特集:欧州で先行するSDGs達成に寄与する政策と経営経済界から市民レベルまで、SDGsが幅広く浸透(オーストリア)
2022年1月21日
国連が「持続可能な開発目標(SDGs)」を策定したのは、2015年だ。一方、オーストリアでは、それよりも前から、「持続可能性」が政治経済の行動方針だった。すなわち同国のSDGsの取り組みは、SDGsの目標達成に向けた基本方針を2016年に策定する際に、ゼロから始まったわけではない。持続可能性に配慮した戦略企画の立案は、長い経験に基づいていたことになる。
国連の2021年のSDGs進捗状況報告で、オーストリアは対象165カ国のうち6位に当たる。連邦レベルから市町村に至る行政の各段階で、SDGs達成のためプログラムが実施されている。
「持続可能性」を憲法上の原則に
1992年、リオ・デ・ジャネイロで「環境と開発に関する国連会議(地球サミット)」が開催された。それ以降、持続可能性概念はオーストリアでも重要なキーワードの1つになった。環境相の主導で「オーストリアの持続可能な発展のためのビジネス協議会」が設立されたのが、1997年だ。さらに2010年、EUの2006年の持続可能な発展のための戦略に基づいて、連邦政府と州政府が「オーストリアの持続可能性戦略」に合意。さまざまなプロジェクトに取り組んだ。
次の段階として、オーストリア政府は2013年、「持続可能性」を憲法上の原則として国家目標にした。SDGsを記載した「持続可能な開発のための2030アジェンダ(1.02MB)」が、国連持続可能な開発サミットで採択されたのは2015年だ。その採択を受けて、政府は2016年1月の閣僚会議で、SDGs達成に向けた政策の基本方針を策定した。SDGsの実施主体は各省庁で、関係する戦略や計画に組み込まれている。
なお、連立与党の国民党と緑の党の公約でも、SDGsの17目標のうち「3 すべての人に健康と福祉を」などに関係する大気汚染対策を盛り込んでいる。
対外貿易戦略、開発援助にも
経済省(当時、現在はデジタル化・企業立地省)は2018年、対外貿易戦略を発表した。この戦略で、SDGsは開発途上国市場を開拓する上で重要なツールとして位置づけられ、商機と国際的なプロジェクトを特定するのに役立つとされた。オーストリアは再生可能エネルギーやインフラ技術、環境技術などで強みを持ち、の輸出により、開発途上国でのSDGsの達成に貢献できるという。
政府は、SDGs関連のODAプロジェクトにオーストリア企業を参加させることに積極的だ。外務省が2018年に発表した開発協力大綱2019年~2021年(2020年更新)でも、「2030アジェンダは重要な行動方針だ。政府の目的は当地域で人々の生活状態を改善することである」と明示された。同大綱の重点事項は、(1)貧困の撲滅と基本的なニーズの充足、(2)持続可能な経済の促進、(3)環境保護、(4)平和と安全の促進、(5)共生社会・女性の地位向上の支援の5項目になる。このそれぞれが、SDGsに合致している。
州、地方レベルでも取り組み
オーストリアは、9つの州(注1)で構成される。その9州それぞれが、SDGs達成にかかる独自の施策を推進している。例えばチロル州は、「持続可能な発展」の達成を州の目標として州憲法に規定。「将来性のある生活」と題した発展戦略を、2021年5月に発表した。2030年までに、持続可能で気候中立の経済社会へ移行するという。またシュタイヤーマーク州は、2016年に2030アジェンダを承認。SDGsへの取り組みを開始した。ウィーン市(注1)の「スマートシティー・枠組み戦略2019年~2050年」と、ザルツブルク州の「気候とエネルギー戦略2050年」は総合的な戦略と評価できる。ブルゲンランド州の「ビオ(bio)の国ブルゲンランド―オーガニック農業での賢明な発展のための12点」は、農業の持続可能な発展に焦点を当てたのが特徴だ。
連邦政府と各州は随時「持続可能性担当者調整会議」を共催。この会議を通じ、各州と連邦それぞれが進捗状況を報告するとともに、知見を交換している。
他方、市町村向けには、オーストリア自治体連盟、オーストリア都市連盟が気候行動・環境・エネルギー・交通・イノベーション・技術省と共同で2019年4月「2030アジェンダの解決例」を発表。例えば教育機関にSDGs関連情報の提供を動機づけるなどの、市町村レベルでの実施が可能な施策例を提供するものだ。
進捗状況がモニタリングされる
オーストリア統計局は「2030アジェンダ」の進行状況をモニタリングするために、79の持続可能性指標を策定していた。当該指標について、2010年から2019年の進捗などをとりまとめた報告書が、2020年11月に同局から発表されている。この報告書上、SDGsの169ターゲットのうち107が対象とされ、うち27ターゲットは「達成」または「ほぼ達成」となった(例えば、「飲料水の供給」「エネルギーの安定供給」「基本医療」など)。16ターゲットは、データ不足のため査定できなかった(「食品廃棄物の削減」「生物多様性」など)。また、79の持続可能性指標のうち61が改善した一方、18が悪化した。統計局は、新型コロナウイルス禍がSDGs17目標のうち7つ(「3 すべての人に健康と福祉を」「8 働きがいも 経済成長も」を含む)に悪影響、7つ(「13 気候変動に具体的な対策を」を含む)にわずかな悪影響または好影響(環境、気候保護)を及ぼし、残りの3つへの影響は不明とした。
2021年の国別ランキング(注2)で、オーストリアは対象165カ国のうち6位だ。同レポートによると、17目標のうち、「1 貧困をなくそう」「7 エネルギーをみんなに そしてクリーンに」「16 平和と公正をすべての人に」の3つは達成との評価だった。他方、「12 つくる責任 つかう責任」「13 気候変動に具体的な対策を」「17 パートナーシップで目標を達成しよう」の3つは、重要課題が残っているとの評価だった。また、目標別の改善傾向については、概ね「達成に向けて順調または達成を維持」、あるいは「中程度の改善」とされた。例外的に「停滞している」と評価されたのが、「15 陸の豊かさも守ろう」だ。また、「14 海の豊かさを守ろう」は、「データ不足により評価不能」いとされた。
SDGsは経済界や市民にも浸透
SDGsは、行政府だけでなく、経済界や市民などあらゆるレベルに定着した。
被雇用者の公式代表である労働院(AK)は毎年、「豊かさ白書」(注3)を発表している。当該白書では、日常生活における精神的・身体的・社会的・文化的・知的な満足度について、統計局の持続可能性指標とSDGsの進捗をはかるためのモニタリング指標に基づく30指標を設定して調査。その結果に基づいて、政府へ改善策を求めている。その30指標には、SDGs17目標のうち12目標が盛り込まれている(「教育」「貧困の撲滅」「男女平等」など)。
片や、企業の代表である連邦産業院(WKO)も、「2030アジェンダ」の実現に幅広く取り組んできた。より具体的には、加盟企業のためのSDGs教育、意識向上キャンペーンから、後発開発途上国での協力事業の支援、持続可能のビジネスモデルの支援にまでわたる。
また企業家連盟も、2021年6月に発表した「2025年以降の中期的産業戦略」で持続可能な成長を求めた。その一方、SDGs対策(例:サプライチェーンへの適切な注意、企業責任、サステナブルファイナンス)について、企業の新たな負担を懸念。猶予を要求している。2021年10月には、持続可能性を主要なテーマとした「長期的産業戦略」が発表された。
2007年に設立され、300社以上の会員から成る責任ある経営のための企業プラットフォーム「respACT(持続可能な発展のためのオーストリアのビジネスカウンシル)」(注4)は、企業の社会的責任(CSR)の能力強化によって、企業がSDGs達成に貢献するための必須条件を確立することを狙う。respACTは毎年「CSRデー」を開催してきた。2021年は10月21日に実施し、「SDGsのためのデジタル化」というテーマを掲げた。respACTはまた、企業家組織の「オーストリアン・スタートアップ」とともに、「サークル17」というプログラムを講じる。このプログラムで、持続可能性に取り組むスタートアップを大企業や市民社会の関係者とマッチングさせることで、革新的なビジネスモデルの創出を狙っている。
2017年設立の「SDGsウォッチ・オーストリア」は、SDGsの達成に取り組む最大の非営利組織で、慈善団体、環境保護団体、開発支援団体など200以上の会員から成る。会員は定期的に会合し、SDGsの達成に向け行動方針を策定。あわせて、啓発活動と具体的なプロジェクトの計画を議論する。また、会員は教育、経済、平和、地方イニシアチブ、メディアなどのテーマ別に、SDGsのあらゆる側面に取り組む。また、2018~2020年は毎年「SDGフォーラム」を開催。官民学の関係者と前年の進捗状況と今後の必要な政策について協議した。2021年9月28日には「SDGs対話フォーラム」を開催し、イノベーションを中心に具体的な対策を議論した。
企業の優れた取り組みを表彰
2013年から農林省(現在は気候行動・環境・エネルギー・交通・イノベーション・技術省が開催)と各州の持続可能性調整官によって「持続可能性のアクション・デイズ」が毎年開催されている。この行事の狙いは、(1)地方・地域レベルで、メディア、一般市民、行政相互に持続可能性の重要性の認識を高め、(2)持続可能性の実施に取り組んでいる団体や市民のイニシアチブの活動を紹介することだ。2021年は9月18日から10月8日にわたり、300以上のイベントが開催された。気候行動・環境・エネルギー・交通・イノベーション・技術省の選考委員会は、そのうち10プロジェクトを「アクション・デイズ・ハイライツ」として選定した。
また、CSRに取り組む企業を表彰するためのシステムも見受けられる。その一例が、トリゴス賞だ。この賞は、2004年にWKO、企業家連盟(IV)、赤十字などによって設立された。2018年からは、同賞の選考にあたりSDGsへの貢献を特別に評価している。2021年には、推薦された150社の中から6テゴリーごとに受賞者が選出された(表1参照)。
賞 | 企業名 | 事業内容 |
---|---|---|
最優良事例賞 | グライナー・パッケージング・インターナショナル | 100%リサイクル可能のヨーグルトコップを開発 |
従業員賞 | フィル | 学生がメディア技術、VR、ロボットのアイデアを実験できるフィル・フューチャー・ラボの設立。 |
国際活動賞 | プラスチックプレナー・バイ・ドゥイング・サーキュラー | モジュール式で操作しやすいプラスチックリサイクル機械の開発。南半球の開発途上国で、この機械で廃棄物からプラスチック用品を製造する起業を支援。 |
地方復興賞 | ラインサート | 地方の気候に合った野菜の種を開発。 |
ソーシャルイノベーション賞 | トゥー・グット・トゥ・ゴー | 商店、パン屋、レストランで売れ残り食品を、安く売るためのアプリを開発。 |
気候保護賞 | エッファセキュリティー技術 | 電力消費の大幅削減が可能な人工知能(AI)制御による冷暖房システムを提供。 |
出所:トリゴス賞ウェブサイトからジェトロ作成
一方で、2016年12月施行の「持続可能性・包摂性改善法」によって、従業員500人以上で、総資産2,000万ユーロまたは売上高4,000万ユーロを上回るなどの基準をすべて満たす大企業には、2017年から持続可能性に関する情報を含む非財務情報や多様性に関する情報を報告することが義務付けられた。並行して、税理士・会計士院(KSW)は毎年、(1)大企業、(2)中小企業、(3)初めての報告の3カテゴリーで企業表彰を実施している。表彰は、「オーストリア・サステナビリティー・レポーティング・アワード(ASRA)」と題される。2020年は、(1)はコントロール銀行(OeKB)、(2)は退職基金のVBV、(3)はスポーツ用品のレフラー社、がそれぞれ受賞した。また、特別賞として、インスブルック市の公営事業が選ばれている。
自社事業に応じて企業目標を設定
国連でのSDGsの発表は、企業の持続可能な経営の策定と履行に向け強い追い風になった。人権の保護と助成、環境保護、汚職・腐敗防止、労働安全、男女平等など、SDGsの達成に大きな役割を企業が果たしている分野は多い。製造業のサプライチェーンにも効果的な対策が多数存在する。
オーストリア企業はそれぞれ、自社の営業分野に合うようSDGsの目標を設定し、その達成に向かって努力している。企業にとってSDGsは、いずれは必要になるイノベーション、デジタル化、効率向上を実施するとともに、責任感ある企業イメージを磨くことができる機会だ。いわば、一石二鳥のチャンスと言えるのだ。
以下に、代表的な例を2つ挙げる。
- ウィーナべルガー:ロードマップや複数年間計画を策定
建設材大手のウィーナべルガーは2015年、「サステナビリティー・ロードマップ2020」を策定した。これによって、同社が特に影響力のある課題と出資者(利害関係者)にとって重要な課題を規定されたことになる。
その構造は、同社の付加価値連鎖〔調達、生産、製品、システムソリューション(利用、再利用、製品寿命完了)〕に沿ったものと言える。ロードマップの完了後、 2023年までの3年間の事業計画も策定済みだ。当該計画では、気候保護、循環経済、生物学的多様性、多様性、訓練・社会人教育、企業のCSRという課題での目標を定めている。
また同社は2020年、監査委員会内に「持続可能性とイノベーション委員部会」を設立。同委員会は経営者とともにウィーナベルガーの中長期的な目標を定める経営戦略を企画している。この戦略の上で、SDGsは主要な参考事項とされた。また、当戦略に基づく全ての事業がESG(環境、社会、 ガバナンス)目標と調和するよう、進められてもいる。
2023年までの同社目標としては、(1)二酸化炭素の排出を15%削減、(2)新製品を100%再利用可能あるいはリサイクル可能にする、(3)全ての製造拠点で多様性プログラムを実施、(4)女性比率を上げる(役員で15%、社員30%)、(5)従業員の教育の時間を10%増やす、(6)同社が事業展開する国で困窮状態にある人のため、年間合計200世帯の住まいを建設する、ことが挙げられた。
この目標を達成するために、同社はESGの観点から、脱炭素化、循環型経済、生物多様性に関連して年間6,000万ユーロ投資するという。また、8,000万ユーロを投じて、特別なプログラム(再利用可能な製品開発、デザイン、新しいシステムの解決策の開発)を進める、ともした。
- パルフィンガー:重点目標選定に利害関係者の意向を反映
クレーン大手のパルフィンガーも、SDGsに配慮した企業戦略を有している。同社はSDGs の17目標のうち、5目標(8、9、10、12、13)を重要視。2004年から「サステナビリティー」の課題に取り組んできた。
国連のSDGs が発表された後、同社は2年間にわたり、その17目標を分析。さらに2017年、利害関係者(経営陣、従業員、サプライヤー、顧客、株主)を対象として、アンケート調査を実施。それぞれの目標の重要性を評価してもらったという。その結果に基づいて、同社に最大の影響を与える既述5目標を選択し、方針を示した(表2参照)。
SDGs | 取り組み方針 |
---|---|
「8 働きがいも経済成長も」 | 働きがいのある企業文化を維持する、デジタル化の促進、多様性、社内教育、社内福祉。サプライヤーに対し労働条件も監督、評価する。 |
「9 産業と技術革新の基盤をつくろう」 | イノベーションで産業工程を継続的に改善する。VRで製品の安全性を高める。 |
「10 人や国の不平等をなくそう」 | 同社が活躍している国々の基準を目標以上に履行する(法令厳守、納税、汚職対策、多様性と従業員全体の機会平等、適正な雇用条件と賃金、など)。 |
「12 つくる責任 つかう責任」 | 原料(鉄鋼、アルミ)を効率良く利用し、省エネと危険な廃棄物の削減を生産工程で推し進める。 |
「13 気候変動に具体的な対策を」 | エネルギー使用の最適化、再生可能エネルギーの利用の拡大、工場でソーラーパネルの設置、建物と生産工程でエネルギー効率を上昇させる。 |
出所:パルフィンガーウェブサイトからジェトロ作成
また、パルフィンガーは2013年から、年次報告書で、持続可能性への取り組みについて進行状況を取り上げている。
- 注1:
- 首都ウィーンは特別市で、他8州に準じた扱いを受ける。
- 注2:
- 国連事務総長が後援し、国際的な専門家ネットワーク「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)」が2012年に設立された。そのSDSNは2021年6月14日、「持続可能な開発レポート2021」を発表した。 その10ページ目に、表2.1「2021年のSDG指数総合点(SDG Index scores)」掲載されている。当表では、SDGs17目標に関する各国の総合的なパフォーマンスについて、最高のアウトカムを100%とした場合に何%まで達成できているかを数値化された。本文で示したのは、その数値を順位付けした結果に基づく。
- 注3:
- 2021年10月6日に「豊かさ白書」2021年版が発表された。
- 注4:
- 「respACT」は、「respect(尊重する)」と 「act(行動する)」から成る造語。
- 執筆者紹介
-
ジェトロ・ウィーン事務所
エッカート・デアシュミット - ウィーン大学日本学科卒業、1994年11月からジェトロ・ウィーン事務所で調査(オーストリア、スロバキア、スロベニアなど)を担当。