特集:動き出したアジアのスマートシティ構想都市課題の「共有」「見える化」で企業参画を促すASEAN

2019年8月30日

2018年4月に開催された第32回ASEAN首脳会議で、当時の議長国であるシンガポールが提案したASEANスマートシティネットワーク(ASCN)の草案が公表された。ASCNはASEAN域内の開発レベルの異なる26都市で構成されているが、各都市が掲げる社会課題は多様である。2019年8月にタイのバンコクで開催された第2回ASCN会合では、G20や日本を含む開発パートナー諸国との間で連携が進んでいることが報告された。

議論のベースを「都市」に置いたシンガポール

ASEANスマートシティネットワーク(ASCN)構想は、2018年4月に開催された第32回ASEAN首脳会議で発表された。急速な都市化によってもたらされる、さまざまな社会課題を解決することで、都市住民の生活の質を向上させ、経済成長を底上げすることを狙って、同年にASEAN議長国であったシンガポールが打ち出したものである。スマートシティ間の連携を強化し、効果的な課題解決を図るとともに、ASEAN加盟国以外の協力機関(国際開発機関、日本などの対話国、ソリューション・プロバイダーと呼ばれる民間・産業団体)をネットワーク化することで、効率的なマッチング機会の創出を図る。

ASCNのコンセプトは、これまでのASEAN共同体開発のアプローチに比べ、2つの点で革新的である。まずは、縦割りで運営されているASEANの統合機構に、横断的な視点を与えた。ASEANは、「ASEAN経済共同体(AEC)」に加え、「ASEAN政治・安全保障共同体(APSC)」と「ASEAN社会文化共同体(ASCC)」の3つを並行して共同体構築を進めており、そのうち都市問題については従来、ASCCが対応していた。例えば2015年に発表された「ASEAN社会文化共同体ブループリント2025」では、取り組むべき柱の1つとして「環境的に持続可能な都市」を掲げ、「持続可能な都市化のための都市計画・マネジメントに対する統合的アプローチの推進」や、「活力ある都市づくりの戦略・計画実施のための国家などの能力強化」などを進めている。ASCNは、それらの柱に対し、1.デジタルインフラ・アプリケーションの適用、2.外部との連携強化・ファンディングの2つの軸を設け、民間企業の積極的な関与を含む、経済的な側面を加えるアプローチを採る。

次に、都市間による直接連携の枠組みを形成したことである。ASEANは伝統的に「ASEAN諸国(ASEAN Member State; AMS)」の合意により、統合を進めてきた。しかし、ASEAN各国では都市への人口集中が進み、渋滞や治安の悪化、環境負荷の増大などの都市における共通課題が出現している(表1参照)。ASEAN各国では、程度の差こそあれ地方分権が進んできたこともあり、従来のAMS単位の議論に加え、一定の意思決定能力を有する地方自治体が、それら複合的な問題解決を図る「都市レベル」の議論を行う準備が整ってきたといえよう。

表1:ASEAN各国における都市化の進展
都市居住割合(%) 都市人口増加数
(百万人)
2015年 2025年
シンガポール 100 100 0.6
ブルネイ 77 80 0.1
マレーシア 74 80 5.0
インドネシア 53 60 33.0
タイ 48 55 5.6
フィリピン 46 49 8.0
ベトナム 34 41 11.0
ラオス 33 40 0.8
ミャンマー 30 33 3.1
カンボジア 22 27 1.2
ASEAN合計 47 53 68.4

出所:ASEAN持続的都市開発戦略(ASUS)資料よりジェトロ作成

意思決定、資金、実施の面で課題

ASCNは、ASEAN10カ国の26都市が参加する都市間ネットワークの枠組みである。各国担当省庁から局長級の国家代表(National Representative: NR)を任命するとともに、それぞれの都市にチーフ・スマートシティ・オフィサー(CSCO)およびコンタクトポイントを設置した。ASEAN議長国のNRが議長を務め、各国NRおよびCSCOが参加するASCN会合が毎年一度の頻度で開催されることになっている。その成果はASEAN首脳会議の開催前に、ASEAN外務大臣により構成されるASEAN調整委員会(ACC)で報告され、最終的に首脳会議に提出される。なお各国のNR、CSCO、コンタクトポイントのリスト についてはASEAN事務局のウェブサイトPDFファイル(外部サイトへ、新しいウィンドウで開きます)(64KB)で公開されている。

2018年7月8日に開催された第1回ASCN会合では、1.市民・社会、2.健康・ウェルビーイング、3.安全セキュリティー、4.質の高い環境、5.インフラ開発、6.産業・イノベーション、の6つの分野に対応した取り組みおよび戦略目標をASCN行動計画として発表した。同年11月に公開された「ASEAN持続的都市開発戦略(ASUS)」では、それらの分野に対応した18の重点取り組み事項を定めている。ASCN参加の26都市は、ASUSに沿う形でこれら6つの分野から複数の分野を組み合わせスマートシティ開発の方向性を規定している(表2参照)。

表2:ASEANスマートシティネットワーク(ASCN)参加都市の概要
都市 対象分野 スマートシティ計画
ブルネイ バンダル・スリ・ブガワン
  • 市民・社会
  • 産業・イノベーション
  • 健康・ウェルビーイング
  • カンポン・アイール(水上集落)地域再開発
  • 水質マネジメント
カンボジア プノンペン
  • インフラ開発
  • 質の高い環境
  • 市民・社会
  • 主要11道路の歩道再生
  • 公共交通サービスの効率性改善
シェムリアップ
  • 市民・社会
  • セキュリティー
  • 質の高い環境
  • 廃棄物管理
  • スマート観光管理システム
バッタンバン
  • 市民・社会
  • 質の高い環境
  • インフラ開発
  • 都市道路・公共スペース管理
  • 廃棄物管理
インドネシア ジャカルタ
  • 産業・イノベーション
  • インフラ開発
  • 健康・ウェルビーイング
  • 研究機関・起業家連携による雇用創出
  • 交通統合キャッシュレス決済(OK OTrip)
バヌワンギ
  • 産業・イノベーション
  • 観光・ウェルビーイング
  • 教育を通じた産業成長の実現
  • 観光開発を通じた包摂的経済成長の創出
マッカサル
  • 健康・ウェルビーイング
  • 公共サービス
  • ヘルスケアの改善
  • オンライン税務サービスの統合
ラオス ビエンチャン
  • 健康・ウェルビーイング
  • 質の高い環境
  • インフラ開発
  • 排水システムの構築
  • 持続可能な運輸計画策定
ルアンパバン
  • 質の高い環境
  • インフラ開発
  • 市民・社会
  • 湿地再整備
  • 路地・歩道の舗装整備
マレーシア クアラルンプール
  • インフラ開発
  • 産業・イノベーション
  • 質の高い環境
  • 都市観測システム
  • 歩行者・自転車レーンの整備
ジョホールバル
  • グッドガバナンス
  • 質の高い環境
  • イスカンダル都市観測
  • 水資源・分配管理
クチン
  • モビリティ
  • 都市強靭化
  • スマート信号システム開発
  • 洪水管理・対応システム開発
コタキナバル
  • インフラ開発
  • 質の高い環境
  • 統合公共運輸システム
  • 固形廃棄物管理システム
ミャンマー ネピドー
  • 住宅社会インフラ
  • 質の高い環境
  • インフラ開発
  • 低価格住宅整備
  • 国際総合大学の整備
ヤンゴン
  • 市民・社会
  • 健康・ウェルビーイング
  • インフラ開発
  • ダウンタウンエリアの保全
  • 低価格賃貸住宅、複合交通システム整備
マンダレー
  • 交通マネジメント
  • 道路安全、公共交通
  • 駐車・歩道管理
  • 交通渋滞管理
  • 固形廃棄物・排水処理
フィリピン マニラ
  • セキュリティー
  • デジタル教育
  • ヘルスケア
  • 指令センターの高度化
  • デジタル教育
  • デジタルヘルス
セブ
  • セキュリティー
  • モビリティ
  • 自動都市交通管理システム
  • バス高速輸送システム(BRT)の開発
ダバオ
  • セキュリティー
  • モビリティ
  • 指令・管理センターの整備
  • 自動都市輸送・交通管理システムの導入
シンガポール シンガポール
  • デジタル政府
  • デジタル経済
  • デジタル社会
  • 電子決済
  • 国家デジタルアイデンティティー
タイ バンコク
  • インフラ開発
  • 質の高い環境
  • 産業・イノベーション
  • バンスー地域の輸送ハブ開発
  • スマートシティ計画策定
チョンブリ
  • インフラ開発
  • 質の高い環境
  • 産業・イノベーション
  • 健康・ウェルビーイング
  • スマートグリッドの整備
  • 廃棄物発電
プーケット
  • 観光振興に資する設備整備
  • 産業・イノベーション
  • セキュリティー
  • 都市データプラットフォーム
  • CCTV情報のビッグデータ管理分析を通じた安全性確保(「イーグル・アイ」構想)
ベトナム ハノイ
  • インテリジェント管理拠点
  • 交通、観光、教育、医療、環境、エネルギーのスマート化
  • インテリジェント管理センターの設立
  • インテリジェント交通の開発
ホーチミン
  • 電子政府、交通、洪水管理、環境、医療・食品安全、治安維持、都市機能向上
  • インテリジェント管理センターの設立
  • 統合危機対応センターの設立
ダナン
  • 統治機構、生活、モビリティ、環境、経済のスマート化
  • インテリジェント交通管理システム
  • 水資源管理

出所:ASCN行動計画よりジェトロ作成

他方、ASCNを持続的な取り組みとしていくためには、スマートシティ開発に当たっての課題の整理や現状の把握が不可欠である。上述のASUSでは、都市開発上の課題を意思決定面、資金面、実施面の3つに分類し、それぞれASEAN地域で見られる事例を紹介している(表3参照)。

表3:都市開発に当たっての課題類型

1.意思決定上の課題
情報不足による誤った意思決定 施政上のコスト・便益把握、最適な技術の利活用に当たっての情報不足
優先順位付けの失敗 中央政府の意向に左右される優先分野、長期的課題解決意欲の低さ(5年程度で選挙があり、長期的リスクを取れない)
参加者の思惑の違い 国・地域・自治体・投資家・居住者などの思惑の違いからくる開発の遅延
2.資金的課題
投資への適切なリターン 需要予測などが不透明なため、長期的に便益がある投資行為に対し決断が行えない
財政上のキャパシティ 各都市の予算が限られ、また限定的な財政上の決定権しか持たないことから持続可能な都市開発が行えない
代替的ファイナンス手段 代替ファイナンス手段に対する情報不足。都市の案件組成能力が乏しく、融資に資する提案が行えない
3.実施面の課題
戦略的計画策定 都市の多くが明確で堅固な長期的戦略を策定する能力に乏しい
実施上のキャパシティ 人員配置、技術的知見などのキャパシティが不足し、現実的で執行可能な実施計画を策定することができない
各種調整 都市開発の構成要素の総合調整能力が不足している
規制構造 開発承認を行うに当たっての自治体の権限不足、不透明な官民連携(PPP)や地場企業参画要件の設定

出所:ASEAN持続的都市開発戦略(ASUS)よりジェトロ作成

これらの課題に対応するため、ASCNでは2019年に入ってから2つの点について議論している。1つ目は、現状は緩やかな協力枠組みに過ぎないASCNの権限を定める趣意書(TOR)の策定である。2つ目は、各都市による課題への対応やプロジェクトそのものの監視・評価枠組み(Monitoring & Evaluation, MNE)の設定である。ただ、2019年6月にバンコクで実施したASCN関係者によるワークショップでは、MNE策定に当たっての評価指標が合意されなかったことは都市開発の複雑さを示している。

対話国による積極的関与を歓迎

前述の通り、ASCNの主要な戦略は、各都市が有する課題を「見える化」し、国際機関やソリューションを有する民間企業の参画を促すことにある。2018年11月15日に開催された東アジア首脳会議(EAS)では、ASEANスマートシティにかかる声明文が採択され、従来の産業・戦略分野別の取り組みを超えた横断的な連携の強化や、産官学が連携し、スマートシティ開発が自律的に進む仕組みの構築に向け努力することなどが確認された。また、2019年8月22日に開催されたASCN会議・展示会で、冒頭にあいさつしたタイのドーン外務相は、同年6月の主要20カ国・地域(G20)大阪サミットにおいて、ASCNが金融包摂、海洋プラスチック、人材育成と並んで議題となったことを紹介し、G20諸国のASCNへの参加を歓迎している。

それらハイレベルな連携に加え、各国・企業ごとの連携も徐々に進展している。タイのドーン外務相によると、2019年8月時点で約40件の連携が形成された。ちなみに、韓国が同年9月に、日本が10月にそれぞれスマートシティ関連の国際会合やイベントを開催することが発表された。米国も2018年11月の米ASEAN首脳会議でペンス副大統領が発表した「米ASEANスマートシティパートナーシップ」に基づき、2019年7月9~16日の日程で、ASCN代表を米国に招き、議論・産業界との交流を深めた。2019年のASEAN議長国は、前年のシンガポールからタイへ、さらに2020年にはベトナムへと移る中、ASEANにおけるスマートシティ協力がどのように進展するかは予断を許さないが、個別都市と対話を深め、具体的な案件形成を促す土壌は徐々に整いつつあるといえよう。

執筆者紹介
ジェトロ・バンコク事務所
蒲田 亮平(がまだ りょうへい)
2005年、ジェトロ入構。2010年より2014年まで日ASEAN経済産業協力委員会(AMEICC)事務局次席代表を務めた後、海外調査部アジア大洋州課リサーチマネージャー。2017年よりアジア地域の広域調査員としてバンコク事務所で勤務。ASEANの各種政策提言活動を軸に、EPA利活用の促進業務や各種調査を実施している。