特集:外国人材と働く世界最大の労働力輸出国フィリピンの現状と課題(後編)
日本はフィリピン人に就労先として選ばれるか
2019年12月3日
前編では、国民の10人の1人に当たる約1,000万人が海外に居住し、年間約3兆円をフィリピン国内に送金するフィリピンの状況を、統計などを用いて解説した。
連載の後半となる本編では、フィリピン人の海外就労を所管するフィリピン海外雇用庁(POEA)、日本へのフィリピン人材の送り出し機関、そして日本でまもなく高度人材として働く予定のフィリピン人に対するインタビューを通して、フィリピン人の日本での就労に際して直面する課題、日本での就労に対して持つイメージ、そして日本で2019年4月に改正された入管法によって新たに創設された在留資格「特定技能」を巡る現状、さらにフィリピン人の日本での就労の今後の展望について報告する。
日本語の習得が課題
フィリピン海外雇用庁(POEA)は、海外で就労するフィリピン人の管理や、フィリピン人を海外に送り出すエージェント(以下、送り出し機関)に対する許認可権限を有する労働雇用省(DOLE)所管の政府機関である。今回は、POEAの米州・欧州・アジア課チーフのアーリーン・キャレター氏にフィリピン人の日本での就労を巡る現状と課題、将来性を聞いた(インタビュー実施日:2019年10月22日)。
- 質問:
- 日本で働くことを選択するフィリピン人のモチベーションは。
- 答え:
- 高水準の給与が、何よりも大きなモチベーションとなっている。また、他の国・地域と異なり、フィリピン人に対する虐待などの発生率が低いことも日本を選択する理由の1つ。高齢化が進み人材が不足する日本では、フィリピン人に対する需要が今後も増加すると考える。
- 質問:
- 日本で働くフィリピン人が直面する問題とは。
- 答え:
- 言語の壁が、最も大きな障害となっている。日本語を専攻するフィリピン人は少なく、必ずといっていいほど、フィリピン人は日本語の習得に苦労する。日本に送り出すフィリピン人には、事前に日本語学校を紹介している。フィリピン労働雇用技術教育技能教育庁(TESDA)も、日本で就労するフィリピン人向けに日本語コースを提供している。
- 質問:
- どのような方法で日本で働くフィリピン人や日本の雇用者を管理、監督、支援しているか。
- 答え:
- 日本で就労するフィリピン人や、日本の雇用者の管理、監督業務はPOEAの福祉雇用事務所 (Welfare and Employment Office)が所管している。また、POEAの海外出先機関であるフィリピン海外労働事務所(POLO:Philippine Overseas Labor Office)や送り出し機関と協力し、日本で働くフィリピン人の管理、監督をしている。在外フィリピン人に何か問題や虐待といった事案が発生した場合は、送り出し機関はPOEAとPOLOに報告する義務がある。
- 質問:
- 2019年4月に改正された日本の入管法に基づいて在留資格「特定技能」が新たに認められたが、これを受けて何か動き、影響はあるか。
- 答え:
- 日本の入管法の改正は既に行われているが、在留資格「特定技能」制度に基づくフィリピン人の日本への送り出しは、現時点でまだ開始されておらず、POEAは日本のPOLOからの送り出し開始の承認を待っているところだ。具体的には、日本のPOLOが、在留資格「特定技能」に基づくフィリピン人の日本への送り出し時に用いる契約書の内容について調整中である。
- 質問:
- 日本におけるフィリピン人の就労に関する将来性はどのように考えるか。
- 答え:
- 他国と比較して、日本ではフィリピン人労働者への虐待や事件が少なく、給与面でも悪くないので今後もますます日本を就労先として選択するフィリピン人は増加すると考える。
日本へのフィリピン人材送り出し数は増加傾向
マニラ首都圏ラス・ピニャス市に拠点を置くプルデンシャル・エンプロイメント・エージェンシー社は1982年に創業し、日本への送り出し事業ではフィリピン最大手である。POEAによると、10月1日時点で170の送り出し機関が計7,486件の日本での就労募集を行っているが、同社は最も多い871件の日本での就労募集案内を出している。プレジデントのマリア・ジーナ・フジモト氏に聞いた(インタビュー実施日:2019年10月23日)。
- 質問:
- 日本へのフィリピン人の送り出し実績は。
- 答え:
- 2017年は1,438人(男性891人、女性547人)、2018年は1,777人(男性1,007人、女性770人)、2019年は9月末時点で1,397人(男性787人、女性610人)のフィリピン人を、技能実習生として日本に送り出した(表参照)。男性は主に建設関係に従事することが多く、女性は工場でのパッケージング作業、食品加工、パン販売店などで働くことが多い。
年 | 男性 | 女性 | 合計 |
---|---|---|---|
2017年 | 891 | 547 | 1,438 |
2018年 | 1,007 | 770 | 1,777 |
2019年(9月まで) | 787 | 610 | 1,397 |
出所:プルデンシャル・エンプロイメント・エージェンシー社
- 質問:
- 日本での給料を含め、各種待遇、そして労働環境についてどういった印象を持っているか。
- 答え:
- スキルや職種にもよるが、全てを平均すれば給料は月10万円である。ただし、台湾やサウジアラビア、カタールといった国・地域と異なり、日本は多額の中間マージンを取ることがないのがフィリピン人が、日本を選ぶ理由の1つになっている。また、日本の就労環境は他国と比較しても良く、公平、平等であり、フィリピン人労働者は日本の法律によって守られている。また、日本の食事、気候、景色、そして日本人の性格が良いこともフィリピン人が日本を就労先に選ぶ要因となっている。
- 質問:
- 日本で働くフィリピン人が直面する問題とは。
- 答え:
- 多くのフィリピン人が、家族と離れて海外と暮らす経験がないため、日本の環境、文化に適応することができず、時折ホームシックになるフィリピン人が存在する。また、日本語の習得に苦労するフィリピン人が多いことも事実である。多くはないが、日本での勤め先の上司から体罰を受けたフィリピン人も存在する。
- 質問:
- 日本語の習得のために語学学校と連携しているか。
- 答え:
- 自社でサクラ・ジャパニーズ・ランゲージスクールという語学学校を運営しており、10人の日本人講師と80人のフィリピン人講師が教壇に立っている。フィリピン人講師の多くは、かつて日本で就労経験がある者だ。
- 質問:
- 2019年4月に改正された日本の入管法に基づいて在留資格「特定技能」が新たに認められたが、これを受けて何か動き、影響はあるか。
- 答え:
- 在留資格「特定技能」制度に基づくフィリピン人の日本への送り出しは、現時点でまだ開始されていないが、同制度によって、過去に日本で就労した経験を持つフィリピン人がもう一度日本で就労する機会を得ることができると考える。これによって、フィリピンは日本の最新技術を習得し、フィリピンに持ち帰ることが可能となる。
規律、治安、待遇の良さがモチベーションに
マニラ首都圏パラニャーケ市に拠点を置くマルチ・オリエント・マンパワー・マネジメント・サービス社は2002年の創業以来、日本とオーストラリアを主要な送り先としてフィリピン人材の海外送り出しビジネスを行っている。ディン・コロカド氏に聞いた(インタビュー実施日:2019年10月15日)。
- 質問:
- 日本には何人ほど送り出しているか。
- 答え:
- 当社は現時点で、840人のフィリピン人を技能実習生として日本に送り出している。全員、4カ月から半年のトレーニングをフィリピン国内で受けた後に、日本に出発する。
- 質問:
- 貴社を通じて日本で働くフィリピン人の性別、年齢の割合は。
- 答え:
- 当社は建設現場要員を主に送り出しているため、4分の3以上が男性である。女性は農業、食品加工、工場、家事手伝いといった職種に就いている。28歳以下を希望する日本企業が大多数であるため、送り出すフィリピン人の年齢も28歳以下が多い。32歳以上のフィリピン人は応募を断っている。
- 質問:
- 日本のどの地域に何年ほど送り出すことが多いか。
- 答え:
- 当社は四国と九州が多いが、北海道以外の日本全国に送り出している。期間は通常3年間だが、試用期間かつ最短契約期間である最初の1年で、雇用者に継続雇用されるか判断される。
- 質問:
- 給料含め各種待遇はどれほどか。
- 答え:
- 働く都道府県や職種による。例えば東京で働く建設現場の工員は、他の地域に比べて給料が高い。
- 質問:
- 中東、シンガポール、北米など英語を仕事で使えて、かつ日本よりも比較的給料が良いとされる国ではなく、日本で働くことを選ぶフィリピン人のモチベーションは。
- 答え:
- 日本人は規律を守り、中東と違って外国人労働者の虐待などの問題も少ない。また、日本は治安が良く清潔で技術の進歩も早い。給料も必ずしも低くはなく、特段のスキルを必要としない職種の給料は中東、シンガポール、北米と比べても低くはない。また、台湾や中東と違って、日本は海外への送り出しの際に多額の中間マージンを取られるようなことがないことも、日本を就労先に選ぶ理由となっている。
- 質問:
- 日本で働くフィリピン人が直面する問題とは。
- 答え:
- 日本語が難しい点、文化や倫理がフィリピンと大きく異なる点が挙げられる。特に日本語については、方言や俗語は日本語の学習をある程度したフィリピン人にとっても難しい。当社はマニラの語学学校と提携し、日本語や日本文化のトレーニングを行っているが、学校では習わない日本語が実際の日常会話では使用されることが多く、これもフィリピン人にとっては大きな壁となっている。
- 質問:
- 2019年4月に改正された日本の入管法に基づいて、在留資格「特定技能」が新たに認められたが、これを受けて何か動き、影響はあるか。
- 答え:
- 現時点ではまだ大きな動きにはなっていないが、外国人技能実習制度では認められていない多くの職種が特定技能で認められたことから、今後、在留資格「特定技能」を利用して日本で就労するケースが増えるのは間違いないと考える。高齢化が進む日本と若者が多いフィリピンは、今後ますます人材面で助け合う関係を構築できると考えている。
日本のクオリティ・オブ・ライフに期待
まもなく日本の大都市の企業で働くことが決定している(在留資格は「国際業務」)、ダニエラ・ガルシアさん(仮名)に日本で働くことを決めた理由や懸念点などについてインタビューした(インタビュー実施日:2019年10月24日)。
- 質問:
- どのような方法で日本での就職先を見つけたか。
- 答え:
- 卒業した大学のフェイスブックページで偶然、募集案内を見つけ、ウェブのテレビ電話で何度か面接を受けた。
- 質問:
- 日本で働くことを決めた理由は。
- 答え:
- 日本で働くことを念頭に置いていたわけでも、転職を考えていたわけでもなく、あくまで偶然フェイスブックで募集案内を見つけたことが契機となった。募集内容が私の長期的なキャリア目標に合致していたのと、早く経済的に独立したかったことも、日本で働くきっかけとなった。待遇面は、フィリピンではかなり長い年月働き続けないと届かない条件でオファーがあったことも後押しになった。また、在留資格「特定技能」や技能実習制度ではある程度の日本語能力や日本語試験に合格することが求められるが、募集があった日本の企業からは英語のみで仕事ができるとされた点も後押しとなった。
- 質問:
- キャリアや待遇面以外で日本で働くことのモチベーションとなる点はあるか。
- 答え:
- 日本はクオリティ・オブ・ライフ(生活の質)が高い国として知られており、治安や交通インフラでも心配がないことも日本で働くモチベーションとなった。一方で、マニラはアジアで最も渋滞が酷い都市の1つとされており(注)、公共交通機関の整備が進んでいないにもかかわらず、オフィスがマニラに集中しているため、交通渋滞が常態化しており、通勤に多くの時間を割かれてしまう。また、大気汚染によって健康を害するフィリピン人も多く、待遇面も含めて多くのフィリピン人が海外で働くことを志向する傾向があると考える。
- 質問:
- 日本以外に同じ職種、条件で募集があった場合、日本以外の国での就労を選んだか。
- 答え:
- 欧州で同じ募集があれば、そちらを選んでいた。理由は、私の職種で得られるスキルは汎用(はんよう)性が高く、欧州のある国で働いた場合、その経験をもとに他の欧州諸国での就労も可能となると考えるからである。また、英語を母国語としないとしても日本と違って英語が通用する国が多いことも、私にとってアドバンテージとなる。また、給与面で日本より優れた国も多い。
- 質問:
- 日本に渡航するに当たって、何か心配な点はあるか。
- 答え:
- 就職先からは、勤務中に日本語を使用する必要はないと言われているが、日本では日常生活で英語を使うことが難しいため、日本人の多くとコミュニケーションが取れないのではないかと心配している。交通標識や食事に困らない程度の日本語は、渡航前に勉強して身に付ける必要があると考えている。
- 注:
- アジア開発銀行(ADB)が9月に発表した資料(13MB)によると、アジア諸国278都市の中でマニラ首都圏が最も交通渋滞が深刻な都市として選定された(2019年10月3日付ビジネス短信参照)。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・マニラ事務所
坂田 和仁(さかた かずひと) - 2007年、ジェトロ入構。産業技術部、沖縄事務所、ソウル事務所、企画部企画課などを経て、2017年より現職。