特集:欧州で先行するSDGs達成に寄与する政策と経営「電子国家」、デジタル分野などでSDGsに貢献(エストニア)

2022年1月24日

ソビエト連邦構成国の時代を経て1991年に主権を回復して2021年で30年となったエストニア。持続可能な開発の取り組みの歴史は比較的浅いものの、国際的には評価が高い。国連の持続可能な開発ソリューション・ネットワーク(SDSN)が2021年6月に発表した「持続可能な開発レポート2021外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」では、持続可能な開発目標(SDGs)の17の目標に対する達成度合いについて、国別ランキングで165カ国中10位にランクインしている(注1)。本レポートでは、エストニア政府の持続可能性に関する取り組みの歴史と取り組み内容、中小企業3社のSDGsに関する実例を紹介する。小国ながら電子国家として世界から注目されるエストニアは、電子国家ならではの強みやユニークさがSDGsの分野にも表れている。

2005年「持続可能なエストニア21」策定、取り組み本格化へ

現在のエストニアの持続可能な開発戦略の基礎となっているのは、1995年4月1日に施行した「持続可能な開発に関する法律(Sustainable Development Act)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます 」だ。同法は1992年にブラジルのリオデジャネイロで開催された環境と開発に関する国連会議(国連環境開発会議)で決定された「環境と開発に関するリオ宣言」に基づき、エストニアの持続可能な開発に関する国家戦略の基礎を確立させた。そのため、内容も自然環境や天然資源に関するものが中心となっている。

2005年には、持続可能な開発戦略「持続可能なエストニア21(Sustainable Estonia 21)PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(225.81KB)」が議会で承認された。この戦略は、(1)エストニアの文化的空間の存続、(2)福祉の向上、(3)社会の結束、(4)生態系のバランスの4つの目標が柱として構成され、政府の戦略的開発計画を進める際のガイドラインとして重要な役割を果たした。

「エストニアの持続可能な開発委員会(Estonian Sustainable Development Commission)」は2016年、「持続可能なエストニア21」の自発的国家レビューを実施。これは2015年9月の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」の内容と照らし合わせ、エストニアの戦略とのギャップを分析する目的で行われたものだ。このレビューにより、政府はアジェンダ達成への課題を洗い出し、取り組むべき分野を明確にした。

同委員会は2020年に「持続可能なエストニア21」の2回目となる自発的国家レビューを実施し、取り組みの進捗確認と課題を明確にした。2020年のレビューでは、アクセス可能で質の高い教育、効果的な医療機関、少ない長期失業者と高い雇用率、再生可能エネルギーの高い利用割合などの強みを評価した一方で、ジェンダー平等の確立(男女間賃金格差は縮まったが依然として欧州で最も高い水準)、女性や障害者(障害児のいる家族を含む)の貧困リスクの減少、効果的な廃棄物管理とリサイクルの確立、温室効果ガスの排出量削減など、課題が残っている分野も明らかになった。

新たに「長期開発戦略エストニア2035」を策定、進捗状況の可視化も

2020年に実施したレビューを踏まえ、次の15年の開発目標を設定するため、政府は2020年10月、新たな長期開発戦略「エストニア2035」を策定した(政府プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。同戦略では、5つの基本原則(表1参照)に基づいて長期戦略目標を設定しており、国連が設定したSDGsの17の目標に加え、エストニア独自の目標である「文化的空間の存続」をカバーしている。これらの目標は、国家予算戦略や政府のアクションプログラムにも反映されている。目標達成の基盤となるのは、自由、正義、法の支配に立脚した民主的で安全な国家で、法の支配と社会国家の原則を尊重し、エストニアの国家、言語、文化を維持・発展させることにある。

表1:エストニア2035における長期戦略
目標の達成状況をはかるためのモニタリング指標 カバー対象のSDGs17の目標
人:スマートで、アクティブで健康に 健康寿命、労働市場、文化、スポーツ、ボランティア活動への参加、成人の生涯学習活動への参加率(インフォーマルな学習を含む) 2 飢餓をゼロに
3 すべての人に健康と福祉を
4 質の高い教育をみんなに
社会:思いやりがあり、協調的で開かれた社会 社会における思いやりと協力、社会のさまざまなグループ間の接触、相対的貧困のレベル 1 貧困をなくそう
5 ジェンダー平等を実現しよう
10 人や国の不平等をなくそう
経済:強く、革新的で責任ある成長 EU加盟国の平均値と比べた労働生産性、首都があるハリユ県以外の地域で創出された1人当たりのGDP、および民間部門の研究開発費など 2 飢餓をゼロに
7 エネルギーをみんなに そしてクリーンに
8 働きがいも 経済成長も
9 産業と技術革新の基盤をつくろう
12 つくる責任 つかう責任
13 気候変動に具体的な対策を
生活環境:全ての住民のニーズを考慮した安全で質の高い生活環境を提供 生活環境への満足度、環境傾向指数、人口10万人当たりの中毒、負傷、その他の外的要因による死亡者数など 6 安全な水とトイレを世界中に
9 産業と技術革新の基盤をつくろう
11 住み続けられるまちづくりを
12 つくる責任 つかう責任
13 気候変動に具体的な対策を
14 海の豊かさを守ろう
15 陸の豊かさも守ろう
ガバナンス:革新的で信頼性が高く、人々を中心とした国づくり グローバルプレゼンス指数、グッドガバナンス指数、国家機関に対する信頼度、行政部門の支出に占める地方自治体の投資額の割合など 11 住み続けられるまちづくりを
16 平和と公正をすべての人に
17 パートナーシップで目標を達成しよう

出所:エストニア政府発表資料を基にジェトロ作成

エストニア統計局は他の政府機関や省庁と協力し、持続可能な開発目標を一般の人々にわかりやすく、ガバナンスをより透明に、成果主義にするために、「ツリー・オブ・トゥルース(Tree of Truth)外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます」というウェブサイトを公開している。このサイトでは、国連のSDGsのための開発計画の進捗がライブ情報として可視化され、ガバナンス領域ごとの目標の最新ステータスが確認できる。

SDGs関連のデジタル政策を世界展開

デジタル国家として近年注目が集まるエストニアは、デジタル政策もSDGs達成の重要な取り組みの1つとして捉えており、デジタル分野で国連の開発目標へ貢献している。2020年10月には、国際電気通信連合(ITU)、エストニア、ドイツ、デジタル・インパクト・アライアンスがSDGsの達成に向けて、特に低資源環境下(注2)でのデジタルトランスフォーメーション(DX)と政府サービスのデジタル化を加速させるための取り組みを協力して進めることを目的とした共同宣言に署名した(政府プレスリリース外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます )。エストニアでは、技術的な観点から適切な法律の整備に至るまで、総合的なデジタル社会を構築する長期にわたる経験があり、この共同宣言では、エストニアのパブリック・プライベート・パートナーシップ(PPP)を活用して発展させたデジタルエコシステムを共有し、持続可能な開発目標に向けて取り組むことを計画している。

企業支援策のICTプログラム

SDGsに貢献する企業の持続的な発展を支援することを目的に、政府はグリーンな産業技術、情報通信技術(ICT)、福祉技術の3つの分野の開発に焦点を当てるエストニア・ノルウェー協力プログラム「グリーンICT」を発足させた。同プログラムは「EEA・ノルウェー助成金2014-2021(EEA and Norway Grants 2014-2021)」(注3)の一部で、エストニアとノルウェーのビジネス関係を強化し、省資源を促進するプロジェクトを通じて企業の付加価値を高めるというものだ。プロジェクト期間は最長36カ月で、1プロジェクト当たりの助成金は20万から70万ユーロ(福祉技術のプロジェクトでは125万ユーロが上限)。助成率は総費用の最大50%となっている(注4)。

非財務情報に関連する審査、評価を非営利組織で実施

エストニアでは、SDGsや企業の社会的責任(CSR)に関する情報の開示を義務化している法規制などは制定されていないものの、業界団体の取り組みとして、2010年に非営利組織「責任あるビジネスフォーラム(Mittetulundusühing Vastutustundliku Ettevõtluse Foorum)」が設立されており、企業の責任として主に3つの項目を審査・評価している。具体的には、3つの項目はESG、つまり環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)からなっており、企業が自主的に審査を申し込み、同フォーラムの審査員が評価を実施するというもの。一定の評価を受けた企業については、事業規模別でそれぞれ3つのステージ(ゴールド、シルバー、ブロンズ)で会社名とともにウェブサイトに掲載される。査定については、国連グローバルコンパクトや、ESG評価フレームワーク、SDGsの原則に従って、国際的な専門家と協力して行われている。評価を受けたレベルはアセスメント実施から2年間有効で、2021年9月15日時点では88社が掲載されている。

注目すべき点は、この責任あるビジネスフォーラムからゴールドレベルを獲得している中堅・大手企業17社のうち、10社はデンマークやスウェーデン、フィンランドを中心とした北欧の外資系企業という点だ。業種も製造や建設、金融、通信といった幅広い業界の企業が取得をしており、企業の社会的責任の観点で地元企業を牽引している。

SDGs目標達成に貢献する中小企業の事例

ここからは、SDGsの目標達成に貢献するエストニアの中小企業の事例3つ(ICT2企業、アパレル1企業)を紹介する(表2参照)。併せて、各事例が社会に及ぼした影響や意義について、数値化できない面(定性評価)と数値化できる面(定量評価)に分類し、筆者独自の評価を試みる。

表2:エストニア中小企業のSDGs関連プロジェクト
企業名 セクター 企業情報 プロジェクト 該当SDGs
サイバーネティカ
(Cybernetica)
ICT 従業員数:174人(2021年9月30日時点)
年間売上高:924万ユーロ(2020年)
Xロード 9 産業と技術革新の基盤をつくろう
ビズリー
(Bisly)
ICT 従業員数:12人(2021年9月30日時点)
年間売上高:13万ユーロ(2020年)
インテリジェント・ビル管理ソリューション 11 住み続けられるまちづくりを
13 気候変動に具体的な対策を
アウス・デザイン
(Aus Design)
アパレル 従業員数:9人(2021年9月30日時点)
年間売上高:21万ユーロ(2020年)
アップメイド 12 つくる責任 つかう責任

出所:各社資料を基にジェトロ作成。該当SDGsは、各社ウェブサイトなどに明記がないためジェトロが分類。

1例目は、ICT企業のサイバーネティカ(Cybernetica)だ。同社はテクノロジーによって全ての人々によりスマートで安全な世界を構築することを掲げている。また同社は、サイバー防衛を中心とした国防産業企業でもある。「Xロード(X-Road)」や、インターネット投票、電子納税などの数多くの電子政府システムを開発しており、日本を含む世界35カ国にシステムを提供している。とりわけ、同社が開発を主導したXロードは、分散されたデータベースを高い安全性を確保しながら連携させるプラットフォームで、電子国家としてのエストニアのバックボーンになり、国の公共部門と民間部門の情報システムが連携し、調和して機能することを可能にするものだ。

  • 定性評価:全国的な統合プラットフォームを構築する限られたリソース、データ交換コストの急増、既存の安全でないデータベースからの公開データ漏洩(ろうえい)のリスクといった課題を克服するデータ交換プラットフォームを構築した。
  • 定量評価:2001年から導入されたXロードは、2021年9月15日時点で、公共部門と民間部門を合わせて983の組織が同プラットフォームでデータの連携をしている。また、Xロードを介したデータの取引は2020年には15億件以上となった。人口が約133万人のエストニアでは、1人当たり年間1,181件のデータ取引を行ったことと同じ規模になる。

2例目は、ICT企業のビズリー(Bisly)だ。同社は拡張性の高い唯一のインテリジェントビル管理ソリューションを提供するエストニアのICT企業だ。同社は省エネルギーをシンプルかつ低コストで実現することを使命としており、新しく開発される建物だけではなく、既存の建物の省エネルギーにも貢献する。同社はエストニア・ノルウェー協力プログラム「グリーンICT」からの助成金を受け、ノルウェーのパートナー企業とともに、商業ビルやオフィスビルを効率的に運用する自動化プロセスの機能を開発している。人工知能(AI)を活用して、建物の空調や照明、設備といったさまざまな事項を1つの全体管理システムに統合して管理・制御する方法により、よりシンプルで省エネに貢献するソリューションを顧客に提供する。

  • 定性評価:最大50%の省エネを達成できるだけではなく、既存の他社製品と比較した場合に導入コストが60%削減されるため、バルト3国を中心に急成長している。
  • 定量評価:業界で8年間の導入実績がある。また「グリーンICT」の助成金を受けており、北欧諸国でも展開している。

3例目は、アパレルメーカーのアウス・デザイン(Aus Design)だ。同社は世界のファッションや繊維産業全体で課題となっている衣料品やその材料となる繊維製品の廃棄問題に対し、アップサイクリング(注5)を広めることを目標に掲げている。従来の衣料品製造工程で平均して18%ほど排出されているとされる廃棄繊維材について、アップサイクリングを導入し、コストとなっていた廃棄材を価値あるものに生まれ変えるプロセスを開発した。さらに、廃棄をゼロに近づけ、サーキュラーエコノミーを達成するのに必要なノウハウを他社へも提供するため、アップメード(UPMADE)という認証システムを開発した。ブランドやメーカーが産業用アップサイクリングを導入し、余分な材料を衣服に変えることができ、水や二酸化炭素(CO2)排出量、エネルギー使用量を節約できる。

  • 定性評価:アップサイクリングを普及させるために、認証制度を開発することでファッション業界や繊維業界全体への働きかけを行い、サーキュラーエコノミーを構築している。
  • 定量評価:エストニアだけではなく、バングラデシュやインドなどの繊維産業の作り手となっている企業もアップメードの認証を取得している。

注1:
SDSNによる「持続可能な開発レポート2021」10ページ目に掲載されている表2.1「2021年のSDG指数総合点(SDG Index scores)」上の順位。SDGs17目標に関する各国の総合的なパフォーマンスについて、最高のアウトカムを100%とした場合に何%まで達成できているかを数値化し、順位付けしたもの。
注2:
低資源環境(low-resource settings)とは、低・中所得国に限らず、水や電気の供給がない、または不安定な場所や、医療など重要インフラへのアクセスが限られるような場所のこと。
注3:
アイスランド、リヒテンシュタイン、ノルウェーが欧州経済領域(EEA)の社会・経済的格差の是正と、中欧・南欧のEU15カ国との2国間関係の強化に貢献する助成金。
注4:
本レポート脱稿後の2021年11月1日、1プロジェクト当たりの助成金額が5万~20万ユーロの小規模な助成スキームが開始された。
注5:
縫製工場などの製造工程で発生する廃棄素材を原料として新しい製品を製造するプロセス。
執筆者紹介
ジェトロ・ワルシャワ事務所(在エストニア)
吉戸 翼(よしと つばさ)
2018年からエストニアでジェトロのコレスポンデントとしての業務に従事。