特集:動き出したアジアのスマートシティ構想カルナータカ州内最大の製造業集積地で進むスマートシティ開発(インド)

2019年8月30日

インド南部カルナータカ州の州都べンガルールから、北西に90キロメートル弱の場所に位置するトゥムクル市は、同州における最大規模の製造拠点として注目を集めている。ここで開発が進むトゥムクル・スマートシティは、州内で承認された7件のスマートシティ構想の1つで、2017年から5年計画で実施されており、最先端IT技術を活用したインフラの整備と行政サービスの改善が進む。プロジェクトの推定費用は約200億ルピー(約320億円、1ルピー=約1.6円)に達する。シリーズ3回目。

ハイテク製造分野で注目を集めるトゥムクル市

これまでトゥムクル市は、食品加工業の集積地として知られていたが、近年ではエレクトロニクス、自動車・自動車部品、工作機械や鉄鋼などの製造業ハブとしても成長している。同市における産業開発のポテンシャルの高さは中央政府に認められ、2011年に発表された国家製造業政策の下、インド全国12カ所で開発、品質の良いインフラを提供し、製造産業のクラスター化を図る国家投資・製造業ゾーン (NIMZ: National Investment & Manufacturing Zone) の1つにも選ばれている。トゥムクル市は、航空、エレクトロニクス産業を含むハイテク産業に適した総合産業地区を目指し、カルナータカ州における最大規模の製造拠点として注目を集めている。州政府はNIMZプロジェクトにより、約5,000億ルピー規模の投資誘致と約25万人の直接雇用創出を見込んでいる。

トゥムクル市のNIMZ 計画の核となるバサンタ・ナラサプラ工業団地(図1参照)は、州政府が開発中で、トゥムクル市中心部から北西へさらに約16キロメートル、国道4号線沿いに立地し、1万2,500エーカー(約5,060万平方メートル、1エーカー=約4,047平方メートル)の規模を誇る。このうち、第1~2フェーズ(約4,000エーカー)は、土地収用が既に完了しているほか、道路、水供給、電力などの基礎インフラが整備されている。第3フェーズとして、約530エーカーの日本工業団地(JIT: Japanese Industrial Township)の整備が進む。さらに、第4~6フェーズでは約8,500エーカーを収用の予定だ。

図1:バサンタ・ナラサプラ工業団地の開発計画
北西から東にかけて広がる工業団地エリア。日本工業団地は東の端に位置する。

出所:カルナータカ州工業団地開発公社(KIADB)

5年計画で開発されるトゥムクル・スマートシティ

このような大規模な産業インフラ開発計画が進められていることを背景に、人口30万人超のトゥムクル市は、2016年に中央政府によりスマートシティ開発地として承認を得た。州政府は同プロジェクトの計画策定と実施のため、特別目的事業体(SPV)として、トゥムクル・スマートシティ開発公社 (TSCL)を設立。同事業には、州政府よりプロジェクト管理コンサルタントとして、カナダ系のLEAアソシエイツ・サウス・アジアと、地場クラックス・コンサルタンツの2社、また技術コンサルタントとして地場VBソフト・ソリューションズが選定され、計画の具体化に向けて始動している。

トゥムクル市のスマートシティ開発計画は、2017年から5年間で実施されるもので、プロジェクトの推定費用は約200億ルピーに達する。このうち、中央政府と州政府がそれぞれ約50億ルピーを負担する予定で、中央政府からは初期投資として20億ルピーが既に配分されている。残りの予算は官民連携(PPP)方式により、民間企業から調達する見込みだ。PPP関連計画は、TSCL社ウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます で公開されており、外国企業による入札も可能となっている。

最先端IT技術を活用したインフラの整備と行政サービスの提供

トゥムクル・スマートシティは、AI(人工知能)、IoT(モノのインターネット)、ビッグデータなど最新のIT技術を活用した、インフラ整備や行政サービスの改善、効率的な情報収集システムの導入が計画されており、インドにおけるさまざまな社会課題への対応を目指している(表参照)。

表:トゥムクル・スマートシティー主要プロジェクトの概要
分野 主なプロジェクト
モビリティー
  • 統合バスターミナルの再開発
  • 環状道路の整備
  • スマート道路計画(中心街での道路の交差点、歩道整備、自転車専用レーンの建設、地下ダクトの建設など)
  • 自転車シェアリングサービスを導入
社会インフラ
  • 市民向けの手頃な住宅の開発
  • 公衆トイレの設置
  • 教育機関の施設改善
  • 連続給水システムの開発
  • ごみ処理施設の開発、ごみ収集システムのスマート化
  • 市図書館の改善
  • 国際基準の新病院と外傷センターの設立
環境
  • アマニケレ湖の再生
  • トゥムクル市における各湖の相互接続
  • 政府系ビルにおける屋上太陽光発電システムの設置
ビジネスイノベーション
  • ビジネスインキュベーションとイノベーションセンターの設立
  • スマートラウンジ及び情報キオスクの設置
統合的な都市管理
  • 統合管理システムの設置
  • 緊急対応システムの開発
  • 高度道路交通システム(ITS)の開発
  • 環境モニタリングシステムの開発
  • スマート信号および市中監視システムの設置
  • 街路照明のスマート化

出所:トゥムクル・スマートシティのウェブサイト外部サイトへ、新しいウィンドウで開きますを基にジェトロ作成

モビリティ―分野では、全長10キロメートルに及ぶ環状道路(図2参照、ピンク色の点線)に加え、トゥムクル中心街の道路インフラ(既存道路の拡張、自転車専用レーン、道路の美化など)が改善されるほか、自転車シェアサービスを含む各交通手段をリアルタイムで管理する、高度道路交通システム(ITS)が設置される計画だ。環境分野では、トゥムクル市内にあるアマニケレ湖の再生、社会インフラ分野では、公共トイレやごみ箱の設置、ごみ処理施設の設立などが、主なプロジェクトとして挙がっている。

図2:トゥムクル市の環状路線図
計画されているトゥムクル市街地の環状道路。部分的に工事が開始されている。

出所:トゥムクル・スマートシティのウェブサイトより

多様なインフラ整備計画を統合的に進めるため、最新のデジタル技術を駆使した「統合管理センター」を設立する計画もある。同センターには、交通、駐車、治安、廃棄物、電力、水道などさまざまな行政サービスシステムを統合し、リアルタイムで状況を把握するシステムの導入が検討されている。同システムには、市民がアクセスすることも可能で、オンラインポータルを通じた情報確認や共有、相談や苦情などの当局への申し入れシステムも計画されている。

州政府は同地域における産業集積開発の一環として、人材需要を満たすための人材育成プログラムにも重点を置く。既存の教育機関や産業訓練研修所(ITI)の設備や機能を改善するとともに、女性専用の技能実習プログラムの充実など、新たな取り組みも検討されている。

TSCLへのヒアリングでは、「過去2年間で既に20件のプロジェクトが完成しており、新たな案件として43件が実施中、22件が入札手続き中、18件が事業計画の策定中だ」という。統合管理システムなどITインフラ関連プロジェクトにおけるソフトやアプリケーションの調達は計画通り進められている一方、道路インフラ整備に関しては、土地の収用問題が存在し、入札手続きや予算手当てが遅延するケースが多く、こうした事態をどう乗り越えるかが課題となっている。

執筆者紹介
ジェトロ・ベンガルール事務所
ディーパック・アナンド
大学で日本語と国際関係論を専攻。4年間の日本での銀行勤務の後、2008年にジェトロ入構。ベンガルール事務所において調査事業と進出日系企業向けの支援を担当し、日印関係で通算約18年の経験を有する。