充てた。また、学校や公道など地域コミュニティへの充電施設設置に対する助成、さらには、IRAの下で都市部以外の貧困地域に限定した「代替燃料施設に対する税額控除(30C)」が定められた。政府は、これら支援策により240億ドル以上の民間投資を誘導し、「NEVIフォーミュラプログラム」でほとんどの州が政府目標達成のための十分な資金を得ることができた、と評価している。しかしながら、2030年時点で必要な120万ポート(レベル2充電ポート数と直流急速充電ポート数の合計)に達するには、政府目標は出発点に過ぎない。EV所有者の2割以上が充電器の不具合を経験しており、技術面での課題も多い。充電事業の拡大は引き続き課題となっている。

環境規制で政府目標達成を狙う

超党派の議会付属機関で、政府予算の調査・分析を行う議会予算局(CBO)は7月、IIJAによる充電器普及に対する支援とIRAによる税額控除の影響評価の中で、2032年時点のBEVとPHEV(EV)の全販売車両に占めるシェアは42%にとどまる、と試算した。また、民間格付け会社のS&Pも同シェアを40%と予測するなど、いずれも政府目標には届かないとの見通しを示す。そうした中で、政府は環境規制を用いてさらにEV普及を加速させる意向だ。環境保護庁(EPA)は2023年4月に、2027~2032年製車両を対象とする排ガス規制案、運輸省道路交通局(NHTSA)は7月に、企業別の平均燃費(CAFE)基準を含む燃費規制案を発表した。

前者の排ガス規制案では、2032年製の乗用車と小型トラックを含むライトビークルの二酸化炭素(CO2)排出量を、業界平均1マイル(約1.6キロ)当たり82グラム(82gpm)と推定した。2026年製車比で56%減に相当し、過去最も厳しい値だ。さらに、ガソリン車(ICE)の技術改良などに認められていた特典が一部撤廃され、より多くのEV販売による基準達成が求められることとなった(2023年4月21日付ビジネス短信参照)。他方、後者のCAFE基準に関しては排ガス基準と整合させるかたちで、2032年製車両に1ガロン(約3.8リットル)当たり57.8マイルを基準値に定めた(2023年8月1日付ビジネス短信参照)。EPAによると、排ガス規制案が発効された場合の全販売車両に占めるBEVシェアは2030年に60%、2032年に67%に達する。これは現行規制を踏襲した場合の達成予測値である、それぞれ40%、39%を大幅に上回る値である。新環境規制をもって政府のEVシェア目標を達成するという見通しだ。

しかしながら、自動車メーカーにとって、新たな排出基準値の達成は容易ではない。乗用車に代わるファミリーカーとして、より大型なスポーツ用多目的車(SUV)の人気が高まってきた影響もあってか、2016年製車両以降、排出の基準値を実績値が上回る傾向が続いている(図参照)。2021年製車両では、主要14メーカー中9メーカーが基準値に達していない(注7)。新たな排ガス規制案に関し、「EV割合を67%に引き上げない限り基準をクリアできない」と危機感を表す声も多い。また、CAFE基準に関しても、GMは2016、2017年製車両の基準未達に対する罰金として1億2,820万ドル、ステランティスは2018、2019年製車両について2億3,550万ドルを支払っている(ロイター2023年7月27日)。新CAFE規制案に対しGMは、企業が支払う罰金の総額は業界全体で1,000億~3,000億ドル、1台当たり1,300~4,300ドルになる可能性がある、と試算した。

図:米自動車業界におけるCO2排出における基準値に対する実績値
CO2排出における基準値に対する実績値を見ると、より大型なスポーツ用多目的車の人気が高まってきた影響もあってか、2016年製車両以降 、排出基準値を排出実績値が上回る傾向が続いている。

出所:EPAを基にジェトロ作成

こうした厳しい環境規制に対し、多くのメーカーからは見直しを求める声が上がっている。在米自動車メーカーから成る自動車イノベーション協会(AAI)のジョン・ボゼラ最高経営責任者は、「米国の規制当局や政策立案者が十分なサプライチェーン、インフラ、市場状況がないままEV義務化を推進するという早すぎるシナリオでは、中国製の安価な製品が米国のバッテリーサプライチェーンと自動車市場でより強力な足場を築く可能性がある」と危機感を募らす。一方、電動化の動きが遅すぎても、米国市場の規模拡大が間に合わず、中国が世界のEVサプライチェーンを席巻して他の市場への影響力を拡大するリスクがあることも示唆する。AAIはジェトロのインタビューに対し「現在ワシントンではAAIを中心に、IIJA、IRA及び環境規制の内容をすり合わせ、現実的なものに落とし込むよう、議員や政府関係者らとともに議論を重ねている」と述べた。今後、政府と自動車業界が生産現場の実態を踏まえつつ、国内でのEV普及と生産体制の強化をどう両立させるのか、注目される。


注1:
プラグインハイブリッド車(PHEV)、バッテリー式電気自動車(BEV)、燃料電池車(FCV)の総称。
注2:
ホイールサイズなど仕様による違いも含むモデル数。
注3:
2022年8月に議会予算局が発表した試算額。
注4:
車両総重量(GVWR)が19,501~33,000ポンド(1ポンド=約0.454キロ)の大型トラック。
注5:
納税額がなくとも、税額控除額分の受け取り可能な制度。
注6:
陸上交通修繕法(FAST法)セクション1413の下、電気、水素燃料電池、プロパン、および天然ガスの燃料供給技術を採用する乗用車および商用車の全米における機動性を向上させるため、連邦政府が主要な高速道路沿いに指定した充電・代替燃料供給施設を結ぶネットワーク。
注7:
CO2排出量以外に、基準達成のために認められるクレジットを含む値。
執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所 リサーチ・マネージャー
大原 典子(おおはら のりこ)
民間企業勤務を経て2013年からジェトロ・ニューヨーク勤務。自動車産業を柱に米国の産業調査を担当。

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