特集:動き出したアジアのスマートシティ構想治安対策や交通制御などに重点を置く(パキスタン)
2019年8月30日
直近の5年間、パキスタンの実質GDP成長率は4~6%と安定した水準で、経済成長を実現してきた。国内では成長に伴う都市化の計画と影響について議論されており、スマートシティ構築の取り組みが進行している。まだ実行段階にはないものの、本稿ではパキスタンのスマートシティ構想の概要について報告する。
2025年までの都市化・スマート化を目標に
パキスタンの都市人口率(全人口に占める都市人口の割合)は緩やかに増加しており、1998年の32%から2014年には40%に到達している。パキスタン政府は2014年に定めた長期的な政策「ビジョン2025」において、都市における交通、電力、水道、ITインフラなどの整備、公害・犯罪対策を推進し、2025年までに都市化率を50%以上に引き上げ、同時に都市をスマート化することを目標に掲げている。スマート化の実現のため、都市にワイヤレス・センサーを配備し、デジタル化された情報を収集するという計画もある。
ビジョン2025は7本の柱から構成され、その1つである「マクロ経済のフレームワーク」において、都市開発やスマートシティ構築に向けた取り組みが以下のように記述されている。
- 高層ビル開発などを含む、都市空間の最大限の利用
- 環境に優しく、持続可能で効率的な都市計画、効率的なローカル・モビリティとインフラ開発
- 商業施設や駐車スペースの需要増に対応するための区画整理法整備
- 居住区や住宅供給に関する情報提供システムの構築
- 公共交通網整備、歩行者保護
- 遺跡や建築物の保全・維持・管理
- 市民サービスの充実
- 地域開発や土地登記システムのデジタル化
また、近年の世界的なデジタル化の潮流を受け、パキスタン政府はIT・デジタルを主軸に置いたスマート化を掲げ、ビジョン2025のほかに「デジタル・パキスタン政策2018」を策定している。同政策では、スマートシティ開発を通じたITイノベーション、ITを活用した問題解決が目標とされ、アグリテック、ヘルステック、eコマース、エデュテック、ペイメント、フィンテック、AI(人工知能)、ロボティクス、クラウドコンピューティング、ビッグデータなど、社会・経済分野のデジタル化に向けた項目が記載されている。
主要4州でスマートシティ開発に向けた体制構築
ビジョン2025の策定以来、地方政府はスマートシティ化の一環として、オンライン上での市民サービスの提供、渋滞や駐車スペース状況のリアルタイム更新、警察機能の強化および犯罪抑制などに重点的に取り組んできた。中でも、同国最大の人口・経済規模を有するパンジャブ州(パキスタン東部)は、2015年にパンジャブ・セーフシティ庁(PSCA)という組織を設立した。ITを基盤にして、同州の州都ラホールやファイサラバードなど7つの都市で治安の改善・維持に努めている。ラホールでは、伸長2,000キロメートル以上のファイバーケーブルで約8,000台の監視カメラがつながれ、約300カ所に非常ボタンや非常電話が設置されている。また同州は、ラホールの工業地区や市場、都市バス停留所、大学、駅、空港など主要エリアにWi-Fiスポットを設置する取り組みを進めている。
パキスタン南部のシンド州は、都市としては同国最大の人口を有する州都カラチをスマートシティ化するため、2014年に米国、中国、アラブ首長国連邦(UAE)などの投資家と覚書を締結し、ソーラー街路灯、監視カメラ、無料Wi-Fiなどの設置を目指したが、現状では実現に至っていない。シンド州は2018年12月、パンジャブ州の先例に学び、カラチ安全都市プロジェクトを実行することを決定した。同プロジェクトには、監視カメラの導入、警察機能と交通警察の強化、医療・救命救急サービスの強化などが含まれる。
パキスタン北西部のカイバル・パクトゥンクワ州は、州都ペシャワールの開発事業の一環として、市民ポータルサイトの設置のほか、犯罪被害届や公立大学への入学願書、運転免許証申請などの書類提出をオンライン化する構想を企画している。特にヘルスケア分野については、州立病院などの医療施設のパフォーマンスを定期的に評価する部局を設置した。
パキスタン南西部のバロチスタン州は、まだスマートシティ構想を立案している段階にある。州都クエッタの治安情勢の回復および維持を目的とし、1万4,000台のCCTVカメラの設置や、グワダル港のスマート化のためのマスタープラン策定などが検討されており、2019年中の策定完了を目指す。
官民連携(PPP)による取り組みで進捗
具体的な企業の取り組み事例としては、地場大手企業のLMKTによるものが挙げられる。同社は、スマートシティの開発計画の策定や実行を得意とする。パンジャブ州政府とパートナーシップを組み、同州政府に対して、(1)リアルタイムでの交通制御を可能にする安全・監視システムの導入(ラホール)、(2)治安の改善・維持を目的とした、生体認証機能が付加されたカードの発行および読み取り機材の設置、といったサービスを提供している。同社は、パンジャブ州以外でも中央政府や他の州政府に対して、さまざまなITソリューションを提供している。同社担当者はジェトロの取材に対し、「今後の課題は当該分野における総合的な政策が未策定なところだ」と述べた。
2つ目の事例として、地場建設大手のハビブ・ラフィック・グループは、フューチャー・デベロプメント・ホールディングと共に、首都イスラマバードでスマートシティ・プロジェクト「Capital Smart City Islamabad」を開始した。(1)停電なしの電力供給、(2)自動交通制御・バス交通を含む14車線道路、(3)自動化されたユーティリティ、(4)CCTVによる顔および物体認証、(5)自動点灯する街路灯、(6)無料Wi-Fi、(7)電気自動車・電気バイクの充電スタンドなどが整備・提供される。
パキスタンにおける民間のスマートシティ事業として初の事例であるが、現状は小規模なパイロット事業にとどまる。同プロジェクトにおけるマスタープラン作成やITコンサルティング業務は、シンガポール企業のスルバナ・ジュロンが手掛け、電気・水道などのユーティリティ・センサー、管理センターや監視システムなどが導入される予定だ。また、英国企業トライベルズ・インターナショナルと共同で、約2,000戸のスマートハウスも建設される予定だ。プロジェクトはまだ初期段階であり、現状は当該物件の開発に当たって、外国企業にのみ参画が呼び掛けられている。
これらの事例から見て取れるのは、パキスタンでは治安対策やユーティリティの効果的かつ効率的な供給、交通制御などに重点が置かれている点だ。同国でのスマートシティ開発は初期段階であるものの、構想自体は存在し、中には外国企業を主体として既に事業が開始されているものもある。
- 執筆者紹介
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ジェトロ・カラチ事務所長
久木 治(ひさき おさむ) - 2005年、ジェトロ入構。ジェトロ大阪、ジェトロ・バンガロール事務所、ジェトロ・チェンナイ事務所、生活文化・サービス産業部を経て、2014年6月より現職。