特集:動き出したアジアのスマートシティ構想ニュークラークシティ計画に複数の日本企業が参入表明(フィリピン)

2019年8月30日

世界ワーストレベルの交通渋滞によって、1日当たり約24億ペソ(約50億円、1ペソ=約2.1円)の経済損失が発生していると言われるマニラ首都圏。2030年には、現在の約2.3倍の2,930万人までマニラ首都圏の人口は増加するという試算も存在する。フィリピン政府は日本企業の協力の下で、マニラ首都圏の近郊に新都市「ニュークラークシティ(NCC)」の建設を進めており、マニラ首都圏への経済一極集中や人口集中を分散化させる狙いだ。

急速な経済成長と人口増による都市問題解決が課題

フィリピンは、2012年以降7年連続して6%以上の経済成長を記録するなど、ASEAN主要国の中でもトップクラスの経済成長が続いている。若くて英語力が高い人材を、比較的安いコストで確保できる点や、経済特区では法人税の減免など各種税制優遇を受けられる点も評価され、輸出加工型の製造業やIT-BPM(ビジネス・プロセス・マネジメント)業を中心に日系企業の進出も進み、在フィリピン日本人商工会議所(マニラ、セブ、ダバオの3カ所)の会員企業数は、2019年現在で766社と、2012年時点の648社から100社以上増加している。

一方で、急速な経済成長や人口増加に伴い、交通渋滞が悪化し、鉄道の老朽化、港湾の混雑が常態化するなど、公共インフラの整備が喫緊の課題となっている。特にマニラ首都圏では人口の流入が加速し、慢性化する交通渋滞や人口過密が問題となっており、不動産価格の高騰が起こっている。

そうした中、フィリピン政府は人口の分散化や雇用の創出、持続的な経済成長を実現させるため、新都市開発を進めている。フィリピンでは、現時点でスマートシティに関する国家レベルの開発計画はなく、プロジェクトベースでマスタープランが作成されている状況である。国レベルの開発計画では、国家経済開発庁(NEDA)が2017年に策定した「Philippine Development Plan (PDP) 2017-2022PDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(2.3MB) 」がある。PDPは大統領の任期に合わせて策定される国家開発計画であり、インフラ開発、マクロ経済政策、金融システム政策などを含んだ、国レベルの包括的な開発計画となっている。

初のスマートシティ計画としてのクラークシティ開発

スマートシティ開発の代表的な例として、マニラ首都圏から北西約120キロに位置するニュークラークシティ(NCC)開発プロジェクトが挙げられる。NCC開発プロジェクトは、新空港や高速鉄道の建設、マニラにある官公庁の一部移転などを伴うもので、フィリピン初の環境配慮型のスマートシティとして、旧クラーク米空軍跡地(総面積9,450ヘクタール)の一部に120万人が居住し、60万人の雇用の創出を目指す巨大プロジェクトである。

NCC開発プロジェクトは、2018年から2022年までの5年間を第1フェーズとし、陸上競技場や競泳場、官公庁公舎、政府関係者用住居などの建設が行われる予定である。在フィリピン米軍基地跡地の開発を担う政府機関であるフィリピン基地転換開発公社(BCDA)が進めるプロジェクトであり、BCDAと日本の海外交通・都市開発事業支援機構(JOIN)が共同で、都市開発のマスタープランを作成した。開発に当たっては、日本企業の都市開発に関する技術や経験が活用される予定であり、丸紅、関西電力、中部電力、そしてフィリピン最大の配電事業会社であるマニラ電力会社(メラルコ)は、共同でNCCにおけるスマートグリッド事業への参画を発表するなど、複数の日本企業がNCC開発プロジェクトへの参入を表明している。また中国政府も、2018年11月の習近平国家主席のフィリピン訪問に合わせて、NCCにおいて500ヘクタール規模の工業団地を開発することを表明した。

外国の官民に対して資金や技術面で協力を要望

ジェトロは2018年11月、BCDAとの共催で「クラーク基地跡地開発関連都市開発セミナー」をマニラで開催した(参考記事)。スマートコミュニティ、スマートグリッド、統合交通システム(ITS)に関わる製造業、建設企業、都市開発デベロッパー、公共交通オペレーターなど、さまざまな分野の日本企業が日本の都市開発ノウハウや質の高いインフラ技術を紹介した。また、日本の都市開発にかかる経験・知見や日本政府、官民ファンドによるさまざまな支援メニューを、フィリピンの政府要人や現地企業関係者に提供した。

BCDAのバイスプレジデント、ジョアナ・カポネス氏はジェトロの取材に対して、フィリピンとして初めてのスマートシティとなるNCCは、将来フィリピンを代表する総合的な都市に発展するだろうとした上で、「NCC開発プロジェクトを成功させるためにも、日本を含め、海外の政府や企業には資金面や技術面でぜひ協力してほしい。NCCはビジネスフレンドリーな都市を目指しており、NCCでの会社設立も検討してほしい。」とコメントした。

軍事基地の跡地を活用した、フィリピンにおける都市開発の他の事例としては、ボニファシオ・グローバル・シティー(BGC)が挙げられる。マニラ首都圏の南東部タギッグ市に位置するBGCは、現在フィリピンのウォール街と称される商業都市に発展した、マカティ市の開発を手掛けたアヤラ財閥などがBCDAの開発パートナーとなって、2000年代に入ってから開発された21世紀型商業都市である。BGCでは、電線や光ケーブルが地下に敷設され、豪雨時にも冠水しないよう排水システムが整備され、道路幅も広く、都市全体が整然と整備されている。また、ショッピングセンター、レストラン、外資系企業のオフィス、高級ホテル、富裕層向けのコンドミニアムが立ち並び、フィリピン随一の「近未来都市」として発展を続けている。

2016年の就任以来、ドゥテルテ大統領は大規模なインフラ整備計画「ビルド・ビルド・ビルド」を政策として掲げ、任期最終年の2022年までの6年間で約8兆ペソ(約17兆円)を投じ、各種インフラの整備を行うとしている。ジェトロが実施した「2018年度アジア・オセアニア進出日系企業実態調査」において、61.8%の在フィリピン日系企業がフィリピンの投資環境上のリスクとして「インフラの未整備」を挙げた。今後、持続的な経済成長を実現するためにも、日本を含む海外企業の知見を活用した質の高いインフラの整備を進め、雇用の創出、国民所得の向上、そして投資環境を強化することが望まれる。

執筆者紹介
ジェトロ・マニラ事務所
坂田 和仁(さかた かずひと)
2007年、ジェトロ入構。産業技術部、沖縄事務所、ソウル事務所、企画部企画課などを経て、2017年より現職。