特集:動き出したアジアのスマートシティ構想総論:アジア大洋州地域で事業機会が高まるスマートシティ開発

2019年8月30日

東南アジア、南西アジア、オセアニア(以下、アジア大洋州地域)では、都市圏が経済成長を牽引し、今後も加速するとみられる。しかし、急激な都市化は、さまざまな社会的課題をもたらしている。近年、各国では持続可能な都市の開発をめざし、スマートシティ計画の策定や実施が開始されている。本特集は、各国・地域におけるスマートシティ開発の取り組みの進捗を紹介する。本稿は総論として、アジア大洋州地域のスマートシティ開発の状況、目指す方向性、課題などを示したい。

持続可能な都市開発への需要の高まり

人工知能(AI)、ビッグデータなど最先端技術を活用し、社会インフラを整備するスマートシティ開発の取り組みが、全世界で拡大している。スマートシティ開発は、2010年ごろからエネルギーや行政サービス分野で先行して進められてきた。例えば、IT技術を活用し、都市電力などのエネルギーを賢く利用する「スマートグリッド(次世代送電網)」や、自治体が統合的なデータプラットフォーム上に電子政府、防災システムなどを展開し、システム間でデータ連携をする取り組みなどが挙げられる。

近年、世界で取り組みが進むスマートシティ開発は、現地中央政府、地方自治体、産業界、住民などのステークホルダーが協業しながら、社会的課題の解決を目指すものだ。これまでのように、個別の課題を技術主導で解決するのではなく、各都市および住民全体が抱える課題を分野横断的に捉え、新しいビジネスサービスや価値を創出する取り組みへと進化している。国連が2015年に採択した「持続可能な開発目標(SDGs)」の全17項目の中にも、「住み続けられるまちづくり(Sustainable Cities and Communities)」が位置付けられるなど、持続可能な都市(スマートシティ)開発により、住民の生活の質向上が期待されている(表1参照)。

表1:世界の都市化に関する主要指標
主要データ 概要
42億人 世界総人口の約55%にあたる42億人が都市圏に住んでいる(2018年)。2050年には都市人口は65億人への増加が予測される。
3% 都市圏は地球の面積の約3%にすぎないが、60~80%のエネルギーを消費する。また、70%の二酸化炭素を排出している。
8.28億人 スラム人口は8.28億人に上り、年々増加している。
33都市 1,000万人以上の都市は1990年の10都市から2014年には28都市まで増加した。2018年には33都市まで増加する。また、9割の都市が新興国に偏るとみられる。
90% 都市拡大の90%以上は新興国で発生。
80% 世界のGDPの8割は都市によるもの。

出所:国連開発計画(UNDP)よりジェトロ作成

また、日本政府が提唱する「Society5.0」の文脈においては、スマートシティ開発は先行的な社会実装の機会として焦点が当てられている。「Society5.0」は、これまでの「狩猟」「農耕」「工業」「情報」に続く、新たな経済社会を指し、「サイバー空間と現実空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」とされる。「Society5.0」では、IoT(モノのインターネット)、AI、センサーなどの技術革新により、ヒトとモノがつながることで新たな価値が生まれ、イノベーションにより、さまざまなニーズへの対応が可能となる。また、必要な情報が必要な時に提供されるほか、ロボット、自動走行などの技術により日常社会で効率性が高まり、製造業においては産業高度化に資するものと期待される。とりわけ、技術の都市への実装により、多様なデータを収集し分析・活用することで、さまざまな場面で予知、予防、レコメンドなどが可能となり、データの利用価値が生まれる。

スマートシティ開発で都市間競争が活発化

世界におけるスマートシティ開発の取り組みを見渡すと、都市間競争が活発化している。代表的な都市をみると、アムステルダム(オランダ)、コペンハーゲン(デンマーク)、トロント(カナダ)、サンディエゴ(米国)、ヘルシンキ(フィンランド)、エストニア、雄安新区(中国)、杭州(中国)などが挙げられる。北米では、グーグル、アップル、フェイスブック、アマゾン(GAFA)に代表される大手IT企業であるプラットフォーマーやスタートアップが主導するほか、中国やシンガポールでは国家主導型、欧州はオープンシステム型など、地域によって事業主体や運営方法に特徴があり、状況は異なる。

英国市場調査会社ジュニパーリサーチによる「世界スマートシティ・ランキング2017」では、シンガポールが総合首位で最も評価が高く、項目別でも「モビリティ」「医療」「公共安全」「生産性」の全てで同国は首位だった(表2参照)。アジア大洋州地域の都市では、メルボルン(オーストラリア)が総合10位だったが、それ以外でランクインした都市はなかった。現時点で、アジア大洋州地域のスマートシティ開発の進捗や成熟度は、欧米先進国と比較して低いといえるだろう。ただし、デジタル化社会へ一足飛びに進む可能性を秘めており、スマートシティ開発の潜在性は高い。

表2:世界スマートシティ・ランキング2017
順位 総合 モビリティ 医療 公共安全 生産性
1 シンガポール シンガポール シンガポール シンガポール シンガポール
2 ロンドン サンフランシスコ ソウル ニューヨーク ロンドン
3 ニューヨーク ロンドン ロンドン シカゴ シカゴ
4 サンフランシスコ ニューヨーク 東京 ソウル サンフランシスコ
5 シカゴ バルセロナ ベルリン ドバイ ベルリン
6 ソウル ベルリン ニューヨーク 東京 ニューヨーク
7 ベルリン シカゴ サンフランシスコ ロンドン バルセロナ
8 東京 ポートランド メルボルン サンフランシスコ メルボルン
9 バルセロナ 東京 バルセロナ リオデジャネイロ ソウル
10 メルボルン メルボルン シカゴ ニース ドバイ

出所:ジュニパー・リサーチ、インテル

スマートシティ開発に当たっては、新興国と先進国では、それぞれ開発目的や方法が異なる。先進国では、インフラ整備は既に完了している段階にあり、老朽化した基礎インフラの維持・更新、低炭素社会への移行、高齢化・少子化、健康などの課題を抱えている。他方、経済成長が著しい新興国では、急速な都市化が進行中で、人口集中、交通渋滞、環境、貧困、所得格差、治安悪化などの課題が挙げられる。これらの解決を含め、環境負荷の低い、新しい都市を形成することに、スマートシティ開発の主眼が置かれている。例えば、インドネシアでは、地震、津波、洪水など大規模な自然災害が立て続けに発生したことから、防災や災害予知の分野でも議論がされている。パキスタンでは、治安の改善・維持のため、監視カメラ設置やシステム導入などの分野で位置付けられる。

また、特筆すべき点として、欧米、日本、シンガポールのような先進国は、他国のスマートシティ開発プロジェクトにおいて、マスタープラン段階から参画したり、技術・製品・ノウハウなどを積極的に売り込んでいる。本稿の各国編でも、日本の官民が、オーストラリア、ベトナム、インド、フィリピンなどで事業に参画していることが紹介されている。その参入方法は、開発主体やコンサルタントとして、あるいはソリューション・機器・サービスの提供などさまざまである。シンガポール政府系の都市計画コンサルタント会社スルバナ・ジュロンなどがパキスタン、スリランカ、ベトナムなどに、欧州企業ではABBグループ、エリクソン、ボルボバス、エレクトロラックスなどがベトナムに参入している。また、中国の通信機器ファーウェイ・テクノロジーズは2017年、ラオス政府と首都ビエンチャンにおいて、スマートシティ開発に関するFS調査を開始した。

アジア大洋州地域で多岐にわたる開発状況

アジア大洋州地域における、スマートシティ開発の特徴はどのようなものか。当該地域は、社会、文化、宗教など多様性に富み、経済発展度合いに大きく格差がある。スマートシティ開発においても、中央政府によるマスタープランや構想の策定に当たって、定義、経済政策における位置付け、目指す方向性などは多岐にわたる。

オーストラリア、フィリピン、スリランカ、パキスタンなどは、スマートシティ開発を国家経済開発の一部として位置付けるなど、インフラ開発の一環としての要素が色濃い。シンガポールでは、スマート国家構想が開始してから約5年が経過し、「シンガポールQRコード」導入による電子決済手段の統一化など、具体的な成果が出ている。インドでは、モディ政権が2014年に発足後、スマートシティ開発計画を打ち出し、100都市が選定されたほか、対象都市の拡大を予定する。タイは、開発要件・恩典などの関連制度が急速に整えられてきた。インドネシアも、中央政府が選定した100都市に対して予算支援や専門家派遣を実施している。

一方、カンボジア、ラオス、ミャンマーのような後進国では、特定都市におけるスマートシティ開発における計画策定や進捗で目立ったものは少なく、基礎的なインフラ整備が優先されるなど、スマートシティの存在感は薄いのが実態のようだ。

都市間で知見や成功事例を共有し連携する動きも

アジア大洋州地域では、各都市がスマートシティ開発を推進する上で多くの課題が残る。まず、策定されたマスタープランや全体構想の実行に当たって、分野横断的に束ねる行政機構の存在が不可欠である。シンガポールでは、政府が掲げるスマートネーション構想について、「スマート国家・デジタル政府グループ(SNDGG)」を設置した。SNDGGは、関係省庁、企業、研究機関をとりまとめる首相府直轄事務局の役割を担っており、こうした取り組みは参考になる。

同様に、スマートシティ開発に関わる法律や規制は、多くの管轄官庁にまたがるものである。例えば、デジタル分野においては、セキュリティー、プライバシー保護や安全保障の観点で、さまざまな規制導入の議論がされているが、過度な規制は円滑な事業運営に当たって、負の影響を与えかねない。特に、データ取り扱いに当たっては、個人情報保護とデータ流通の自由化でバランスがとられる必要があり、ルール導入のプロセスで産業界のさまざまな意見をとりいれる必要がある。

さらに、各国がスマートシティ開発を実現するに当たっては、外国の官民とのコラボレーションが不可欠である。ファイナンスに加え、デジタル技術、案件組成に係るオペレーションの面で、国際連携や協力が求められる。ASEANでは、2018年に域内の26都市が参画する「ASEANスマートシティネットワーク(ASCN)」が提唱され、同年11月のASEAN首脳会議で枠組み文書が採択された。また2019年は、G20大阪サミット(首脳会議)の関連会合として日本が主導する枠組みの「スマートシティ / スーパーシティフォーラム2019」(6月末に大阪で開催)、「アジア・スマートシティ会議」(10月に横浜で開催予定)などがある。こうしたプラットフォームは、国際連携・協力を進め、都市間の知見、成功事例などを共有する機会として期待されている。

このように、アジア大洋州地域の各都市は、社会的課題の解決や包括的な成長の実現へ向け、スマートシティ開発に着手し始めている。その実現のために、現地官民セクター、日本を含んだ外国の官民と連携し、マッチング・ネットワークを促進している。日本は課題先進国として、これまでの経験を強みとしつつ、先端・デジタル技術を有する日本企業の参入余地や事業機会は高まっているといえるだろう。本特集の各論においては、インドネシアでは日本の防災技術を活用した貢献が、スリランカでは首都コロンボ・ポートシティ開発での、省人化のためのロボット技術や自動化技術、省エネに向けたEMS(エネルギー・マネジメント・システム)などへの期待が紹介されている。そのほか、インド、フィリピン、ベトナムの事例のように、日本の官民が都市開発のマスタープラン策定段階から事業参画する事例など、開発や構想全体に関する知見やノウハウにおける貢献の可能性もある。

執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所次長
藤江 秀樹(ふじえ ひでき)
2003年、ジェトロ入構。インドネシア大学での語学研修(2009~2010年)、ジェトロ・ジャカルタ事務所(2010~2015年)、海外調査部アジア大洋州課(2015~2018年)を経て現職。現在、ASEAN地域のマクロ経済・市場・制度調査を担当。編著に「インドネシア経済の基礎知識」(ジェトロ、2014年)、「分業するアジア」(ジェトロ、2016年)がある。