注目度高まる北米グリーン市場、その最前線はCCUS普及のカギを握るパイプライン、中西部開発の行方は(米国)

2023年9月27日

発電所や工場などの産業活動から排出された二酸化炭素(CO2)を分離・回収し、パイプライン輸送して、地中深くに貯留するCCSや、回収したCO2を何らか有効利用しつつ貯留するCCUSは、文字どおり足元でCO2排出量を削減する技術だ。バイデン政権による各種奨励策がCCS・CCUS普及の起爆剤になり、開発事業者や投資家の注目が高まる。一方、CO2を貯留地まで運搬するパイプラインに関する安全面を含めた法整備の遅れに加え、地域住民などからは建設反対の声も上がる。本稿では、CCS・CCUSの導入に欠かせないCO2のパイプラインにフォーカスを当て、米国中西部における大規模なパイプライン建設計画の現状と課題について報告する。

政府の助成金と税額控除でCCUSに注目

米国のジョー・バイデン大統領は2050年までのカーボンニュートラル実現を掲げ、さまざまなエネルギー転換促進・再生可能エネルギー普及関連の政策・法令を導入・改定してきた。CCS・CCUSに関しては、2021年11月に成立したインフラ投資雇用法(IIJA)では、CO2分離・回収、輸送、利用貯留技術などの炭素管理技術や、大気中から直接CO2を分離・回収するDAC技術の実証に向こう5年間で121億ドルを助成する計画などが盛り込まれた。また、2022年8月に成立したインフレ削減法(IRA)では、従来の税額控除の期間延長・控除額の大幅な引き上げ(注1)などが盛り込まれた。こうした連邦政府の後押しにより、大規模なCCUSプロジェクトが開発事業者や投資家の関心を集めている。100を超える企業や環境政策・非営利団体など超党派からなるCCUS業界団体のカーボン・キャプチャー・コアリションが2023年4月に公表した報告書では、IIJAで定められたCO2管理技術と実証を対象とした助成金や、IRAで定められた税額控除などが全て実施されれば、2035年までに米国のCO2管理能力は現在の13倍に増加し、CO2排出量は年間2億1,000万~2億5,000万トン削減できるとしている。

米国では、州独自のインセンティブを講じるカリフォルニア州、採掘の過程にCO2を有効利用するシェールオイル・ガス産地のメキシコ湾岸、そしてCO2排出源となる産業集積地に近い中西部などを中心にプロジェクト開発が行われている。中でも中西部では、3つの大規模なCO2輸送パイプラインの建設プロジェクトが提案されている(表参照)。これらのパイプライン計画では、中西部のトウモロコシを使用して生産されるエタノールの製造工場や肥料工場から排出されるCO2を圧縮して輸送し、貯留することを目的としている。なお、エタノールの生産工場はトウモロコシの生産量が米国で最も多いアイオワ州に集中している。

表:中西部で計画中のCO2パイプライン(-は値なし)
企業名  プロジェクト名 パイプライン全長 州  貯留地 着工予定 
サミット・カーボン・ソリューションズ(本社:アイオワ州)  2,000マイル アイオワ州、ミネソタ州、サウスダコタ州、ノースダコタ州、ネブラスカ州 ノースダコタ州 2023年後半
ナビゲーターCO2(本社:ネブラスカ州)  ハートランド・グリーンウェイ 1,300マイル イリノイ州、アイオワ州、ミネソタ州、ネブラスカ州、サウスダコタ州 イリノイ州 2024年第2~第4四半期
ウルフ・カーボン・ソリューションズ(本社:コロラド州)  マウント・サイモン・ハブ 280マイル イリノイ州、アイオワ州 イリノイ州 2025年第2四半期

注:2023年8月時点での計画。
出所:各社の公式ウェブサイトからジェトロ作成

世界最大規模のパイプライン建設の可能性も

これらの計画では、具体的なパイプライン建設の動きも加速している。アイオワ州に本社を置くサミット・カーボン・ソリューションズ(Summit Carbon Solutions、以下サミット)が計画するパイプラインは、中西部5州(アイオワ州、ミネソタ州、サウスダコタ州、ノースダコタ州、ネブラスカ州)にまたがる。全長2,000マイル(約3,218キロ)にも及ぶこのパイプラインは、同社とそのパートナー企業が総額55億ドルを投じる見通しで、同社によると、計画どおり建設されれば世界最大規模のものとなる。着工は2023年後半、操業は2024年後半から2025年前半を予定している。このパイプラインは、5州にまたがる30カ所以上のエタノール工場から排出されるCO2を回収したのち、ノースダコタ州ビスマルクの貯留地で貯留する計画だ。

また、ネブラスカ州を本社とするナビゲーターCO2(以下ナビゲーター)の計画するハートランド・グリーンウェイは、中西部5州(イリノイ州、アイオワ州、ミネソタ州、ネブラスカ州、サウスダコタ州)にまたがるパイプラインで、サミットと同じく、エタノール工場などからCO2を回収する。2025年初めから段階的に操業開始される見込みだ。パイプラインの全長は約1,300マイル(約2,092キロ)、CO2貯留地にはイリノイ州中南部に位置するクリスチャン郡とモンゴメリー郡が選定されている。同社によると、このパイプラインが全て拡張されれば、毎年1,500万トンのCO2を回収・貯留することが可能になるという。これは、年間で、約320万台の自動車から排出されるCO2や、1,830万エーカー(約732万ヘクタール)の森林で貯留されるCO2に相当する量とされ、アイオワ州デモイン都市圏の年間CO2排出量の3倍以上に相当するという。

前述のパイプラインと比較すると小規模ではあるものの、ウルフ・カーボン・ソリューションズ(Wolf Carbon Solutions、本社:コロラド州、以下ウルフ)はマウント・サイモン・ハブとよばれる全長280マイルの(約451キロ)パイプラインを計画しており、大手食品原料製造のADM(本社:イリノイ州)の所有するアイオワ州の2カ所のエタノール工場から、イリノイ州中心部の貯留地までCO2を輸送する。ウルフは2023年6月にイリノイ州商業委員会(ICC)に対して、パイプラインシステムを安全に開発・運営するための許可申請を行った。ICCから許可が下りた場合、着工は2025年第2四半期の予定で、操業開始は同年第4四半期の見通しとなっている。

パイプライン建設計画に反対の声も

大規模なパイプライン建設計画が発表される一方、建設に反対する声も少なくない。その理由の1つが安全面への懸念で、CO2を輸送するパイプラインの安全性に関する法規制の整備が不十分であるとの意見もある。例えば、パイプラインに関する教育と安全性の推進を担う非営利団体のパイプライン・セイフティ・トラストによると、現行の法規制では、超臨界流体の状態で輸送されるCO2のみが規制の対象となっており、規制対象外となる気体やその他の状態で輸送した際に事故が起きれば、事業者へ責任を問うことができない可能性があるという。また、2020年にミシシッピ州サターシャでは、パイプラインの破裂事故が発生し、パイプラインからCO2が漏出した結果、住民45人が病院へ搬送され、300人以上が避難した。議会調査局(CRS)のパイプライン開発に関する2023年6月の報告書によると、パイプラインが敷設される見込みの地域の住民の中には、同様の事故が発生する可能性を懸念する人もいるとしている。このミシシッピ州での事故後に、連邦政府は規制が不十分であるという批判を受け、パイプラインの安全性を規制する運輸省(DOT)のパイプライン・危険物安全管理局(PHMSA、注2)が2022年5月、CO2パイプラインの安全基準を更新するための規則策定を開始すると発表。同局は2024年6月に規則案を公表する予定だが、最終規則決定の日付は設定していない。CRSは報告書の中で、新しい規則が最終決定される前に、開発業者がパイプラインの建設を開始する可能性がある、と懸念を表明する利害関係者もいるとしている。

建設反対の2つ目の理由は、CCUSがそもそもCO2排出量削減に有効かどうかを疑問視する考えだ。CCUSでは、回収したCO2は地中に圧入され、生産量の落ちた油田で石油の回収率を高める石油増進回収技術(Enhanced Oil Recovery:EOR)に広く用いられる。米国のエネルギー経済・財務分析研究所(IEEFA)によると、実際に、回収されたCO2の70%は現在、石油採掘に利用されているとしている。イリノイ州の環境保護団体や地域住民などが構成する、パイプライン建設に反対する団体は、CCUSは結果的に化石燃料の生産を増やし、その使用を永続化することにつながっている、などと主張している。

こうした反対派の意見を受け、企業がパイプラインの建設計画の変更を余儀なくされるという事態も起こっている。直近では、2023年8月4日にノースダコタ州公共サービス委員会が、サミットによる、貯留地にCO2を輸送するために同州内を通る320マイル(約515キロ)のパイプラインを敷設する立地許可の申請を却下した。同委員会は、却下の理由として、サミットがパイプラインの安全性や建設による悪影響などの市民の懸念に対して十分な説明をしてこなかったことを挙げた。また、パイプラインの通るルート内で、米国地質調査局によって指摘された、地質学的に不安定な可能性がある14地域について、サミットがどのように対処したかを示す情報を同委員会に提出していない、とも述べている(注3)。同社は、ノースダコタ州におけるパイプラインルートの80%の地役権を取得しているが、ルートの変更も含め見直した計画を再申請する予定だ。現行の法規制では、パイプラインの立地許可規制は州の権限となっている(注4)。CRSによると、CO2パイプラインの立地に関する連邦政府による全体的な権限が存在しないことが、今後、パイプライン開発促進に際して「重大な問題」になる可能性がある、と指摘する識者もいるとしている。

郡もパイプライン建設の是非に直接介入

州の立地許可規制とは別に、郡がパイプライン建設に介入しようとする事例もある。イリノイ州サンガモン郡理事会は2023年8月8日、同郡を通過するパイプラインの建設とCO2貯留に関する州や連邦のいかなる法案も現時点では承認しないことを決議し、ナビゲーターのパイプライン計画の延期に賛成した。パイプラインが建設された場合の安全性、土地の資産価値、道路への影響などへの疑問が解消していないことが、同郡の延期賛成の理由としている。また、同郡は、2022年9月にイリノイ州商業委員会(ICC)に対し、プロジェクト承認の過程における発言権を持つための介入申し立てを行っている。報道によると、ICCは2024年初めに、このパイプライン計画の立地許可申請について裁定を下す予定だ(WANDTV、2023年8月8日)。なお、ICCによるプロジェクト承認が得られれば、土地所有者がナビゲーターに有償の地役権を与えることに同意しない場合でも、ナビゲーターは土地収用権を行使して土地を差し押さえることができるようになるとのことだ(イリノイタイムズ、2023年8月17日)。

法整備と住民が納得できる説明と補償がカギ

政府からの助成金や税額控除などのインセンティブを受けて、CO2回収技術の開発やインフラの開発・拡大に大きな期待がかかる一方で、大規模なパイプライン建設計画は、安全性を考慮した法整備や住民、地域コミュニティとの連携なしには前進が難しい。今後、連邦だけでなく、州や地方自治体によるCO2パイプラインに関連する法整備が進み、企業が地域住民の納得できる説明と補償の提案をすることができるかが、パイプライン建設実現へのカギとなるだろう。


注1:
IRAでは、CCUSに関する税額控除(セクション45Q)の内容が改定された。改定前は、CO2隔離に関する控除が認められる対象は「2026年1月1日より前に着工する企業」となっていたが、「2033年1月1日より前に着工する企業」と対象が拡大された。また、CO2の地中貯留に対する税額控除額は1トン当たり85ドルと従来の50ドルから大幅に引き上げられた。
注2:
パイプライン、地下天然ガス貯蔵、液化天然ガス(LNG)施設の安全規制の策定、発行、施行は、主に連邦政府が責任を負うが、パイプライン安全法は、PHMSAによる年次認証のもと、州内規制、検査、施行責任を州が引き受けると規定している。年次認証を経て、州は連邦規制を採用することとなる。なお、連邦規制に矛盾しない限り、州は追加的またはより厳しい州規制を採用することができる。
注3:
土地収用や、パイプラインの安全性に関する事項は、委員会の管轄外であり、同委員会が立地許可の審査において考慮する事項には含まれていない。
注4:
連邦所有地など特定の地域については、連邦政府の承認が必要となる場合もある。
執筆者紹介
ジェトロ・シカゴ事務所 農水/調査部 アシスタント・リサーチャー
星野 香織(ほしの かおり)
商社、ジェトロ・ニューヨーク事務所などでの勤務を経て、2022年3月から現職。

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