特集:欧州で先行するSDGs達成に寄与する政策と経営EU復興基金との相乗効果が期待される企業のSDGsの取り組み(スペイン)

2022年1月21日

スペインでは、新型コロナウイルス禍からの社会経済再建を目指す中、国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.02MB)」で掲げられた「持続可能な開発目標(SDGs)」の達成に向けた取り組みの重要性が高まっている。また、EU復興基金の活用やサステナブルファイナンスの広がりにより、法令やガイドラインに沿ったSDGsへの取り組みの必要性も増しており、多くの企業でその体制が急速に整備されることが予想される。

国家戦略を初めて策定

持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)による2021年のSDGsの達成度に関する国別ランキング(注1)で、スペインは20位となっている。SDGsの17目標(農林水産省ウェブサイト参照外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)のうち、達成済みの目標はまだないが、「1 貧困をなくそう」や「3 すべての人に健康と福祉を」「5 ジェンダー平等を実現しよう」「6 安全な水とトイレを世界中に」の分野の取り組みが順調だ。一方、「7 エネルギーをみんなにそしてクリーンに」では一次エネルギー消費に占める再エネ比率、「8 働きがいも経済成長も」では若年無業者(ニート)率、「9 産業と技術革新の基盤をつくろう」では研究開発支出や国際特許、「10 人や国の不平等をなくそう」ではジニ係数といった指標で、それぞれ取り組みが不十分とされる。「2 飢餓をゼロに」や「13 気候変動に具体的な対策を」「15 陸の豊かさも守ろう」ではまだ主要な課題が残されているとの評価だ。

政府は2021年7月の国連の持続可能な開発に関するハイレベル政治フォーラム(HLPF)での進捗状況報告に当たって、第2回自発的国家レビュー(VNR)を発表した。スペインにとっての優先課題として、「貧困と格差」「気候・環境非常事態」「ジェンダー不平等」「非効率的な経済システム」「不安定な雇用」など8つの課題を挙げ、これらへの対処を通じてSDGsに横断的かつ重層的に取り組む「2030年に向けた持続可能な開発戦略」を示した(参考参照)。

参考:スペインの8つの優先課題と主な取り組み

1.貧困と不平等の撲滅
→持続可能社会への移行
子供・女性・若年の貧困対策や権利保障
最低所得保障(ミニマムインカム)を拡大
農村の社会経済発展により所得格差・貧困リスクを縮小
手頃な住宅へのアクセスを保障
低所得層の住宅省エネ化、自家発電普及
公的年金制度の持続可能性、受給者の購買力を保障
公平性・所得分配の観点からの税制見直し
公共調達入札における社会要素考慮(雇用弱者配慮など)
2.気候・環境非常事態への対策
→地球の限界を尊重する国
2050年までに気候中立とエネルギー移行達成
気候変動影響の適応・緩和
持続可能で安全なコネクテッドモビリティーによる都市部の脱炭素化・空気質改善
鉄道やトラム、バス中心の公共交通機関網の拡充
生態系の保全・回復(島しょ部・砂漠化地域)
水資源の適切な管理推進
消費者の行動変容を通じた生態系保護
海洋生態系・沿岸地域整備
環境課税の強化によるサステナブル輸送推進
3.ジェンダー格差を解消し、差別をなくす
→誰もが自由で平等な生活を
女性の報酬・雇用格差の是正
公的介護/保育制度を通じた介護/保育労働者の地位・報酬改善
ILO条約を通じた家事労働者の権利認識
公職や意思決定機関における男女共同参画
ダイバーシティーの肯定、ヘイトクライムの根絶
公共政策におけるジェンダー主流化
4.過度に集約的かつ依存型の経済システムの非効率性を克服
→生産的でグリーン、デジタルかつ公平な新経済モデルの構築
経済の脱炭素化による生態系保全と資源循環の実現
新経済活動と起業促進による農村・人口過疎地域の競争力向上
循環経済を全ての生産・消費部門で推進
持続可能で質の高い観光産業モデル
生産システムのデジタル化を通じて、質の高い雇用を創出
開発途上国における持続可能な生産・流通・消費の知識普及
グリーンでジェンダー配慮の21世紀の税制 特に大企業課税を強化し、中小企業への法人税率を引き下げ
公共調達入札における社会・環境要素の考慮、中小企業参加促進
研究開発イノベの推進、経済・行政面の阻害要因の解消
5.不安定な雇用をなくす
→雇用の質・安定性向上
雇用格差とジェンダー格差解消への取り組み
働き方改革
組合を通じた経営判断への参加
団体労使交渉や労働協約の適用
生産性、社会、グリーン/デジタル化への雇用支援、再教育
若年層の労働市場アクセス改善
レイオフ支援に基づく雇用調整政策で労働市場の安定化
デジタルプラットフォーム雇用規制
6.公共サービスの問題を打開
→民主的で強靭(きょうじん)な福祉国家のための公共サービス
ユニバーサルサービスの強化
自宅型介護の推進
公共医療制度の拡充・改善
公立保育の推進
エネルギー移行・脱炭素化に対応した職業訓練
現代社会の課題にマッチした大学教育
公共調達入札における社会・環境取り組み(国外を含む)の考慮
税制改革で福祉国家や質の高い公共サービスに必要な税収確保
7.世界的な不公平、人権・民主主義・地球の持続可能性 への脅威をなくす
→公平で持続可能、平等、民主的、人権に基づくグローバル化を主導
アジェンダ2030とパリ協定の国際協力枠組み改革
政府開発援助額を2030年にGDP比0.7%に引き上げ
8.農村部の活性化と人口問題への取り組み
→社会・地域間の結束-農村部に平等な権利・機会を
公平性の観点から農村部の公共サービスを改善
持続可能性、デジタル/グリーン化に基づく農村部の活性化

出所:「2030年に向けた持続可能な開発戦略」(2021年6月8日発表)

同戦略では、新型コロナ禍により上述のような構造的課題が浮き彫りとなったとして、国連の「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の重要性が一層増したと強調している。政府はまた、EUから最大1,400億ユーロの支援が受けられる「経済復興計画」(2020年10月14日付ビジネス短信参照)でも、グリーン化、デジタル化、男女平等、社会・地域的結束を柱とする改革や投資をSDGsと連携させ、あらゆる政策枠組みで2030年に向けた持続可能な成長を目指す。政府はEU復興基金を活用し、モビリティー・再生可能エネルギー導入、研究開発イノベーション・職業訓練、産業別支援、デジタル技術導入、起業支援などのかたちで、さまざまな補助金を提供している。

国家予算においても2021年度よりSDGsとの整合性を説明した報告書が作成されるようになった(2021年10月22日付ビジネス短信参照)。同様の取り組みは、リオハ州やカタルーニャ州など地方レベルでも実施されており、トップダウンで公的資金やリソースがSDGsにひも付けられるようになりつつある。

再エネ投資拡大でサステナブルファイナンスが急拡大

サステナブル投資への民間資金動員も急速に進む。スペイン・サステナブルファイナンス協会(OFISO)によると、スペインでのSDGs関連の債券発行額と融資総額の合計額は、2019年が前年比34%増の228億ユーロ、2020年には45%増の330億ユーロと大きく拡大し、スペインの資本市場全体の1割を占めるに至った。このうち、グリーン債と再エネ企業向けの融資がそれぞれ約90億ユーロを占めており、投資が近年活発な再エネ分野が拡大の牽引役となっていることがわかる。

なお、同統計では、再エネやグリーン輸送のプロジェクトファイナンスでも、SDGs認定を受けていない案件(2020年は総額93億ユーロ)は除外されており、これらも含めるとサステナブルファイナンス市場の規模はさらに大きくなる。

国連グローバル・コンパクト(UNGC)に賛同するスペイン企業・団体(921組織)のプラットフォームとして、ビジネス界の取り組みを主導する「グローバル・コンパクト・スペイン・ネットワーク」が2020年秋に国内1,900社を対象に実施した調査によると、サステナブル資金調達戦略を実施している企業は、全体の12%程度と少なく、大企業で24%、中小企業で8%となっている。分野別では、やはりサステナブルファイナンスに積極的な金融関連(57%)やエネルギー関連(34%)で例外的に高くなっている。

非財務情報の開示義務、2021年度から対象が1,000社から3,000社に拡大

スペインでは、2018年に改正された「非財務情報・ダイバーシティー法(スペイン語)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」により、環境、社会、従業員、人権尊重、腐敗防止、ダイバーシティーなどに関わる非財務情報開示が義務付けられた。それ以前も自主的にサステナビリティー開示を行う企業は多く、アーンスト・アンド・ヤング(EY)によると、2017年度にGRIスタンダード(注2)準拠の「サステナビリティー報告書」を発行した世界6,250社のうち、14%に上る875社をスペイン企業が占めた。

2018年度(企業会計年度)以降の開示義務の対象となったのは、従業員500人以上で、公共の利益に関わるとみなされる上場企業、金融機関や投資サービス会社または一定の資産額(2,000万ユーロ超)や年間純収益(4,000万ユーロ超)などを満たす事業者で、実際には1,000社ほど。中小企業や、グループ企業の子会社(親会社が別の国で非財務情報開示を行っている場合)は、開示義務の対象外となっている。2021年度以降は、対象が従業員250人以上に拡大され、公共の利益に関わる企業、または資産額2,000万ユーロあるいは年間純収益4,000万ユーロ超のいずれかに該当する全ての企業に開示が義務付けられるため、規制対象の企業は3,000社に増加する。

EYが2020年にスペイン主要株価指数「IBEX35」の構成企業35社の非財務情報開示について行った調査では、3社に1社が気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)提言に完全に準拠するなど、企業がサステナビリティー測定指標の統一や項目別の重要度分析で進歩しているが、サステナビリティー方針・成果を経営戦略やリスク管理に組み込むところまでは行っていないと評価している。証券取引委員会(CNMV)も、上場企業約100社の開示情報について、比較可能性や包括性に欠けているものが多いと考えており、大企業でも効果的なサステナビリティーリポーティングは、まだ改善の余地が大きいとされる。

企業の取り組み機運も上昇、支援やツールは不足

では、企業はどのような取り組みを行っているか。上述の国連グローバル・コンパクト・スペイン・ネットワークの調査によると、82%の企業が、SDGsを導入することで企業はより強靱(きょうじん)となり、将来の危機への対応力を増すと考え、前回調査(2018年)を4ポイント上回る86%の企業がSDGsのいずれかの項目の取り組みを行っていると回答した。具体的な取り組みとして特に多いのは「8 働きがいも経済成長も」の分野だ。6割の企業が「働き方の柔軟化やテレワーク導入」、4割が「男女平等推進計画の策定」を挙げたが、これは人種・ジェンダー差別のある企業を公共調達入札から排除する規制や、新型コロナ禍をきっかけに導入したリモートワーク法への対応。また、「13 気候変動に具体的な対策を」の分野で「カーボンフットプリント測定・再エネ利用」の導入は大企業では6割超(中小企業では2割弱)となっている。「3Rなど循環経済プロセスの導入」も4割以上の企業が実施している。

一方、ESG(環境、社会、ガバナンス)方針策定などのかたちで取り組みを行っていると回答した企業の約半数は、SGDs人材教育や腐敗防止のための内部通報システム、定量的評価といった実際に運用するための仕組みやリソースが整備されていないという結果が明らかとなった。また、SDGsへの貢献に対するインセンティブや、産学官民のアクターが広く対話・連携できる場、新型コロナ禍でSDGsの取り組みにリソースを割けない中小企業向けの支援などへの要望が特に高かった。

企業事例:中小企業の事業継承成功のカギとなったSDGs

スペイン企業では、2050年までの炭素中立を世界で初めて目標に掲げた石油ガス企業のレプソルや、ファストファッションとSDGsを両立させるべく、二酸化炭素(CO2)排出削減はもちろん、衣服素材の資源循環から世界各地の縫製サプライヤーへの人権デューディリジェンス戦略まで幅広い課題に取り組むアパレル大手インディテックスなどの取り組みが知られているが、その他の企業でも以下のような優良事例がある。

(1)マジョルカの廃棄物処理会社が結ぶ資源循環

マジョルカ島(バレアレス州)は国際的に有名なリゾート地だが、観光による汚染や廃棄物問題が観光産業の将来的な持続性にとっての脅威となっている。廃棄物処理会社ティルメ(TIRME)は2018~2019年にメリアなど大手ホテルチェーン5社、自治体環境局とともに「サーキュラー・ホテル」プロジェクトを実施した。これは、島内のホテルで排出される食品廃棄物を見直して削減し、廃棄食品は堆肥にして島内の農家で使用し収穫物をホテルで使う取り組みで、資源循環と食の地産地消拡大を目指したもの。2021年3月にはこの取り組みをバレアレス州全体に拡大し、食品廃棄物の循環だけでなく、建材、プラスチック・びん廃棄物、さらには水資源の循環にも対応する大規模な計画を復興基金プロジェクトとして発表した。ホテルやエネルギー企業、ITサービス、州政府など30企業・団体との共同プロジェクトとして、2021~2026年の期間に2億ユーロ近くを申請している。

(2)イノベーションの延長線上にあるSDGsで会社を若返らせた3代目女性社長

アラゴン州の農村部にあるタイシ(TAISI)は、伝統菓子の飾りに使われるフルーツ砂糖漬けやジャムなどの業務用加工果実を製造・販売する老舗ファミリー企業。若くして3代目社長となったルト・ラサロ氏は、古くからの従業員やサプライヤーである農家との関係に苦労する。しかし、若い、女性、農村企業という、ともすれば不利とも思われる点を独自の強みに変えるべく、生産・品質管理システムの導入とベテラン従業員の持つスキル・ノウハウの共有、製品イノベーション、輸出拡大、地元での雇用による離職率抑制とそのための従業員教育などの改革に着手する。2017年からは「グローバル・コンパクト・スペイン・ネットワーク」に参加し、ジェンダー平等やワークライフバランス研修・イベントを従業員だけでなくその家族も対象に実施。男女間の給与・職種格差を解消すべく、給与分析や総合的な採用選考や能力開発・内部昇進制度の強化、個人業績評価の適切な運用といった人事管理、さらに、経営戦略にジェンダー平等を取り入れて事業面でも平等を推進した結果、2020年には男女給与格差を完全に解消した。同社長は、こうした取り組みは創業時からの「三方よし」の精神を引き継ぐものである。

グッドプラクティスとして知られるのが、スペイン国際開発金融公社(COFIDES)の事例だ。外国へのインフラプラント輸出プロジェクトを中心に融資を行う半官半民の開発金融機関で、2019年の融資契約額は過去最高に達した。再エネや水処理などのインフラ需要が世界的に拡大する中、スペイン国際協力庁(AECID)との協力、また、全従業員の給与の一部をSDGs達成と連動させたことで、取り組みの機運が大きく高まったことが理由だという。

また、従業員を動かすグッドプラクティスとして知られるのが、スペイン国際開発金融公社(COFIDES)の事例だ。外国へのインフラプラント輸出プロジェクトを中心に融資を行う半官半民の開発金融機関で、2019年の融資契約額は過去最高に達した。再エネや水処理などのインフラ需要が世界的に拡大する中、スペイン国際協力庁(AECID)との協力、また、特に全従業員の給与の一部をSDGs達成と連動させたことで、取り組みの機運が大きく高まったことが理由だという。KPMGが2021年に実施した調査によると、IBEX35や中型株市場の銘柄企業では、役員報酬とのESG連動でさえも導入率は32%(124社中40社)に留まっており、COFIDESの取り組みはスペインでは非常に先進的といえる。

今後10年間のスペインのSDGs取り組みで、復興計画は間違いなく追い風となるが、実際に前進する上で、官民による広いパートナーシップはもちろん、取り組みに関わる一人ひとりの熱意がいかに重要であるかを示す好例である。


注1:
2012年に国連事務総長が後援して設立した国際的な専門家ネットワーク「持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)」が2021年6月14日に発表した「持続可能な開発レポート2021」10ページ目に掲載されている、表2.1「2021年のSDG指数総合点(SDG Index scores)」上の順位。SDGs17目標に関する各国の総合的なパフォーマンスについて、最高のアウトカムを100%とした場合に何%まで達成できているかを数値化し、順位付けしたもの。
注2:
サステナビリティー報告開示に関する主要基準設定機関の1つ。「Global Reporting Initiative (GRI)」
執筆者紹介
ジェトロ・マドリード事務所
伊藤 裕規子(いとう ゆきこ)
2007年よりジェトロ・マドリード事務所勤務。