特集:欧州で先行するSDGs達成に寄与する政策と経営EUの政策概要と法整備の動向(第1回)欧州委員会におけるSDGsの位置づけとアプローチ

2021年12月6日

EUは、持続可能な開発目標(SDGs)の旗振り役として、当初より積極的に推進する立場をとっている。2015年の国連持続可能な開発サミットでのSDGsの採択以降、EUはSDGsを政策の優先目標として、通商政策や開発援助政策といった対外政策だけでなく、EUの幅広い域内政策にもSDGsを反映させている。欧州委員会のジャン=クロード・ユンケル前委員長(任期2014~2019年)は、SDGsをEUの基礎をなす指針として位置づけ、持続可能な開発の3つの柱となる「社会」「環境」「経済」を、EUの新たな政策はもちろん、既存の政策においても必須の考慮事項とするなど、EU政策におけるSDGsの主流化に取り組んだ。こうした流れを引き継ぎ、ウルズラ・フォン・デア・ライエン現委員長(任期2019~2024年)も、SDGsを自身が主導するすべての提案、政策、戦略に組み込むとしており、EUにおけるSDGsの主流化が今後さらに加速するとみられる。そこで本稿では、現欧州委のEU政策全体におけるSDGsの位置づけやSDGsの実現に向けた欧州委のアプローチを、「欧州グリーン・ディール」「ヨーロピアン・セメスター」「復興レジリエンス・ファシリティー(RRF)」などの政策を踏まえて解説する。また、欧州委のこうしたSDGsへの取り組みに呼応した欧州の業界団体の取り組みも紹介する。

フォン・デア・ライエン体制におけるSDGsの位置づけ

フォン・デア・ライエン体制下では、SDGsの主流化に向けて、SDGsを欧州委の優先課題に組み込んでいる。欧州委の優先課題とは、フォン・デア・ライエン委員長が就任前に発表した自身の政治的ガイドラインPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.19MB)で規定した「欧州グリーン・ディール」(注1)、「欧州デジタル化対応」(注2)、「人々のための経済」、「欧州生活様式の推進」、「世界における強固な欧州」、「欧州民主主義のさらなる推進」の6つである。欧州委はSDGs の17目標外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますについてすべて、少なくとも1つ以上の優先課題に振り分け(表1参照)、SDGsの各分野での実質的な進展を図るために具体的な政策を示すとしている(注3)。

表1:欧州委員会(フォン・デア・ライエン体制)の優先課題とSDGs
欧州委員会の優先課題 該当するSDGs
欧州グリーン・ディール 2. 飢餓をゼロに 3. すべての人に健康と福祉を 6. 安全な水とトイレを世界中に 7. エネルギーをみんなに そしてクリーンに 8. 働きがいも経済成長も 9. 産業と技術革新の基盤をつくろう 10. 人や国の不平等をなくそう 11. 住み続けられるまちづくりを 12. つくる責任つかう責任 13. 気候変動に具体的な対策を 14. 海の豊かさを守ろう 15. 陸の豊かさも守ろう
人々のための経済 1. 貧困をなくす 3. すべての人に健康と福祉を 4. 質の高い教育をみんなに 5. ジェンダー平等を実現しよう 8. 働きがいも経済成長も 9. 産業と技術革新の基盤をつくろう 10. 人や国の不平等をなくそう
欧州デジタル化対応 4. 質の高い教育をみんなに 9. 産業と技術革新の基盤をつくろう
欧州生活様式の推進 3. すべての人に健康と福祉を 4. 質の高い教育をみんなに 10. 人や国の不平等をなくそう 16. 平和と公正をすべての人に
世界における強固な欧州 17. パートナーシップで目標を達成しよう
欧州民主主義の推進 5. ジェンダー平等を実現しよう 10. 人や国の不平等をなくそう 16. 平和と公正をすべての人に

1. 貧困をなくす
2. 飢餓をゼロに
3. すべての人に健康と福祉を
4. 質の高い教育をみんなに
5. ジェンダー平等を実現しよう
6. 安全な水とトイレを世界中に
7. エネルギーをみんなに そしてクリーンに
8. 働きがいも経済成長も
9. 産業と技術革新の基盤をつくろう
10. 人や国の不平等をなくそう
11. 住み続けられるまちづくりを
12. つくる責任つかう責任
13. 気候変動に具体的な対策を
14. 海の豊かさを守ろう
15. 陸の豊かさも守ろう
16. 平和と公正をすべての人に
17. パートナーシップで目標を達成しよう

出所:欧州委員会資料を基にジェトロ作成

こうした政策のうち、特に重要なのが「欧州グリーン・ディール」である。欧州グリーン・ディールは、2050年までにEUの気候中立を目指すものであり、その目標達成のためにEU経済を、資源を有効利用する循環型のクリーンで競争力のある経済に転換させるという野心的な内容である。欧州委は、欧州グリーン・ディールをSDGsの実現に向けた戦略の一環として位置づけており、SDGsの17の目標のうち、少なくとも12の目標(表1「欧州グリーン・ディール」参照)に貢献するとしている。欧州委は2020年4月に、「欧州グリーン・ディール」の根幹となる、2050年までの気候中立の達成を法制化する「欧州気候法」を提案した。2021年4月にはEU理事会(閣僚理事会)と欧州議会での暫定合意(2021年4月22日付ビジネス短信参照)に達し、両機関の正式な承認を経て、7月に欧州気候法が施行された。欧州気候法により、EUの2030年までの温室効果ガスの削減目標が1990年比で少なくとも55%となったことを受け、欧州委は2021年7月には、2030年の削減目標の達成に向けた既存のEU法の改正案などを含む大型の政策パッケージ「Fit for 55」(2021年7月15日付ビジネス短信参照)を提案するなど、SDGsの達成に関連した様々な法案の立法プロセスが進行中である。また、欧州委が「欧州グリーン・ディール」とともに、EUの成長戦略として推進している「欧州デジタル化対応」においても、欧州委は2020年2月に発表した「欧州デジタル戦略」(2020年2月25日付ビジネス短信参照)を基に、EU域内のデジタルスキルの向上やデジタルインフラの整備などに関する数値目標を規定した「デジタル・コンパス2030」(2021年3月12日付ビジネス短信参照)を発表するとともに、デジタルサービス法案(2020年12月22日付ビジネス短信参照)などの重要法案を提案するなど、SDGsの実現に向けた法整備が進んでいる。

さらに、欧州委は「人々のための経済」や「欧州民主主義の推進」の優先課題においても、SDGsに関連した法案を提案している。欧州委は、EUが2017年に採択した「欧州社会権の柱」(労働市場における雇用機会の均等、公正な労働条件、社会保障の確保といった欧州型の社会モデルの強化に向けた20の基本原則)を、気候中立やデジタル化への移行の公正公平な実施を担保するための戦略とし、SDGsの実現に向けた重要な枠組みとして活用するとしている。フォン・デア・ライエン委員長は政治的ガイドラインにおいて、SDGsの実現に向け「欧州社会権の柱」を推進すると明言しており、雇用、デジタルスキル、貧困など社会権に関連した共通目標の達成に向けた取り組みを加盟国に求める行動計画(2021年3月5日付ビジネス短信参照)を発表している。では、これらの優先課題における注目すべき法案の内容や動向を解説する。

SDGsの実現に向けた欧州委員会の「政府全体」アプローチ

欧州委は、SDGsの実現に向けた政策の実施に、政府が一丸となって取り組むという「政府全体」アプローチを採用している。経済政策に影響を与えるあらゆる政策を根本から見直すべきとして、変革を促す政策を策定し、効果的に適用する必要があるとした。その代表的な例と言えるのが、「ヨーロピアン・セメスター」へのSDGsの観点の導入である。ヨーロピアン・セメスターとは、2010年の欧州経済危機を教訓に導入された加盟国の財政政策の監視と協調の枠組みである。各加盟国がEUとの対話に基づく政策実施を毎年積み重ねることで、加盟国に対するEUのフォローアップを強化し、加盟国による政策協調の改善を図るものである。欧州委が毎年、今後1年間の成長や雇用の促進に向けた優先課題を定めた年次成長概観(Annual Growth Strategy、以下AGS)を提示し、各加盟国の経済状況や前年の国別勧告の履行状況を分析した国別報告書を公表する。各加盟国は、この発表を受けて、健全な財政に向けた中期的な予算計画と主要目標に関する政策をまとめた国別改革プログラムを欧州委に提出する。その後、欧州委は各加盟国が提出したこれらの計画・プログラムを評価した上で、AGSの優先課題に沿った国別勧告を策定し、EU理事会がこれを採択する。各加盟国は、国別勧告の内容を国内の政策に反映することが期待される。さらに、2018年からは、「欧州社会権の柱」の採択を受け、社会権に関する指標である「社会的スコアボード」を設定し、各加盟国における社会権に関する政策の進捗状況をモニターするなど、社会権の視点をヨーロピアン・セメスターに取り入れている。こうした中で、フォン・デア・ライエン委員長は、政治的ガイドラインにおいて、ヨーロピアン・セメスターにおいてSDGsをより前面に打ち出すことを発表し、2020年からAGSを年次持続可能成長戦略外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます(Annual Sustainable Growth Strategy、以下ASGS)に改めた。これまでの経済的・社会的な課題に加えて、環境の視点を組み込むとして、ASGSには、環境の持続性に関する項目を新たに追加した。欧州委は各加盟国のSDGsの進捗状況をモニターし、その結果を国別報告書にまとめており、各加盟国は国別改革プログラムにおいて、SDGsの観点から対策を盛り込むことが求められる。このように、ヨーロピアン・セメスターにSDGsの観点を導入することで、欧州委だけでなく加盟国も政策立案にSDGsを組み込むことが求められるとともに、欧州委と加盟国による政策対話が促されることから、加盟国が実施する政策を含め、EUの幅広い政策分野におけるSDGsのより確実な達成が期待される。

また、EUは政策面だけでなく、予算面でも、SDGsの実現にコミットしている。特に欧州グリーン・ディールにおいては、2021~2027年の中期予算計画(MFF)(2020年9月23日付地域・分析レポート参照)と「新型コロナウイルス危機」に対する臨時の特別予算である復興基金(2020年9月24日付地域・分析レポート参照)において、予算全体の3割を気候変動などのグリーン化移行予算に割り当てるとした。さらに、復興基金の中核となる「復興レジリエンス・ファシリティー(RRF)」(2021年2月15日付ビジネス短信参照)においては、グリーン化移行対策予算の割合をさらに引き上げ、少なくとも37%以上とし、RRFの予算が気候や環境を「著しく害することがない」よう求めている。RRFにおけるグリーン化移行対策には、欧州委がEU名義で発行する復興基金グリーンボンド(2021年9月8日付ビジネス短信参照)によって調達した資金が拠出される予定であり、その拠出対象となる政策は9分野に分類される(表2参照、注4)。このうち、「クリーンエネルギー」「エネルギーの効率化」「クリーン交通」が特に大きな割合を占めるとしている。このように欧州委は、欧州グリーン・ディール政策の立案だけでなく、その実施に向けた予算を確保することで、SDGsの実現を強力に後押ししている。

表2:復興基金グリーンボンド資金の拠出対象となる政策分野と該当するSDGs
政策分野 定義と例示 該当するSDGs
グリーン化移行を促す研究開発 低炭素、循環型経済、気候変動適応に関する企業間の協力、技術移転、研究開発 8. 働きがいも経済成長も 11. 住み続けられるまちづくりを 12. つくる責任つかう責任
グリーン化移行を促すデジタル技術 温室効果ガス削減につながるデジタル化、ICTインフラ 8. 働きがいも経済成長も 9. 産業と技術革新の基盤をつくろう
エネルギーの効率化 エネルギー効率化につながる施設の整備、改良、改修 9. 産業と技術革新の基盤をつくろう11. 住み続けられるまちづくりを
クリーンエネルギーとネットワーク 風力、太陽光、海洋、バイオマスなどの低排出あるいは排出ゼロの発電 7. エネルギーをみんなに そしてクリーンに 13. 気候変動に具体的な対策を
気候変動適応 暴風雨、干ばつ、山火事など気候変動リスクへの対応と予防 13. 気候変動に具体的な対策を
水資源と廃棄物の管理 安全な水の提供と水資源の保護
リサイクル済み原材料の利用
産業用地の環境改善
6. 安全な水とトイレを世界中に 11. 住み続けられるまちづくりを 12. つくる責任つかう責任
クリーン交通とインフラ 低炭素の交通手段、公共交通システムやインフラへの投資 9. 産業と技術革新の基盤をつくろう 11. 住み続けられるまちづくりを
環境保護、回復と種の多様性 グリーンインフラ、Natura 2000(EUの生物保護地区)の保護 6. 安全な水とトイレを世界中に 14. 海の豊かさを守ろう 15. 陸の豊かさも守ろう
その他 グリーン化移行対策、温室効果ガス削減や社会構造の変化への適応に間接的に貢献する政策など その他

1. 貧困をなくす
2. 飢餓をゼロに
3. すべての人に健康と福祉を
4. 質の高い教育をみんなに
5. ジェンダー平等を実現しよう
6. 安全な水とトイレを世界中に
7. エネルギーをみんなに そしてクリーンに
8. 働きがいも経済成長も
9. 産業と技術革新の基盤をつくろう
10. 人や国の不平等をなくそう
11. 住み続けられるまちづくりを
12. つくる責任つかう責任
13. 気候変動に具体的な対策を
14. 海の豊かさを守ろう
15. 陸の豊かさも守ろう
16. 平和と公正をすべての人に
17. パートナーシップで目標を達成しよう

出所:欧州委員会資料を基にジェトロ作成

SDGsに関する業界団体の取り組み

欧州委は、「企業の社会的責任(CSR)」に関する政策提案書を2001年に策定して以来、2011年にはCSR戦略を発表するなど、CSRに関する企業への働きかけを積極的に行っている。欧州委はCSRを、社会、環境、倫理、人権、消費者に関連した懸念について、利害関係者との緊密な協働関係を持ちながら、企業活動やその戦略に組み込む企業の責任として捉えており、CSRへの取り組みはSDGsの実現に寄与するものだとしている。そうした中で、企業のCSRに対する取り組みは、2000年代はCSRや持続可能性に関する意識向上を中心とした活動であったが、2010年以降は、持続可能性の概念の主流化が浸透する中で、SDGsの企業戦略への導入が本格化している。

欧州企業のCSRへの取り組みを推進する業界団体であるCSR Europeは、企業と様々な非営利組織(NPO)など利害関係者をつなぐプラットフォームとして機能しており、欧州委の委員や高官などが講演する大規模イベント「欧州SDGsサミット」を毎年開催している。CSR Europeは2030年に向けた戦略PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.57MB)において、持続可能な将来への鍵となるのは企業の貢献であること、1社ごとではなくエコシステム全体での取り組みが必要であること、実際の影響や変化を重視すること、影響力の大きな協働や政策提言をすること、高い透明性と利害関係者との協議を基本的な要件とすることを、目指すべき方向性として挙げている。また、「持続可能な原材料とバリューチェーン」「持続可能な市場と金融」「人々のための経済」を特に重視する分野としている。さらにCSR Europeは、「持続可能な産業に向けた欧州協定2030PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.51MB)」として、2024年までに欧州のすべての産業団体が成熟した持続可能な産業戦略を策定すること、2030年までに1万社の企業が同じセクター内の企業あるいはセクターの枠を超えて異なる分野の企業と協業すること、2024年までにEUの政策立案者が包摂的かつ公平な競争環境の実現に向けた政策を実施することを目標に掲げている。


注1:
「欧州グリーン・ディール」の詳細は調査レポート「新型コロナ危機からの復興・成長戦略としての「欧州グリーン・ディール」の最新動向」(2021年3月)参照。
注2:
「欧州デジタル化対応」の詳細は、調査レポート「EUデジタル政策の最新概要」(2021年10月)参照。
注3:
欧州委のSDGsの取り組み方針については作業文書「Delivering on the UN’s Sustainable Development Goals – A comprehensive approachPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(615.56KB)」(2020年)を参照。
注4:
復興基金グリーンボンドの枠組みについては欧州委の作業文書「Next Generation EU – Green Bond FrameworkPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(613.51KB)」(2021年)を参照。
執筆者紹介
ジェトロ・ブリュッセル事務所
吉沼 啓介(よしぬま けいすけ)
2020年、ジェトロ入構。