米NY州、NJ州のクリーンエネルギー電力投資の動向

2023年5月23日

米国では2022年8月に、総額5,000億ドル弱の「インフレ削減法」(IRA、2022年10月6日付地域・分析レポート参照)が成立した。そのうち約8割の約4,000億ドルが気候変動対策に充てられ、クリーンエネルギー生産設備投資に対する税額控除など、企業のクリーンエネルギー投資を資金面で大きく後押しする内容となっており、米国内でにわかに同分野への投資が活発化している。本稿では、米国の中でも北東部のニューヨーク(NY)州、ニュージャージー(NJ)州のクリーンエネルギー投資に焦点を当て、各州の電源構成や関連目標などを概観した上で、個別企業の事例などを中心に、各州の現状などをまとめる。

NY州:2030年までに州内の再エネ電源比率70%を目指す

NY州では、2019年7月に成立した気候リーダーシップおよびコミュニティー保護法(CLCPA法、Senate Bill S6599)で、電力部門に関して以下の目標を掲げている。

  • 2030年に電力の70%を再生可能エネルギー電源由来にするとともに、州の温室効果ガス(GHG)排出量を1990年比で40%削減
  • 2040年までに電力部門の100%ゼロエミッション化を実現
  • 2050年にGHG排出量を1990年比で85%削減するとともに、経済活動でのカーボンニュートラルを達成

足元でのクリーンエネルギー発電(原子力発電を含む)の比率は半分を超えており、規模が大きい。ただし、その約9割が原子力と水力発電となっている(図1参照)。

図1: NY州の電源構成(2022年)
天然ガスがシェア41%、石油が6%、クリーンエネルギー電源として原子力が23%、水力が22%、風力が5%、バイオマス、太陽光がそれぞれ1%となっている。

注:青字がクリーンエネルギー発電。
出所:米国エネルギー省エネルギー情報局(EIA)公表資料からジェトロ作成

NY州は、前述のCLCPA法で、2035年までに9,000メガワット(MW)の洋上風力発電開発を目指す目標を掲げている。これは同州の電力需要の30%に相当すると見込まれる(なお、NY州の洋上風力を含めた風力発電の現在のシェアは約5%)主な洋上風力プロジェクトには、風力発電大手のオーステッド(本社:デンマーク)などが手掛けるサンライズウインド・プロジェクト(880MW)や、エクイノール(本社:ノルウェー)とBP(本社:英国)が手掛けるエンパイアウインド・プロジェクト(2,100MW)などが挙げられる。そのほか、開発進行中のNY州の洋上風力発電プロジェクトの容量は4,300MWとなっており、同目標達成に向けて、官民を挙げて精力的に洋上風力発電開発を進めている。これは、バイデン米政権が掲げる2030年までに洋上風力発電容量を30ギガワット(GW)まで拡大するとの目標実現を大きく後押しする。

洋上風力発電のほかには、同州では建物の太陽光パネル設置への投資が進められている。同州の建物部門のGHG排出は新型コロナウイルス禍の影響を受けていない2019年時点でGHG排出量全体の32%を占めており、輸送部門の29%を抑え、最もシェアの大きい排出部門となっている(図2参照)。

図2:NY州の産業部門別のGHG排出量(1990~2020年)
これまでシェアが高かった電力部門や輸送部門が徐々に低下させているのに対して、建物部門のシェアはほぼ横ばいで足元ではトップのシェアとなっている

出所: NY州環境保全局

こうした現状から、NY州は2022年10月、カーボンニュートラルな建物に向けたロードマップを打ち出している(NY州ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。「カーボンニュートラルな建物」を「エネルギー効率の高い建物」と定義し、冷暖房システムや屋根・断熱材の現代化など、その設計、建設、運用でGHG排出に寄与しない建物作りを目指している。同様の観点から、建物の電化も重要と位置付け、分散型エネルギー資源の導入、具体的には、住宅などへの太陽光パネルの設置を進めるとしている。インフレ削減法(IRA)では、2023年から2032年までの10年間、住宅所有者や企業に対して、太陽光発電設備設置費用の最大30%をの税額控除が可能な支援措置を盛り込んでいる(2033年は26%、2034年には22%に低下、同措置が延長のない限り、その後は失効)。NY州でも、州独自の「ニューヨーク・サン・プログラム」という太陽光設備設置に対する支援制度を実施しており、最大25%(ただし、5,000ドルまで)の税額控除が可能となっている。これにIRAの下で利用できるようになった税額控除を追加すると、最大で太陽光発電設置コストの半分程度が支援されることとなる。

こうした状況にあって、NY州での太陽光発電設備の導入は足元で非常に活発だ。NY市立大学の調査によると、2022年に設置された太陽光発電設備の容量は745MWと前年の1.3倍となっている。特に注目すべき案件としては、ニューヨーク市住宅局(NYCHA)が所有する低中所得者向けの建物で展開している「コミュニティーパワー」が挙げられる。非営利団体のソーラーワンや電力会社のコンエディソンなどが開発し、2021年に完成したこのプロジェクトは、低中所得者でも再生可能エネルギーが利用できるようなスキームを採用しているのが特徴だ。2015年の国立再生可能エネルギー研究所(NREL)の調査によると、日陰に位置することや屋根の老朽化などの理由で、低中所得者を含めて米国家庭の実に約80%が太陽光パネルを設置できないという。このスキームでは、NYCHAが所有する建物の屋上などに太陽光パネルを多数設置、そこで生じた電力はコンエディソンに供給される。代わりに、建物に居住する中低所得世帯に太陽光発電電力使用に対する20%割引クレジットが支給される。これによる1世帯当たりの年間節約額は約120ドルと試算されており、太陽光パネルの耐用年数を通じて、このクレジットは支給され続ける。

NY州での太陽光パネル設置の様子


出所: NY州「ニューヨークシティーロードマップ80×50」

このプロジェクトは公営住宅の賃借人が安価に太陽光発電を利用できるプログラムということが評価され、2023年1月にエネルギー省が開催した全米の太陽光発電プロジェクトのベストプラクティスを評価するコンペティションで、全米の最優秀プログラムの1つとして表彰されている。

なお、コンエディソンはニューヨーク市やウェストチェスター郡を中心に展開する大手の電力会社だ。同社によると、同社はNY市内で7万5,000のビルや300万戸の住宅に電力を供給している。同社は顧客の太陽光発電利用に力を入れており、3万6,000以上の太陽光パネルの屋上設置プロジェクトを完了し、331MW以上の発電能力を有するとしている。こうした取り組みを通じて、同社は北米で第2位、世界でも第7位の太陽光発電事業者となっている。

NJ州:2050年までの100%再エネ電源化目標を2035年に前倒し

NJ州は2020年1月にエネルギーマスタープラン(EMP)を公表し、2050年までに同州のエネルギー源を100%クリーンエネルギーにすることを目指していた。しかし、2023年2月にフィル・マーフィー知事(民主党)は同目標の年限を2035年に前倒しすることを発表した。これを踏まえた新たなEMPは2024年中に発表される予定だが、加速度的な前倒しに達成を疑問視する声もある。

同州の足元の電源構成では、原子力発電が約51%と最大のシェアで、天然ガスが約44%と続く。原子力発電を含めたクリーンエネルギー電源は約54%となっている(図3参照)。

図3:NJ州の電源構成(2022年)
天然ガスがシェア41%、石油が6%、クリーンエネルギー電源として原子力が51%、太陽光が2%、バイオマス1%となっている。

注:青字がクリーンエネルギー発電。
出所:米国エネルギー省エネルギー情報局(EIA)公表資料からジェトロ作成

原子力発電以外のクリーンエネルギーでは太陽光発電が盛んで、2021年には全米50州で9番目の太陽エネルギー発電量を記録している。最近はNY州と同じく、洋上風力発電にも力を入れており、同州は2035年までに7,500MW、2040年までに1万1,000MWの洋上風力発電開発を掲げている。現在までに3,700MWの洋上風力発電容量を承認済みで、2023年初頭にはさらに1,200MWの同容量が要請される予定だ。

主な洋上風力プロジェクトとしては、 石油会社大手シェル(本社:英国)と総合エネルギー企業フランス電力(EDF)(本社:フランス)が手掛けるアトランティック・ショアーズ・プロジェクト(1,510MW)と、アトランティック・ショアーズ2プロジェクト(1,425MW)の洋上風力開発を進めているほか、オーステッドと米国のパブリック・サービス・エンタープライズ・グループ(PSEG)が手掛けるオーシャン・ウインドプロジェクト(1,100MW)規模の洋上風力開発を進めているなど、米国内外の大手企業を中心に洋上風力発電の案件開発が進んでいる。

洋上風力以外のクリーンエネルギーに関連した特徴的な投資案件としては、同州セアビルの貯水池に設置されている浮体式太陽光発電システムが挙げられる。浮体式太陽光発電システムは、地上式など従来の太陽光発電よりも全体的なコストは高いが、地上設置に比べてパネルを高密度で設置でき、面積を小さく抑えられるほか、水や風による冷却効果もあり、効率のより高いエネルギー生産が可能と言われている。2018年のNRELの調査によると、米国内のため池など人工水域の4分の1程度に太陽光発電設備が設置されれば、水上太陽光発電は潜在的に国内の電力需要の10%を賄うことができるとされており、将来性が見込まれている。

2015年にセアビルの自治体が太陽光発電設備設置を計画した際に、周辺に利用可能な土地がなかったため、浄水場の処理池を利用するかたちで、浮体式の太陽光パネル設置が提案され、約3年を要して実現した。セアビルの自治体主導のこのプロジェクトには、米国のエンジニアリング会社レテュー、フランスの水上太陽光発電メーカーのシエル・テール、米国の太陽光発電施設建設会社ソーラー・リニューアブル・エナジー(SRE)、J&Jソーラー、米国のエネルギーサービス大手のニュージャージー・リソーシズ(NJR)の再生可能エネルギー部門子会社NJRクリーンエナジー・ベンチャーズが参加している。プロジェクトの資金規模は720万ドル、発電容量は4.4MWで、決して大規模ではないものの、その内容の特異性とともに、浄水池を提供したセアビルの自治体は、業者と15年間の電力売買契約を締結し、自治体のエネルギーコストを年間で推定100万ドル節約するなど、行政コストの低減にも貢献していることに特徴がある。浮体式ではあるものの、ハリケーンなどの強風も考慮して、一部は水辺に固定されるかたちをとっている。

2020年11月に、同プロジェクトはNJ州自治体技術者協会から、自治体とエンジニアリング会社が緊密に連携した好例として表彰されるなど、高い評価を受けている。同プロジェクトの成功を受け、2022年5月、NJ州での2番目の浮体式ソーラープロジェクトが発表されている。これは、NJ州ミルバーンに設置予定で、規模は8.9MW、北米最大の浮体式太陽光発電設備となり、ニュージャージー・アメリカン・ウオーターのカノー・ブルック浄水場の年間電力需要の約95%を賄うことになるとされている。

おわりに

両州とも、クリーンエネルギー電力投資に熱心な州だ。共通するのは洋上風力、太陽光発電開発に力を入れているほか、原子力発電が現状で大きなシェアを占めている点だ。これらの点については、日本にも通ずるところがある。NY州、NJ州はそれぞれ全米4位、11位の人口を有する大規模な州でもあり、その手法は日本の今後のクリーンエネルギー電力投資にも大いに参考になると考えられ、今後の動向が引き続き注目される。

執筆者紹介
ジェトロ・ニューヨーク事務所
宮野 慶太(みやの けいた)
2007年内閣府入府。GDP統計、経済財政に関する中長期試算の作成などに従事。中小企業庁や金融庁にも出向し、中小企業支援策や金融規制などの業務を担当。2020年10月からジェトロに出向し現職。