特集:動き出したアジアのスマートシティ構想デジタル技術によるソフト面でのインフラ整備目指す(マレーシア)

2019年8月30日

マレーシア政府は2020年までの高所得国入りを目標(注1)とする長期計画「ビジョン2020」の実現のため、産業高度化および都市開発を進めている。マレーシアにおけるスマートシティ計画は都市開発の一環であり、政府機関が主導するもの、民間企業が積極的に開発を進めているものなどさまざまである。主要な都市としては、クアラルンプール、ジョホール・バル、プトラジャヤ、クチン、コタキナバル、州レベルでは、セランゴール州、ペナン州、マラッカ州などがある。

本レポートでは、マレーシア政府が目指すスマートシティ構想、主要都市でのスマートシティ計画および現状を紹介する。

スマートシティ化による都市の競争力強化が根幹

マレーシア政府によるスマートシティ構想の基盤となっているのは、2015年5月に発表された国家5カ年計画「第11次マレーシア計画(2016~2020年)」である。同計画は6つの主要目標で構成され、その1つである「経済拡大を支えるインフラ強化」のうち、「デジタルインフラの対象範囲、質などの改善」における戦略の1つとして「スマートシティのためのインフラ強化」が位置づけられた。

また、同計画ではこれとは別に、経済成長を率いる「競争力のある都市」を目指す主要都市として、クアラルンプール、ジョホール・バル、クチン、コタキナバルを選定し、重点的な都市開発を行う計画もある。これらの都市は、人口、都市別総生産(都市別GDP)、既存インフラ、地政学的なメリットなどを踏まえた潜在性を基準に選定され、2018年11月に採択されたASEANスマートシティネットワーク(ASCN)にも参加した。同4都市では、公共交通網、エネルギー、住宅、産業強化といったインフラ整備に加え、キャッシュレスペイメントや無線LANネットワークなどのデジタルインフラの整備にも注力する包括的な開発計画で、スマートシティ化の要素が盛り込まれている。

第11次マレーシア計画は、2018年5月の政権交代後、マハティール政権によって同年10月に見直しが行われた。見直し前の計画に比べ、「スマートシティ」という用語を使用せず、スマートシティ化を前提とした「競争力のある都市」開発に重点を置く内容となっている。そのほかに、「第3次国家空間計画(The Third National Physical Plan: NPP3)」(注2)および「第2次国家都市化政策(The Second National Urbanisation Policy: NUP2)」(注3)が、スマートシティに関わる主な国家政策となっている。

デジタル技術で社会課題の解決を目指す

マレーシアのスマートシティ政策に掲げられる全体構想を総合すると、スマートシティはIoT(モノのインターネット)を通じて、1.スマートガバナンス、2.スマートモビリティ、3.スマートテクノロジー/スマートエコノミー、4.スマートインフラストラクチャー、5.スマートシチズンのいずれか、または複数を実現することを目指す。

マレーシア統計局の人口統計から、各州の人口密度と州都など主要都市における人口密度を比較すると、1平方キロメートル当たり、ペナン州1,712人に対して州都ジョージタウン4,811人、セランゴール州816人に対して州都シャーアラム4,358人などとなっている(図参照)。一部の都市に人口が集中し、それに伴い顕在化してきた社会課題を解決することが、マレーシアのスマートシティ計画における主な目標である。

連邦直轄地省傘下の連邦都市および国家計画局(プラン・マレーシア)は、都市化に伴い急激に深刻化する社会課題として、交通渋滞、人口過密、手頃な価格の住宅不足、環境悪化、廃棄物処理、健康問題、洪水、地滑りなどを挙げている。

図:マレーシアの都市別人口密度(1平方キロメートル当たりの人口)(単位:人)
1平方キロメートルあたりペナン州1,712人に対して州都ジョージタウン4,811人、セランゴール州816人に対して州都シャーアラム4,358人、マラッカ州558人に対して州都マラッカ1884人などとなっている。

注:ジョージタウンはペナン島北東部、シャーアラムはぺタリン地区、アロースターはコタスター地区、カンガルはペルリス州全体のデータ。
出所:マレーシア統計局

各都市での取り組みもさまざま

現在、スマートシティ計画が進行している主要な4都市・地域における取り組み例は次のようなものがある。

(1) クアラルンプール

クアラルンプールは、クアラルンプール市役所(DBKL)が策定する「2020年クアラルンプール構造計画」を基に都市計画が行われている。大量輸送システム(MRT)などの公共交通機関の整備、再生可能エネルギー利用やリサイクル率の向上、低炭素のグリーンビルディングのシェア増など、環境とのバランスに配慮したスマートシティを目指す。

デジタル技術に特化したスマートシティ計画では、2018年1月から中国のアリババがDBKLおよびマレーシアデジタルエコノミー公社(MDEC)と連携し、アリババ・クラウドの人口知能(AI)とビッグデータ分析を活用して市内交通渋滞緩和を図る「マレーシア・シティ・ブレイン計画」に着手した。

(2) イスカンダル開発地域(ジョホール・バルを含む)

イスカンダル開発地域は、シンガポールに面するジョホール州南部の約2,300平方キロメートルにわたる開発地域で、教育、金融サービス、ヘルスケア、物流、工業、石油化学などを重点分野として開発を行っている。シンガポールとの接続性向上も都市計画の一部に組み込まれており、ジョホール・バルとシンガポールをつなぐ高速輸送システム(RTS)計画なども進められている。

ジョホール州とシンガポールをつなぐセカンドリンクからほど近い、イスカンダル・プテリ地域に位置するメディニ地区では、三井物産が2013年に国営投資会社カザナ・ナショナルの子会社で、同地区の都市開発を担うメディニ・イスカンダル・マレーシアの株式を19.99%取得し、同地区のスマートシティ開発のマスターディベロッパーとして参画した。工業団地、オフィスビル、娯楽施設、大学、病院などが集積するほか、スマートシティ化への取り組みとして、1.スマートモビリティ、2.スマートビルディング、3.公園におけるWi-Fiの完備、4.市民用ポータルサイト運営、5.監視カメラなどのオペレーションセンターの統合などを実施している。

そのほか、マレーシア通信大手のテレコム・マレーシアがメディニ地区の工業団地に最先端のデータセンターを稼働、不動産大手のサンウェイ・グループがタウンシップ事業「サンウェイ・イスカンダル」として、ショッピングモール、テーマパーク、ホテル、教育、医療、住宅などの総合開発に着手するなど、民間主導による計画も進んでいる。同事業では、NECが情報通信技術システムの提供や研究拠点の開発、大和ハウス工業がエネルギー効率や環境に配慮した住宅開発を行うなど、日系企業も参画する。

(3)プトラジャヤ

行政都市のプトラジャヤでは、地方自治体であるプトラジャヤ・コーポレーションが「スマート・プトラジャヤ」というブループリントに沿った都市計画を進めている。スマートモビリティ、スマートホーム、スマートガバナンスなど7つの領域でのスマートシティ化を目指す。

スマートモビリティの領域では、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が東芝インフラシステムズなどと連携し、都市交通のスマート化を目的としたプトラジャヤでの大型EV(電気自動車)バスシステムの実証を2015~2020年の計画で実施している。

通信・マルチメディア省傘下のマレーシア通信マルチメディア委員会は、マレーシアにおける次世代移動通信「5G」を2022年までに導入するとしており、プトラジャヤは近隣のサイバージャヤと共に、5G実証のためのテストベッドに選定された。2019年4月には「5Gマレーシアショーケース」として、マレーシアの通信大手各社、中国のファーウェイ、ZTE、マレーシア工科大学(MUT)などが参加し、5G技術の展示会を開催した。

(4) セランゴール州(サイバージャヤを含む)

セランゴール州は、2016年に「スマート・セランゴール」という2025年までのブループリントを策定し、IoTを通じた住民の生活の質向上を目的としたスマートシティ化に着手している。同ブループリントでは、スマートガバナンス、スマートデジタルインフラ、スマートモビリティのほか、廃棄物処理、ヘルスケア、教育など12の重点領域を設定し、多面的なスマート化を目指す。

また、2018年2月には財務省がサイバージャヤ全体をレギュラトリー・サンドボックスとして活用するイニシアティブを発表し、農業、バイオテクノロジー、ヘルスケア、教育、輸送などの分野において、民間企業が新規ビジネスの実証実験を行うことができる、規制緩和政策を実施している。

サイバージャヤでは、NTTコミュニケーションズが4カ所のデータセンターを運営・拡大しているほか、中国のIT企業テンセントがデータセンターハブの設置を検討するなど、デジタルインフラの要となるデータセンター事業が活況となっている。

セランゴール州スバンジャヤには、サンウェイ・グループが開発した「サンウェイ・シティ」がある。ショッピングモール、テーマパーク、大学、病院、ホテル、オフィスなどの複合的なタウンシップであり、バス専用線などの交通インフラやエネルギーマネジメントなどにも取り組む。エネルギー効率化や環境対応の点では、日立製作所が連携している。

環境やエネルギー対策にチャンスか

道路を中心に物理的なインフラが整うマレーシアでは、官民ともにデジタル技術によるソフト面でのインフラ整備のためのスマートシティ化を目指す傾向が強い。前述のとおり、マレーシアのスマートシティ計画における日系企業の参画はさまざまな分野にわたっているが、エネルギーマネジメントや交通システムを含む環境対応などに優位性がありそうだ。


注1:
ビジョン2020は、2018年10月に実施された「第11次マレーシア計画」の見直しにより、高所得国入り目標を2020年から4年程度後ろ倒しにすることが発表された。
注2:
2005年に策定された、マレー半島部の総合的な空間計画を定めた国家政策で、5年に1度見直しが行われている。主な目標として、人口増加、地方の開発、公共交通機関網の整備、二酸化炭素の策現などが掲げられている。
注3:
2006年に策定された、人口増に対処するための都市部の効率的かつ体系的な開発計画を定めた国家政策で、2016年に見直しが行われた。都市部と地方部の連結性の向上も目標とする。
執筆者紹介
ジェトロ・クアラルンプール事務所
田中 麻理(たなか まり)
2010年、ジェトロ入構。海外市場開拓部海外市場開拓課/生活文化産業部生活文化産業企画課/生活文化・サービス産業部生活文化産業企画課(当時)(2010~2014年)、ジェトロ・ダッカ事務所(実務研修生)(2014~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2017年)を経て、2017年9月より現職。