特集:動き出したアジアのスマートシティ構想政府構想に基づき地場大手や外資系企業が開発を主導(ベトナム)
ベトナム北部・中部のスマートシティ開発状況

2019年8月30日

ベトナムは安定した経済成長に伴い、急激に都市開発が進んでいる。都市部ではビルの建設ラッシュや交通量の増加などにぎわいを見せているが、同時に、交通渋滞や大気汚染、廃棄物処理などの問題も深刻化している。ベトナム政府はこれらの問題を解決し、さらなる経済成長と生活の質の向上を目指すため、情報通信技術(ICT)を活用したスマートシティ構想を掲げている。地場企業や外資系企業は、政府の構想を念頭に置き、スマートシティ開発に係るビジネスチャンスを模索している様子だ。

政府はスマートシティ開発の基盤整備へ

ASEAN域内でスマートシティ開発が注目される中、2018年4月に開催された第32回ASEAN首脳会議で、ベトナム政府は「ASEANスマートシティ・ネットワーク(ASCN)PDFファイル(214KB) 」にハノイ、ホーチミン、ダナンの3都市が参画すると表明した。ベトナム政府は2018年8月、スマートシティ開発に向けた指針を示すため、首相決定950/QD-TTg「2018年から2025年までのベトナムの持続可能なスマートシティ開発計画および2030年までの方針」を公布した。同決定ではICTを活用することで、都市行政の効率的な管理、土地やエネルギーなど資源の効率的な活用、生活の質の向上、社会経済の発展を目指す方針が示された。同時に、いかなる社会階級の人々も恩恵を受け、環境に配慮した持続可能な開発を促進するという方針にも貢献するものだとされている。中央政府が法制度の整備や政策立案を担当し、地方政府が計画を積極的に実施する役割を担う。民間企業の関与や投資は適切な計画の下、政府と企業で相互利益がもたされる案件は奨励される。他方、各都市のニーズに合わないスマートシティ開発は奨励されないとした。政府は今後の活動計画として、2020年までに必要な法制度を整備し、3都市以上でスマートシティ開発の試験運用ができるよう十分に準備するほか、2025年までに試験運用を開始し、開発に関連する規格を定める。2030年までにはスマートシティ間の連携も目指す。中央政府では建設省、情報通信省、科学技術省、商工省、天然資源環境省、教育訓練省、計画投資省、財政省の8省が関わり、基盤整備に取り組む。

ハノイ市では、住友商事が参画

首都ハノイ市はスマートシティ構想を推進する方針で、2018年6月、地場不動産大手のBRGグループと住友商事による投資案件を認可した。この案件は、ハノイ市ドンアイン区の272ヘクタールの土地を開発し、投資額は約42億ドルを見込む。同地区はノイバイ空港とハノイ市街をつなぐニャッタン・ノイバイ幹線道路の沿線に位置し、住友商事による開発・運営の下、多くの日系企業が入居するタンロン工業団地からも近い。また、日本が携わるハノイ市都市鉄道2号線の建設も期待されている地区だ。このスマートシティ開発では、第1期として73ヘクタールを住宅開発し、マンションを中心に約7,000戸を建設する計画だ。ハノイ市による土地収用や行政手続きの状況にもよるが、2020年中に着工を予定している。

地場ビンホームズも大型投資に踏み切る

地場住宅開発大手のビンホームズは2019年4月、もともとハノイ市西部でスポーツ施設複合型の都市開発として進められていた計画について、最先端技術を活用した「ビンホームズ・スマートシティ」の開発に変更すると発表した。280ヘクタールの用地に、ICTを活用したスマート技術を導入した58棟のマンションを建設する計画だ。ビンホームズは、韓国の松島(Songdo)や日本の神奈川県藤沢市、シンガポールなどのスマートシティモデルを参考に、スマートセキュリティー、スマートマネジメント、スマートコミュニティー、スマートホームの4軸に基づくスマートエコシステムを構築するとうたっている。具体的なスマート技術としては、顔認証を備えたエレベーターや位置情報アプリを応用した駐車場システム、大気汚染の警報システムなどの導入が予定されている。「ビンホームズ・スマートシティ」の担当者によると、グループ企業であるビンテック社が開発した技術を主に活用するという。住宅グレードは3つに分かれ、中所得者層から高所得者層を主なターゲットとしている。既に販売を開始した第1期は、2020年内の完成を目指している。

ベトナム中部では、欧州や韓国が関心示す

ベトナム中部ダナン市もスマートシティ構想を持っており、国内外の投資家が関心を寄せている。現地報道によると、地場IT大手のFPTは2018年4月にスマートシティの開発協力に関する覚書をダナン市人民委員会と締結した。交通、農業、医療などの分野で同社のIT技術を活用することで効率化を推進する。

欧州企業では、産業ロボットメーカーのABBグループが、水質改善や汚水処置などの分野で事業参入を表明した。エリクソン、ボルボバス、エレクトロラックス、イケアなどもスマートシティ関連事業に関心を示している。

韓国国際協力団(KOICA)も2019年5月、ダナン市、トゥアティエン=フエ省、クアンナム省と、スマートシティ開発に向けた覚書を締結した。KOICAはベトナム中部でのスマートシティ事業における韓国の官民投資を促進させる計画だ。

スマートシティ事業の分野は多岐に

このほか、ベトナム北部のクアンニン省ハロン市もスマートシティ構想を表明している。現地報道によると、まず2020年までに観光名所のハロン湾の安全性とセキュリティーの確保、観光産業の運営効率化など、観光分野でICTを活用した取り組みを実施する。それ以外の分野でもスマート技術の導入も進めていく方針で、市内18カ所の主要道路でネットワークに接続したLED照明の電灯を約3,500本設置し、省エネと管理の効率化に取り組んでいる。電子政府を目指し、行政手続きの電子化も進めている。この取り組みに民間が参入する動きも見られ、ベトナム北部を中心に多くの地場IT企業が所属するベトナムソフトウエア協会(VINASA)は2019年6月、クアンニン省のスマートシティ開発を支援すると表明している。

ベトナムでは、政府の提案するスマートシティ開発の分野が広範囲にわたり、「スマートシティ」はベトナム国内での制度構築や投資を促すための1つのキーワードになっている。ただし、中央や地方政府からは、資金面などでの支援は公言されておらず、民間主導での提案と実施が期待されている。ベトナムのスマートシティ事業参入を狙う企業にとって、分野が多岐にわたり参入可能性の機会が多いことは魅力だが、収益をどのように確保していくかが検討事項となるだろう。

執筆者紹介
ジェトロ・ハノイ事務所
庄 浩充(しょう ひろみつ)
2010年、ジェトロ入構。海外事務所運営課(2010~2012年)、横浜貿易情報センター(2012~2014年)、ジェトロ・ビエンチャン事務所(ラオス)(2015~2016年)、広報課(2016~2018年)を経て、現職。