特集:欧州で先行するSDGs達成に寄与する政策と経営SDGs意識は国民に深く浸透(スイス)
サステナブルファイナンスを推進

2021年12月22日

スイス連邦共和国憲法第73条では、「連邦政府および州政府は、自然、特にその再生能力と人間による利用との持続可能なバランスを確立するよう努める」として、持続可能な開発の重要性が謳われている。持続可能性を重視する考え方は、国連の「持続可能な開発目標(SDGs)」が登場する以前から、スイス国民にとって古くから馴染みのあるものだ。

気候変動と環境問題に国民の高い関心

特に「気候変動」については、国民投票において関連する議題が何度も取り上げられていることからも、国民の意識の高さがうかがえる。

例えば1994年の「アルプスイニシアチブ(国民発議、注1)」では、南北ヨーロッパのサプライチェーンを支える幹線道路として機能してきたゴッタルド道路トンネルを通過するトラック交通量が多すぎることが問題になり、排気ガスによる汚染からアルプスの自然を守ることが求められた。

2022年以降に投票が予定されている「グレイシャー(氷河)イニシアチブ」は、アルプス山脈が生み出す独特な生態系が温暖化によって破壊されることを防ぐため、不要な貨物輸送を減らすとともに、2050年までに貨物輸送の100%を電気燃料に切り替えることを目指している。イニシアチブ成立にあたっては、2019年5月の署名開始後、約半年で11万3,000人の署名が集まった。

アルプスや氷河といった豊かな自然が身近にあり、またそれらが重要な観光資源としても重視されているスイスでは、気候変動による環境への影響を感じる場面が多く、国民意識が高い。クレディスイスによる国民の関心事についての世論調査(2021年11月発表)によると、「気候変動」(39%)は「新型コロナウイルス」(40%)に次いで2番目に関心が高かった。

国連SDGsと整合、国家戦略は3分野に注力

では、スイス国内の持続可能な開発を目指す戦略は、どう規定されているのだろうか。連邦参事会(内閣)が「持続可能な成長戦略(Sustainable Development Strategy、SDS)」を初めて採択したのは、1997年のことだ。以来、4年ごとに戦略を見直してきた。また、2015年9月に国連で「持続可能な開発のための2030アジェンダ(英語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」が採択されて以降は、SDGsと内容的な整合が図られるようになり、SDGsの17の目標(英語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますの中で、スイスが特に優先的に取り組むべき目標を定めてきた。

2021年6月に更新された最新版の「持続可能な成長戦略2030」では、戦略の実施期間を4年から10年に変更し、2021年から2030年までにスイスが注力すべき優先目標として、気候変動など以下3項目を挙げている。

  1. 持続可能な消費と生産
  2. 気候、エネルギー、生物多様性
  3. 機会均等と社会的結束

SDSでは、これら優先目標に対応するSDGsの目標番号と、目標を達成するための国内の戦略的方針を記載している。これらをまとめると、表のとおりになる。SDGsの17目標のうち、12目標(70%相当)がカバーされていることになる。

表:スイスの優先的目標と戦略的方針

持続可能な消費と生産
項目 スイス国内の戦略的方針 関連するSDGs目標
持続可能な消費パターンの促進
  • 持続可能な商品・サービスの供給を促進
  • 持続可能な商品購入のための消費者の知識の向上
  • 化石燃料を助長する補助金や税制優遇措置の見直し
12 つくる責任 つかう責任
自然資源を保護しながら、繁栄と幸福を確保する
  • 社会的・環境的に持続可能な生産パターンを促進する
  • スイス経済の効率性とともに、競争力がありイノベーティブな能力を促進する
  • 循環型経済の推進
  • 化学製品の健康と環境への悪影響の回避
8 働きがいも 経済成長も
12 つくる責任 つかう責任
持続可能なフードシステムへの転換の促進
  • 健康的でバランスのとれた持続可能な栄養の促進
  • 食品廃棄物の削減
  • フード・バリュー・チェーン全体での持続可能性の向上
  • フードシステムの回復力の強化
2 飢餓をゼロに
3 すべての人に健康と福祉を
12 つくる責任 つかう責任
国内外の企業の責任の強化
  • バリューチェーン全体の責任あるコーポレートガバナンスを強化する
12 つくる責任 つかう責任
気候、エネルギー、生物多様性
項目 スイス国内の戦略的方針 関連するSDGs目標
温室効果ガス排出量の削減と気候関連の影響管理
  • 全ての温室効果ガスの排出を迅速かつ大幅な削減
  • 気候変動の影響に対する協調的かつ持続可能な管理
  • 持続可能で強靭な居住区の設計
  • 認知度の向上と能力開発の促進
7 エネルギーをみんなに そしてクリーンに
11 住み続けられるまちづくりを
13 気候変動に具体的な対策を
15 陸の豊かさも守ろう
エネルギー消費量の削減、エネルギーの効率的な利用、再生可能エネルギーの拡大
  • エネルギー消費の削減
  • 再生可能エネルギー
7 エネルギーをみんなに そしてクリーンに
持続可能な利用、促進、再生と生物多様性の保全
  • 生物多様性と遺伝多様性の保護、持続可能な使用、促進と拡大
  • 機能的でエコなインフラの構築
  • 土壌の多様性の使用、土壌の保護、土壌の機能の保護
15 陸の豊かさも守ろう
機会均等と社会的結束
項目 スイス国内の戦略的方針 関連するSDGs目標
個人の自己決定の促進
  • 貧困の予防と緩和、社会的・職業的統合の促進、雇用の促進
  • 健康的な生活を送る機会を増やし、医療へのアクセスを容易にする
  • 適正な住宅の供給の促進
  • 教育への公平なアクセスの確保
1 貧困をなくそう
3 すべての人に健康と福祉を
4 質の高い教育をみんなに
8 働きがいも 経済成長も
社会的結束力の確保
  • あらゆる形態の差別の禁止
  • 障害者の雇用市場参加の促進
  • 移民の統合、脆弱(ぜいじゃく)な人々の保護
  • 幅広い層の社会的、文化的、経済的、政治的な包摂と参加を奨励
  • 地域格差の是正
  • 退職年金制度の長期的安定性の確保
10 人や国の不平等をなくそう
11 住み続けられるまちづくりを
女性と男性の真の平等を保障
  • 経済的自立、同一賃金、ワークライフバランスの保障
  • 意思決定機関における適切な代表性の促進
  • 性差別、暴力の撤廃とジェンダーステレオタイプとの闘い
5 ジェンダー平等を実現しよう

出所:連邦参事会発表の「持続可能な成長戦略2030」を基にジェトロ作成

持続可能な開発レポート2021(英語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」(注2)のSDGs達成率ランキングで、スイスは165カ国中16位だった。このレポートによると、SDGs目標のうち「1.貧困をなくそう」「3.全ての人に健康と福祉を」「7.エネルギーをみんなに そしてクリーンに」は、既に達成済みまたは達成予定。また、「9.産業と技術革新の基盤をつくろう」などは重要課題が残るものの、適度に改善傾向にあると評価されている。一方で、「12.つかう責任 つくる責任」「13.気候変動に具体的な対策を」「15.陸の豊かさも守ろう」「17.パートナーシップで目標を達成しよう」については、大部分の課題が依然残存。これらのうち目標12以外は、改善傾向も停滞していると評価されている。

各目標の達成度の詳細は、連邦統計局が運営するモニタリングシステム「MONET 2030(英語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」で確認することができる。MONETは、国連で「持続可能な開発のための2030アジェンダ」が採択される前から既に存在したシステムだ。連邦統計局は2018年、当該システム上の目標項目が同アジェンダの項目と一致するよう、改修した。これにより、スイスでの2030アジェンダ達成率をタイムリーに確認できるようになった。

加えて、連邦参事会は、2018年から2022年までのスイスの戦略達成度を測るために、各州、地方自治体、市民グループ、経済界、科学コミュニティ等から広く達成への取組に関する情報をオンライン上で収集し、取りまとめている。取りまとめた内容は、2022年夏に公開予定のウェブサイト「SDGital 2030(ドイツ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」上で公開される予定だ。また、連邦参事会が同時期に発行を予定しているSDGsの国内の進捗状況に関するレポートの基盤となる情報としても利用される。同レポートは、2022年7月にニューヨークの国連本部で開催される「持続可能な成長のためのハイレベル政治フォーラム(HLPF))」でも発表の予定だ。

サステナブルファイナンスを推進

金融業はスイスの最重要産業の1つだ。経済に占めるその存在感は、国際的にみても大きい。OECDの発表データによると、2020年のスイスのGDPに占める金融・保険産業の割合は9.4%。OECD加盟国の中で、ルクセンブルクに次いで2番目に大きい。また、スイス国立銀行によると、スイスの銀行の総資産額は2019年時点で3兆3,176億3,800万スイス・フラン(約408兆694億7,400万円、CHF、1CHF=約123円)で、これは、GDPの約5倍に相当する。

このため、スイスは金融や投資に伴う持続可能性の追求にも力を入れている。例えば、近年はESG(環境・社会・ガバナンス)投資をはじめとする持続可能な投資が重要視されるようになった。そのほか、持続可能な金融(サステナブルファイナンス)を促進するための規則の整備も進んでいる。この規則整備は、EUに合わせたものだ。

スイス銀行協会によると、2020年のスイスの持続可能な投資額は2015年の1,417億CHFから2020年の1兆5,202億CHFへと10倍以上に増加した。世界の主要金融都市のグリーンファイナンス(注3)の質の高さを表すグローバルグリーンファイナンスインデックス・バージョン7(GGFI7)2021年版(英語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますでは、アムステルダムに次いでチューリッヒが世界2位、ジュネーブが7位にランクインしている。

なお、EUでは、持続可能な投資活動を促すルールとして「タクソノミー規則」(2021年4月22日付ビジネス短信参照)が制定された。この規則は、気候変動への対応をカバーしていることで注目されており、2022年1月から実際に適用が開始される予定だ。EU非加盟のスイスでは、このタクソノミー規則が直接施行されることはない。非財務情報開示に関するEUの法的枠組み「非財務情報開示指令(NFRD)」も同様だ。その一方で、スイスでも同様の枠組みを作る動きが進んでいる。

EUとスイスとで関連規則の現状を比較すると、次のとおり。

1.気候変動リスクへの対応

  • EU:2014年12月5日にNFRD(Non-Financial Reporting Directive)が発効。これにより、企業は2018年(2017会計年度)以降、ESGなどの取り組みを含む情報を報告する義務を負う。
  • スイス:2020年5月、スイス金融市場監督局(FINMA)は気候変動に関する財務リスク管理の透明性を高めるため、金融機関と保険会社に対す情報開示義務を追加することを提案。気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の基準に基づいて修正された規則が、2021年7月1日に発効した。当該規則に基づき、金融機関は以下の情報を開示する必要がある。
    • 気候関連の財務リスクに関する組織内のガバナンス構造の主たる特徴
    • 気候変動に関する主な財務リスクとそれらのリスクが事業戦略、事業モデルおよび財務計画に及ぼす影響
    • 気候関連の財務リスクを特定、評価、管理するためのプロセス
    • 気候変動に関する財務リスクの定量データ(主要数値と目標値)および使用した方法論

2.非財務情報の開示義務

  • EU:2014年12月5日にNFRDが発効。これにより、企業は2018年(2017会計年度)以降、ESGなどの取り組みを含む情報を報告する義務を負う。
  • スイス:これまでスイスで義務化されていたのは、採鉱関連事業を行う企業に対する政府からの支払いについての年間報告書作成義務に限られていた。しかし近年、企業の社会的義務を強化すべきとの議論が高まっている。 2020年11月の国民投票では、多国籍企業の責任強化の可否が問われた(2020年12月7日付ビジネス短信参照)。このイニシアチブには、以下が盛り込まれた。
    • スイスに拠点を置く多国籍企業がスイス国外で人権や環境の国際基準に反する行動を取った場合を想定し、訴訟提起機会を拡充する。被害者は、当該企業のスイスの拠点を被告として、スイスの裁判所に提訴できる。ここでいう「多国籍企業」には、当該企業だけでなく子会社やサプライヤーも含まれる。
    • サプライチェーンに含まれる全てのサプライヤーを対象に、デューディリジェンス義務(注4)をスイス企業に課す。
    これらは企業に課せられる責任が過大として、投票結果は否決に終わったが、これで落着したわけではない。連邦参事会は対案を作成し、2021年4~7月にコンサルテーション(諮問、注5)に付しており、現在、その結果がとりまとめられているところだ。コンサルテーションにかけられた間接的対案の主な内容は以下のとおり。
  1. 非財務情報に関する年間報告書の発行義務
    スイスに本社を置く多国籍企業は、非財務情報(人権、気候など)に関し、年間報告書を役員会の署名の上で発行するものとする。
    ただし、以下のうち2つ以上の要件が当てはまる中小企業は対象外。
    • 国外の事業所を含むグループ全体の総資産が2,000万スイス・フラン未満
    • 国外の事業所を含むグループ全体の年間売り上げが4,000万スイス・フラン未満
    • 国外の事業所を含むグループ全体の従業員数が500人未満
  2. 児童労働と紛争地域における採鉱に関するデューディリジェンスの追加要求
    紛争地域で採掘された鉱石を扱う企業や、児童労働が問題と報告されている国で操業している企業には、年次報告書の作成義務に加えて、デューディリジェンス義務が課せられる。また、企業はサプライチェーンを管理し、それを追跡できるようにしなければならない。
    ただし、以下の場合は対象外。
    • 年間の鉱石の輸入量が一定レベル以下の場合
    • 1の中小企業の要件に当てはまる場合
    • 国連児童基金(UNICEF)の調査で児童労働の危険リスクが低いと判断されている国で操業している場合

各種団体や企業がサステナブルファイナンスの推進に積極的に関与

スイスには数多くの金融機関が存在する。その中でも特にサステナブルファイナンスに力を入れている企業・団体を紹介する。

  • スイス・サステナブル・ファイナンス(SSF)(英語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます〔業界団体〕
    2014年に設立。クレディスイスやUBSをはじめとしたスイスの大手銀行や保険会社、年金基金、投資ファンドなど192の企業・団体がメンバーとして加盟。活動内容には、(1)サステナブルファイナンスに関するベストプラクティスの情報交換、(2)業界団体や政治家との対話、(3)インパクト投資や低炭素投資の支援ツールや枠組みの提供、が含まれる。
  • Ethos(ドイツ語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます〔財団〕
    1997年に設立された財団。本部をジュネーブに置く。社会的責任投資を促進するため、金融機関向けに投資の持続可能性を高めるための情報やツールを提供する。サービスを提供する対象としては、外国企業も含まれる。229のスイスの年金基金と公益事業財団で構成される。
  • RepRisk(英語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます〔民間情報提供事業者〕
    1998年に設立され、本社をチューリッヒに置く、ESGリスクに関する情報提供機関。 人工知能(AI)とヒューマンインテリジェンスを組み合わせて公開情報を体系的に分析し、ESGに関するリスクを特定する世界最大のデータベース「ESG Risk Platform」を開発した。調査内容は23の主要言語による情報をカバーし、毎日更新される。利用者は、各国の企業、投資銀行、政府機関、国際機関など幅広い。世界の主要アセットマネージャーによって選ばれるInstitutional Asset Manager Awards 2021 で「ベストESG データプロバイダー」を受賞するなど金融業界からの評価も高い。
  • responsAibility(英語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます〔民間投資会社〕
    2001年設立。チューリッヒに拠点を置く民間投資会社で、発展途上国向けのマイクロファイナンスを専門とする。各企業の事業のSDGs目標達成可能性を分析した上で、投資を決定する。創業以来110億ドル以上を投資している。

このように、スイスでは、多様な金融プレーヤーがサステナブルファイナンスの推進に取り組んでいる。

なお、隣国リヒテンシュタインでは、再生可能エネルギー、特に太陽光エネルギーの効率的な使用に注力しているのが特徴。同国の1人当たりの太陽光発電の設置容量は2015年以来世界1位である。


注1:
スイスの国民投票の形式の1つ。有権者10万人以上の署名を要件として、国民が憲法改正の提案をする。
注2:
「持続可能な開発レポート2021」は、持続可能な開発ソリューションネットワーク(SDSN)が発表したレポート。SDSNは、国際的な専門家ネットワーク。
注3:
地球温暖化対策など、環境問題解決のための取組に特化した資金調達への投資のこと。
注4:
デューディリジェンスとしてスイス企業に課される義務には、(1)企業に対する人権や環境問題に関する定期報告書の提出、(2)特に児童労働や紛争鉱物に関する状況の調査、がある。
注5:
重要な法律等を制定する際に、主に連邦参事会(内閣)が、その内容について州政府や利害関係者等に意見を求めること。連邦参事会は、コンサルテーションの結果によって法律の草案を修正することができる。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
城倉 ふみ(じょうくら ふみ)
2011年、ジェトロ入構。進出企業支援・知的財産部知的財産課、ジェトロ鹿児島の勤務を経て、2018年9月から現職。
執筆者紹介
ジェトロ・ジュネーブ事務所
マリオ・マルケジニ
ジュネーブ大学政策科学修士課程修了。スイス連邦経済省経済局(SECO)二国間協定担当部署での勤務を経て、2017年より現職。