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特集:動き出したアジアのスマートシティ構想最新デジタル技術の活用で、社会課題を解決して豊かな暮らし実現へ(シンガポール)

2019年8月30日

シンガポールの庶民の胃袋を支えるフードコートで最近、QR決済などキャッシュレス化に向けた取り組みが本格化している。同国では現在、クレジットカードや、電子ウォレットなどさまざまな電子決済手段が乱立する。ただ、フードコートなどでの300~400円程度の少額決済の場合には依然、現金を使用する人が多い。

政府は2018年9月から、キャッシュレス決済の利便性を高めるため、20種類以上もの電子決済手段を統一する規格「シンガポールQRコード(SGQR)」を導入した(2018年9月21日付ビジネス短信参照)。その第1弾として、同年12月から都心部のフードコートを皮切りにSGQRの運用が始まっている。こうしたキャッシュレス化に向けた動きは、最新のデジタル・テクノロジーを活用して、経済活動の活性化や豊かな暮らしを目指す「スマート国家」構想に基づく取り組みの一環でもある。


都心部マックスウェル・フードセンターの人気チキンライス店に張り出された
統一QRコード決済「SGQR」。スマートフォンをQRコードにかざして、決済する
(ジェトロ撮影)

構想発表から5年、市民生活を変えるさまざまなスマートな取り組み

スマート国家構想の開始が2014年11月に発表されてから約5年。シンガポールでは、さまざまなプロジェクトが同時並行で進んでいる。フードコートのキャッシュレス化に向けた取り組みでは、アメリカン・エキスプレスやVISAなどのクレジットカード、アリペイ、グラブペイなど複数もの電子支払い決済手段を、1台の端末とSGQRコードに集約。これで、フードコートの店舗は狭い店頭に何台もの端末を置かなくても、20 種類以上もの電子支払い手段に対応できるようになる。客は現金を持ち歩かなくても、スマートフォンさえあれば決済が可能だ。

このほか、2018年6月から段階的に導入が始まった携帯アプリ「モーメント・オブ・ライフ(MOL)」は、市民目線に立った政府の電子行政サービスの提供を目的にしたものだ。オンラインでの行政サービスの利用にはこれまで、担当官庁のウェブサイトに別々にアクセスする必要があった。今後は、複数の官庁が管轄する行政サービスが、1つのアプリに集約されていく。政府は第1段階として、6歳未満の幼い子供を持つ親を対象に、MOLの提供を開始した。出生届から、政府の出産奨励「ベビー・ボーナス」の申請、予防接種スケジュールの確認、保育園の入園手続きなど、子供の成長過程で必要な全ての手続きを、MOLにアクセスするだけで行うことができる。

また、赤道直下の熱帯の国ならではのプロジェクトも存在する。環境庁(NEA)は2019年下半期中にも、地元スタートアップと共同開発した「ボウフラ・スマートトラップ」の実証実験を始める。スマートトラップは、雌のやぶ蚊を引き付けて容器内に卵を産ませ、センサーでボウフラ(幼虫)の種類や性別を確認して、そのデータをNEAの担当官に発信するというものだ。集めたデータは、デング熱対策に生かすとしている。デング熱の感染者は2019年、これまでに6,600人を超え、既に2017年と2018年の通年の感染者を上回っている(「ストレーツ・タイムズ」紙2019年7月7日付)。NEAは現在、デング熱対策として感染源となるやぶ蚊の発生状況をモニターするため、職員が住宅地域や建設現場などに足を運び、ボウフラの発生状況やその種類を手作業で確認している。スマートトラップがあれば、実際に現場に行かなくても確認ができるようになる。

さらに、人口の高齢化対策の一環として2018年10月から、徘徊(はいかい)して行方が分からなくなった認知症患者の情報を交換するアプリ「認知症支援アプリ」が導入されるなど、シンガポールが抱える社会課題を解決するための取り組みが行われている(主な取り組みについて次の表を参照)。リー・シェンロン首相は2019年6月26日、スマートシティに関する国際会議での演説で、「われわれにとってのスマート国家とは、派手なテクノロジーを誇示することではなく、実際の課題を、テクノロジーの活用で解決して、人々の生活や社会全体を変えることだ」と述べた。

表:スマート・ネーション構想の下、実行された企業のビジネス活動や市民、コミュニティーに資する主なイニシアティブ一覧

ビジネス活動
イニシアティブ名 概要
補助金ポータル
(Business Grants Portal, BGP)
複数の省庁が管轄する補助金申請のポータル・サイト(2017年1月開始)。企業の登記情報とも直結。同ポータルを通じた補助金申請が1万9,000件。
シンガポールQRコード(SGQR) 複数の電子決済手段に対応可能な世界初の統一QRコード(2018年9月開始)。
マイインフォ
(MyInfo)
政府機関が持つ個人情報を、他の省庁、銀行と接続。口座開設など申請手続きを5分、許可までの日数を3日間に短縮(2016年6月開始)。
マイインフォ・ビジネス
(MyInfo Business)
政府機関が持つ企業のデータの民間企業との共有。中小企業22万社が恩恵(2019年1月開始)。
貿易ネットワーク・プラットフォーム
(Networked Trade Platform)
これまでのTradeNetと、TradeXchangeに代わる電子貿易手続きの一括ポータル。1,400社以上が利用(2018年9月開始)。
市民生活
イニシアティブ名 概要
ペイナウ
(Paynow)
スマートフォンを通じた即時決済。銀行9行の口座保有者が利用可能で登録ユーザー230万人(2017年7月開始)。
マイトランスポートSG(MyTransportSG) 公共輸送検索ポータル14万人利用(2018年9月開始)。
シングパスモバイル
(Singpass Mobile)
パスワードなしでスマートフォン・アプリを通じて電子行政サービスにアクセス。19万人が利用(2018年10月開始)。
ヘルシー365
(Healthy365)
食事のカロリー管理や万歩計など健康アプリ(2015年10月開始)。国家万歩チャレンジに170万人が登録。
モーメント・オブ・ライフ
(Moments of Life)
市民向けの申請手続き包括アプリ(2018年6月開始)。アプリを通じて2,000人以上の出生届が受理。
パーキングSG
(Parking.sg)
公共駐車場の駐車料金の支払いアプリ(2017年10月開始)。
コミュニティー
イニシアティブ名 概要
ワン・サービス
(OneService)
自治体情報、問題解決一括ポータル(2015年1月開始)。
マイリスポンダー
(myResponder)
発作を起こした人がいると、最も近くにいる応急措置ボランティアに告知。3万9,000人が応急措置ボランティア登録(2015年4月)。
ボウフラ・スマートトラップ
(SmartGravitraps)
蚊の発生、種別を遠隔モニターする実証実験
(2019年下半期開始予定)。
認知症支援アプリ
(Dementia Friends)
認知症の徘徊者の探索支援アプリ(2018年10月開始)。
画像認識溺死防止システム
(computer vision drowning detection system, CVDDS)
水泳中に意識を失った人を自動的に検知し、ライフガードに知らせるシステム(2020年4月までに導入予定)。

注:利用者、登録者数などは2019年2月時点での数値。
出所:Smartnation.sg、政府報道発表からジェトロ作成

スマートモビリティ、スマート街灯の設置など国家プロジェクトが始動

スマート国家のさまざまなプロジェクトの中でも、構想の実現に欠かせない戦略国家プロジェクトと位置付けられているのが、(1)キャッシュレス化の取り組み、(2)行政サービス・アプリ「モーメント・オブ・ライフ(MOL)」の提供、(3)電子行政サービスの統一開発プラットフォーム「コア・オペレーション開発環境・交換所(CODEX)」と、(4)「国家デジタル身分証明(NDI)」の整備、(5)無人バスの実証実験などスマートな都市型モビリティの導入、(6)国内全土にセンターを設置してデータ収集する「スマート国家センター・プラットフォーム(SNSP)」の開発、の6つだ。

ただ、スマート国家構想の全ての実証プロジェクトが成功しているわけではない。政府は最先端の技術を積極的に導入するが、メリットがないと判断すれば、その停止の判断も早い。例えば、上掲の戦略プロジェクトの都市型モビリティの開発では、陸運庁(LTA)が2018年12月から6カ月にわたり、携帯アプリを通じて必要な時に配車するオンデマンドの公共バスの実証実験を行った。しかし、同庁は2019年6月、現時点ではコスト面のメリットはなかったとして、オンデマンド・バス計画の停止を発表している。リー首相は前掲の演説で、「新しいテクノロジーを学ぶために実証実験を実施するが、成功しなければ速やかに停止する」と説明した。

サイバーセキュリティの課題、ASEANスマートシティの取り組み

スマート国家構想の実現を支えるため、政府内の体制も強化している。スマート国家の取り組みには様々な省庁や研究機関、企業が関わるが、これを取りまとめているのが、首相府管轄下の「スマート国家デジタル政府グループ(SNDGG)」だ。スマート国家構想の推進機関は当初、2014年12月に新設されたSNPOが担っていた。しかし、同構想の実行のスピードを迅速化するため、2017年5月1日付で組織改変を実施。SNPOと、スマート国家構想の執行機関である政府テクノロジー庁(GovTech)などを包括したSNDGGが新設された(2017年6月5日付ビジネス短信参照)。また、それまでスマート国家担当相はビビアン・バラクリシュナン外務相1人だったのが、テオ・チーヒアン上級相(SNDGG閣僚委員会委員長)、イスワラン情報通信相、チャン・チュンシン貿易産業相、ジャニル・プトゥチアリー上級国務相(GovTech担当)が加わり、閣僚5人へと増強されている。

シンガポール政府は、スマート国家構想の実現を最優先課題と位置付けている。政府は2018年11月に発表したスマート国家戦略(注)の中で、「デジタル化はシンガポールの既存の優位性を強化し、資源の不足や高齢化などの社会課題を解決すると同時に、新たな経済競争力をもたらす」としている。


注:
政府のスマート国家戦略「スマート国家:今後の道筋」は、スマート国家政府ウェブページPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(1.3MB) でダウンロードできる。
執筆者紹介
ジェトロ・シンガポール事務所 調査担当
本田 智津絵(ほんだ ちづえ)
総合流通グループ、通信社を経て、2007年にジェトロ・シンガポール事務所入構。共同著書に『マレーシア語辞典』(2007年)、『シンガポールを知るための65章』(2013年)、『シンガポール謎解き散歩』(2014年)がある。

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